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第六章 北壁への参戦、本格化です
3 天幕での密談です
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「陰謀などというものは、総じて『結局だれが最終的に得をするのか』という視点で見れば大抵の黒幕は推測できる。……そうでありましょう? クリストフ殿下」
「はい。おっしゃる通りかと」
密談はそんなやりとりから始まった。
とはいえ、トリスタン殿もクリストフ殿下も、まるで世間話でもするみたいにリラックスした雰囲気だ。
トリスタン殿の天幕にはこういう場合のための簡素なテーブルと椅子のセットが置かれていて、俺たちはそこに座り、お茶なんかまで出されてくつろいだ状態だった。
聖騎士どののすぐそばには、この人の得物である使い込まれた大剣が置かれている。
「では忌憚のなきところをお聞かせ願えましょうか? 殿下。あなた様は、此度の黒幕を誰だと目しておられましょうや」
「それはまた、ずいぶんと直球なご質問ですね」
うーん。ほんっとーにド直球だよなあ。
でも、トリスタン殿はどこまでもにこにこ顔を崩さない。
それは殿下も同じだった。
「直球? とは?」
「ああ、申し訳ありません。これは特別な『野球用語』にございましたね」
「ヤキュウ?」
殿下はベル兄と目を見かわして少し笑った。それから、俺の名前を出して簡単に野球についての説明をした。
トリスタン殿は目を丸くして俺を見た。
「なんと。姫にはそんな特技もおありか」
「いや、特技っつうか……」
俺は後頭部をぽりぽり掻いた。
「話を戻してくださいよ。今は野球の話じゃないっしょ」
「それもそうだ」
言って皇子は少し真顔になった。
「確証のないことは軽々に申せませんが。私がどのように調べ、また考えてみましても、辿り着くのは同じ人々でした」
「ほう?」
トリスタン殿は目を伏せて茶を口に含む。でかくてごつい手のせいで、普通のカップがおままごとのカップみてえに見える。
対する皇子はテーブルの上で手を組み合わせ、静かな声で続けた。
「お判りでしょう? 私の敵対者たちと申せば、決まっております」
「……左様で」
つまり側妃がわの人間ってことか。やっぱりかー。
「でも、なんでっすか? いくら側妃がわの奴らったって、それでも人間だし帝国の人間でしょ? こっちがわに領地だってなんだって、大事なもんが揃ってんでしょ? 魔族どもの手助けなんかしたら、結局自分たちだって困ったことになるんじゃないんスか?」
だってそうじゃん?
魔族たちはこの寒い北壁の北側にいて、いつもいつも南下しようと虎視眈々と狙っている。その圧力はこの世界で何百年も続いてきたと聞いている。
もしも魔族が少しでもこの北壁の南側に侵攻してきたらどうなるか? そんなのは、火を見るよりも明らかだ。
魔族たちは人間とは違って、上位の者には知識や知恵があるけれど、下位は野獣かそれより低い知能しかないものが多い。一旦たがが外れたら、どんなひどいことになるか想像もつかないんだ。
……いや、ある程度の想像はつく。
しかも、ものすんごくひどいことになるのは分かってる。
知能が低いってことは、本能のままに行動するってことでもある。
食欲と性欲を満たすこと。そして、暴走する暴力性。
その先は……わかりきってる。
帝国民たちはズタズタにされる。色んな意味で。特に平民はひどいことになる。
血みどろになり、燃え上がる村々の姿が鮮やかに目の裏に展開されて、俺は心底、ぞっとした。
(そんなこと、絶対に許せねえ)
思わず唇をかみしめて両手を拳に握りしめる。
トリスタン殿はつぶさに観察するような静かな目でしばらく俺を見ていたが、やがて口を開いた。
「姫の想像のとおりだ。……だからまあ、そこは魔族側の、そうとう上の奴と手を組んでいると見なくてはならないだろう」
「上の奴って?」
「……魔王か、その側近か──要するに、そのあたりの幹部連中のだれかかな」
「え、魔王?」
そんな単語、ゲームの中でしか見たことねえんだけど。
びっくりして思わずきょろきょろした俺に、殿下もベル兄も「当然だな」って顔でうなずき返してくる。
ま、マジかよ……。
「要するに、協力する代わりに帝国の領土か権益の一部を提供しよう……とかなんとか、うまく丸め込んだつもりで何かを約束したのだろう。あれほどの強力な黒魔術を使うには、かなりの上位魔族が関与していると見るのが妥当だし」
「そ、そーんなんすか? 殿下」
「かなり危険なやり方ではあるけどな。それぐらい、あっち……つまりクリストフ殿下の敵たちは追い詰められてきてるんだろう。皇太子も第二皇子も、ここんとこロクなことをやってないし。悪い噂が絶えないからなあ」
答えたのはベル兄。
「そーなの?」
「そうだぜ? ほとんど毎週のように難癖をつけちゃあ平民に迷惑をかけてるし、どっちも女癖はサイテーだしなあ。側妃に友好的だったはずの貴族たちも、だいぶ匙を投げかけてるんだよな。これ以上は庇えないってさ」
「うへえ」
ベル兄が教えてくれた内容は、俺が聞いてた噂よりだいぶひどかった。奴らが権益欲しさにだまし討ちみたいなことをして、借金まみれにされ、持ち物はもちろんのこと、娘を売らざるを得なくなった親も多いそうだ。
当然、一家は離散。それを苦にして自殺してしまう人もかなりいるとか。街には、そうやって親をなくしてしまった子どもたちが浮浪児となってうろついているんだそうだ。
(……本当にひでえな)
そんなこんなで、平民はもちろんのこと、貴族の間でも第三皇子であるクリストフ殿下の人気がさらにうなぎのぼりらしい。「次期皇帝はぜひクリストフ殿下を」と推す声が絶えないんだとか。
反対に、側妃がわへの深い恨みを持つ人はどんどん増えるばかりだ。
そりゃ側妃がわは焦るわなあ。
「はい。おっしゃる通りかと」
密談はそんなやりとりから始まった。
とはいえ、トリスタン殿もクリストフ殿下も、まるで世間話でもするみたいにリラックスした雰囲気だ。
トリスタン殿の天幕にはこういう場合のための簡素なテーブルと椅子のセットが置かれていて、俺たちはそこに座り、お茶なんかまで出されてくつろいだ状態だった。
聖騎士どののすぐそばには、この人の得物である使い込まれた大剣が置かれている。
「では忌憚のなきところをお聞かせ願えましょうか? 殿下。あなた様は、此度の黒幕を誰だと目しておられましょうや」
「それはまた、ずいぶんと直球なご質問ですね」
うーん。ほんっとーにド直球だよなあ。
でも、トリスタン殿はどこまでもにこにこ顔を崩さない。
それは殿下も同じだった。
「直球? とは?」
「ああ、申し訳ありません。これは特別な『野球用語』にございましたね」
「ヤキュウ?」
殿下はベル兄と目を見かわして少し笑った。それから、俺の名前を出して簡単に野球についての説明をした。
トリスタン殿は目を丸くして俺を見た。
「なんと。姫にはそんな特技もおありか」
「いや、特技っつうか……」
俺は後頭部をぽりぽり掻いた。
「話を戻してくださいよ。今は野球の話じゃないっしょ」
「それもそうだ」
言って皇子は少し真顔になった。
「確証のないことは軽々に申せませんが。私がどのように調べ、また考えてみましても、辿り着くのは同じ人々でした」
「ほう?」
トリスタン殿は目を伏せて茶を口に含む。でかくてごつい手のせいで、普通のカップがおままごとのカップみてえに見える。
対する皇子はテーブルの上で手を組み合わせ、静かな声で続けた。
「お判りでしょう? 私の敵対者たちと申せば、決まっております」
「……左様で」
つまり側妃がわの人間ってことか。やっぱりかー。
「でも、なんでっすか? いくら側妃がわの奴らったって、それでも人間だし帝国の人間でしょ? こっちがわに領地だってなんだって、大事なもんが揃ってんでしょ? 魔族どもの手助けなんかしたら、結局自分たちだって困ったことになるんじゃないんスか?」
だってそうじゃん?
魔族たちはこの寒い北壁の北側にいて、いつもいつも南下しようと虎視眈々と狙っている。その圧力はこの世界で何百年も続いてきたと聞いている。
もしも魔族が少しでもこの北壁の南側に侵攻してきたらどうなるか? そんなのは、火を見るよりも明らかだ。
魔族たちは人間とは違って、上位の者には知識や知恵があるけれど、下位は野獣かそれより低い知能しかないものが多い。一旦たがが外れたら、どんなひどいことになるか想像もつかないんだ。
……いや、ある程度の想像はつく。
しかも、ものすんごくひどいことになるのは分かってる。
知能が低いってことは、本能のままに行動するってことでもある。
食欲と性欲を満たすこと。そして、暴走する暴力性。
その先は……わかりきってる。
帝国民たちはズタズタにされる。色んな意味で。特に平民はひどいことになる。
血みどろになり、燃え上がる村々の姿が鮮やかに目の裏に展開されて、俺は心底、ぞっとした。
(そんなこと、絶対に許せねえ)
思わず唇をかみしめて両手を拳に握りしめる。
トリスタン殿はつぶさに観察するような静かな目でしばらく俺を見ていたが、やがて口を開いた。
「姫の想像のとおりだ。……だからまあ、そこは魔族側の、そうとう上の奴と手を組んでいると見なくてはならないだろう」
「上の奴って?」
「……魔王か、その側近か──要するに、そのあたりの幹部連中のだれかかな」
「え、魔王?」
そんな単語、ゲームの中でしか見たことねえんだけど。
びっくりして思わずきょろきょろした俺に、殿下もベル兄も「当然だな」って顔でうなずき返してくる。
ま、マジかよ……。
「要するに、協力する代わりに帝国の領土か権益の一部を提供しよう……とかなんとか、うまく丸め込んだつもりで何かを約束したのだろう。あれほどの強力な黒魔術を使うには、かなりの上位魔族が関与していると見るのが妥当だし」
「そ、そーんなんすか? 殿下」
「かなり危険なやり方ではあるけどな。それぐらい、あっち……つまりクリストフ殿下の敵たちは追い詰められてきてるんだろう。皇太子も第二皇子も、ここんとこロクなことをやってないし。悪い噂が絶えないからなあ」
答えたのはベル兄。
「そーなの?」
「そうだぜ? ほとんど毎週のように難癖をつけちゃあ平民に迷惑をかけてるし、どっちも女癖はサイテーだしなあ。側妃に友好的だったはずの貴族たちも、だいぶ匙を投げかけてるんだよな。これ以上は庇えないってさ」
「うへえ」
ベル兄が教えてくれた内容は、俺が聞いてた噂よりだいぶひどかった。奴らが権益欲しさにだまし討ちみたいなことをして、借金まみれにされ、持ち物はもちろんのこと、娘を売らざるを得なくなった親も多いそうだ。
当然、一家は離散。それを苦にして自殺してしまう人もかなりいるとか。街には、そうやって親をなくしてしまった子どもたちが浮浪児となってうろついているんだそうだ。
(……本当にひでえな)
そんなこんなで、平民はもちろんのこと、貴族の間でも第三皇子であるクリストフ殿下の人気がさらにうなぎのぼりらしい。「次期皇帝はぜひクリストフ殿下を」と推す声が絶えないんだとか。
反対に、側妃がわへの深い恨みを持つ人はどんどん増えるばかりだ。
そりゃ側妃がわは焦るわなあ。
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