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第三章 なにがあっても拒否ります

16 皇子にめっちゃ拒否られました

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 そこから俺は、こうなるまでの経緯をかいつまんで説明した。
 ときどき細かい説明に詰まると、エマちゃんがすばやく補足してくれた。さすが優秀な俺のメイドちゃん、もとい侍女ちゃん!
 殿下はさすが皇族らしく、だまって最後まで俺たちの話を聞いてくれた。
 だけど、その表情はどんどん暗いものに変わっていった。

「……では、こういうことですか。本物のシルヴェーヌ嬢は、いまはどこにいるかもわからない。母を治療してくださった際には、あなたの頭の中で声だけが聞こえたものの、詳しい事情は不明だと」
「はい」
「そして、今ここにいるあなたは『タナカ・ケント』という名の男子であって、どこか異なる世界からやってきた……と」
「まあ大体その通りっス」

 さすがに理解が早い。
 感情が追いついてるかどうかはまた別問題だろうけどな。

「ひとつ質問しても?」
「はい、どうぞ」
「あなた……いや、君がシルヴェーヌ嬢の体に乗り移ったのはいつのことなんだ」
「んー。大体、朝練とかして急に体を鍛えだしたタイミングっすかね、ものすごく大雑把おおざっぱに言うと。とにかく目が覚めたらいきなりこうなってて。詳しいことはベル兄にも聞いてもらったらいいかと思うんだけど」
「あっ、あの。日付でしたらわかります」

 助け船を出したのはエマちゃん。
 彼女はちゃんと、まじめに勤務日誌みたいなのをつけてるらしい。その日のことはあまりにも衝撃的だったから、日付もはっきり憶えているんだって。

「……つまり、ほんの数か月前?」
「ってことになりますかねー」

 俺はぽりぽり後頭部を掻いた。
 さっきはあんまり動かなかった体が、少しずつマシになってきている。
 食事をしたせいもあるんだろうけど、これはもしかすると、さっき魔塔の宗主さまが何かしてくださったからかもしれないな。いや、もしかしなくてもそうだと思う。あの一瞬で、かる~く治癒魔法とか、かけてくれたんだろう。

「だからその……ものすごーく言いにくいことなんスけど──」

 俺はちろっと殿下の表情をぬすみ見た。
 殿下は暗い目をしていたものの、表情からして激しく傷ついたとかがっかりした、みたいな雰囲気はなかった。意外にも。
 というよりも、なんとなーく何かに戸惑っている感じだ。……なんで?

「えっと。この間、シルヴェーヌちゃんに告白してくれたじゃないッスか、殿下。『結婚を前提にお付き合いを』とか、なんとか」
「……ああ」
「あの返事、ちょっといったん保留ってことにしといてもらえないかなー、と思って。いま言いたかったのって、要するにソレなんスけどね」
「…………」

 殿下、ぎゅっと唇をひき結んでしまう。
 うーん。黙られるとこっちは困るんだってば。

「だってそうでしょ? 俺、シルヴェーヌちゃんじゃないんですよ? 殿下が好きになったのは、昔、小鳥のケガを治してあげた優しくて可愛い少女のシルヴェーヌちゃんなんでしょ? そう言いましたよね」
「…………」
「この数か月、シルヴェーヌはちょっと、いやだいぶガサツで口の悪い変な女になっちゃってたと思いますけど。殿下だって、少しぐらいはおかしいって思ってたでしょ?」
「…………」
 だんまりかーい。
「まあ、それはいいや。……とにかくね」

 俺はちょっと息を整えた。
 これを、ちゃんとこの人に伝えておかなくちゃなんないからだ。

「いずれ、俺はちゃんとシルヴェーヌちゃんにこの体に戻ってもらおうと思ってるんで。俺だってあっちの世界へ戻りたいしね」
「えっ。戻るのか?」
「そりゃそうっしょ!」

 皇子がくわっと目を見開いて、俺はびびった。
 そこ、そんな驚くとこ?

「当たり前でしょ? これはシルヴェーヌちゃんの大事な体で、大事な人生なんだからさ。俺が盗むみてえなこと、するつもりはねえし」
「…………」
「あっちにやり残して来たことだってあるしっ!」

 そうそう。
 特に甲子園とか、甲子園とかね!

「そりゃまあ、具体的にもとに戻す方法はまだわかんないけど……きっと戻るよ。もっと色々しらべて、皇帝陛下とか、さっきの魔塔の宗主さんだとかにも相談してみようかなって。そうしたらきっと方法もわかると思う。……だから」
「その時に、あらためてまたプロポーズをしろと?」
「……はあ。まあ、そういうことです」

 さすが皇子、分かりが早い。
 けど、なんでそんなに声が暗いの?

 ちくちく。
 ちくちく。

(なんだろうな、さっきから)

 俺の胸の奥んとこがずっと、なんかちくちく痛みを訴えやがるんだけど。
 わけわかんねえ。
 それと、もやもやってイヤな感じも続いてる。まあこれは、さっき空腹のとこに急に詰め込みすぎたせいの胸やけがおもな原因かもしんねえけど。実際、三日間も寝てたっていうしなあ。
 まあいい。今は気にしないことにする。

 とにかく、この人にはわかってもらうしかねえ。
 あんたが好きなのは本物のシルヴェーヌちゃんのはずだ。だから、いまこの状態の俺をどんなに追いかけたってムダってこと。
 プロポーズするんだったら、ちゃんと本物のシルちゃんにしなよ。
 間違えて、俺のことなんか追いかけちゃダメだって。

 ちくちく。
 ちくちく。

(ああっ、くそ! なんだこれ、うぜえなっ)

 だけど殿下は、さっきからずうっと難しい顔をしている。俺の気持ちなんか知ったこっちゃねえと言わんばかりに。「はい」とも「いいえ」とも言いやがらねえ。
 眉間にすんごい皺をきざんで膝の上で手を組み合わせ、怖い目をしたままだ。

「……しかし」
「しかしじゃねえ。『うん』って言ってくれりゃあいいんです、あんたは」
「しかし!」
「ひょわっ!?」

 ダン、といきなり殿下が立ち上がったもんで、俺はびっくりした。
 あのう……おっそろしい目でにらみ下ろすのやめてくれません?
 エマちゃんも「ぴゃっ!?」て凍りついちゃったじゃん。

「ではあれは?『やきゅう』という面白い競技を私たちに教えてくれ、その道具を作るために平民の職人たちに相談して仕事を与え……それぞれに相当な報酬を支払い、生活を支え──あれはだれがやったことだ」
「はあ。そりゃ俺ッスけどね。野球のことなんて、シルヴェーヌちゃんはなんも知らねえし」
「母に治癒を施してくれたのも?」
「当然、俺っすね……まあ、あれはシルちゃんも望んでいましたけど」
「だったら」

 殿下は一瞬、すうっと息を吸い込み、一気に言った。

「私は納得がいかない」
「はええっ?」
「納得がいかない、と言っている」

 いやちょっと待てや。ちゃんと話を聞いてたんかーい!

「いや、だからっ。俺と付きあったってしょうがないっしょ? だって俺は男で──」
「そんなことはどうでもいい」

 いやどうでもよくはねえ。決してよくはねえ!
 って言いかけたら、いきなり背中にあててた枕にドスーンとされた。
 壁ドンならぬ「枕ドン」を。

「ぎゃああああ!」

 うわ近い。ちかいちかいちかい!
 イケメン皇子のイケメン顔のどアップはんぱねえ!
 俺は必死で、顔の前で手をバッテンにした。

「ムリムリムリムリ、勘弁してえ!」
「……失礼な」

 なんだよこれ。
 この人、なにをやってくれちゃってんの──!?
 ってか枕に「ドン」ってなによ。
 (一応)病人に何してくれちゃってんだっつの!

 そんでそこ!
 エマちゃんはまたハートになった目で赤面しなーい!

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