5 / 143
第一章 謎の世界へぶっとびました
3 どうせなら前向きに考えちゃいましょう
しおりを挟む「いや、無理。ムリムリムリムリムリムリ」
俺は「ムリ」の回数だけ首を横にブンブン振りまくった。
「そ、そうおっしゃられましても……」
エマちゃんは困り果てた顔だ。当然だろう。
聞けばこの話、ちょっと前からその「ヴァラン男爵家のご令息の、バジル様」とやらからグイグイ来られて、あれよあれよと思う間に決まっちゃったことなんだそうだ。
いやでも無理っしょ。
俺、男だよ? いくらなんでもそれは無理っしょー?
そりゃもともとのシルヴェーヌは女の子だっただろうけど、今は中身が男の俺になっちゃってんのよ?
結婚なんてできるわけねえだろうが。てか勘弁しろや!
そもそも男爵家なんて、公爵家から見ればずっとずーっと下位の貴族。本来なら両家で婚儀なんてありえない。よっぽどの事情でもなきゃあな。
なんで俺がなんちゃってヨーロッパ貴族の爵位のことなんて知ってるのかっつーと、これまた姉貴のラノベをチラ見していたおかげだ。
……ごめん、チラ見じゃねえな。実はわりと面白くって、がっつり読んでたことあるんだ、これ内緒! 姉貴に殺されるかんな!
この世には「男は少女向け小説やマンガなんて読まない。それは面白くないから」なんて堂々と言う野郎もいるけど、読んでみりゃ意外と面白いのがいっぱいある。面白いと思わないんじゃなくって、単に知らねえだけなんだよな。女のきょうだいのいない野郎ほど視野がせまーい感じするのって、そのせいかも。
って、今はそんな話はどうでもいい。
とにかくだな。
その本で読んだ限りだと、貴族の階級は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵ってなってる。間に「準子爵」とかがはさまるパターンもあるけど、まあ大体はこの順番だと思っとけばいい。
つまり男爵はこの中の最下位。対する公爵家はっていうと、皇室につぐ最上位だ。もとは皇族だった人たちが、本家からわかれて分家になった一族という場合が多いみたい。男爵家となんて、絶対につりあうはずがない。
それでもシルヴェーヌの両親がこの結婚を許したのにはわけがあった。
なによりも、シルヴェーヌのこの容姿だ。
エマちゃんによると、公爵家の令息と令嬢たちはシルヴェーヌ以外、めちゃくちゃ美形なんだそうだ。画家たちはこぞって彼らの肖像画を描きたがり、描いた絵は恐ろしい高値がついて、どれもこれもバカ売れする。まあ、一種のアイドルみてえなもんだな。
でも、シルヴェーヌだけはずっと蚊帳の外だった。どんな画家も、わざわざ彼女を指名して絵を描きたいなんて言ってこない。描いたところで、どこの画商も欲しがらないし売れないし。家族そろってとか、きょうだい揃ってという場合だけ、仕方なく呼ばれるだけだ。
当然、求婚なんてされたこともない。一度もだ。
(ま、そりゃそうなるわな)
さっき鏡の中にうつった自分の姿を思い出して、俺は溜め息をついた。
無理もない。ここまで太りきって、運動らしい運動もせずに食うだけ食って、醜くなるまま放置してたんじゃなあ。
姉貴がこの場にいたら、はっ倒されそう。
「あんた舐めんじゃないわよ? 女が美しくあるために、どんだけ金掛けて努力してると思ってんのよ!?」ってさあ。
あ。でも俺、実はこういうルッキズムって苦手なんだよな。
女の子向けのマンガや小説って、とにかくイケメンの嵐じゃん? 右を向いても左を向いても、タイプの違うイケメンばっかり。
まあ分かるよ。男向けの作品だって、まわりじゅう美少女と美女と巨乳のオンパレードなんだしな。お互い様だし。
でも俺自身だって、べつにどうってことのねえ普通顔の男子高校生だったしさ。
自慢じゃねえが彼女いない歴イコール年齢だし、義理以外のヴァレンタインチョコなんてもらったこともねえし……って自分で言って泣けてきたわちくしょーめ!
だから、自分の容姿に自信がなくって暗くなっちゃったこの子の気持ちはわかんないことはねえ。
「でもなあ。単純に太ってるってだけなら、ある程度痩せればいいことじゃね? ちょっと運動でもしてよ。それに、太ってたってチャーミングな人っていっぱいいるぜ? なんでこの人、そっち方面には考えなかったの」
「え、あの……」
「人生なんて、前向きに考えてなんぼじゃね? どーせ短いんだからよー。『どうせなら楽しくいこーぜ!』って俺なんかは思っちゃうんだけどなあ」
「そ、それはそうなのですが……。実は私からも、色々とお勧めしてみたのですけれど」
エマちゃん、目を白黒させつつ色々と言いにくそうにしている。
両親からもきょうだいからも、メイドや侍女なんかからもそう勧められているのに、シルヴェーヌはなかなかダイエットや化粧やファッションの工夫なんかをする気にならなかったらしい。
エマちゃんにはなんでか分からなかったんだけど、シルヴェーヌはとにかく後ろ向きな性格で「自分なんかどうせ何をやってもダメなのよ」ってなにもかも諦めていたらしいんだ。
「いやまあな。それぞれ体質ってもんもあるだろうし、異様に太るのは隠れた病気が原因ってこともあるから、一概には言えねえけどー」
ここらへんは、おふくろの受け売りだけどな。あの人、医療関係者だから。
俺は腕組みをして考え込んだ。
つまり、そうやって自信喪失したシルヴェーヌに、その男爵野郎はつけ込んだってことじゃねえの?
「このままじゃ自分なんて結婚もできない」って思いつめていただろうシルヴェーヌに近づいて、うまいこと公爵家の後ろだてを得ようとした……って考えるのが自然じゃね?
まあ、そのバジルとかいう奴に会ってみなきゃわかんねえけど。
「よーし。わかった」
俺はソファのてすりをバシンと叩いて立ち上がった。それだけで、頬や顎の下、下腹や太腿のところのぜい肉がばるんと上下するのがはっきりわかる。
「会ってやろうじゃね? そのヴィランのバジルに」
「百聞は一見に如かず」って言うもんな。
直接会って、そいつがどんな男なんだかみきわめてやろうじゃねえの。
「……あの。『ヴィラン』ではなく、ヴァラン男爵、バジル様です」
エマが言いにくそうに言い直した。
「ありゃ? そうだっけ」
でもなんか、「悪役」のほうがしっくりきそうな予感がビンビンするぜ~? なんとなく、個人的に。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
【第16回ファンタジー小説大賞受賞】
前世で冷酷皇帝と呼ばれた男は、気がつくと8歳の伯爵令嬢ユーリに転生していた。
変態貴族との結婚を迫られたユーリは家を飛び出し、前世で腹心だったクロードと再会する。
ユーリが今生で望むもの。それは「普通の人生」だ。
前世では大陸を制覇し、すべてを手にしたと言われた。
だが、その皇帝が唯一手に入れられなかったもの――それが「普通の人生」。
血塗られた人生はもう、うんざりだ。
穏やかで小さな幸せこそ、ユーリが望むもの。
それを手に入れようと、ユーリは一介の冒険者になり「普通の人生」を歩み始める。
前世の記憶と戦闘技術を引き継いではいたが、その身体は貧弱で魔力も乏しい。
だが、ユーリはそれを喜んで受け入れる。
泥まみれになってドブさらいをこなし。
腰を曲げて、薬草を採取し。
弱いモンスター相手に奮闘する。
だが、皇帝としての峻烈さも忘れてはいない。
自分の要求は絶対に押し通す。
刃向かう敵には一切容赦せず。
盗賊には一辺の情けもかけない。
時には皇帝らしい毅然とした態度。
時には年相応のあどけなさ。
そのギャップはクロードを戸惑わせ、人々を笑顔にする。
姿かたちは変わっても、そのカリスマ性は失われていなかった。
ユーリの魅力に惹かれ、彼女の周りには自然と人が集まってくる。
それはユーリが望んだ、本当の幸せだった。
カクヨム・小説家になろうにも投稿してます。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
ピンクブロンド男爵令嬢の逆ざまあ
アソビのココロ
恋愛
ピンクブロンドの男爵令嬢スマイリーをお姫様抱っこして真実の愛を宣言、婚約者に婚約破棄を言い渡した第一王子ブライアン。ブライアンと話すらしたことのないスマイリーは、降って湧いた悪役令嬢ポジションに大慌て。そりゃ悪役令嬢といえばピンクブロンドの男爵令嬢が定番ですけれども!しかしこの婚約破棄劇には意外な裏があったのでした。
他サイトでも投稿しています。
婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。
藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」
婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで←
うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
え?後悔している?それで?
みおな
恋愛
婚約者(私)がいながら、浮気をする婚約者。
姉(私)の婚約者にちょっかいを出す妹。
娘(私)に躾と称して虐げてくる母親。
後悔先に立たずという言葉をご存知かしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる