上 下
28 / 143
第三章 なにがあっても拒否ります

8 皇后宮へ出発です

しおりを挟む

 その日の朝。
 例によって、俺はまだ暗いうちからエマちゃんに叩き起こされた。

「なにい? エマちゃん、まだ暗いんだけど~」
 と目をこすりながら文句をたれまくりの俺を、エマちゃんは
「なにをおっしゃってるんですか! この時間に起きても間に合わないぐらいなのですよ?」
 ってめちゃめちゃ怖い目でにらんだ……。
 なんでよー。理不尽だー。
 そして女の子のマジな身支度、ハンパねえ~。

 まずは早朝の入浴。お湯にはなんだか豪華な感じのバラの香りがつけられていて、あがると香りのいいアロマオイルみたいなので念入りに体全体のお手入れ。髪の毛から足の爪の先まで完璧に整えられる。
 その後は凝った髪の編み込みやら化粧やらアクセサリー選びやらで大わらわ。これ全部で何時間もだぜ? 信じらんねえ。
 やっとドレスを着る段になったら、俺はもうすっかり今日のぶんのパワーを使い果たしていた。

「やっぱり、このお色がよさそうですね? お顔の色に映えそうですし」
 鏡の前でエマちゃんが俺の体にドレスをあてて見せてくれる。
「あー。んー。そうね~」
 俺は完全になげやりだ。鏡に映ってる目が死んでる。
「ま、どれでもいいよ。キレイだから」
 だってどうでもいい。あの皇子にキレイに見られる必要はこれっぽっちも感じてねえし、正直、皇后陛下に対して失礼な格好でさえなければもうなんでもいい。

 あの洋品店ブティックのキラキラ店長は、なかなかいい仕事をしてくれた。俺のテキトーなデザイン画からいろんなパターンを考えて、かなりの試作品を作ってきてくれたんだ。
 どれもとてもいい出来だったけど、俺は今回、シルヴェーヌちゃんの赤い髪色とエメラルド色の瞳に合わせて、ドレスはピンクから薄いオレンジのグラデーションのものに決めた。アクセサリーは基本グリーン系だ。
 すべての支度が整って、エマちゃんは少し俺から離れ、ほうっと溜め息をついた。

「……お美しいです。素敵です……!」
「え? ほんとに?」

 俺、半信半疑。
 でもエマちゃん、嘘は言ってないようだ。目が完全にハートマークだもん。なんかもうマンガみてえだなあ。
 とりあえず鏡を見つめて、「おお、やっぱ痩せるとドレスが映えるわー」なんて思ってたけど、実は俺にはこれが本当に美しいかどうかまでは判断がつかない。そりゃ、これだけエマちゃんが手を掛けて苦労して飾りたててくれたんだから、綺麗なんだろうとは思うんだけどさ。
 でも、エマちゃんはほとんど憤慨したみたいな顔で叫んだ。

「本当ですとも! いまこの瞬間、お嬢様よりお美しい方なんてこの国にはおられませんわ。いえ、この地上のどこにもですっ!」
「えー。それは言い過ぎでしょー」

 俺はけらけら苦笑しただけだったが、エマちゃんは「本当ですってば!」とどこまでも譲らなかった。

「わかったわかった。まあいいや。そろそろ皇子が迎えにくる時間だよね? 表に出てようぜー」
「はいっ」

 公爵邸の玄関を出ると、すでにそこにはきらびやかな皇宮のための馬車が止められていた。その前に、皇子としての正装をしたクリストフ殿下が立っている。時間よりだいぶ早い到着だったみたいだ。

(おおお……かっけえ)

 いつもの軍服とはまた違うけど、これまたイケメン度が増しますなあ。紺地の衣装に肩の金色のモールみたいなのとか、マントとか、めっちゃかっけえ。どこもかしこもビシッときまってる。
 いいよなあ、男はこういうカッコイイのが着られて。憧れるわー。
 あ、でも俺も騎士になれたら騎士服は着られるんだよな? 楽しみ。

 ってなことをぼんやり考えている間、皇子はっていうと、しばらくぼうっと俺に見とれていたらしかった。
 いや、まさかね? なんか他のことでも考えてたんでしょ。なにしろ考えなきゃなんねえことが山ほどある人なんだし。
 そのうち、皇子はハッとしたような顔になり、俺に向かってきれいな一礼をすると、こっちに手を差し出してきた。

「シルヴェーヌ嬢。本日は我が母の招待に応じてくださり、まことにありがとう存じます。お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
 それからなぜか一拍おいて、溜め息をつくように言った。
「今日のあなたは、いつにも増してお美しい。この世に女神がいるならば、きっとあなたのようなお姿でしょうね」
「……あ、いや。言い過ぎですって~。いくらなんでも」

 そこまで言われるとさすがに照れるわ。
 思わずきれいに結った後頭部を掻きそうになったら、隣から狙いすましたようにエマちゃんにがしっと手首を握られちゃった。うへえ。
 皇子が目を細めてじっと俺を見つめてきた。

「とても素敵なドレスです。斬新なうえ、あなたによくお似合いだ」
「……はあ。そりゃどうも」

 うう、歯の浮くようなセリフのオンパレードだな。そんなのを次々にさらさら言うなっての。頭の中、どうなってんだか。
 まあ、貴族の連中がこういうことを言うのって、どうせただの礼儀みたいなもんだし、まともに聞くこともねえんだろうけどさ。

「さ、お手を」
「ありがとうございますー」

 気をとりなおして適当にニコニコ笑いつつ、俺は一礼を返して皇子の手に自分の手を乗せた。
 皇子はなぜか一瞬妙な顔をしたけど、すぐに表情をもとにもどして微笑むと、俺が馬車に乗るのをエスコートした。
 馬車はもう一台あって、そっちには付き人としてエマちゃんが乗る。

 公爵邸から皇宮までは、歩いても一時間程度だ。
 馬車は普通に走らせると自転車ていどの速さだから、三十分ぐらいで到着。まあ、馬を急がせることもできるんだけど、そうすると乗り心地が最悪オブ最悪になって尻が危険なことになるので、あんまりお勧めはできないっていうな。
 とはいえ、街の中はまだいいんだよ。一応、石畳で舗装されてるから。
 これが舗装なしの土と石ころだらけの道だと、ほんとうに尻がやべえことに……って、あんまりシリシリ言うのやめよう。俺、いまお嬢様なんだしな、一応。

 とかアホなことを考えているうちに皇宮の大門に入り、広大な庭園を抜けて、宮の入り口に到着。
 その間、尻やらなにやらとアホなことを妄想している俺を見ている皇子は、ひたすら幸せそうなわんこ状態だった……ってのは付け加えておく。これも一応な!

(ううっ……緊張するなー)

 シルヴェーヌちゃんの過去の記憶でわかっちゃいるけど、やっぱり皇宮の威容はハンパねえ。公爵邸だって相当なもんだけど、その上をいく豪奢なつくりだ。
 今回は特に、側妃がわの人間の目につかないようにするために、皇后陛下だけが使う「皇后宮」へ直接招待されている。
 皇子に手をとられて馬車から降りたところで、建物の方からひとりの男がやってくるのが見えた。

「あっ、ベル兄!」
「おー、やっと到着したなあ、シルヴェ──」

 言いかけてベル兄がぴたりと動きを止めた。
 なんか知らねえが、俺をじーっと見つめて固まっている。

(……んあ?)

 なんだこいつ。そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔してさあ。

「どしたの? ベル兄。なんか変なもんでも食った?」
「……って。いや待て。突然なにを言い出すんだよ、お前はあ!」

 あ、もどった。

「せっかくうまく上品なご令嬢に化けられてるんだから、話し方もそれらしくしないかよー」
「お。うまく化けられてる? ほんと? マジ?」
「はいはい、本当だからさ。もう行こうぜ。皇后陛下が、ずーっとお前をお待ちかねなんだからさ」
「うぐっ……。思い出させないでくれよお。緊張してんのにい!」
「はあ? お前が? 前のお前ならいざしらず、今のお前があ? なんかの冗談だろ?」
「ひっでえ、ベル兄! そういうレディーに失礼なこと言う口は、エマパパの素敵な裁縫技術で縫い付けてもらっちゃうぞー!」

 軽口をたたき合っている俺たちを、皇子はまたなぜか妙な目で見つめていたけど、すっと表情をあらためて「では、こちらへ」と建物の奥へといざなった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

子兎とシープドッグ

篠原 皐月
恋愛
新人OLの君島綾乃は、入社以来仕事もプライベートもトラブル続きで自信喪失気味。そんな彼女がちょっとした親切心から起こした行動で、予想外の出会いが待っていた。 なかなか自分に自信が持てない綾乃と、彼女に振り回される周囲の人間模様です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...