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第五章 事態は急転直下です

11 突然アイドルに祀(まつ)りあげられます

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 そこでの仕事は、あっという間に終了した。
 俺は医務官たちの許可を得ると病棟の大広間の中央に立ち、目を閉じて集中したんだ。つまり、すぐに《癒しの儀》を開始したわけだ。
 閉じた目の中に映し出される、様々な色をした怪我や病気のイメージ。
 皇子のときと同じで、物理的な怪我は赤く見え、そのほかの病気やなんかはよどんだ紫や緑色に見える。例の黒いヘビみたいなのは見えなかった。やっぱりあれは高度な呪いの術式なんだろう。

 俺はさらに意識を集中させ、より重症の患者に多く自分の魔力マナを配分するように努めた。一時に注げるマナの量には限りがある。当然、重篤な患者を優先させないといけないからだ。

「えっ……?」
「おお……?」
「な、なんだ?」

 周囲からすぐに驚きの声が上がりはじめる。
 包帯でぐるぐる巻きのミイラみたいになっていた兵士の一人が、びっくりした顔でベッドから起き上がっている。腕や足を失っていたらしい兵士たちが、そこに忽然と現れた健康そのものの腕や足を凝視している。呆然と、まるで夢でも見ているような顔で。

「お……俺の腕が」
「足が──」
「ま、まさかこんな」
「信じられない……!」
「おい、マルコ! 気がついたのか? マルコっ!」
「ジェレミー! 俺が見えるのか? ジェレミーっ!」
「……あれ? 俺、どうしたんだ?」
「見える……見えるぞ!」

 ずっと重篤な状態で意識不明だったらしい男が、友だちらしいやつにしがみつかれ、男泣きにむせび泣かれてびっくりしている。
 魔族の恐ろしい爪で傷つけられたらしい目を包帯で巻かれていた兵士が、きれいに開いた目で周囲を見回し、やっぱり呆然としている。傷なんて跡形もない。みんな綺麗な皮膚で完全にもとどおりだ。
 やがて状況を把握したのか、次第にみんなの視線が俺に集中しはじめた。愕然とした目、目、目だ。

「それじゃ……あの方が?」
「あの噂の?」
「そうだ、きっとそうだ」
「《帝国の癒しの天使》シルヴェーヌ様だ……!」
「おおお……われらが《癒しの天使》っ……!」

(いやちょっと待てい!)

 なんじゃそのこっずかしい渾名ふたつなはよ!
 勘弁しろや。だれだそんな名前つけやがった奴。
 趣味悪すぎィ!
 今から説教するから出てきてくださ~い!

「おお、シルヴェーヌ様!」
「シルヴェーヌ様っ……!」
「《癒しの天使》さまあっ!」
「なんともったいない、こんな所であなた様にお会いできようとは」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「ひいいいい! やっ、やめ、やめっ……」

 興奮しきった男どもが大挙して、わあわあ言いながら突進してくる。俺はびびった。正直びびった。
 でも大丈夫。そこはさすがに俺の護衛くんだちだ。
 皇子とベル兄がすぐに俺をかばうようにして、俺とみんなとの間に立ちはだかった。

「みんな落ち着け! 少しさがれ!」
「シルヴェーヌ嬢は公爵家のご令嬢なのだぞッ。結婚前の大切なお体だぞ。普通であればそなたらが、斯様かようにご尊顔を拝することも叶わぬ御方だ。左様な薄汚い格好で近づくなっ!」
「いや皇子。それは言い過ぎ……」

 俺、思わず半眼になる。
 ほんと、それは言い過ぎですってば。いくらなんでも。
 なんたって、中身は庶民の俺なんだしよー。
 ってか、普段ご尊顔を拝することができねーのは、どっちかっつーとあんたの方でしょうが、クリストフ第三皇子殿下。レア度はあんたの方がはるかに上だろ!
 でも皇子は、俺の視線による抗議なんて、てんで無視した。

「左様な汚い手でシルヴェーヌ嬢に触れることは、このわたしが許さんッ! せっかく治ったその腕を再び切り落とされたくなくば、く下がれッ!」

 とか平気な顔で叫んでる。
 はっずかしーなーもう! やめろっつーの。
 なにこれ、どんなプレイなの?
 俺、いまあんたから言葉攻めでもされてんの??

有難ありがとう存じます、シルヴェーヌ様」

 医官らしいおっちゃんが騒ぐ男どもをどうにかこうにかかき分けて近づいてきた。頭をひくーく下げてくる。どうやらここの責任者の人らしい。

「もう諦めるほかないかと思っていた重篤な患者まで、すっかりお治し頂きまして……。感謝に堪えませぬ。まことにまことに、ありがとう存じます」

 おっちゃんがさらに深々と頭を下げると、周りの医官たちも患者たちも、うおーっと雄叫びを上げた。そんで、同じように頭を下げてくる。

「ありがとうございます! シルヴェーヌ様!」
「あなた様こそ、まさに帝国の天使です!」
「女神です、救い主ですっ!」
「シルヴェーヌ様、万歳!」
「ばんざい、ばんざい!」
「いや待って。恥ずいから!」

 マジで体じゅうがかあっと熱くなった。
 勘弁しろやあ!

「みんな、お願いだからやーめーてー!」

 しまいに涙目で叫んだところで、皇子とベル兄がほとんど引きずるようにして大部屋から引っぱり出してくれた。

「た、助かったー……」

 ああもう。
 そうでなかったら、あのむくつけき男どもにもみくちゃにされるとこだったわ。
 なによりめちゃくちゃ男くせえわ!
 これがみんな可愛い女の子だったら、そりゃ俺だって大歓迎だけどさ。
 勘弁しろっつーの、ほんと。

 超人気アイドルってこんな気持ちなんだろか。
 ……いや、別に体験したくなかったけど。
 建物の外に出て、やっとひと息つけるかと思った俺を待ち構えていた人がいた。

「そ、宗主さま……?」

 そうだった。
 魔塔の宗主グウェナエル様が、いつもの謎めいた微笑みを浮かべ、しんと静まりきった姿で中庭にたたずんでいた。

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