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第三章 なにがあっても拒否ります
7 つぎは野球用品です!
しおりを挟む「おお! 跳ねる! いいッスねいいッスね!」
そして今日。公爵邸に、エマちゃんのパパがやってきている。
なぜかって? それはもちろん、前にお願いしていた野球用品のいくつかの改良バージョンができたという知らせが届いたからだ。
新しいボールやグラブを手に、俺たちは意気揚々といつもの中庭へ出ていた。
「このボール、かなりいいッスよー! すげえ改良されてますねっ、パパ!」
「まことでございますか! ありがとうございます」
試しに投げてみたボールは、ぽん、ぽん、ぽーんと小気味よくリバウンドした。前回の鈍重な感じはまったくない。
パパはあれからいろんな素材を試して試行錯誤してくれたらしいんだ。前は布を固くグルグル巻きにした感じで作っていたけど、今回は南国からヤシの実の繊維を取り寄せてみたんだとか、なんとか。
ほかにも表面の革の縫い方とか使う糸の素材とか太さとか、とにかくいろんな細かい工夫がなされているそうだ。
バットでちょっと打ってみたけど、カキーンと小気味のいい快音が響く。
うーん、イイカンジ! 手ごたえもグッド。
「これこれ、これだよー! もうサイコー!」
「ああ、よかったです……!」
エマパパもすごく嬉しそうだ。
ボールだけじゃなく、実はグラブにもさらに改良が加わっている。手にはめた感じがずっとナチュラルになったし、ボールを受け止めやすい形に少し変えてみたんだってさ。
俺はしばらく、エマちゃんやエマパパを相手にキャッチボールをしてみたり、投げてもらったボールを打ってみたりして、あれこれと感触を確認した。
「あとパパ、野球するならスパイクとか、動きやすいウェア……ユニホームとか練習着とかも欲しいんだけど。これからそのへんも相談していい? まあ服なら洋品店、靴は靴職人さんなのかもしんないんだけど」
「は? でも洋品店も靴屋も、すでにこちらの御用達のお店があるのでは……」
「あー、うん。そうなんだけどさ」
いわゆるドレスを作る洋品店と、平民を相手に普段の作業着なんかを作って売ってる洋服屋とじゃ、やってることがだいぶ違うんじゃねえかなって思うんだよな。靴も同様。
平民が仕事をするために着ている服は、まず動きやすくて丈夫なことが大切なはず。そっちのほうが、野球のウェアにはふさわしいんじゃねえかなって。
あと、すでに公爵家から大金をもらって仕事をしてる大きな店より、下町でほそぼそと頑張ってる店をちょっとでも応援できたほうが、俺的にも嬉しいしな。
こっちのほうが断然、優しいシルヴェーヌちゃんっぽいし。
「パパが信頼できると思う、よさそうな職人さんとかお店、ぜひ紹介してほしいんだよな。あと、パパにはグラブも、もっと注文したいのよ。二十セットぐらいはあるといいな。そんだけありゃあ試合ができるし──」
「ええっ! に、二十セットですか!?」
パパはもう、ぽかんと口をあけてどんぐりみたいな目になってる。
「もちろん、お代はお支払いするよ~。できたらエマパパのお店が野球用品の専門店の、総元締めみたいになってくれたら嬉しい。しかも、公爵家御用達になってくれるといいなと思っててさー」
「な、なんと……!」
「そうなってくれたら、俺、めちゃくちゃハッピー。……どうかな?」
「お、お嬢様……」
パパ、もう声を失っている。感極まっているんだろう。
ん? 隣に立っているエマちゃんは、なんだかぼんやりしてるなあ。
と思ったら、急にエマちゃんの両目からぶわわっと涙がほとばしった。
「わわわっ……?」
びびる俺。
「ちょっと! エマちゃんなに!? ナニゴト!?」
「だ……だって、だってお嬢様……ひぐぐうっ」
エマちゃん、両手で顔を覆って嗚咽をもらす。
「ひいい! なっ、泣かないでよ。え、なんで泣くのよー!」
「だって……だって。し、下町の、あんな小さな工房を……公爵家のごっ、御用達にだなんてええっ! ……ううう、うわああああ──ん!」
遂に子どもみたいに泣きだしちゃった。
さらにびびる俺。
「な、なに言ってんだよー。パパの技術がしっかりしてるのは、もう保証済みなんだし? エマちゃんのパパなら、ちゃんとした人だしさあ。そこは絶対の信頼をおいてるし。商売はなんだって信用第一じゃん? エマちゃんのパパ以上に信用できる職人さんなんていねーもん、俺にとっては」
「おっ……」
「おっ……」
「……お?」
俺、首をかしげる。
なんだろう。なんかマズいこと言っちゃったかなあ。
「お嬢さまあああああ!」
「なんと……なんともったいないお言葉……!」
「うわああああ────ん!」
最後の「うわあああ──ん」は、とうとうエマちゃんとパパの二重奏になっちゃった。
(あーもー)
俺、困りきってぽりぽり後頭部を掻く。
ふたりしてそんな、泣くことねえのに。
(でも……)
なんかいいよな、こういうの。
胸のところがぽかぽかして。たぶんこういうの、「幸せ」って言うんだろう。
これまでいっぱい苦労してきたエマちゃんとその家族には、俺、しあわせになって欲しいもん。
……そして、数週間後。
俺はいよいよ、皇后陛下のお茶会の日を迎えることになったんだ。
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