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つづれ しういち

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第四章 接近

1 突破口

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 クロイツナフト、ノエリオール宮。
 サーティークからの呼び出しを受けて、内藤は夕餉の後、あの日の夜と同様に王の執務室に向かっていた。今回は、廊下でたまたまそちらに向かうヴァイハルトと行き会った。

「ああ、ユウヤ。あれ以来だね」
 ヴァイハルトは内藤を見て、いつもの爽やかな笑顔を向けてきた。
「あ……。ここ、こんばんは……」
 慌てて礼をする。そこからは一緒に並んで歩くことになった。

 その後の必死のお願いにより、ヴァイハルトも今ではようやく、敬語で話すのはやめてくれている。そもそも階級からして、彼のほうが遥かに上なのだ。
 実は先日、サーティークから直々に辞令を受け取り、ヴァイハルトは国王の近衛隊長となって、この王宮でその身辺警護の任に当たっている。階級も少し上がって、竜将ということになったらしい。
 そのクラスの中にあっては最下級ではあるものの、この若さで将軍になるというのは相当に稀有けうなことである。それに伴って軍服も、襟章やら袖の縁飾り等が凝ったものに変わり、更に男ぶりが上がったようだった。

 とはいえ近衛隊の隊長というのも、単に書類上の話のようだ。どちらかといえばマグナウトと同様、サーティークの側近として常に彼のそばに居て、その相談役を務めるというのが仕事の本質のようだった。言わば「側近中の側近」である。
 いずれにしても、階級といい仕事内容といい、どう考えても内藤ごときがこの男から敬語で話しかけられるというのは無理がある。
 が、どうやらヴァイハルトはそんなことにはまったく頓着していないらしかった。道すがらも、曇りのない笑顔でどんどん話しかけてくる。

「引継ぎやら何やらで、なかなか伺えずじまいだが。君の算術の講義、随分と評判がいいらしいね?」
「え? あ、いえ。とんでもないです……」 

 大股に廊下を歩きながらも、非の打ち所のない笑顔でそんなそつの無い世辞を弄する。こういう辺り、やっぱりサーティークとはだいぶ出来が違うようだ。さぞかし王都の貴婦人がたが放っておかないことだろう。
 もっとも本人は相変わらず、「我が妹以外の女性など目にも入らぬ」といった風情ではあったけれども。

「ぜひ一度、拝聴しに行きたいものだよ。楽しみだ」
「あっ、いえいえ! もう、そんなことはっ……!」

 講義では、いまだにひどく緊張してしまうのだ。だというのに、またしてもこんな気を遣う「聴講生」に乱入されては敵わない。そんなのはもう、あのサーティークで懲りごりだ。

(それにしても……)

 前向きで明るい瞳をしたいつも通りのヴァイハルトの表情を、内藤は下からこっそりとうかがってしまった。

(そんな事があったようには、見えないなあ……この人も)

 先日、レオノーラにまつわる一連の悲惨な事件についてサーティークから話を聞いたばかりだ。だからこれでも次に彼に会う時、いったいどんな顔をすればいいのだろうかと悶々と考えたのだ。
 あの時、あんな形で最愛の妹を失って、この男もサーティークに負けず劣らず、むごい苦しみを舐めたのに違いない。
 それに、かの青年王によれば、ヴァイハルトの両親は娘の悲惨な死のあと、その心労から相次いでこの世を去ったのだという。
 一応、他にも兄弟や親戚はいるようなので、天涯孤独というのではないらしい。だが、それでも家族を次々に亡くすというのは、どんな深い悲しみであることか。
 サーティークは「狂った」けれども、この男は一体、その時どんな風だったというのだろう。

 予想通り、ヴァイハルトの姿を見ただけで、内藤はそんなことをいっぺんに脳裏に描いてしまった。それでなにかもう胸いっぱいになってしまい、何を言えばいいのか分からなくなった。
 沈黙して俯いてしまった内藤を、ヴァイハルトが怪訝な目で見下ろした。

「どうしたのかな? ユウヤ殿」
「あ、いえ……。なんでもない、です……」

 明らかに元気のない内藤を見て、ヴァイハルトは顎の辺りに手をやると、ちょっと苦笑した。

「……そうか。聞いたんだね、あいつから」

(……う)

「そうか、あいつが話したか……」

 独り言らしいその声は、どこか感慨深げだった。
 やはり、この男の勘のよさは侮れない。彼にはもう、何もかもお見通しのようだった。

「まあ、言われてそうできるなら、誰も苦労はするまいが。それでも一応、言わせて貰うよ? 『気にしないでくれたまえ』」
「は、はあ……」
「あいつも同様のことを言ったろうとは思うけどね。……もう、立ち直ってもいい頃合いなのさ」
 ヴァイハルトの瞳が、少し遠くを見るようになった。

(あ、そうか……)

 その時、なんとなく理解した。
 彼ら二人が、ただの国王とその臣下という立場から、今のような遠慮のない関係になったきっかけ。それは、もしかするとそのレオノーラの事件なのではないだろうかと。
「あの──」
 しかし、聞きかけたその言葉を、ヴァイハルトは微笑みながらも首を振り、片手を上げて制した。
「ま、あいつには、爺様じいさまだっていることだしね──?」

 こちらが何か言う前から、とうにあらゆる攻め口を塞がれている。……と、そう言ったら言葉が悪いだろうか。ともかく、この男の気の回しようは、あまりにも痒いところに手が届きすぎるような感じがする。
 佐竹のような「朴念仁」と付き合っているせいなのか、内藤にしてみれば、こういう男はもはや雲の上の存在のように思われた。
 なんというか、次元が違う。いやもちろん、佐竹本人が隣にいたら、きっとまたぶん殴られるのに違いなかったが。

 二人で王の執務室に入ると、先日同様、すでにマグナウトは客用ソファに掛けて待ちかねていた。
「来たか。まあ座れ」
 執務机の向こうにいたサーティークが、早速本題に入る。
「今日はユウヤの提案のことで呼んだ。二人にも話しておこうと思ってな」
「ユウヤ殿のご提案……ですかな?」

 まずはマグナウトが、隣に座った内藤を意外そうに見返った。ヴァイハルトも「ほう」とこちらを見つめてきて、内藤は知らず、真っ赤になった。
 サーティークは、先日尖塔で内藤が提案した内容を二人にかいつまんで説明した。
 内藤は、サーティークにはすでにフロイタール側からの接触があったことも伝えている。もちろん相当迷ったのだが、これを黙ったままでいたのではどうにも話が進まないと思ったのだ。
 彼は驚いた様子ではあったものの、比較的冷静にその話を聞いてくれた。その上で、今日のこの話し合いを持つことになったのである。

「なるほど……。その、サタケ殿とやら、左様に若に似ておいでとは──」

 マグナウトが一連の話を聞き終わって、まずそんな感慨を漏らした。
 ヴァイハルトはヴァイハルトで、げんなりした顔を片手で覆って、ゆるく頭を振っている。

「ああっ。こんなのがこの世に二人も居るというのかい? 二人揃われたらまったく、鬱陶しくてかなわんな──」
 サーティークがそんな旧友をじろりと見やった。
「余計な事はいい。で、どう思う。忌憚のないところを聞かせて欲しい」

 椅子の背にもたれて腕組みをしたサーティークに、まずはマグナウトが口を開いた。

「そうでござりますな……。わたくしとしましては、国のことを思えばもうこれ以上、無用の戦は避けたいところでござりまする。ただ、なんと申しましても仕掛けたのはこちらにござりますれば──」

 老人は一旦、言葉を切った。
 それはもちろんのことだといえた。勝手に攻め込んで来ておいて、今さら「戦はやめる」「<鎧>の破壊に協力しろ」では、フロイタール側も納得はしないだろう。

「北の者らの恨みつらみもござりましょう。それゆえ、すぐにも<鎧>の破壊のために協力、まして講和などという運びになるは、相当難しいかと思われまするが……」
「同感だな」
 口を挟んだのはヴァイハルト。
「まずは、向こうと話をする道を確保するのが先決だろう。幸い、向こうもユウヤ殿のご友人のお陰で<鎧>の使用法には精通しつつあることだし。それを利用しない手はあるまい」
 サーティークとマグナウトも頷いた。
「話し合いまでの道筋については、ここなユウヤ殿に、ひと肌もふた肌も脱いで頂くしかあるまいが──」
「えっ!?」
 ヴァイハルトにいきなり自分の名前を持ち出されて、内藤はソファから飛び上がった。
「お、おお、俺ですかっ……?」

 びっくりして声がひっくり返ってしまった。 
 その場の全員から変な目で見返される。

「……貴様。自分から言い出しておいて、まさか後ろで見ていれば済むとでも思っていたのではあるまいな?」
「え、いや、その……」
 やや殺気の籠もった半眼でサーティークに睨まれて、内藤は青ざめる。
「そ、そこまでじゃないです、けどっ……」
 しどろもどろで、どちらとも言えない返事をしてしまい、さらに睨まれて縮みあがった。
「そなたらとしてはさぞや不本意なことだとは思う。思うが、もともとこの世界の住人でないお前たちが間に立つのは、自然の道理。また我々にとってみれば『天の采配』とも言うべき幸運だ。……よろしく頼むぞ」
 サーティークは、にやりと笑ってわざとらしくも頭を下げた。
「え、えええ~っ!?」

 つまりこの男は、ある意味この世界の「第三者」である二人が両国の間に入ることを望んでいるらしい。
 内藤はもう、完全に驚天動地の心境だ。

「いや、だって……。でもっ、俺なんかっ……!」

(無茶いうなよ! 俺にそんな大役、務まるわけ……!)

 赤くなったり青くなったりしている内藤を見て、ヴァイハルトが遂に吹き出した。

「まあ問題は相手国あちらから、我々が君を脅しつけて後ろからそうさせている、とは思われないようにすることだろうけどね。なにぶん、自信を持ってくれたまえ。なるべく堂々とお願いするよ?」
 もともと華のある笑顔から、それ以上に華麗なウインクまで飛んできた。
「そ、そそ、そんなあ……」
 涙目になって落とした内藤の肩に、隣のマグナウトがそっと手を置いた。
「まあまあ。そう固くおなりにならずに。我々も、出来うる限りの手助けはいたしましょうぞ──」
「ええ~っ……」
 盛大にため息をつく。

(う……噓だろ~~っっ……!)

 とうとう、頭を抱えてしまった。

「ははは! 面白いなあ、ユウヤ殿は……」

 楽しそうなヴァイハルトの無責任なまでの笑声が、王の執務室で弾けかえった。





 次に佐竹の声が聞こえたのは、前回の交信から半月ほど経ってからのことだった。それはやはり、深夜、あの尖塔で、内藤がなんとなく時間を過ごしていた時のことだった。
 今、自分は一人である。

《……内藤。聞こえるか》
「佐竹……!」

 その時、内藤はもうすでに、彼に何をどう説明したらよいのかを十分に検討していた。
 話の主な内容については、心強いブレーンとも言うべきマグナウトが基本的な流れを作ってくれた。だから基本的にはそれに沿う形にし、あとは佐竹から言ってくることについてどう答えるのか、何を話すべきかをよくよく事前に話し合った。
 内藤は、いつ佐竹たちからこの連絡があってもいいように、マグナウトが作ってくれた箇条書きの羊皮紙をいつも肌身はなさず持っていた。
 内藤はまず、その羊皮紙を懐から取り出して、最初に謝るところから始めねばならなかった。

「ご、ごめん……! 佐竹。俺、なんか色々……とにかく、ごめん!」

 佐竹はしばし沈黙で答えた。そもそも、何をこんなに謝られているのか分からないのだろう。そうなるのも道理である。

「何から言っていいのかわかんないんだけど……えーと。とりあえず、交信の時間って、どのぐらいある?」
《……大体、十四、五分といったところか。前回よりは伸びたはずだ》

 多少怪訝なものではあったが、佐竹の声は静かだった。
 しかし、そんな限られた時間内で、どれほどの事が分かってもらえるものだろう。気が付けば、内藤はじっとりと背中に汗をかいていた。緊張が半端ない。

「俺、今からちょっととんでもないこと言うけど……あ、えっと、その前に。そこに、ヨシュアと他の人もいるんだよな?」
《ああ》
「じゃっ、じゃあ、一緒に聞いててもらえる? いいかな……?」
《了解した》

 そうして、内藤は改めて羊皮紙を広げ、そこに書いてある内容を前から順に読み上げ始めた。

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