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第五章 事態は急転直下です

10 大層な護衛がつきました

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「ご体調はほぼもとに戻っておいでです。これならば大丈夫でしょう」
「そうですね。マナの量も戻っておられます。これなら、勤務に就いていただいても問題なかろうと思います」

 医師とグウェナエル宗主の見立てはほぼ同じだった。
 皇子だけはなんとなく微妙な顔をしてたけど、結局何も言わなかった。
 グウェナエルはそんな皇子の顔色をちらりとうかがったようだったけど、にこりと笑ってこっちを見た。

「少しお休み頂いたら、あなたにぜひお願いしたき儀がございます。よろしいでしょうか、マグニフィーク少尉どの」
「ん? なんっすか」
「こらっ。口の利き方に気をつけろっつってんだろ!」
 つっこんだのはもちろんベル兄。うへえ。
「ああ、どうかお気になさらずに」
 グウェナエルがにこにこして取りなしてくれる。ありがてえ。
「あのー。仕事があるんスか? 俺にも」
「もちろんですとも。しかも、非常に重要な仕事がね」

 グウェナエルがうなずく。彼の背後に立っている魔導士のおっさんやお姉ちゃんたちも、なんとなくキラキラした目で俺を見てうなずいている。
 なんなんだ?

「ともあれ、まずは食事と休養をとってください。話は明日、あらためてということにいたしましょう」

 その時はそれだけのことで、みんなは潮が引くように去っていった。相当いそがしいみたいだな。部屋にはベル兄と皇子だけが残る。
 皇子がやっぱり微妙な顔をして俺を見つめた。

「あまり無理はしないようにな、シルヴェーヌ」
「ん? なにがよ」
「でもまあ、お前も一応騎士団の人間だ。ここでお役に立つのは当然だけどな」
「だからなにがよ、ベル兄」

 その答えは翌日、すぐにわかった。
 早朝、食事と身支度が終わると、俺は早速呼びに来た魔導士のおっちゃんに医療施設の中を案内されたんだ。皇子とベル兄も当然みたいな顔をしてついてきた。
 なんかもう俺の金魚のフンみてえになってんなあ、この人たちゃあ。

「あのさあ。あんたら、自分の仕事はねえの?」
「なに言ってんだよ。これが俺らの仕事だよ」
「はあ?」
「そなたの護衛。これが今の我らの仕事だ。正式なな」
「はああ?」

 俺、口ぽかーんだ。
 俺のアホ顔を見て、皇子がくすっと苦笑した。

「わからないのか?」
「わかるわけないでしょーが」
「そなたは今や、この帝国の至宝なのだぞ」
「……はあ? シホウってなんスか」
「あのなあ……」
 ベル兄がもうあきれ果てた顔で頭を抱えた。
 悪かったな、国語力がなくて。
「もうちょっと自覚を持てっての。いまやお前は、それだけ稀有な《癒し手》としての能力を開花させて、あの聖騎士殿を救った英雄なんだぞ、この国で」
「はあああ? 英雄だあ?」

 え、マジか?
 「英雄」と書いて「ヒーロー」と読むアレ?
 いや、シルヴェーヌちゃんは女の子だから、一応「ヒロイン」ってことになんのかなあ。わっかんねえ。

「優秀な《癒し手》が何人もかかって癒せなかった、トリスタン殿のあの凄まじい呪いをお前は解いた。我が国の英雄、聖騎士トリスタン殿の命をお救いし、ひいては帝国の民を救ったんだ。英雄や救世主と呼ばれるのも当然だろう」
「……はあ」

 まあ、そう言われりゃそうかもしんねえけど。
 あんま実感はねえなあ。当然だけど。

「逆に言えば、そなたはわが国の宝であると同時に、敵にとっては大いなる脅威となった。いつなんどき、敵に命を狙われないとも限らない。護衛をつけるのは当然だろう」
「って待てよ。あんただって危ないんだろ? あんたにこそ護衛が必要じゃねーのかよ」
「シルヴェーヌ! 殿下を『あんた』呼ばわりとか、いい加減にしろ!」
「あー。へいへい……」

 でもまあ、要するにそういうことらしい。
 聞いたら殿下の護衛ってのは、実はずっとこのベル兄がやってたんだそうだ。もちろんベル兄だけじゃないけどな。けど、だからこの二人、いつも一緒にいたんだな。納得です。
 さらに騎士団の中には、密かに皇子の護衛として所属しているのがほかにも数名いるらしい。特にプライベートな場面ではベル兄がメインで守ってて、騎士団の中にいるときは交代制にするんだそうだ。
 んで今回は、この二人が基本的に騎士として俺の護衛につく形になったと。この人たちだけじゃなくて、やっぱり交代制みたいだけどな。

(ふーん。ってか皇子が護衛側でいいのかよ)

 ま、いいのか。たぶん後方にいることになるんだろうし。まさか皇子を前線に出すことはできねえだろう。

「そなたが訊いた、私が騎士団にいるのも同様の理由からだ。特に第一騎士団は皇室に近い貴族の子弟も多いことだし。皇宮内にいるよりは、こちらにいる方がはるかに安全だろうという父上のご判断でな」
「ちちうえ……って皇帝陛下っすか!」
「当然だろ!」
 答えたのはベル兄。
「もちろん騎士団内にも、側妃がわの人間は入り込んでいたけどな。そいつらがボロを出すのを待って、少しずつ排除してきたんだ。俺らがな」
 そしてちょっと得意げに胸をはる。

「なーるほど。そうやって皇子を守ってたのね」
「そういうことだ」
「すげえじゃんベル兄。ただの脳筋おバカかと思ってたけど、けっこう頑張ってるじゃん。えらいえら~い!」
「……あのなあ! だれがノーキンおバカだこのやろ!」
「はあ? 褒めてんだからいいじゃーん」
「雑だわ! 褒め方が雑すぎるわ!」
「……ぶふっ」
「え?」

 俺とベル兄、びっくりして皇子を見る。
 皇子が口元を押さえて吹きだしてた。こりゃ珍しい。腹を抱えて必死で笑いをこらえてらっしゃる。ちょっと目元に涙までにじませてるぞ。
 めっずらしー。

 そうこうするうち、俺たちは医療施設の中の大きな建物に到着した。聖騎士さまがいた個室とは別に、ここには大部屋もあるんだそうだ。
 大部屋って言っても俺が知ってる病院の六人部屋みたいなのじゃなく、体育館みたいな広さの場所にずらっと寝台が置かれた場所のことだ。なんだか野戦病院みたいな感じ。

(う……)

 中に入ると、がらりと雰囲気が変わった。
 俺の苦手な、病院独特の薬のにおい。怪我や病気をして生気のない目をした男たちが、力なくベッドに横たわっている。その間を、医官や看護師らしい人たちが早足で動き回っている。
 なるほど。ここでの俺の仕事がわかったぞ。

 こっちに気付いた医官たちが大急ぎで近づいてくる。
 俺は一応その人たちに挨拶をして、すぐに言った。

「んじゃ、始めちゃってもいいッスかね?」って。
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