107 / 143
第九章 魔族の世界でも頑張ります
11 皇子に名前呼びを強要されます
しおりを挟む「陛下は、もう戦争をしたいとは思ってないんスよね……?」
《もちろんだ》
重々しくて、決意のこもった声。
でもその声は、複雑な響きを帯びていた。その裏にどのぐらいの事情と感情が隠れているのかは、俺なんかには想像もつかない。陛下だって、その生涯を通じてこの戦争をしてきた人だ。血縁や親しかった者を亡くしたことだって、一度や二度じゃないかもしれない。
だけど、陛下は帝国の皇帝だ。
たとえどんなに個人的な恨みがあるとしても、政治的な決断はもっと高いレベルで、全体を見わたして決めていく義務がある。少なくともあの帝国では、皇帝っていうのは、そういう立場の人、そういう決定のできる人のことを言うんだから。
そしてこの皇帝陛下なら、きっとそうしてくださるに違いない。
今の俺は、すでにそういう確信を持っていた。
あの皇子の父ちゃんが、そこまでアホなはずがないからだ。まあ、アホな息子がいないわけじゃないけども。
《この長年の魔族との戦争で、我らは多くのものを失ってきた。人命はもちろんのこと、巨額の戦費もな。今にして思えば、なんの建設的な意味もなく、ひたすらに何かを壊し、費やしてゆくばかりの虚しき年月であったことよ──》
「陛下……」
《戦争で死んでいった、あの有能な者らがいたならば、そして費やされた戦費があったならば……わが国がいま、どれほどの発展を遂げていることか。民らの生活が、どれほど安寧になっていたことか。まさに、まさに愚行としか呼べぬ所業であったと思っておる。戦争などというものはひたすらに愚だ。……これはまことぞ。まことの余の気持ちである》
俺は自分でも気づかないうちに、拳をぎゅっと握っていた。
「それ、本当ですね? 魔王にもそう伝えても構いませんね?」
《もちろんである》
俺の念押しに、陛下は重々しくうなずいてくださったようだった。
そこから俺たちは、今後の動きについてしばらく細かく話をした。もちろんみんな、この「密談」が魔王の耳に入ることは想定内ってことで話をしている。「魔王城の中で起こっていることは、どんな些細なことでもあの少年魔王の知るところだ」というのが宗主様の意見だったからだ。
《なんとかよろしく頼むぞ、マグニフィーク公爵令嬢。ここからの交渉は、そなたの肩にかかっておる。とはいえ、こうして非常な心配をしておられるそなたのお父上、お母上のためにも、決して命を粗末にせぬようにな》
「は、はい……! が、がんばりますっ」
ぎゅっと緊張が襲ってきて、体が硬くなる。
でもそこで、陛下は「それでは」とほかのみんなを退出させたらしかった。部屋に残ったのは、皇子ひとりになったらしい。どうやら今回、主要な通信者は皇子ってことになってるみたいだった。
《本当に大丈夫か、ケント》
「あ、うん……。『絶対に大丈夫!』って胸を叩けるほどじゃねえけど……」
《……そうなのか》
皇子の声は、急に暗いものに変わっていた。
俺はまた、つと胸を突かれる感覚に襲われる。いままでは気が張っていたから気づかなかったけど、皇子の声はなんとなく元気がないみたいに聞こえた。
皇子、実はものすごく憔悴しているのかもしれない。……多分、俺のことを心配してくれてるんだ。
そう思ったら、また俺の胸はナイフを刺し込まれたみたいな痛みを覚えた。
俺は敢えて自分の声をはげまし、明るく言った。
「でっ、でも! こっちの人たちだって話がわかんねえ奴ってわけじゃねえってわかったし。付き合ってみれば、みーんな普通で、家族や友達を大事にしてる人ばっかだったよ。最初は確かに怖かったけど、だから今は大丈夫。俺なりに、なんとかやってみようと思ってるから。心配しないでよ、皇子」
《……そうか。そなたがそこまで言うなら》
皇子の声が、ちょっと安堵したものに変わる。
《だが》
「ん?」
《いい加減、その呼び方はやめないか。……せめて、二人だけのときには》
「……んん?」
呼び方ってなんだ。何が問題……?
って考えてハッとした。
「って、あっ。ごめん!『殿下』って呼ばなきゃだったよな? ごめ……いや、すんませんっ!」
《そうじゃない》
「へ?」
《……わからないのか?》
おいおい。なんで急に不機嫌になるんだよー。
頭のなかで疑問符がぐるんぐるん回りまくる。
「いや、そのー。すんません、ワカリマセンが……?」
《……だから!『名前で呼べ』と言っている》
俺、停止した。
「…………はい?」
名前?
名前ってゆーとアレか。「クリストフ」って?
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
【第16回ファンタジー小説大賞受賞】
前世で冷酷皇帝と呼ばれた男は、気がつくと8歳の伯爵令嬢ユーリに転生していた。
変態貴族との結婚を迫られたユーリは家を飛び出し、前世で腹心だったクロードと再会する。
ユーリが今生で望むもの。それは「普通の人生」だ。
前世では大陸を制覇し、すべてを手にしたと言われた。
だが、その皇帝が唯一手に入れられなかったもの――それが「普通の人生」。
血塗られた人生はもう、うんざりだ。
穏やかで小さな幸せこそ、ユーリが望むもの。
それを手に入れようと、ユーリは一介の冒険者になり「普通の人生」を歩み始める。
前世の記憶と戦闘技術を引き継いではいたが、その身体は貧弱で魔力も乏しい。
だが、ユーリはそれを喜んで受け入れる。
泥まみれになってドブさらいをこなし。
腰を曲げて、薬草を採取し。
弱いモンスター相手に奮闘する。
だが、皇帝としての峻烈さも忘れてはいない。
自分の要求は絶対に押し通す。
刃向かう敵には一切容赦せず。
盗賊には一辺の情けもかけない。
時には皇帝らしい毅然とした態度。
時には年相応のあどけなさ。
そのギャップはクロードを戸惑わせ、人々を笑顔にする。
姿かたちは変わっても、そのカリスマ性は失われていなかった。
ユーリの魅力に惹かれ、彼女の周りには自然と人が集まってくる。
それはユーリが望んだ、本当の幸せだった。
カクヨム・小説家になろうにも投稿してます。
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
ピンクブロンド男爵令嬢の逆ざまあ
アソビのココロ
恋愛
ピンクブロンドの男爵令嬢スマイリーをお姫様抱っこして真実の愛を宣言、婚約者に婚約破棄を言い渡した第一王子ブライアン。ブライアンと話すらしたことのないスマイリーは、降って湧いた悪役令嬢ポジションに大慌て。そりゃ悪役令嬢といえばピンクブロンドの男爵令嬢が定番ですけれども!しかしこの婚約破棄劇には意外な裏があったのでした。
他サイトでも投稿しています。
婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。
藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」
婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで←
うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる