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第三章 なにがあっても拒否ります
19 魔塔の試しにのぞみます
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それから。
俺は公爵邸に戻り、後日、パパンと皇子に付き添われて魔塔に出かけることになった。皇子は皇帝陛下の名代として。あとは皇帝陛下がつけてくださった騎士の護衛が数名。
魔塔は帝国の首都からやや東にいった山岳地帯にある。
けっこうな高い山に囲まれて、ちょうどカルデラみたいにくぼんだ平たい場所。その中央に、巨大な塔がいくつも、身を寄せ合うようにしてそそり立っている。
うーん、いかにも「魔塔です!」って感じ。
山の中は道が険しすぎて馬車なんて使えないし、馬でも徒歩でもかなり難しいみたいだ。それだけじゃなく、何重にもかけられた防御魔法のため、普通の人間が近づくことはほぼ不可能。
というわけで、あそこに行くためには山の麓まで迎えにきた魔導士の跳躍魔法を使うしか方法がないらしい。
長いマントをつけた中年の魔導士は、異様に言葉すくなだった。俺たちを魔塔の正門までつれてくると、そのまま奥へ道案内していく。護衛の騎士たちはとある場所で待つように告げられたんで、そこから先へ進んだのは俺たち三人だけだ。
魔塔の内部にはほとんど人影らしい人影もなかった。なんだか閑散としている。ここで魔力の訓練を受けている子どもたちは、普段はずっと奥のほうにある学舎にしかいないんだそうだ。
「よくおいでになりましたね、マグニフィーク公爵令嬢。お待ち申し上げておりましたよ」
魔塔の中枢部、見上げるような天蓋をもつ荘厳な神殿みたいな広間。そのいちばん奥で、長髪美形の宗主は静かに待っていた。
どこまでも続くだだっ広い床は、ぜんぶ磨き上げられた大理石らしい。足もとのつややかな白い石板には顔が映りこみそうだ。固めの靴底で歩くと、かつんかつんと澄んだ音がする。
宗主さまも式服も全体に白いもんだから、この人自身がなんだかこの部屋の置物の彫像みたいに見えた。
彼の前に、巨大な珠が据えられている。
見た目は皇子に借りているあの《魔力の珠》と変わらない。ただ、大きさが段違いだ。運動会の大玉転がしで使う赤や白の大玉ぐらいの大きさはあるんだ。そしてやっぱり、ふわふわと虹色の不思議な光に輝いている。
あ、ついでながら例の《魔力の珠》は、「そろそろ返す」って言ったら皇子から断られた。通信機器としてとても便利だし、身の守りにもなるからしばらくは持ってろってさ。まあ、確かに便利だからいいんだけどさ……なんかビミョー。
「さあ、シルヴェーヌ嬢、こちらへ。おひとりでお願いします」
「は、……はい」
両手をひろげた宗主にいざなわれるまま、俺はおっかなびっくり前に進んだ。
少し離れた背後では、パパンとクリストフ殿下がなんとなく心配そうな顔で立っている。
宗主の低い声は、ほとんど神々しく聞こえるほど、朗々と広間に響いた。特に大声を出しているわけでもないのに不思議だった。
「すぐに済みます。なにも心配はいりませんよ。さ、ここに少しばかり手を触れてみてください」
「……はい」
言われた通り、そろそろと手をのばして珠の表面に触れてみる。
その途端。
広間全体が、ぶわっと光に満たされた。
(うわっ……!)
ものすごい光の渦が珠からほとばしっている。光に圧があるんだなんて、俺はそのときはじめて知った。
びっくりして手を離すと、その現象はすぐにおさまった。嘘みたいに部屋全体が暗くなる。……というか、これがもとどおりの明るさなんだけど。目が慣れるまでしばらくかかった。
皇子もパパンも、思わず手で目をかばっていたみたいだ。宗主だけは微動だにせず、目を細めてじっと俺を見つめていた。
「なるほど。やはり予想どおりの結果ですね」
「ええ……?」
「シルヴェーヌ嬢。あなたはこの帝国にあって、稀有な魔力の持ち主であることがはっきりしました。この光の色からして、とりわけ《癒し》に特化した力であることを示しています」
「そ、そうなんですか……」
「皇后陛下を癒されたのも、この素晴らしいお力によるものでしょう。まさに天からの賜物。しかも、《癒し》の強力な賜物をもつのはあなたお一人だけです。あなたご自身が、まさに帝国の宝と申せましょう」
「はあ」
言葉を尽くしてほめられてるみたいなんだけど、なんか微妙な気持ちにしかならないのは、多分これがシルヴェーヌちゃんの力だからだろうな。俺自身は、別にこれといってめぼしい特技があるわけでもない、単なる異世界のフツーの男子高校生なんだし。
「これほどの力をお持ちですと、癒しばかりでなく、ある種の攻撃として応用することも可能でしょう。マナの使い方さえわきまえれば、様々な場面で利用が可能であるはずです」
「あっ。じゃあ、騎士になるのもオッケーな感じです?」
「こ、これっ。シルヴェーヌ……!」
俺の口のききかたを気にして、パパンが早速「めっ」ていう顔になってる。
ひい、ごめん!
でも宗主さまは特に動じる風もなく、表情も変えずに言った。
「騎士……? あなたは聖騎士を目指しておられると?」
「はい。女がなった例がないとは聞いてるんで……そこんとこは、陛下にちょちょいとお願いしてみよっかなー、なんて……。ダメっすかね?」
「シルヴェーヌっっ!」
遂にパパンがブチきれた。
俺は公爵邸に戻り、後日、パパンと皇子に付き添われて魔塔に出かけることになった。皇子は皇帝陛下の名代として。あとは皇帝陛下がつけてくださった騎士の護衛が数名。
魔塔は帝国の首都からやや東にいった山岳地帯にある。
けっこうな高い山に囲まれて、ちょうどカルデラみたいにくぼんだ平たい場所。その中央に、巨大な塔がいくつも、身を寄せ合うようにしてそそり立っている。
うーん、いかにも「魔塔です!」って感じ。
山の中は道が険しすぎて馬車なんて使えないし、馬でも徒歩でもかなり難しいみたいだ。それだけじゃなく、何重にもかけられた防御魔法のため、普通の人間が近づくことはほぼ不可能。
というわけで、あそこに行くためには山の麓まで迎えにきた魔導士の跳躍魔法を使うしか方法がないらしい。
長いマントをつけた中年の魔導士は、異様に言葉すくなだった。俺たちを魔塔の正門までつれてくると、そのまま奥へ道案内していく。護衛の騎士たちはとある場所で待つように告げられたんで、そこから先へ進んだのは俺たち三人だけだ。
魔塔の内部にはほとんど人影らしい人影もなかった。なんだか閑散としている。ここで魔力の訓練を受けている子どもたちは、普段はずっと奥のほうにある学舎にしかいないんだそうだ。
「よくおいでになりましたね、マグニフィーク公爵令嬢。お待ち申し上げておりましたよ」
魔塔の中枢部、見上げるような天蓋をもつ荘厳な神殿みたいな広間。そのいちばん奥で、長髪美形の宗主は静かに待っていた。
どこまでも続くだだっ広い床は、ぜんぶ磨き上げられた大理石らしい。足もとのつややかな白い石板には顔が映りこみそうだ。固めの靴底で歩くと、かつんかつんと澄んだ音がする。
宗主さまも式服も全体に白いもんだから、この人自身がなんだかこの部屋の置物の彫像みたいに見えた。
彼の前に、巨大な珠が据えられている。
見た目は皇子に借りているあの《魔力の珠》と変わらない。ただ、大きさが段違いだ。運動会の大玉転がしで使う赤や白の大玉ぐらいの大きさはあるんだ。そしてやっぱり、ふわふわと虹色の不思議な光に輝いている。
あ、ついでながら例の《魔力の珠》は、「そろそろ返す」って言ったら皇子から断られた。通信機器としてとても便利だし、身の守りにもなるからしばらくは持ってろってさ。まあ、確かに便利だからいいんだけどさ……なんかビミョー。
「さあ、シルヴェーヌ嬢、こちらへ。おひとりでお願いします」
「は、……はい」
両手をひろげた宗主にいざなわれるまま、俺はおっかなびっくり前に進んだ。
少し離れた背後では、パパンとクリストフ殿下がなんとなく心配そうな顔で立っている。
宗主の低い声は、ほとんど神々しく聞こえるほど、朗々と広間に響いた。特に大声を出しているわけでもないのに不思議だった。
「すぐに済みます。なにも心配はいりませんよ。さ、ここに少しばかり手を触れてみてください」
「……はい」
言われた通り、そろそろと手をのばして珠の表面に触れてみる。
その途端。
広間全体が、ぶわっと光に満たされた。
(うわっ……!)
ものすごい光の渦が珠からほとばしっている。光に圧があるんだなんて、俺はそのときはじめて知った。
びっくりして手を離すと、その現象はすぐにおさまった。嘘みたいに部屋全体が暗くなる。……というか、これがもとどおりの明るさなんだけど。目が慣れるまでしばらくかかった。
皇子もパパンも、思わず手で目をかばっていたみたいだ。宗主だけは微動だにせず、目を細めてじっと俺を見つめていた。
「なるほど。やはり予想どおりの結果ですね」
「ええ……?」
「シルヴェーヌ嬢。あなたはこの帝国にあって、稀有な魔力の持ち主であることがはっきりしました。この光の色からして、とりわけ《癒し》に特化した力であることを示しています」
「そ、そうなんですか……」
「皇后陛下を癒されたのも、この素晴らしいお力によるものでしょう。まさに天からの賜物。しかも、《癒し》の強力な賜物をもつのはあなたお一人だけです。あなたご自身が、まさに帝国の宝と申せましょう」
「はあ」
言葉を尽くしてほめられてるみたいなんだけど、なんか微妙な気持ちにしかならないのは、多分これがシルヴェーヌちゃんの力だからだろうな。俺自身は、別にこれといってめぼしい特技があるわけでもない、単なる異世界のフツーの男子高校生なんだし。
「これほどの力をお持ちですと、癒しばかりでなく、ある種の攻撃として応用することも可能でしょう。マナの使い方さえわきまえれば、様々な場面で利用が可能であるはずです」
「あっ。じゃあ、騎士になるのもオッケーな感じです?」
「こ、これっ。シルヴェーヌ……!」
俺の口のききかたを気にして、パパンが早速「めっ」ていう顔になってる。
ひい、ごめん!
でも宗主さまは特に動じる風もなく、表情も変えずに言った。
「騎士……? あなたは聖騎士を目指しておられると?」
「はい。女がなった例がないとは聞いてるんで……そこんとこは、陛下にちょちょいとお願いしてみよっかなー、なんて……。ダメっすかね?」
「シルヴェーヌっっ!」
遂にパパンがブチきれた。
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