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第六章 北壁への参戦、本格化です
8 思わぬ展開に至ります?
しおりを挟むさて、それから。
俺の活躍は当然、八面六臂ってなもんだった。
あっちの壁が破られたと聞けば、《跳躍》の魔法で飛ばしてもらってそこへ出向き、襲い掛かって来た魔族軍を「薙ぎ払った」。
……はい、もうわかりますね?
後に残ったのは、死屍累々ならぬ赤子累々。
あっちもこっちもベビーラッシュ。
あっちもこっちも赤ん坊の泣き声の嵐。
阿鼻叫喚なのはむしろこっちの兵たち。
ある意味地獄……?
「うわっ、こら! マントを噛むなあ!」
「あいててて、髪を引っ張るな! いっててて!」
「いやはや、こんなに子育てが大変とは……」
「お前なんかまだマシだろう。オーガの子は夜泣きがひどすぎるんだぞ。ほとんど夜じゅう泣きっぱなしなんだからな。こっちはずっと寝不足だ!」
「何を言う。俺のとこの人狼の子どもなんて、あれもイヤ、これもイヤって昼間もずっと泣きっぱなしだわ!」
「よくよく田舎の妻の苦労がわかったよ、俺は」
「うんうん。帰ったら、もうちょっと優しくしてやろうと思ってた、俺も」
「なんでもいい。とにかくちょっとでいいから寝かせてくれえ!」
いやもう大騒ぎですって。
てんやわんやってこれだよな。マジで!
基本的に男が多いもんだから余計になあ。
魔族の赤ん坊たちの夜泣きとイヤイヤ期に翻弄される男ども。
もしも姉貴がこの場にいたら、「うひゃひゃひゃひゃ」って大笑いだろうなー。
本陣に連れ帰られた魔族の赤ん坊たちは、今はそこに暮らしている人々の手で大切に育てられ、保護されている。
とはいえなんだかんだ言っても魔族の子。食欲だけはどの子もものすごい。こっちの限りある食料が、毎日驚くような速さで消えていく。気の毒に、食糧庫担当の将校はずっと青い顔をしていた。
そんなことが三十日も続いたころ。
とうとう魔族側からトリスタン殿あてに、とある重大な打診がきた。
メッセージの送り主は、なんと魔王その人だった。
『帝国軍、聖騎士トリスタン殿。一時停戦を願いたい』ってさ。そして『停戦にあたってなにかそちらの要求はあるか』だとさ。
いや実際はもっと小難しい言葉を書き連ねて来たんだろうけど。
とにかく「停戦したい」って、ひたすらそれを書いてあったらしくてよ。
もはや懇願にちかい感じ。
無理もないわな。
金と労力をかけて育て上げて来た兵士たちが、送りだしても送りだしても、すべて赤ん坊に変えられて敵方の手に落ちていくんだ。
別に死んでるわけじゃねえから、あっちの家族やなんかは悲しんではいないみたいなんだけどな。でも、ものすんごい微妙な反応になっちゃってるらしい。
ま、そりゃそうだわな。わかるよ。
俺だって、クリストフ殿下やベル兄がいきなり赤ん坊になって戻ってきたら、めちゃくちゃ微妙な気分になるもんなあ。たとえ赤ん坊だとしても、一応、人質は人質ってことになるんだろうし。
で、トリスタン殿は幕僚のみなさんを集め、俺たちとも相談をして、最終的にこう返事をした。
『捕虜ひとりにつき、こちらの貨幣で金貨百枚にあたる額を要求したい』ってな。
あ、金貨ってのはもとの世界で言うと大体十万円ぐらいだと思っとくといい感じ。それが百枚ってことだから、一人につき一千万円くれって言ってるのと同じようなもんだ。
ちょっと高すぎる気もするけど、こっちも一応、赤ん坊たちの世話に金がかかっちゃってるわけだし。しかもめちゃくちゃ大食らいの赤ん坊だし。そのぐらいは面倒見てもらわないと、正直困っちまうしなあ。
で、数日後。
魔族側からやってきた使節の面々が、やっぱりものすごーく微妙な顔をして、山ほどの赤ちゃんたちを連れて帰っていきましたとさ。
え? 赤ん坊たちの反応はどうだったかって?
そりゃもうギャーギャーピーピー大騒ぎでさ。大変そうだったわー。
この短期間のうちにも、世話をしてた兵士にめっちゃなついちゃった子がたくさんいたみたいでさあ。
あ、それで思い出したけど。
「ピュピューイ、ピピピピイ!」
俺が最初に拾った赤いドラゴンの赤ちゃんも、なんかめちゃくちゃ俺になついちゃって、どうしても俺から離れてくれなかった。
鳥と似たような感じで、いわゆる「刷り込み」状態になっちまったみたいでさ。俺のこと、本当のママだと思ってるみたいなのよ。
もうさ、あれよ。「ヒギイイイ!」って大泣きしちゃって「絶対にこの人から離れません!」って必死の顔でしがみついてくるわ、無理に引き離そうとする奴には赤ん坊なりに可愛い炎を吐き散らして火傷させるわで、えらいことになっちゃって。
一応打診してみたら、どうやらこのドラゴンは天涯孤独の身らしくてさ。あっちで待ってる親族(って言うのかどうかしらねーけど)やなんかがまったくいないんで、「もう良かったらそっちで面倒みてくれないか」って魔王本人から返事が来たんだって。なんとなく申し訳なさそーな文面で。うははは。
ってなわけで、俺はこの子に「ドット」って名前を付けて、自分で飼うことにした。「ドット」は橄欖石から。瞳がちょうど、あの薄い緑色の宝石によく似てるからさ。
別に「ペリ」でも「ペリドー」でも「ドット」でもよかったんだけど、本人(っていうのかなこういう場合?)に訊いたら「ドット」の時にいちばん嬉しそうに翼をパタパタさせたもんだから。
そうやってすったもんだしているうちに、やがて魔王はとうとう帝国の皇帝に親書を送ってきたらしい。
『なんとか和平協定を結ぶわけには参らぬか』っていう一文を添えてな。
(やったぜ……!)
それを聞いた時の、北壁の騎士と兵士たちの喜びようったらなかった。
もちろん俺も、クリストフ殿下も、ベル兄も。
トリスタン殿もひどく嬉しそうだった。
それでみんなで前祝いのパーティをやり、俺はトリスタン殿から「此度の戦に現れた救国の女神」なんて紹介されて、またもやどちゃくそ赤面させられる羽目になった。
「ピュピューイ、ぴゅいぴゅい!」
ってドットも嬉しそうに俺の頭の上をくるくる飛び回って喜んだ。
ったく、勘弁しろよー。
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