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第八章 事態は一転、どん底です

5 とんでもない要求を突きつけられます

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「そなたももう聞いているようだが、魔族の国では先ごろ、急な魔王交代劇があったらしい」
「はい。聞きました」
「新しく魔王になった者は、要するに帝国との和平交渉に反対していた者だった。同じような反対派を集めて、旧魔王派と戦い、勝利して王座を勝ち取ったということのようだ」

 うん。そうだろうな。
 その後の陛下と宗主さまの話はこうだった。
 つまりそいつは、和平交渉の大きな原因をつくった俺を目のかたきにしているわけだ。でも、直接俺に手を下す方法は見つからない。なにしろ下手に近づけば、みんなして赤ん坊時代に逆戻りは確定だからだ。
 で、そいつは一計を案じた。
 それで俺の動きを止めるため、まずは俺の身辺を探らせた。そうして最終的に今回の計画をたて、皇子をかどわかすことにしたわけだ。
 もちろんそれは、俺と皇子がだと見てのことだろう。ほんとはそんなの、かなり語弊のある状態なんだけどな。そんなもん、そいつらには関係ねえことだろうし。

(ちくしょうっ……!)

 じゃあなんだ。
 皇子は、俺のせいで巻き込まれたってことじゃねえか。
 陛下はそこで、テーブルの上で布をかぶせて置かれていたものから布を取り去った。《魔力の珠》だった。皇子が持っていた方のやつだ。
 それは皇子が連れ去られたあと、なぜか陛下の執務室の机の上に、いつのまにか置かれていたんだそうだ。
 魔族からのメッセージはそこに記録されていた。

「奴らの要求はこうだ。……すなわち、そなたの身柄の拘束と引き渡し。あるいは──」
 
 陛下は言いにくそうに言葉を切った。

「あるいは、そなたの処刑。それが確認できれば、皇子の命は保証し、ただちにこちらに返還すると」
「…………」

 部屋は再び重苦しい沈黙に包まれた。

(やっぱり、かよ)

 ぐうっと目の前が暗くなる。予想はしてたことだったけど、さすがにそのひと言は重かった。……とんでもなく。
 そうか。身柄の引き渡しどころか、処刑まで要求してきてるってか。
 ベル兄の顔からさらに血の気が引いている。血がにじむほど唇をかたく噛みしめて、じっと自分の膝のあたりを見つめている。痛々しくて見ていられない。
 俺はやかましいくバクバク言う自分の心臓の音をしばらく聞いていた。

 処刑。
 つまり、殺されるってことだ。
 俺自身はともかく、これはシルヴェーヌちゃんの体なのに。
 こんなことになっちまって、本当に処刑されることになったら。俺、シルちゃんに合わせる顔がねえよ。シルちゃんだけじゃない。シルちゃんのパパンとママンにもだ。
 一体どうしたらいいんだ?
 どうしたら──。

 頭の中はひたすらに混乱していたけど、俺はやっとのことで口を開いた。
 自分の声がびっくりするぐらいかすれている。

「でも……なんか変じゃないです?」
「なにがだ?」

 陛下が俺を見返す。息子が人質に取られている父親にしては、かなり静かな目だった。そりゃ心配していないはずはないけど、それをあまり表に出さないようにしてらっしゃる。さすが皇帝、やっぱり相当な胆力だ。

「だってですよ? それが可能だったんなら、なんで魔族のやつら、今までそういう手段に出なかったんです? 帝国は北壁で、ずっと奴らの侵入を食い止めてきましたけど、国内のあちこちに強力な魔力障壁も作ってるんでしょう。今回みたいな《跳躍》魔法で簡単に侵入できなくしてたはずなんじゃ……?」
「そう。そこなのだよ」

 答えたのは宗主さまだった。

「その点については、すでに皇帝陛下ともお話し済みだ。帝国側の何者かの手引きもなしに、彼らが我が帝国にああまでやすやすと入り込めるはずがない。我ら魔塔の魔導士らが常時形成している魔力障壁は、おいそれと奴らに破られるような代物しろものではないのだからね」
「え……あの。何者かの、手引きって──」

 キン、と脳の奥に針を刺されたような感覚。
 ものすごく嫌な予感が、俺の心を貫いた。
 まさか。
 まさか……?

「シッ」
 言いかけた言葉を、宗主様が唇の前に指を立てて制した。
「なにを考えているかは予想がつく。けれど、今は言葉にしないほうがいいよ、マグニフィーク大尉。もちろんこの場にも私の結界は張ってある。だが、いまは皇宮内で語られることのうち、本当の『密談』と呼べるものはないのかもしれないからね」
「ええっ……」
「魔族どもと内通し、この帝国を裏切って水面下で動いていた者らがあるとするなら、その証拠はごくごく内密に、かつ慎重に集めねばならない。いま、陛下と私の手下てかの者らが手分けをして虱潰しらみつぶしに調査しているところなのだよ」
「そ……そうなんスか」

 宗主さまがそう言うなら、俺もこれ以上口にするのはやめよう。そっちは陛下と宗主さまたちに任せたほうがいい。
 まあ、大体わかったようなもんだけどな。
 今はそれよりも、皇子をどうやって救い出すかだ。

「というわけで。ここからは、《念話》によるご相談と参りましょうか」

 不思議なほど静かな声で宗主さまはそう言って、にっこりと微笑んだ。
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