上 下
20 / 143
第二章 一念発起いたします

11 皇子の告白タイムが始まってしまいました

しおりを挟む
「あ……あのっ。あのあのあのあの!」
「はい」
「いや、ちょっと待って。落ちついて? お願いだから!」
「……落ちつかれたほうがいいのは、あなたのほうかと思いますが」

 クリストフ殿下は静かにそう言って、ふつりと口を閉ざした。
 俺の頭の中はと言えば、超でかいストーム状態。

(いやまて。まさかそんな。多分俺の耳がおかしい。俺の耳が、なんか勝手に変な言葉を拾って変に理解しちゃっただけ。きっとそう。きっときっと、そうなんだ!)

 泳ぎまくっている目がぴたりと止まった先には、やっぱり凍りついている壁──いやエマちゃんがいた。

 エマちゃん! そうだよエマちゃん!
 君、聞いてたよね?
 いま皇子、変なこと言っちゃったりしてないよね?
 俺が……ってか「シルヴェーヌが好き」とか……そんな変なこと。
 ありえないでしょ?
 だって俺は男……ってシルちゃんは別に男じゃねえのか。
 じゃあ問題はねえのか……っていやあるわ! めっちゃあるわあ!

 だって俺、そっち系の趣味はねえもん!
 いや、そういう人たちが一定数いることは知ってるし、その人たちをどうこう言うつもりも差別したりとかも別にしたかあねえけど。
 でもさ、自分自身がそういう恋愛の対象になるなんて、生まれてこのかた十七年とちょっと、いっぺんも想像したことすらねえんですってー!

「えっと……えっと。か、確認してもいいっすか」

 俺の言葉遣い、完全にもとに戻ってる。
 いやいいわ。今は言葉遣いとかどうでもいいわ!

「はい。なんなりと」
「あの、今……俺の耳の間違いでなかったら、その……『お慕いしてます』とか、おっしゃいました……? 俺のこと」
「はい。あなたのお耳の間違いではありませんよ」

 殿下、静かに苦笑しておられる。
 いや笑ってる場合じゃねーってば! 落ち着きすぎじゃね?
 「お慕いしてます」がマジなんだったらもうちょっとそれらしい顔してくんね?
 と思ってから気がついた。
 殿下がいま、膝の上で握り合わせている手。白い手袋をしたその手が、かすかに震えていることに。

(ま、……マジかよ……)

 頭の中が真っ白になっていく。
 いやほんとに?
 「本気」と書いて「マジ」と読むあれ?

──この人、マジでシルヴェーヌちゃんが好きなのか。

「なにも、あの小鳥のことだけではないのです。その後も色々な方面からあなたの話は聞こえてきておりました。とても心の清らかなお優しい方であること。使用人にもとても優しく、気遣いをもって謙虚に接しておられること……。こう見えて立場上、自分はさまざまな情報網を持っておりますので」
「じょうほうもう……」
「はい。自分はこんな境遇なので……母からは口を酸っぱくして『ともかくしっかりと情報を集めなさい』と、『用心しすぎることはありませんよ』と言われて育ちましたから。情報不足はそのまま、自分の命にも係わりましたからね。それこそずっと命がけでした。あの皇宮にあっては」
「そ、それは──」

 俺はこくりと喉を鳴らした。
 さらっと言ってるけど、これ結構たいへんなこと言ってんじゃね? この人。
 だんだんと、自分の背中に冷や汗が浮かんでくるのがわかる。

「あなただってご存知でしょう。皇宮にあって我が母、正妃は側妃がわから多くの攻撃を受けていました。もちろんどれも表沙汰にはなっていませんが」
「え、えええ……? 攻撃って──」
「母が私を懐妊するまでの十数年、側妃がわの者が、我が母に妙な薬を盛っていたのではないか……という噂がいまだにあるのは知っています。それはあなたもご存知でしょう?」
「は、……はあ」
「あれは事実です」
「はあっ!?」

 いや皇子!
 まずいッしょ皇子、それは!
 なにをすらっとバラしちゃってんの?
 ダメでしょそんな重要な機密事項、こんな公爵家の次女ごときに漏らしちゃー!

 って叫ぶ寸前だったけど、俺は皇子のあまりにも暗い瞳の色を見たとたん、うぐっと口を閉ざした。閉ざすしかなかったんだ。

「側妃がわの者たちは、非常に巧妙に、また秘密裏にその工作をおこなっていました。皇宮づきの、つまり母の側の魔術師たちが様々な諜報活動や防御工作をしていたのですが、それにもひっかからないほど巧妙に、です」
「…………」
「お陰で母は、いまだに健康上の問題を抱えております。調子のいい時はごくわずかで、たいていは寝たり起きたりなのです。社交界にあまり顔が出せないのもそのためで──」

(殿下……)

 彼が穏やかな表情とは裏腹に、膝の上においた手をぎゅっと拳にした。それに気がついて、俺の胸はきゅっと痛んだ。
 いったいどんな気持ちだったんだろう。
 自分が生まれるまえ、そして生まれてからも、自分の母親が政敵からこんな風に攻撃されていたことを知ったとき。

 俺だったらきっと許せねえ。
 おふくろにそんな真似しやがった奴がいたら、どんなことをしても復讐すると思う。ギッタンギッタンにして、おふくろとまったく同じ苦しみを味わわせてやりたいと思うだろう。「目には目を」ってやつだ。
 ……ほんとは警察に任せるべきなんだろうけどさ。それはわかってるけど。

「思うに、彼らの側にも非常に優秀な魔導士や魔術師がいるのでしょう。マナの総量も多く、技術的に優れた才能をもち、なおかつよく訓練された者が」
「……はあ」

 マナというのは、要するに魔力のことだ。
 魔法を使うためのエネルギーみたいなもの。
 魔族には魔力を持つ者が多いけど、魔力を持つ人間っていうのは、ごく少数しかいない。それはとても貴重な才能で、ほとんどの者は子どものうちに才能を見いだされて魔塔へ送られる。
 そこで英才教育を受けて、帝国に仕える魔導士や魔術師になるのが一般的なルートだ。

 剣士でマナを使える人間は稀少だけど、そういう人は「聖騎士」と呼ばれ、国じゅうの人々からあがめられる存在だ。
 聖騎士は単独で多くの魔族を殲滅せんめつできるほどの力を持つと言われている。
 現在、この帝国にいる聖騎士はたったひとり。その人はいま、もちろん北方の魔族の世界との国境で、この国を守る任にあたっている。まさに英雄ってやつだな。

「ああ……すみません。話が妙な方向にそれてしまいましたね」

 皇子はかるく苦笑すると立ち上がり、俺が座っている所まであっというまにやってきた。そこで床に片膝をつき、俺を見上げる。
 そしてまさに皇子然とした優雅な動きで、俺の片手をそっととった。
 その指が、やっぱりほんの少し震えている。

「シルヴェーヌ嬢」
「は……、はひいっ?」

 うわわっ。
 もうやだ、どっから出てんの俺の声ぇ!

「あなたをお慕い申しあげています。こうしてやっとお会いでき、さらにその想いは深まりました」
「いっ……いや。いやいやいや! ちょっとまって──」
「昼間の『きゃっちぼーる』とやらでも確信しました。あなたの心根はまっすぐで謙虚であたたかい。濁りのない目と、とても優しい心の持ち主だと」
「えっ、そう? いやそれほどでも……でへへっ」

 うん。そっちは掛け値なし、俺の性格なもんだからちょっと照れちゃう……じゃなくって! そうじゃねえわ!

「あの、殿下──」

 しかし。
 台詞セリフの先を必死で止めようとした俺の努力は、完全に無駄に終わった。

「どうか、自分とお付き合いをしていただくことはできませんか。……もちろん、結婚を前提として」

 ちゅ、と手の甲にやわらかい感触。
 きっ……キキキキスされたあ? 
 いやうそ、マジでー!?

(ひええええええ!)

「きゃああああっ!」

 俺の心の悲鳴と同時に、「壁」が可愛い悲鳴をあげた。
 その語尾には、めちゃくちゃハートマークが乱舞していた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

子兎とシープドッグ

篠原 皐月
恋愛
新人OLの君島綾乃は、入社以来仕事もプライベートもトラブル続きで自信喪失気味。そんな彼女がちょっとした親切心から起こした行動で、予想外の出会いが待っていた。 なかなか自分に自信が持てない綾乃と、彼女に振り回される周囲の人間模様です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...