上 下
62 / 143
第五章 事態は急転直下です

13 聖騎士トリスタンさまってどんな方?

しおりを挟む
 宗主さまは考え込んでいる俺をしばらく黙って見つめていた。
 けど、唐突にひとつ瞬きをして言った。

「今後のことは、またおいおい相談するといたしましょう。あなたは皇子殿下から《魔力の珠》を預かっていらっしゃると聞いておりますが、まことですか」
「あ、はい……」

 俺は腰のベルトについた小さな革製バッグから《魔力の珠》を取り出して見せた。実は皇子から、特にこの作戦に従事している間は肌身離さず持っているように言われて、ずっとこうしてるんだよな。もちろん皇子も持ってきている。
 この革バッグそのものは、騎士団のベルトに大抵はついているものだ。普通の騎士はここに応急処置用の薬だの包帯だの、身分証だの携帯食だのを入れていることがほとんどだ。でも俺は「まず何よりこれを入れておけ」と言われちゃったもんだから。
 実際、持ってると便利なのは確かだし。皇子専用のGPS機能とかついてるんじゃねえかって、ちょい疑ってるとこはあるけど。

「でしたら、今後の連絡はそれで。……それよりも、客人が来たようです」
「──え!?」

 宗主さまがふいっと人差し指をゆらしたとたん、ヴン、と周囲のが変わった。
 本当に「空気」としか言いようのないものだった。けど、それは俺にもはっきりと感じられた。
 その瞬間、窓の外でさえずっている小鳥の声が急にはっきりと聞こえてきたんだ。まるで、透明な壁が一枚とりはらわれたみたいに。

(そうか──)

 最初は気づかなかったけど、宗主さまはこの密談を始める前から、しっかりこの部屋に結界を張ってくれていたらしい。そりゃそうか。誰かに聞かれちゃマズい話ばっかだったもんな。「壁に耳あり、障子に目あり」ってやつだ。
 すぐに扉をノックする音がして、扉の前にいた護衛兵の声がした。

「聖騎士トリスタン殿がおいでです。お通ししてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」

 宗主さまがさらっと答えると、さっと扉が開いた。俺は目をみはった。

(おお……!)

 よく考えたら俺、呪いに取りつかれて寝ていたこの人のことしか知らなかった。
 いま、意識と力を取り戻してそこに現れた人は本当に堂々とした偉丈夫いじょうふだった。皇子たちよりさらに背が高く、肩幅も広くてがっちりしている。年は三十前後ってとこか。目は意思に燃えて爛々と光っている。イケメンって言うよりは、どこからどう見てもイイ感じのイケオジだ。そしてかなりのワイルド系。
 え? なんで「偉丈夫」なんて言葉を知ってんだって?
 そりゃもちろん周りの奴らが、あれやこれや言葉をつくして日頃からこの人のことをほめたたえてるからよ。いい加減、語彙も豊富になるわ。

 トリスタン殿は俺たちをさっと見回すと、すぐに腰を折って騎士としての礼をした。宗主さま、皇子、ベル兄に続いて俺に向き直り、すっと近づいてきて俺の足元に片膝をつく。
 貴族の女性のたしなみとして、騎士にこうされたら普通に手を差し出すもんなんで、俺もひとまずそうしてみた。

「シルヴェーヌ・マグニフィーク少尉殿。目覚めた状態ではお初にお目にかかりまする。トリスタンにございまする」

 聖騎士殿は俺の手を取って軽く口づけた。一挙手一投足すべてが、めっちゃサマになってる。
 そこ、皇子! にこにこしてる振りしてっけど、俺の目からはあからさまに嫌そーな顔にしか見えねーから! やめなさいっつーの。

此度こたびはあのすさまじき呪いの死地から我が身をお救いいただき、まことに感謝に堪えませぬ。心より御礼を申し上げまする」
「あ、……いえ。これが俺のここでの仕事ッスから」

 ぽりぽり後頭部を掻いたら、聖騎士殿は「ご謙遜を」と言ってふっと笑った。
 うおう。ワイルドイケオジの笑顔もかなりの破壊力だぞ!
 そして皇子! 目がこええ。
 宗主さまは全部をしっかり目に留めてらっしゃるはずだけど、その全部をきれいに無視して聖騎士殿を俺たちのいるテーブルへいざなった。

「前線で何か動きでもございましたか」
「は。幸い、あれから大きな動きはございませぬが──」

 言ってトリスタン殿はちらりと俺に視線をくれた。

「このたびは、折り入ってマグニフィーク少尉にお願いの儀があってまかり越しました。お聞きいただけましょうや、少尉殿」
「あ……あの。いいんですけど」
 ちょっと戸惑いまくりで、俺はブンブン顔と手をふった。
「その……敬語はやめてください。俺なんて、たかがペーペーの少尉ッスから」
「いえ、そういうわけには」

 そこでまたちょっとしたすったもんだがあったけど、結局トリスタン殿は宗主様のとりなしもあって、普通の言葉遣いになってくれた。……まあ、皇子は不満そうな顔してたけどね。

「願いというのは、他のことではありませぬ。少尉のたぐいまれなその力、ぜひとも前線で使ってもらうわけには参らぬか」
「その儀はどうかご容赦を」

 だれよりも先に答えたのは皇子だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

子兎とシープドッグ

篠原 皐月
恋愛
新人OLの君島綾乃は、入社以来仕事もプライベートもトラブル続きで自信喪失気味。そんな彼女がちょっとした親切心から起こした行動で、予想外の出会いが待っていた。 なかなか自分に自信が持てない綾乃と、彼女に振り回される周囲の人間模様です。

前世は冷酷皇帝、今世は幼女

まさキチ
ファンタジー
【第16回ファンタジー小説大賞受賞】  前世で冷酷皇帝と呼ばれた男は、気がつくと8歳の伯爵令嬢ユーリに転生していた。  変態貴族との結婚を迫られたユーリは家を飛び出し、前世で腹心だったクロードと再会する。  ユーリが今生で望むもの。それは「普通の人生」だ。  前世では大陸を制覇し、すべてを手にしたと言われた。  だが、その皇帝が唯一手に入れられなかったもの――それが「普通の人生」。  血塗られた人生はもう、うんざりだ。  穏やかで小さな幸せこそ、ユーリが望むもの。  それを手に入れようと、ユーリは一介の冒険者になり「普通の人生」を歩み始める。  前世の記憶と戦闘技術を引き継いではいたが、その身体は貧弱で魔力も乏しい。  だが、ユーリはそれを喜んで受け入れる。  泥まみれになってドブさらいをこなし。  腰を曲げて、薬草を採取し。  弱いモンスター相手に奮闘する。  だが、皇帝としての峻烈さも忘れてはいない。  自分の要求は絶対に押し通す。  刃向かう敵には一切容赦せず。  盗賊には一辺の情けもかけない。  時には皇帝らしい毅然とした態度。  時には年相応のあどけなさ。  そのギャップはクロードを戸惑わせ、人々を笑顔にする。  姿かたちは変わっても、そのカリスマ性は失われていなかった。  ユーリの魅力に惹かれ、彼女の周りには自然と人が集まってくる。  それはユーリが望んだ、本当の幸せだった。  カクヨム・小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...