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第二章 一念発起いたします

4 そろそろ禁断症状が出てきました

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(もしかして本物のシルヴェーヌちゃん、俺になってる……とか、ねえよなあ?)

 これだ。これだよ!
 ってかこれはかなりの懸案事項なんじゃね?
 だって「意識の交換」って、わりと定番じゃん? こういう物語の場合はさ。元に戻るにせよ、そうならないにせよさあ。

(でもなあ……)

 こんな控えめな、後ろ向きの性格のお嬢がいきなりふつーの高校生男子になっちゃったら、めっちゃショックじゃね?
 そりゃ俺だって相当ショックだったけど、あっちは俺の裸なんか見たら、あっというまに卒倒するんじゃね?
 そして、全裸で脱衣所で気を失ってる俺を発見する家族。特に姉貴。

(あううっ。ヤバすぎ……)

 具体的に想像するとかなり恥ずかしい。
 うん、やめよう。具体的にはやめよう。

 いやまあ、シルヴェーヌちゃんの感じるだろう恥ずかしい気持ちよりは、ずーっとマシなのはわかってるけどさー。
 そのことはわかってるから、俺は極力彼女の裸を目にしないように気をつけてる。幸いこっちにはメイドさんやら侍女さんやらがいっぱいいるしな。入浴のときにも目隠しをさせてもらって、基本的にみなさんにお任せしてる。
 エマちゃん以外の人にわかってもらうために「醜い自分の体を見るのが苦痛なので」という、ちょっと苦しい嘘までついて。

 ……彼女の体が見られなくて残念かって?
 そりゃそうでしょ! 俺だって一応、健康な高校生男子なんだし~!

 ──ま、とにかくな。
 そっち系のことがまず心配だったし、もしも高校に行くことになって部活に参加するってことになっても、あのシルヴェーヌちゃんが野球部キャプテンとしていきなり行動できるはずがないもんなあ。

 ってことは、いきなりショックのために不登校とかなってたりして?
「いやですわ、困りますわ! わたくしはこんなっ、男子ではありませんわ……!」って泣き叫んでたらどうしよう。
 うわあ、それはそれで俺、困るかもー。めっちゃ困るかもお!
 姉貴にもチームメイトにも、めちゃくちゃ白い目で見られてそう~。
 あーあ、ほんと心配。

 俺は考え込んだまま、持ってきてもらったケーキをぱくつき、紅茶をいただいた。

 ──え?
 ケーキなんて食べて大丈夫かって?

 大丈夫大丈夫! そこらへんはちゃんと計算して食ってるから。
 時間帯も考えて夜には絶対食わねえし、ケーキみたいなハイカロリーなもんは週に一回とか、分量だって三分の一以下にしてもらったりとかしてるしさ。
 俺、そもそもそんなに甘いもんが好きなわけでもねえし。

 ってかこっちの世界のデザートの味付け、基本的にめちゃくちゃ甘くて俺の口には合わねえんだよなあ。なんか、こう言ったらアレだけど、砂糖をまんま食ってるみてえでさー。
 海外のケーキって、現地で食べると意外と口に合わないって聞くけど、ちょうどあんな感じ?
 日本人と向こうの人じゃ、味の好みがだいぶ違うみたいなんだよなあ。

 でも、ストレートに「口に合わない」なんて言った日にゃあ、公爵家づきの有能なパティシエさんがふかーく傷ついちゃうだろう。そりゃもう間違いなく。
 いい給料を出して、この大陸で五本の指には入るぐらいの、すごく腕の立つ人を雇ったってエマちゃんから聞いてたし。
 と思って、俺はしばらく黙ってたんだけど。
 この間、ついに我慢できなくなって、こそっと厨房にお邪魔しちゃったんだよねえ。ぺしーんと顔の前で手を合わせてさ。

『ごめんなさい、ほんっとごめんなさい! でもあの、できたらもうちょっと材料から、砂糖とかバターとか減らしてもらえませんか……?』ってさ。

 思ったとおり、パティシエさんはめちゃくちゃびっくりしてたし、色んなプライドが傷ついちゃったみたいで。もう真っ青になっちゃってた。

『くっ、クビですか? わたくしはこれでクビでしょうかっ?』

 って泣きそうな目で見られちゃって、俺も困り果てた。
 ああっ、申し訳ねえ! でもちがうのよ。そういうことじゃないのよ!
 で、申し訳なかったんだけど「これはもう単なる好みっていうか、俺自身の舌の感覚の問題だから気にしないで」って必死に説明しまくって、やっと理解してもらえた。
 で、俺が大体どんな好みなのかを伝えてからは、いろんなケーキを試作してくれるようになったんだよね。

 結果は大正解アンド大成功。
 わりとさっぱりした、甘みのきつくない俺好みのケーキがいろいろと出来上がったんだ。こっちにはチョコレートもあるんだけど、それもわりとビターな感じのを使ってもらって、超食べやすくて美味しかった。
 エマちゃんにも味見してもらったけど、あの子も気にいったみたいだし。
 もちろんこれじゃ物足りないって人はいるんだろうけど、味にいろんなバリエーションがあるのは悪いことじゃないっしょ。人の好みなんてそれぞれなんだし。
 パティシエさん自身も「自分の新しい扉が開きました!」とか言って、街の喫茶店なんかにも売り込んでみるそうだ。うまくいくといいなあ。

(それにしても……)

 あれこれ考えながらも、俺は思わず溜め息をついていた。
 気がつくといつも、手を開いたり閉じたりしている。
 なんかずうっと、手が寂しいんだよな。
 理由はわかってる。
 だって俺、もう一か月以上もボールに触ってない。

「あー。やっぱ、やりてえよなあ……野球」

 自分でも知らないうちに、ぽろりとそんなセリフが転がり落ちた。
 エマちゃんがそれを聞きつけて目を丸くする。

「はい? 『やきゅう』というのは、なんでしょうか」
「あー、うん。スポーツなんだよ」
「す、すぽーつ……」
「えっと、乗馬みたいな運動競技……ってのかな? ただし一人じゃなくって、九人のチームでやるんだけどさー」
「ちーむ……?」

 というわけで、俺は大まかに野球がどんなスポーツなのかをエマちゃんに説明した。

「こないだ、管理員のおっちゃんにいろいろ道具を作ってもらうことにしたでしょ? あれが実はそれだったんだよ。だけどあの人、馬具の管理はしてるけど、それを作るのまでは難しいみたいなんだよねー。革の加工や縫製ってすごく技術がいるみたいで──」

 野球といえば、ボールにグラブは必須だ。おっちゃんは、木を削ってバットは作れそうだって言ってくれたんだけどな。
 バットがあるだけじゃ、野球にならない。
 最悪、グラブはなくっても、ボールがなきゃあ話にもなんないし。

(はー。どうしたもんか……)

 溜め息をつきつつ隣を見ると、なぜかエマちゃんがもじもじしていた。
 なんかものすごく言いたそうな顔。

「ん? どしたのエマちゃん」
「あ。あのう……。それでしたら」
「なに?」
「あのう。う、うちの父が……町で皮革職人をやっておりますけれど……」
「ええっ! マジで!?」

 その瞬間、俺は椅子を蹴っ飛ばすみたいにして立ち上がった。

「エマちゃん、その話、もーちょっと詳しく聞かせてくれる!?」
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