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第五章 事態は急転直下です

2 投げる! 打つ! そして青空です

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「きゃ~! シルヴェーヌお嬢様、がんばって~!」
「エマ様もしっかり頑張ってくださいませ~!」

 とくに観客席があるわけじゃないけど、試合場の外からは可愛い女の子たちの応援の声が次々にかかる。
 今日は休暇なんで、なんと騎士団長閣下をはじめとした、騎士団のお歴々まで何人も見に来てくださっている。
 そのほか、最近になって野球に関心をもつようになった街のみなさんも、仕事の手を休めて見に来てくれてる人がちょいちょいいた。大抵は、子どもに引っ張ってこられたって感じだったけどな。

 あ、そうそう。
 野球場だけど、前に考えていたボール紛失よけの網もうまく張ってもらえた。球場まわりに高いポールを立てて、魚を獲る網みたいなもんをぐるりと張り巡らせてあるんだ。なかなかグッドな仕上がり。
 これで貴重なボールをぽんぽん失くさなくて済むってもんよ!
 ま、これをも飛び越えるほどの特大のホームランでも出たら、そのときはギャラリーのお子ちゃまとかにあげちゃってもいいかなって思ってるけどね。俺、太っ腹!
 実は球場の敷地に芝生を植えたりまではできなくって、土がむきだしのごくそっけないもんだけど、野球やるだけならこれで十分。
 ネットを張るのやら雑草を抜くのやら、街のみなさんに色々と協力してもらって完成した、シルヴェーヌ印の素敵な球場だ。あ、もちろん仕事の手間賃は払ってるぜ?

 試合にはうちの侍女長エマちゃんも参加してくれることになり、俺と彼女とでそれぞれのチームの中で紅一点になっている。一応、公平性を考えてのことだ。つまり俺が鷹チーム、エマちゃんが虎チーム。
 これはもちろんエマちゃん自身のたっての希望もあってのことだけど、俺としても彼女の才能がもったいないってずっと思っていたから、参加してもらえてちょうどよかった。
 いや、今後はエマちゃんだけとは言わず、女子の参加もどんどん募っていきたいとこだけどな。
 できれば女子オンリーのチームってのもアリだろうし。

 え? 俺のポジションはどこかって?
 へへへ~、一応ピッチャーだよ。
 本来のポジションはショートなんだけどな。中学ではちょっとだけピッチャーもやってたことあるからさ。

 騎士の中には、単純な速球なら投げられる奴はたくさんいる。けど、コントロールだとかカーブのキレだとか牽制球だとかいう細かい技術が必要なプレーは、まだちょい難しいみたいだからな。
 そのうち、ほかの奴のコントロールが良くなってきたら、適当に交代しようと思ってるけど。

(よおっし。行くぜ!)

 大きくふりかぶって、キャッチャーミットめがけて速球を投げ込む。
 今回、鷹チームのキャッチャーはベル兄が買って出てくれた。グラブとは形のちがうキャッチャーミットを構え、バッターボックスの向こうで片膝をついている。キャッチャー用の防具はまだそろってないんで、騎士のかぶとやなんかで代用してっけどな、まだ。
 ミットの下でベル兄がサインを出してくる。それに対して、ちょっと首をふったり、うなずいたり。そこは兄妹きょうだい、息はぴったりよ。

 いまバッターボックスに立っているのは、虎チームになった同僚、アンリだ。今は二番を打っている。でかい体のストライクゾーンはやや高めになるけど、そこをなんとか浮かないように、とことん低めに抑えて──

 シュッ。
 ブンッ。
 ビシッ!

 アンリが大きく振ったバットがボールにかすりもせずにぐるんと回った。バットとボールが、拳ひとつ分はズレてる。アンリ、バランスを崩してちょっとだけを踏んだ。

「ツーストライク!」

 おおっ、と両脇のベンチ──といっても、本当に木で作っただけの簡単なもんだ──にいる選手たちがどよめく。

「きゃあっ! お嬢様、がんばってー!」
「あとストライクひとつですわよ~!」
「シルヴェーヌ様、がんばってー!」

 ギャラリーの侍女ちゃんやメイドちゃん、それに街のみなさんも大喜びだ。子どもたちもニッコニコで、ぱちぱち拍手をくれる。

(へへっ……)

 ちょっとイイ気分だ。
 天気もいいし、ほんとに試合日和。
 雨が降らなくてほんとよかった。

 いま現在、試合は八回裏。これが三人目の打者。ツーストライク、ツーボール。ランナーはなし。あとアウトひとつでチェンジだ。
 虎チームはみんな、俺のピッチングを目を皿のようにして見ている。次の機会に備えようってわけだ。もちろんクリストフ殿下も例外じゃない。ものすごく真剣な目で、ベンチから俺のピッチングを見つめている。
 とはいえ今日は俺、殿下には何度かヒットを打たれちゃったけどな。
 ホームランまではいかないけど、完全にバットの芯でとらえられてた。さすが皇子。しかもこの人、前回の打席でのよくなかったとこを、次の打席ではきっちり修正してくるんだよな。さすがに常人とは思えねえ。敵に回すとかなり怖い人だわ、あれは。

 ……ただ、同じように俺を見つめているように見えても、どーも殿下の場合はほかの奴らとちょっと違う意味みたいだった。
 なんとなくだけど、不快そうな顔なんだよな。

(うーん。まさかとは思うけど……)

「他の男どもが私のシルヴェーヌをまじまじ見つめているのがイヤ」とかそういう……?
 いやいや、うん。まさかね。
 違うと思っとくわ。意地でも思っとくわ! ……はあ。

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