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第三章 なにがあっても拒否ります

4 アンジェリクへのお説教のはじまりです

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 さほど待たされることもなく、アンジェリクはやってきた。
 ちょっと悔しいけど、彼女が現れただけで部屋がぱっと華やかになる。これはどうしようもない。生まれながらの美しさと可愛らしさを兼ね備えたルックス。さらにぜいをつくした薔薇色のドレスときらびやかなアクセサリーにいろどられて、その美貌はより映えている。
 ただし、頭の中はめちゃくちゃお粗末だけどな。そして性格は最悪中の最悪。
 これじゃどんなに美しくたって、あのクリストフ殿下が振り向いてくれるはずもない。そういう意味で、この子の価値観はとてもお粗末だと思う。

「お父様、お母様。いったいなんでしょうか。急にこのような──」

 言いかけてアンジェリクは俺の姿を認め、一瞬だけ表情をかたくした。
 ドレスの脇をきゅっと握っている拳が俺の位置からだけはハッキリ見えた。

「今日は、伯爵家マリアンヌ様のお茶会によばれていますの。朝から準備に忙しくしておりますので、どうか手短てみじかにお願いしますわ」
「お茶会の参加は中止だ」

 パパンの返事はにべもなかった。

「えっ、そんな。そんなことを急におっしゃられましても、先方とのお約束が──」
「いいからお座り」

 パパンの声は石みたいに硬い。表情も、声と同じに冷たく固いものだった。
 アンジェリクはびっくりしたように目を見開き、「こちらへ。早く」というパパンの言葉に素直に従うしかなかった。

 パパンとママンが並んで座り、俺はその向かいに座っている。
 アンジェリクはそのはす向かいの一人用のソファに座った。
 その視線がテーブルの上の《魔力の珠》に吸い寄せられ、次にじろりと俺に注がれた。
 やっぱり、おっそろしく殺気のこもった視線だ。眉もつりあがっている。

 パパンの話はごく簡単なものだった。
 さすがにそこは男親。あった事実を淡々と語って本人に確認をとるスタイルだ。

「そっ、そんなこと! わたくしは知りませんわ。そんなの、なにかの間違いで──」

 アンジェリクがなにか抗弁しようとし始めるとすぐ、俺は淡々と《魔力の珠》を操作した。そうして、さまざまな証拠映像が空中に映し出されることになった。
 アンジェリクはそれでも、可愛らしいピンクの唇を必死に動かしていろんなことを言いまくった。でも《魔力の珠》による動かぬ証拠がある以上、言い逃れることは不可能だった。
 やっぱりこの子、ちょっと頭が弱いのかも。そしてあまりにも感情的だ。
 アンジェリクはしまいには爆発して叫んだ。

「こんな映像、嘘ですわ。なにかの罠です!」
「こんなの、まったく知りません!」
「このシルヴェーヌがわたくしを陥れようとしているのです! わたくし、何も知りません! 信じて、お父さま、お母さま!」

 しまいにはそんなことまで言ったけど、これがあのクリストフ殿下の持ち物であることを知らされると、今度は真っ青になって黙りこくった。
 殿下を嘘つき呼ばわりしてしまったら、それはそのまま皇帝を侮辱するに等しいからだ。
 怒りに燃えて赤くなっていたアンジェリクの顔が、今度はどんどん青くなり、白くなり、しまいに土気色に変わっていく。
 話の最後にパパンは言った。ほとんど溜め息まじりだった。

「とても残念だよ、アンジェリク。まさかお前が実の姉に対して何年もこんなことをしでかしてきていたとは。私たちは、お前に十分な愛情をそそいで育ててきたつもりだった。なのに、いったい何が不満だったというのか……」
「でもお父様、わたくしは──」
「言い訳はおよし。なにより問題なのは、このことをすでにクリストフ殿下が詳しくご存知だったということなんだよ。お前は公爵家の威信を傷つけ、高貴な名に泥を塗った。これはそういうことなのだよ、アンジェリク」
「でも、わたしは──」
「アンジェリク。どうやらあなたには、まだことの重さが理解できていないようね」
 
 次に言ったのはママン。
 こっちはパパンよりはまだちょっと優しかったけど、それでも厳しい声だった。

「侍女やメイドたちにはそれ相応の罰を与えます。なのに、首謀者であるあなたが不問になるのは無理がありますよ。……もう少ししおらしく、反省の色を見せたならまだしも──殿下の《魔力の珠》について嘘つき呼ばわりしてみたり、ましてやシルヴェーヌによる陰謀をほのめかすなんて。なんて恐ろしいことを言うの!」
「だって、お母さまっ……!」
「もういい。さがりなさい」

 ぴしりと言ったのはパパンだった。

「今後すくなくとも一年間、お前からはあらゆるパーティ、あらゆるお茶会に参加する権利をはく奪する。派手なドレスやアクセサリーをつけることも禁ずる。もちろん購入することもだ。さらに貧民を救済するための慈善活動を課する。そこで十分な成果をあげるまでは、権利は元に戻さないこととする」
「お……おおお、お父様っ……!? そんな! まさか……!」

 アンジェリクが叫んだ。呆然とし、うろたえている。

「うそよ……うそよおっ! そんなひどいわ、お父様……ウソだと言って!」

 ほとんど喉から血が出そうな声だった。
 半狂乱になって立ち上がり、パパンの膝にすがろうとするのを、ママンが腕をつかんで押しとどめた。

「たった一年よ。我慢なさい。しっかりと慈善活動をすればいいだけじゃないの。今までなんだかんだと理由をつけて避けてきていたのだし。それだけで済むのなら感謝すべきなぐらいですよ。これはとんでもないご温情です。もっとずっと厳しい罰でもおかしくないのよ。なのに、あなたにはお父様のご温情がわからないの?」
「いやっ! いやよ! ドレスっ、パーティ! アクセサリー! わたしの、わたしのおっ……! そんなっ……そんなのいやああっ!」

 俺はそこで、大騒ぎしている三人を前にすっと立ち上がると、《魔力の珠》を手に取って、なるべくさりげなくみんなから距離をとった。
 途端、ぱっとアンジェリクがこっちを向いた。
 凄まじい形相だった。

(うっわ。こわっっ!)

 さーっと血の気が引いていく。
 それはまさに鬼女きじょの顔だった。
 三角になった目が血走り、歯茎が見えるほど歯を剥きだしている。顔じゅうが醜く歪んで、しわだらけに見えた。

 こっわ。マジでこっっっわ!
 俺の姉貴でも、ここまで怖い顔を見たことはねえわ。

 ……つまり、これがこいつの本性なんだぁな。
 とんでもなく愚かで視野が狭くて。好きな男を射止めるためならどんな悪どい真似も惜しまない。身内であってもとことんいじめて蹴落とすこともいとわない。された側の痛みも悲しみも、針の先ほども感じない。そういう奴だ。
 恐ろしく狭量で意地悪で、変な悪知恵ばかりはたらいて──
 ほんと最悪。最悪な女だわ。

(……かわいそ)

 ちょびっとだけ、そう思うけど。
 でも同情はしねえ。
 シルヴェーヌちゃんが何年も何年も、泣きながら耐えてきた時間と苦しみを考えたら、こんな「罰」は罰のうちじゃねえもんよ。ママンもそう言ってるけどさ。

「あの。ついでに言っておきますけど、いまこの場所で起こっていることも全部、この珠が記録していますから」
「ええっ」

 これには三人ともが驚いたらしかった。びっくりして珠を見つめている。
 そう。今のこのアンジェリクの醜態も言葉も全部、珠は記録し続けている。しかもこの珠の機能、実はほかにもあってだな。

「実はさきほどからずっと、クリストフ殿下がお持ちのもう一つの珠に、自動的に転送されておりまして」
「…………」

 場が一瞬、凍り付いた。
 次にその沈黙を破ったのは、アンジェリクの絶叫だった。

「あんた……あんたあああっ!」

 小さな豆台風みたいなものが、いきなり俺に突進してくる。
 鋭い爪が、今にも俺の顔をひっかきそうに振り回されている。

「あんたのせいよ、あんたのせいよおっ! お前、お前なんかあああ──ッ!」

 つかみかかってきたチビ鬼を、俺は最小限の動きだけでひょいとけた。
 いとも簡単に。
 日々の走り込みと鍛錬によって、俺の体重はすでに普通の女子と変わらないぐらいになっている。脂肪ばっかの体とは違って、しっかり筋力をつけて引き締まったうえでの体重だから、むしろ一般的な女子よりもずっと細く見えるはずだ。
 その俺に向かって、おしゃれのことと男の気を引くことしか考えてこなかった少女に何ができるはずもなかった。

 一瞬相手を見失ったアンジェリクはその場でよろけ、バランスを崩し、あっというまにすてーんと転んでしまった。派手なドレスの裾がぶわっとめくれる。その下にいろいろ履きまくってるから、パンツが見えちゃったりはしねえけど。

「……あ。だいじょぶ?」

 珠を片手に、少し離れて少女を見下ろす俺。
 殺気まみれの、血走った恐ろしい目が床からにらみ上げてくる。
 ぼたぼたと涙を流していてもこれだけ怖い目って、なかなか見られるもんじゃない。もはやホラー。

「あんたなんか……あんたなんかっ! あんなデブでブサイクのくせにっ、クリストフ殿下に色目を使って、お心を惑わして! ほんっとうに汚い女っ……!」

(いや。きたねーのはあんたでしょーがよ)

 俺、完全に半眼になる。
 そんな可愛い口と舌を使って、よくもあそこまで醜いまねができたもんだ。
 パパンとママンもこの醜態を目にしてさらに真っ青になり、あんぐりと口をあけてアンジェリクを見つめている。

 ま、あんたらもちょっとは反省しろよ。
 自分の娘をここまで甘やかして育てちまったのはあんたらなんだし。
 あんたらにも責任あるかんな?

(……よし。これにて終了)

 俺は心の中でそう思うと、素早く両親に礼をした。

「ありがとうございました、お父様、お母様。あとのことはお任せします。では、わたしはこれで失礼します。本日の鍛錬と勉強がありますので」

 言ってそのまま、さっさと部屋をあとにした。

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