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第五章 事態は急転直下です
13 聖騎士トリスタンさまってどんな方?
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宗主さまは考え込んでいる俺をしばらく黙って見つめていた。
けど、唐突にひとつ瞬きをして言った。
「今後のことは、またおいおい相談するといたしましょう。あなたは皇子殿下から《魔力の珠》を預かっていらっしゃると聞いておりますが、まことですか」
「あ、はい……」
俺は腰のベルトについた小さな革製バッグから《魔力の珠》を取り出して見せた。実は皇子から、特にこの作戦に従事している間は肌身離さず持っているように言われて、ずっとこうしてるんだよな。もちろん皇子も持ってきている。
この革バッグそのものは、騎士団のベルトに大抵はついているものだ。普通の騎士はここに応急処置用の薬だの包帯だの、身分証だの携帯食だのを入れていることがほとんどだ。でも俺は「まず何よりこれを入れておけ」と言われちゃったもんだから。
実際、持ってると便利なのは確かだし。皇子専用のGPS機能とかついてるんじゃねえかって、ちょい疑ってるとこはあるけど。
「でしたら、今後の連絡はそれで。……それよりも、客人が来たようです」
「──え!?」
宗主さまがふいっと人差し指をゆらしたとたん、ヴン、と周囲の空気が変わった。
本当に「空気」としか言いようのないものだった。けど、それは俺にもはっきりと感じられた。
その瞬間、窓の外でさえずっている小鳥の声が急にはっきりと聞こえてきたんだ。まるで、透明な壁が一枚とりはらわれたみたいに。
(そうか──)
最初は気づかなかったけど、宗主さまはこの密談を始める前から、しっかりこの部屋に結界を張ってくれていたらしい。そりゃそうか。誰かに聞かれちゃマズい話ばっかだったもんな。「壁に耳あり、障子に目あり」ってやつだ。
すぐに扉をノックする音がして、扉の前にいた護衛兵の声がした。
「聖騎士トリスタン殿がおいでです。お通ししてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
宗主さまがさらっと答えると、さっと扉が開いた。俺は目を瞠った。
(おお……!)
よく考えたら俺、呪いに取りつかれて寝ていたこの人のことしか知らなかった。
いま、意識と力を取り戻してそこに現れた人は本当に堂々とした偉丈夫だった。皇子たちよりさらに背が高く、肩幅も広くてがっちりしている。年は三十前後ってとこか。目は意思に燃えて爛々と光っている。イケメンって言うよりは、どこからどう見てもイイ感じのイケオジだ。そしてかなりのワイルド系。
え? なんで「偉丈夫」なんて言葉を知ってんだって?
そりゃもちろん周りの奴らが、あれやこれや言葉をつくして日頃からこの人のことをほめたたえてるからよ。いい加減、語彙も豊富になるわ。
トリスタン殿は俺たちをさっと見回すと、すぐに腰を折って騎士としての礼をした。宗主さま、皇子、ベル兄に続いて俺に向き直り、すっと近づいてきて俺の足元に片膝をつく。
貴族の女性のたしなみとして、騎士にこうされたら普通に手を差し出すもんなんで、俺もひとまずそうしてみた。
「シルヴェーヌ・マグニフィーク少尉殿。目覚めた状態ではお初にお目にかかりまする。トリスタンにございまする」
聖騎士殿は俺の手を取って軽く口づけた。一挙手一投足すべてが、めっちゃサマになってる。
そこ、皇子! にこにこしてる振りしてっけど、俺の目からはあからさまに嫌そーな顔にしか見えねーから! やめなさいっつーの。
「此度はあのすさまじき呪いの死地から我が身をお救いいただき、まことに感謝に堪えませぬ。心より御礼を申し上げまする」
「あ、……いえ。これが俺のここでの仕事ッスから」
ぽりぽり後頭部を掻いたら、聖騎士殿は「ご謙遜を」と言ってふっと笑った。
うおう。ワイルドイケオジの笑顔もかなりの破壊力だぞ!
そして皇子! 目が怖え。
宗主さまは全部をしっかり目に留めてらっしゃるはずだけど、その全部をきれいに無視して聖騎士殿を俺たちのいるテーブルへ誘った。
「前線で何か動きでもございましたか」
「は。幸い、あれから大きな動きはございませぬが──」
言ってトリスタン殿はちらりと俺に視線をくれた。
「このたびは、折り入ってマグニフィーク少尉にお願いの儀があって罷り越しました。お聞きいただけましょうや、少尉殿」
「あ……あの。いいんですけど」
ちょっと戸惑いまくりで、俺はブンブン顔と手をふった。
「その……敬語はやめてください。俺なんて、たかがペーペーの少尉ッスから」
「いえ、そういうわけには」
そこでまたちょっとしたすったもんだがあったけど、結局トリスタン殿は宗主様のとりなしもあって、普通の言葉遣いになってくれた。……まあ、皇子は不満そうな顔してたけどね。
「願いというのは、他のことではありませぬ。少尉のたぐいまれなその力、ぜひとも前線で使ってもらうわけには参らぬか」
「その儀はどうかご容赦を」
だれよりも先に答えたのは皇子だった。
けど、唐突にひとつ瞬きをして言った。
「今後のことは、またおいおい相談するといたしましょう。あなたは皇子殿下から《魔力の珠》を預かっていらっしゃると聞いておりますが、まことですか」
「あ、はい……」
俺は腰のベルトについた小さな革製バッグから《魔力の珠》を取り出して見せた。実は皇子から、特にこの作戦に従事している間は肌身離さず持っているように言われて、ずっとこうしてるんだよな。もちろん皇子も持ってきている。
この革バッグそのものは、騎士団のベルトに大抵はついているものだ。普通の騎士はここに応急処置用の薬だの包帯だの、身分証だの携帯食だのを入れていることがほとんどだ。でも俺は「まず何よりこれを入れておけ」と言われちゃったもんだから。
実際、持ってると便利なのは確かだし。皇子専用のGPS機能とかついてるんじゃねえかって、ちょい疑ってるとこはあるけど。
「でしたら、今後の連絡はそれで。……それよりも、客人が来たようです」
「──え!?」
宗主さまがふいっと人差し指をゆらしたとたん、ヴン、と周囲の空気が変わった。
本当に「空気」としか言いようのないものだった。けど、それは俺にもはっきりと感じられた。
その瞬間、窓の外でさえずっている小鳥の声が急にはっきりと聞こえてきたんだ。まるで、透明な壁が一枚とりはらわれたみたいに。
(そうか──)
最初は気づかなかったけど、宗主さまはこの密談を始める前から、しっかりこの部屋に結界を張ってくれていたらしい。そりゃそうか。誰かに聞かれちゃマズい話ばっかだったもんな。「壁に耳あり、障子に目あり」ってやつだ。
すぐに扉をノックする音がして、扉の前にいた護衛兵の声がした。
「聖騎士トリスタン殿がおいでです。お通ししてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
宗主さまがさらっと答えると、さっと扉が開いた。俺は目を瞠った。
(おお……!)
よく考えたら俺、呪いに取りつかれて寝ていたこの人のことしか知らなかった。
いま、意識と力を取り戻してそこに現れた人は本当に堂々とした偉丈夫だった。皇子たちよりさらに背が高く、肩幅も広くてがっちりしている。年は三十前後ってとこか。目は意思に燃えて爛々と光っている。イケメンって言うよりは、どこからどう見てもイイ感じのイケオジだ。そしてかなりのワイルド系。
え? なんで「偉丈夫」なんて言葉を知ってんだって?
そりゃもちろん周りの奴らが、あれやこれや言葉をつくして日頃からこの人のことをほめたたえてるからよ。いい加減、語彙も豊富になるわ。
トリスタン殿は俺たちをさっと見回すと、すぐに腰を折って騎士としての礼をした。宗主さま、皇子、ベル兄に続いて俺に向き直り、すっと近づいてきて俺の足元に片膝をつく。
貴族の女性のたしなみとして、騎士にこうされたら普通に手を差し出すもんなんで、俺もひとまずそうしてみた。
「シルヴェーヌ・マグニフィーク少尉殿。目覚めた状態ではお初にお目にかかりまする。トリスタンにございまする」
聖騎士殿は俺の手を取って軽く口づけた。一挙手一投足すべてが、めっちゃサマになってる。
そこ、皇子! にこにこしてる振りしてっけど、俺の目からはあからさまに嫌そーな顔にしか見えねーから! やめなさいっつーの。
「此度はあのすさまじき呪いの死地から我が身をお救いいただき、まことに感謝に堪えませぬ。心より御礼を申し上げまする」
「あ、……いえ。これが俺のここでの仕事ッスから」
ぽりぽり後頭部を掻いたら、聖騎士殿は「ご謙遜を」と言ってふっと笑った。
うおう。ワイルドイケオジの笑顔もかなりの破壊力だぞ!
そして皇子! 目が怖え。
宗主さまは全部をしっかり目に留めてらっしゃるはずだけど、その全部をきれいに無視して聖騎士殿を俺たちのいるテーブルへ誘った。
「前線で何か動きでもございましたか」
「は。幸い、あれから大きな動きはございませぬが──」
言ってトリスタン殿はちらりと俺に視線をくれた。
「このたびは、折り入ってマグニフィーク少尉にお願いの儀があって罷り越しました。お聞きいただけましょうや、少尉殿」
「あ……あの。いいんですけど」
ちょっと戸惑いまくりで、俺はブンブン顔と手をふった。
「その……敬語はやめてください。俺なんて、たかがペーペーの少尉ッスから」
「いえ、そういうわけには」
そこでまたちょっとしたすったもんだがあったけど、結局トリスタン殿は宗主様のとりなしもあって、普通の言葉遣いになってくれた。……まあ、皇子は不満そうな顔してたけどね。
「願いというのは、他のことではありませぬ。少尉のたぐいまれなその力、ぜひとも前線で使ってもらうわけには参らぬか」
「その儀はどうかご容赦を」
だれよりも先に答えたのは皇子だった。
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