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第三章 なにがあっても拒否ります

3 パパンとママンに報告いたしましょう

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「なんか弁解したいことがあるなら、一回だけ聞いてやる。ただし、一回だけな」

 言って俺は、一度腕を組みかえた。
 そのとたん、急に部屋の中がやかましくなった。
 女の子たちが口々に言い出したんだ。ほとんど叫ぶみたいにして。

「あのっ、ちがうのです!」
「おっ、お嬢様っ。実はこれは──」
「わ、わたくしたちは頼まれてやったのです」
「そのかたに、いろいろ弱みも握られてしまっていて……」
「決して決して、自分からこんなこと──」
「どうか信じてくださいませっ!」
「あ~。もういいから」

 あんまりやかましいんで、俺は片方の耳に指をつっこみ、もう片方の手をあげて彼女たちを黙らせた。
 部屋のなかがまたぴたりと静かになる。
 この子たちが言うことは大体予想がついていたけど、どれもみんな俺の予想を大きく外れるようなもんじゃなかった。
 とりあえず一人にひと言ずつ好きに弁明させてから、俺は言った。

「時間がもったいないし、結論からいこう。一応言っとくけど、ここであんたたちが話してることは、この《魔力の珠》で記録もしてるからそのつもりでな。最初から全部だよ」
「えっ……」

 最も気が強そうで、この中ではリーダー格らしい侍女が声をあげた。確か子爵家から来てる子だ。この子もまさか、今の態度や言葉まですべて記録されてるとは思っていなかったらしい。
 俺は彼女の反応なんて気にも留めずにつづけていた。
 もちろんずばり、核心をだ。

「つまりみんな、だれかに頼まれたんだよな? それはだれかな」
「…………」
「あ、わかってると思うけど、あんまり嘘ついたりごまかしたりしない方がいいよー。この珠、記録したもんをそのまま裁判にも提出できるんだからね?」

 女の子たちが、一様にしんと静まり返った。
 互いの顔をこそこそとうかがいあっている。
 俺はもう一度たずねた。もちろん、満面の笑みをうかべたままで。

「正直に言っちゃったほうがいいと思うぜー? 教えてくれたら、罰は軽減してあげないこともないし。とはいえ、まぬがれないだろうけど」

 言って俺は自分の首を親指でクイッと掻っ切るまねをした。
 女の子の一人が「ひいっ」とかすれた悲鳴をあげる。

「あっ、誤解しないでね。ただの『クビ』だよ。ク、ビ」

 まさか死刑にはなんねーって。
 もしかしてそんな想像までしてんのか、この子たち?
 っええ。
 ああ、でもこの世界じゃそういうことだってありうるのかもしんねえなあ。
 なにしろすんごい身分差社会だし。

「お父様やお母様への報告にも、俺から十分をつけてあげるし。首謀者に脅されたんだとか、弱みを握られてたんだとかなんとかってね。さらに、ご実家にも最低限の迷惑しかかかんないようにしてあげないこともない。そこはみんなの判断次第だ。……いいかな?」

 俺は最後でぐっと声を落とし、笑った顔のままみんなをぐっとにらみ据えた。
 しばしの沈黙。
 つぎの瞬間、俺はバッと両手を開いて立ち上がった。

「さあ! ってことで、こっから『正直な告白タイム』いってみよー!」

 腰に手を当て、高々と人差し指で天をさす。
 女の子たち、ぽっか~んだ。

 ……はあ。
 べつに全然そんなつもりはなかったんだけど、これじゃ俺、まんま「悪役令嬢」じゃね……?





「エマ以外の侍女とメイドを総入れ替えしたいですって? いったいどういうことなの、シルヴェーヌ」

 その日の午後。
 俺は事前に断りをいれて、パパンとママンに会いにいった。もちろん、この件を報告し、いろんな相談をするためだ。
 本題に入る前にお願いをして、人払いは済ませてある。
 パパンの書斎にはいま、両親と俺しかいなかった。三人で、書斎にある来客用のソファセットのところに座っている。

「メイドはともかく、侍女たちはそれぞれ名のある貴族の娘たちなのよ。その親族たちは、公爵家にとって重要な協力者でもあるわ。みなさん皇帝派の貴族、つまりお味方なのですしね。個人的な感情から、あまり勝手なことをされては困るのよ」

 ママンの鼻息は荒い。
 実際、言ってることは間違っていないからしょうがないけど。
 ママンもちらっと言ったけど、この国の貴族たちは皇帝派と貴族派って派閥に分かれて反目しあっている。議会には平民から選ばれたいわゆる「市民派」もいるにはいるけど、ほんの申し訳ていどで勢力はそんなに大きくない。
 皇帝の権力を維持したい皇帝派と、少しでも削りたい貴族派……って考えるとわかりやすいかな?

「すまないが、シルヴェーヌ。お母さまのおっしゃる通りだ。これには微妙な政治的問題も関係するかもしれない。もちろん深刻な事態であれば考えるよ。しかしよほどきちんとした理由がないと──」

 パパンの表情もかなり困った感じのもので、意見はママンと同じみたいだった。
 でも、ふたりとも俺が持ってきた《魔力の珠》の映像を見てからはぴたりと口を閉ざした。
 しばらくは、珠が再生している映像を食い入るように見つめて沈黙。その表情が次第に強張こわばって、はっきりとした怒りに変わっていくのを俺はじっと観察していた。

(うん。そうだよな)

 この二人はなんだかんだ言ってもシルヴェーヌちゃんの両親なんだ。太って醜くなってしまったとは言え、愛情がゼロになっちゃってるわけじゃない。末っ子で美少女のアンジェリクのほうが何万倍も可愛いくって大事なのは間違いじゃないにしてもだ。

 それに、どんなに太っていようが醜かろうが、シルヴェーヌちゃんは痩せても枯れても──あいや「太ってもブスになっても」か? この場合──公爵令嬢。その子のことをずっと地位の低い家の娘たちがここまであからさまに馬鹿にし誹謗中傷し、大切な持ち物を傷つけ、いじめておとしめてきた。しかも何年もだ!
 このことは当然、そのまま公爵家への侮辱と反逆だと見做みなされる。

 ママンは真っ青な顔をして口元をレースのハンカチで覆っている。その手が驚きと怒りのあまりに小刻みにふるえていた。
 パパンは逆に、あまりの怒気ですっかり赤黒い顔になっている。こめかみにビキビキッと血管が浮いちゃって、きれいな顔が台無し。
 こっわ。ふたりとも、こっわ!
 こんなに怒ったパパンの顔は、シルヴェーヌちゃんの記憶のなかにもまったく見当たらないほどだ。

 十数分後。
 ふたりは顔を見合わせてうなずきあい、気持ちを落ちつけてからこう言った。

「事情はよくわかった。使用人についてはシルヴェーヌの好きにしなさい」と。
「侍女たちの実家へは、私たちからことのなりゆきを説明しておく」ってな。
 そしてこうも言ってくれた。
「新しい侍女とメイドの人選については、すべてお前に任せる」って。

(やったぜ!)

 俺、心の中でガッツポーズ。
 見ててくれた? シルヴェーヌちゃん!
 君のつらかった気持ち、苦しかったこと、悲しかったこと。
 それが少しでも晴らせていたら、俺、うれしい。
 君がもしもこっちの体に戻れるようになったら、その時は君がちゃんと、幸せに笑って暮らしていけるようになってたらいいな。
 俺、できるだけそうするからね! 見てて!

 ……そうして。
 いよいよこの時がやってきた。
 パパンが侍従長を呼びつけて厳しい声で言ったんだ。

「アンジェリクを呼べ。すぐに」ってね。
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