91 / 143
第八章 事態は一転、どん底です
5 とんでもない要求を突きつけられます
しおりを挟む
「そなたももう聞いているようだが、魔族の国では先ごろ、急な魔王交代劇があったらしい」
「はい。聞きました」
「新しく魔王になった者は、要するに帝国との和平交渉に反対していた者だった。同じような反対派を集めて、旧魔王派と戦い、勝利して王座を勝ち取ったということのようだ」
うん。そうだろうな。
その後の陛下と宗主さまの話はこうだった。
つまりそいつは、和平交渉の大きな原因をつくった俺を目の敵にしているわけだ。でも、直接俺に手を下す方法は見つからない。なにしろ下手に近づけば、みんなして赤ん坊時代に逆戻りは確定だからだ。
で、そいつは一計を案じた。
それで俺の動きを止めるため、まずは俺の身辺を探らせた。そうして最終的に今回の計画をたて、皇子をかどわかすことにしたわけだ。
もちろんそれは、俺と皇子がただならぬ仲だと見てのことだろう。ほんとはそんなの、かなり語弊のある状態なんだけどな。そんなもん、そいつらには関係ねえことだろうし。
(ちくしょうっ……!)
じゃあなんだ。
皇子は、俺のせいで巻き込まれたってことじゃねえか。
陛下はそこで、テーブルの上で布をかぶせて置かれていたものから布を取り去った。《魔力の珠》だった。皇子が持っていた方のやつだ。
それは皇子が連れ去られたあと、なぜか陛下の執務室の机の上に、いつのまにか置かれていたんだそうだ。
魔族からのメッセージはそこに記録されていた。
「奴らの要求はこうだ。……すなわち、そなたの身柄の拘束と引き渡し。あるいは──」
陛下は言いにくそうに言葉を切った。
「あるいは、そなたの処刑。それが確認できれば、皇子の命は保証し、ただちにこちらに返還すると」
「…………」
部屋は再び重苦しい沈黙に包まれた。
(やっぱり、かよ)
ぐうっと目の前が暗くなる。予想はしてたことだったけど、さすがにそのひと言は重かった。……とんでもなく。
そうか。身柄の引き渡しどころか、処刑まで要求してきてるってか。
ベル兄の顔からさらに血の気が引いている。血がにじむほど唇をかたく噛みしめて、じっと自分の膝のあたりを見つめている。痛々しくて見ていられない。
俺はやかましいくバクバク言う自分の心臓の音をしばらく聞いていた。
処刑。
つまり、殺されるってことだ。
俺自身はともかく、これはシルヴェーヌちゃんの体なのに。
こんなことになっちまって、本当に処刑されることになったら。俺、シルちゃんに合わせる顔がねえよ。シルちゃんだけじゃない。シルちゃんのパパンとママンにもだ。
一体どうしたらいいんだ?
どうしたら──。
頭の中はひたすらに混乱していたけど、俺はやっとのことで口を開いた。
自分の声がびっくりするぐらい掠れている。
「でも……なんか変じゃないです?」
「なにがだ?」
陛下が俺を見返す。息子が人質に取られている父親にしては、かなり静かな目だった。そりゃ心配していないはずはないけど、それをあまり表に出さないようにしてらっしゃる。さすが皇帝、やっぱり相当な胆力だ。
「だってですよ? それが可能だったんなら、なんで魔族のやつら、今までそういう手段に出なかったんです? 帝国は北壁で、ずっと奴らの侵入を食い止めてきましたけど、国内のあちこちに強力な魔力障壁も作ってるんでしょう。今回みたいな《跳躍》魔法で簡単に侵入できなくしてたはずなんじゃ……?」
「そう。そこなのだよ」
答えたのは宗主さまだった。
「その点については、すでに皇帝陛下ともお話し済みだ。帝国側の何者かの手引きもなしに、彼らが我が帝国にああまでやすやすと入り込めるはずがない。我ら魔塔の魔導士らが常時形成している魔力障壁は、おいそれと奴らに破られるような代物ではないのだからね」
「え……あの。何者かの、手引きって──」
キン、と脳の奥に針を刺されたような感覚。
ものすごく嫌な予感が、俺の心を貫いた。
まさか。
まさか……?
「シッ」
言いかけた言葉を、宗主様が唇の前に指を立てて制した。
「なにを考えているかは予想がつく。けれど、今は言葉にしないほうがいいよ、マグニフィーク大尉。もちろんこの場にも私の結界は張ってある。だが、いまは皇宮内で語られることのうち、本当の『密談』と呼べるものはないのかもしれないからね」
「ええっ……」
「魔族どもと内通し、この帝国を裏切って水面下で動いていた者らがあるとするなら、その証拠はごくごく内密に、かつ慎重に集めねばならない。いま、陛下と私の手下の者らが手分けをして虱潰しに調査しているところなのだよ」
「そ……そうなんスか」
宗主さまがそう言うなら、俺もこれ以上口にするのはやめよう。そっちは陛下と宗主さまたちに任せたほうがいい。
まあ、大体わかったようなもんだけどな。
今はそれよりも、皇子をどうやって救い出すかだ。
「というわけで。ここからは、《念話》によるご相談と参りましょうか」
不思議なほど静かな声で宗主さまはそう言って、にっこりと微笑んだ。
「はい。聞きました」
「新しく魔王になった者は、要するに帝国との和平交渉に反対していた者だった。同じような反対派を集めて、旧魔王派と戦い、勝利して王座を勝ち取ったということのようだ」
うん。そうだろうな。
その後の陛下と宗主さまの話はこうだった。
つまりそいつは、和平交渉の大きな原因をつくった俺を目の敵にしているわけだ。でも、直接俺に手を下す方法は見つからない。なにしろ下手に近づけば、みんなして赤ん坊時代に逆戻りは確定だからだ。
で、そいつは一計を案じた。
それで俺の動きを止めるため、まずは俺の身辺を探らせた。そうして最終的に今回の計画をたて、皇子をかどわかすことにしたわけだ。
もちろんそれは、俺と皇子がただならぬ仲だと見てのことだろう。ほんとはそんなの、かなり語弊のある状態なんだけどな。そんなもん、そいつらには関係ねえことだろうし。
(ちくしょうっ……!)
じゃあなんだ。
皇子は、俺のせいで巻き込まれたってことじゃねえか。
陛下はそこで、テーブルの上で布をかぶせて置かれていたものから布を取り去った。《魔力の珠》だった。皇子が持っていた方のやつだ。
それは皇子が連れ去られたあと、なぜか陛下の執務室の机の上に、いつのまにか置かれていたんだそうだ。
魔族からのメッセージはそこに記録されていた。
「奴らの要求はこうだ。……すなわち、そなたの身柄の拘束と引き渡し。あるいは──」
陛下は言いにくそうに言葉を切った。
「あるいは、そなたの処刑。それが確認できれば、皇子の命は保証し、ただちにこちらに返還すると」
「…………」
部屋は再び重苦しい沈黙に包まれた。
(やっぱり、かよ)
ぐうっと目の前が暗くなる。予想はしてたことだったけど、さすがにそのひと言は重かった。……とんでもなく。
そうか。身柄の引き渡しどころか、処刑まで要求してきてるってか。
ベル兄の顔からさらに血の気が引いている。血がにじむほど唇をかたく噛みしめて、じっと自分の膝のあたりを見つめている。痛々しくて見ていられない。
俺はやかましいくバクバク言う自分の心臓の音をしばらく聞いていた。
処刑。
つまり、殺されるってことだ。
俺自身はともかく、これはシルヴェーヌちゃんの体なのに。
こんなことになっちまって、本当に処刑されることになったら。俺、シルちゃんに合わせる顔がねえよ。シルちゃんだけじゃない。シルちゃんのパパンとママンにもだ。
一体どうしたらいいんだ?
どうしたら──。
頭の中はひたすらに混乱していたけど、俺はやっとのことで口を開いた。
自分の声がびっくりするぐらい掠れている。
「でも……なんか変じゃないです?」
「なにがだ?」
陛下が俺を見返す。息子が人質に取られている父親にしては、かなり静かな目だった。そりゃ心配していないはずはないけど、それをあまり表に出さないようにしてらっしゃる。さすが皇帝、やっぱり相当な胆力だ。
「だってですよ? それが可能だったんなら、なんで魔族のやつら、今までそういう手段に出なかったんです? 帝国は北壁で、ずっと奴らの侵入を食い止めてきましたけど、国内のあちこちに強力な魔力障壁も作ってるんでしょう。今回みたいな《跳躍》魔法で簡単に侵入できなくしてたはずなんじゃ……?」
「そう。そこなのだよ」
答えたのは宗主さまだった。
「その点については、すでに皇帝陛下ともお話し済みだ。帝国側の何者かの手引きもなしに、彼らが我が帝国にああまでやすやすと入り込めるはずがない。我ら魔塔の魔導士らが常時形成している魔力障壁は、おいそれと奴らに破られるような代物ではないのだからね」
「え……あの。何者かの、手引きって──」
キン、と脳の奥に針を刺されたような感覚。
ものすごく嫌な予感が、俺の心を貫いた。
まさか。
まさか……?
「シッ」
言いかけた言葉を、宗主様が唇の前に指を立てて制した。
「なにを考えているかは予想がつく。けれど、今は言葉にしないほうがいいよ、マグニフィーク大尉。もちろんこの場にも私の結界は張ってある。だが、いまは皇宮内で語られることのうち、本当の『密談』と呼べるものはないのかもしれないからね」
「ええっ……」
「魔族どもと内通し、この帝国を裏切って水面下で動いていた者らがあるとするなら、その証拠はごくごく内密に、かつ慎重に集めねばならない。いま、陛下と私の手下の者らが手分けをして虱潰しに調査しているところなのだよ」
「そ……そうなんスか」
宗主さまがそう言うなら、俺もこれ以上口にするのはやめよう。そっちは陛下と宗主さまたちに任せたほうがいい。
まあ、大体わかったようなもんだけどな。
今はそれよりも、皇子をどうやって救い出すかだ。
「というわけで。ここからは、《念話》によるご相談と参りましょうか」
不思議なほど静かな声で宗主さまはそう言って、にっこりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
【第16回ファンタジー小説大賞受賞】
前世で冷酷皇帝と呼ばれた男は、気がつくと8歳の伯爵令嬢ユーリに転生していた。
変態貴族との結婚を迫られたユーリは家を飛び出し、前世で腹心だったクロードと再会する。
ユーリが今生で望むもの。それは「普通の人生」だ。
前世では大陸を制覇し、すべてを手にしたと言われた。
だが、その皇帝が唯一手に入れられなかったもの――それが「普通の人生」。
血塗られた人生はもう、うんざりだ。
穏やかで小さな幸せこそ、ユーリが望むもの。
それを手に入れようと、ユーリは一介の冒険者になり「普通の人生」を歩み始める。
前世の記憶と戦闘技術を引き継いではいたが、その身体は貧弱で魔力も乏しい。
だが、ユーリはそれを喜んで受け入れる。
泥まみれになってドブさらいをこなし。
腰を曲げて、薬草を採取し。
弱いモンスター相手に奮闘する。
だが、皇帝としての峻烈さも忘れてはいない。
自分の要求は絶対に押し通す。
刃向かう敵には一切容赦せず。
盗賊には一辺の情けもかけない。
時には皇帝らしい毅然とした態度。
時には年相応のあどけなさ。
そのギャップはクロードを戸惑わせ、人々を笑顔にする。
姿かたちは変わっても、そのカリスマ性は失われていなかった。
ユーリの魅力に惹かれ、彼女の周りには自然と人が集まってくる。
それはユーリが望んだ、本当の幸せだった。
カクヨム・小説家になろうにも投稿してます。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ピンクブロンド男爵令嬢の逆ざまあ
アソビのココロ
恋愛
ピンクブロンドの男爵令嬢スマイリーをお姫様抱っこして真実の愛を宣言、婚約者に婚約破棄を言い渡した第一王子ブライアン。ブライアンと話すらしたことのないスマイリーは、降って湧いた悪役令嬢ポジションに大慌て。そりゃ悪役令嬢といえばピンクブロンドの男爵令嬢が定番ですけれども!しかしこの婚約破棄劇には意外な裏があったのでした。
他サイトでも投稿しています。
婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。
藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」
婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで←
うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる