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第七章 今後の進路に悩みます

7 皇子のトンデモ提案です

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「ってコラ、皇子っ……!」

 次の瞬間。
 俺はもう一足飛びにすっとんで皇子の隣に立ち、その胸倉をつかみ上げていた。

「なーにをふざけたことをぬかしてやがんでえ! 言ったろーが! アンタはここにいなくちゃなんねえ人だってよお!」
「そうだぞっ、クリストフ!」

 ベル兄も血相を変えて駆け寄ってくる。
 でもその腕は、すぐに皇子の胸元をつかんでる俺の手にかかり、無造作にぐいと引き離していた。
 ま、そうだわな。これ、下手したら皇族侮辱罪とかでチョーンと首が飛ぶとこだもんな。……くっそう、ちょっと興奮しすぎたわ。と思ったけど、俺の興奮は止まりなんかしなかった。
 でも、そんな俺を制してまず言ったのはベル兄だった。

「冗談も休み休み言え。お前があっちに行ってどうするんだ。こっちの国はどうなるんだっ! お前はこの国の皇子なんだぞ!」
「そんなことはわかっている」
「いいや、わかってねーよ」

 次に言ったのはもちろん俺。
 思ってた以上にドスのきいた低い声が出て、自分でも驚いた。

「前にも言っただろ。ここだけの話、いまの帝国の皇太子も第二皇子も、クッソクソのクソじゃねえか。貴族も平民のみんなも、なんだかんだアンタを頼りに思ってんだ。『もしこれからなんかあっても、クリストフ殿下がおられるから安心』ってよ。そのみんなをどーする気なんだっ!」
「…………」

 さすがに言葉につまって、皇子が唇を噛む。
 エマちゃんは真っ青な顔で口もとを覆ってキョロキョロしてる。グウェナエル宗主は相変わらずのいだ風情で、興奮してる俺たちをじっと見つめているだけだ。

「それにっ、皇后陛下はどーすんだ。あんた、あの人のたった一人の息子だろうがっ。かーちゃん置いてあっちに行くとかふざけんな。そんなの、ぜってえ認めねえかんなっ!」
「……しかしっ」
「しかしじゃねえっ!」
「はいはい、どうどう。落ち着けってシルヴェ……じゃなくてケントか」

 もう一回つかみかかろうとした俺を、すんでのところでベル兄が止めた。
 皇子はもう、どうしようもないような悲しそうな目でこっちを一瞥いちべつすると、ふいっと顔をそむけて宗主に向き直った。

「……ともかく。何か方策はないのでしょうか。私はなんとしても……ケントを一人であちらへ帰したくないのです。それをお訊ねしたかった」
「左様ですか」

 俺たちのヒートアップとは反比例するみてえに、宗主はめちゃくちゃに静かだった。どこまでも。長い睫毛をほんの少しだけを下げて少しのあいだ床を見つめ、何かを考えている風だったけど、やがて顔をあげて言った。

「ともあれ、お時間をいただかねばなりません。ご両人とも、です」
「は……はい。それは、もちろんにございます」
 皇子が困った顔になって頭を下げた。
 俺もそれにならって、慌ててぴょこんとお辞儀をした。
「よっ、よろしくお願いしますっ……!」

 頭を下げたままちらっと盗み見たら、隣の皇子はやっぱり険しい顔をしていた。唇を噛みしめ、両手を握りしめたままだ。
 ……こんなキツい顔したこの人、はじめて見たかも。
 ズキン、と胸の奥が痛んで、目元があやしくなる。
 それをこらえようと奥歯を噛みしめた時だった。いきなり皇子が俺の腕をぐいと掴んでひっぱった。

「えっ? おい……!」

 そのままズルズルと大広間の外へ引きずり出されてしまう。

「わわわっ……あのっ、そそ、宗主様っ、それじゃ、あの……モロモロお願いしますううっ!」
「はい。こちらも色々と調べておきますので、ご安心を」

 広間にはにこやかに答えた宗主さまと、ベル兄、エマちゃんが取り残された。
 ベル兄がひらひらこっちに片手を振っている。ベル兄も、もしかして宗主になんか話があるのかもしれなかった。
 ついでに、慌てて俺について来ようとしたエマちゃんを引き留めている。
 俺はそのまま、広間に通じるでかい回廊まで引っ張っていかれた。

「でっ……殿下っ。はなせよっ」

 何度かそう言ってるのに、皇子の手はがっちり俺の手首をつかんで離さねえ。そのまんま、回廊がぐるりと囲んでいる中庭の隅まで連れていかれた。
 もともとあまり人影の見えねえ建物だけど、そこまでいくと本当にだれもいなくなった。
 そこでようやく、皇子は俺の手を離した。

「あ……いってて」

 手首がじんじん痺れている。なんだかんだ言っても、それなりに鍛えていても、これはやっぱ女の子の体だ。本物の男の力にはかなわねえ。くそっ、悔しい。

「シルヴェーヌ。……いや、ケント。なぜあんなことを──」
「なぜもクソもねえわ。言った通りだっつーの」

 俺はぎゅうっと皇子の目を睨み返しながら言った。
 さっきまで、まともに見返すこともできなかったのに。なんでこんなシチュエーションなら見返せるんだっつーの。

(だって……。ほかにどうしろっつーんだよ)

「俺はともかく、シルヴェーヌちゃんは帰してやんなきゃなんねえだろ。それに、どうせこの体に俺がいるまんまじゃ、あの子は帰ってこられねえんだしっ……!」

 そんな怒られたって、睨まれたってさ。
 俺、困る。
 ……困るしかねえじゃんよ。

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