上 下
109 / 143
第十章 問題解決に向けて突っ走ります

1 北のお国事情を聞いちゃいます

しおりを挟む
 翌朝。
 俺は魔王の使う朝餉あさげにいた。
 驚いたことに、魔王から朝食の席への招待を受けたからだ。

 俺と魔王は、テーブルをはさんで向かい合っている。優に教室の端から端までありそうな長さだから、お互いの間はめちゃめちゃ遠い。その長辺のちょうど真ん中あたりにウルちゃんが座っている。

(ああ。いや~な予感がビンビンするう)

 きっと魔王は、俺たちの昨夜の交信を聞いていたんだろう。
 起きたとたんにやってきたウルちゃんから「陛下があなた様との朝食をご所望です」と言われた瞬間、それはほとんど確信になった。

 魔王の朝餉の間は、穏やかで落ちついた雰囲気だった。そう言われなかったら、ここが魔王城だなんて信じられないぐらいだ。ただし、食事を上げたり下げたりして動いている周囲の使用人たちが明らかに魔族だから、帝国だと言われても信じるようなバカはいないだろうけどな。ただし、魔族といってもみんな品はいいし、頭もよさそうだ。

「なんだ、食べないのか? シルヴェーヌ」
「あ、いえ。いただきまーす。ドットのごはんも準備してもらっちゃってすんません……」

 言って目をやった先では、ドットが足のついた大皿から生肉をばくばく食べている。この子はほんとマイペースだよなあ。なんか大物感がある。そんで、どこに行っても、とにかく食欲だけは失わない主義らしい。
 俺の朝食はと言うと、意外にも普通のメニューだった。サラダにベーコンや卵のサンドイッチに、クロワッサン。野菜が多めの温かいスープ。どれもめっちゃうめえ。
 まあ、これは人間である俺に気を使ってくれてる可能性が大だけどな。

「お口に合いますでしょうか? シルヴェーヌ様」

 どこまでも尊大な態度の魔王とは対照的に、ウルちゃんはずっと心配そうに俺の食べっぷりを観察している。

「あ、大丈夫だよー。どれもうまい! ありがと、ウルちゃん」
「それはよろしゅうございました」

 やっとホッとしたように胸をなでおろし、ウルちゃんもようやく手元の料理に手をのばす。
 魔王がちらりと横目でそんな娘を見た。

「昨夜は興味深いものを見せてもらった」
「ブホッ!」

 唐突だなもう!
 思わず、飲みかけてた果物のジュースにむせちゃっただろ! 
 ジュースはオレンジによく似た爽やかな酸味のある味で、色は薄いグリーンだった。

「きょ……興味深いって、なにがッスか」
「とぼけなくてもよい。貴様ら、余に聞かれていることは想定していたではないか」
「はううっ……」

 ったくこのガキ──いや、実年齢がそうじゃねえってのはわかってるが──ほんっっと食えねえな!
 でも確かに、みんなそのことは織り込みずみって感じで話してたのは本当だ。だから俺には、詳しい作戦内容とか教えてもらえなかったもんな。さすがは陛下と魔塔の宗主さまってとこか。

「あの~。訊いてもいいッスか」
「返事をするとは限らんが、訊くだけなら構わんぞ」

 うぎー!
 キレイな子どもの顔で言うと、なんかこう余計に「にくったらしい!」って感じになるのはなんでなの?

「えーと。今後どーするつもりなんスか? 一応、前の魔王は和平交渉とかしてたんスよね?」
「まあそうだな。奴はそなたの出現で『このまま国じゅう赤子まみれにされてはかなわん』と怖気おじけづき、そちらにとって一方的に有利な条件をもう少しで飲むところだった」
「え? そーなんスか」

 俺が目を丸くすると、魔王はあきれたように目を細め、自分のお茶をすすった。

「まったく、無駄に年ばかり取った者は、思考が固定化、形骸化して使えぬわ」
「……はあ」

 って、アンタだって実は相当な年よりだろ! って突っ込みたいところをぐっと我慢する。
 なるほど。帝国が出してきた条件が一方的すぎたのね。詳しいことはわかんねえけど、戦後補償だの利権の譲渡だの、かなり多めに要求してたってことらしいな。まあ戦勝国にはありがちなことなんだろうけどさ。

「帝国の者どもは、北側の困窮度合いを知らぬゆえな。あのような要求を飲んでしまえば、食い詰めて死ぬ魔族の民の死体が何千、何万と積み上がったことであろうよ」
「え──」
「その恨みはこれまでのものの上にさらに累積することになる。そうなれば、今まで以上の泥沼が待っているばかりだ。そこがわからぬとは」
「えっと……」

 焦ってチラッと見たら、ウルちゃんも少し悲しそうな顔になって固まっている。
 ……なるほど。どうやら嘘じゃなさそうだ。

「あやつに任せておけばなんとかなると思って、長年傍観していたのだがな。政治に興味はなかったのだが、あのままでは民らに甚大な被害が及ぶと判断した。同様に、不満を抱えていた臣らを引き込み、手引きをさせて討ち取った。というわけで、クーデターはあっという間に完遂させられたのよ」
「そーなんスか……」

 こっちのお国事情の一端がかいま見えて、俺は黙りこんだ。
 そうだよな。一般の民には老人や子どもだってたくさんいる。戦争のとき、いちばんを喰うのは、たぶん戦えない者たちだ。この魔王はそのことを心配して王座を奪い取ったわけか。
 というか、ちょっと声を掛けただけで臣下たちが寝返ったってことは、この魔王のポテンシャルがもともと凄かったってことだろうな。悔しいけど、たぶん人望もあるんだ、この人。

──でも。

 言っちゃいけない。
 でも、俺は腹の底から湧きあがってくるものを抑えることができなかった。

「でも……。じゃあ、なんでさらに『恨み』を積み上げたんスか?」
「なに?」

 魔王の目がギラッと光った。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

この世で彼女ひとり

豆狸
恋愛
──殿下。これを最後のお手紙にしたいと思っています。 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...