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つづれ しういち

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第六章 暗転

4 作戦

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 そこからものの十分後には、当の三人はディフリードの執務室に集まっていた。もちろん、ここも人払い済みである。
 いつもは明るい表情の美貌の天騎長も、今回ばかりはさすがに焦眉の表情を隠そうともしていなかった。腕を組み、壁にもたれて顎に手を当てている。

「これはまた……随分と大胆なことを言ってきたものだね、黒の王も」

 佐竹からの報告を聞いての第一声も、まずはそれだった。
 ゾディアスはゾディアスで、いつものように仁王立ちで腕組みをした姿だ。こめかみの辺りに青筋が立っているのは、あまりの怒りによるものだろう。

「決行は『冬至の日』だと? 舐めたことかしてくれるぜ――」

 日にちまで指定して、一体奴はこちらの軍備をどこまで侮っているというのか。ゾディアスの怒りに燃えた鈍色にびいろの目は、台詞にするまでもなくそう語っている。

「こちらで言う『冬至の日』、すなわち向こうでの『夏至の日』という訳だ。なるほどね――」

(……?)

 佐竹がディフリードの独り言のような台詞に反応したのを見て、天騎長はふっと微笑んだ。

「要するに、あちらの『儀式』の日だ、ということさ」

(……なるほどな)

 佐竹は納得して頷いた。
 つまり、「鎧の稀人」の行う年一回の「儀式」は、その地域の「夏至の日」に行われるということらしい。南半球にあるノエリオールでは、こちらの冬至は即ち夏至だということだ。

「で? どうするよ」

 ゾディアスがそう言って、ぐいと隣に立つ佐竹を睨みおろす。まるで佐竹が当のサーティークででもあるかのような眼光だ。
 佐竹も腕を組み、顎に手をあてて思案顔である。
「無論、奴の勝手にはさせられません。しかし──」
 佐竹にはあれからずっと、嫌な予感が付きまとっている。
「恐らく奴が使うのは、武力でどうにかできる手段ではない──」

 まず間違いなく、サーティークは「鎧」の機能を使うつもりなのだろう。内藤を向こうの世界から奪った、あの<暗黒門>の機能を使うのではあるまいか。だとすれば。

(それを防御するのは、恐らく至難──)

 ナイト王を城の奥深くに隠したところで、なんの意味もない。あの<門>は、王がどこにいようとも、またどんな大軍でお守り申し上げようとも、彼のそのすぐ隣に出現するのに違いないからだ。
 あの内藤が、そうであったと同じように。
 ましてや今回、当のサーティーク本人が出てこようと言うのである。内藤の時のように、年老いた文官のズールごときを相手にするのとは訳が違う。
 彼と剣でやりあうのだとして、その相手を誰がするのか。

「…………」

 佐竹は眉間に皺を刻んで沈黙する。
 いかに「氷壺の剣」が手に入ったからとは言え、それで楽に勝てるほど、かの王は甘くない。ナイト王の真横に開くであろう<門>から奴が現れるとして、その際、当然至近距離にいるはずの王の身の安全を確保しつつ、かの男と戦うなど。

(……至難のわざだ)

 佐竹は唇を噛み締める。
 奴がナイトに囁いた言葉によれば、奴はすぐさま王の命を奪うつもりはないらしい。
 しかし、遅かれ早かれ彼をしいするつもりなのは確かだ。その目的がなんなのか、今の段階では何もわからないのだが。

「…………」

 沈黙し、目を閉じてしまった佐竹を見て、残る二人も同様に眉間に皺を寄せていた。
 やがて、ゾディアスが静かに口を開いた。

「サタケ。なんか、ヒントはねえのかよ」

 目を上げると、巨躯の元上官がじっと佐竹を見下ろしていた。

「この場にいる人間で、その、お前のいう<暗黒門>とやらを実際に見たのはお前だけだ。もっと詳しく聞かせろや。ズールがナイトウを攫ったとき、どんな状況だったかをよ」
「賛成だ。まずは、それをよく聞いてからの話だね」

 ディフリードも同意する。
 佐竹はひとつ頷くと、今回はなるべく詳しく、内藤が拉致された時の状況を話して聞かせた。
 ひと通り聞き終わって、ディフリードがまず発言する。

「う~ん……その『黒い大きな腕』やら『巨大な目玉』やらは、聞くだけだと本当に、いわゆる『魔道』ではないかと思えるのだが……」

 確かに、見た目はいかにも有機的で奇っ怪であり、この現実世界からは隔絶した姿の物には違いない。

(……しかし)

「『鎧』の真の機能とその出所でどころがはっきりしていない以上、断言はできかねます。しかしそれは、やはり何がしかの科学的な産物ではないかと自分は考えます」
「なぜだい?」とディフリード。
「ひとつには、あのズールが操作でき、また今回、サーティークが同様にして操作しようとしていること。これまでほとんど関わりを持てたはずのない人間二人が違う目的で別々に操作できるとなれば、そこには操作方法が存在するはずです」

 上官二人は黙って聞いている。

「二つ目には、そのエネルギー──つまり、それを操作するための燃料のようなものですが――それを必要とするらしいこと。『夏至の日』を選ぶということからすれば、例えば太陽エネルギーに類する、熱や光のエネルギーを用いるという可能性も考えられます」
「…………」

 ここまでくると、さすがにゾディアスのほうは理解不能に陥ったらしい。ちょっと顔をしかめて小首をかしげている。ディフリードも相当難しい顔になっていた。が、構わず佐竹は言葉を続けた。

「つまり『鎧』は、なにがしかの理知的な生命体が用いる、ある種の『道具』としての機能を果たす物ではないか。つまりは、それら知能を持つ何者かの産物であるのではないか、と──」
 一気に言ってしまってから、佐竹はしばらく言葉を切った。
「……これが、ここまででの自分の仮説と、見解です」

 少しの間、執務室は沈黙で満たされた。
 それを破ったのはゾディアスだった。

「ん~。正直、よく分かんねえ。そういう小難しいことは、お前ら二人で考えろ。んで? どっかに穴はねえのかよ? その『鎧』の機能にはよ──」
 首をこきこき鳴らしながら、面倒くさげにそう訊かれる。
 佐竹はひとつ、頷いた。
「はい。これも憶測の域を出ませんが、恐らく、時間の問題があると考えます。内藤の時もそうでしたが、あの<門>はせいぜい五分ほどしか開いていることはできないのではないかと──」

 そこにもやはり、エネルギー上の問題があるのではないかと佐竹は見ている。「鎧の稀人」の儀式を行なうために、北でも南でも同様に日照時間の最も長い夏至の日を選ぶというのは、その最たる理由ではないのだろうかと。

「……ゴフン?」
 ディフリードが怪訝な顔でちょっと首を傾げたのを見て、「ああ」と佐竹は少し考えた。確かに、そう説明してもこの世界の人々には通じない。
「そうですね……。たとえば、この執務室から兵舎まで歩くほどの時間でしょうか」
「なるほど。時間ね……」
 ディフリードが頷いた。
「では、その時間、かの王の攻撃を凌げれば、もしかすると――?」
「はい。そのかん、陛下をこちら側に引き止めておくことさえできれば、どうにか勝機は見えるかと」

 と、口で言うのは容易たやすいが。
 それには恐らく、非常な困難を伴うのは間違いなかった。
 これまで同僚の兵たちから聞いた話によれば、かの武辺の王は難なく兵士数十名を瞬殺してのける男なのだ。佐竹自身、現段階で、果たして何合なんごう持ちこたえられるものかの自信すらない。いやそもそも、切り結ぶところまで持っていかせて貰えるものかどうか。

 佐竹が考え込む間にも、ディフリードはゾディアスと打ち合わせを始めている。
手練てだれを集めるのは当然として、相当、作戦を練りこむ必要があるな」
「その辺りは任せて貰おう。幸い、冬至までは少しもある。もちろん、やつが約束を守ると決まったもんでもねえから、準備は急ぐに越したことはねえがな」
 頬のあたりをぽりぽり掻きながら、なんでもない事のようにゾディアスが言った。
「頼んだ。……で、サタケ」
「はい」
「これは提案なのだがね。……そろそろ、『陛下』にも、事実をお知らせすべきではないだろうか?」
「…………」

 ごく落ち着いた声音だった。
 佐竹は美貌の男の菫色の瞳を見返した。ディフリードは言葉を続ける。

ことここに至っては、陛下ご自身になにも知らせずに事を運ぶなど、到底不可能だと思うのだがね。君の『ナイトウ』殿のこと、君たちの本当の出自のこと……すべて陛下にお知らせしておくのが良いのではないのかな? また、それがひとつの筋でもある。……と、私はそう思うのだが?」
「…………」

 沈黙している佐竹を見つめて、ディフリードはまた少し微笑んだ。

「もし、私が陛下のお立場なら、それは教えて貰いたいと思うのだがね? これほど危急の問題で、しかも自分のことでありながら、その自分だけが埒外らちがいにいる……というのは、王としてあまりにも情けない。そうは思わないかい? ……私だったら、決して我慢ならないことだと思うよ」
 静かな声だったが、それは強い説得力を持って佐竹に迫っていた。
「たとえそれが、陛下にとって、どんなにお辛い事実であったとしても……ね」

 佐竹はディフリードの瞳をしばし見つめ返していた。
 が、やがてひとつ頷いた。

「……了解しました」
 ディフリードも、ひとつ頷いてにっこり笑った。
「無論、その場には我々も同席させて頂く。……構わないよね? ゾディアス千騎長殿」
「おうともよ」
 巨躯の男は、深い声音で二つ返事をした。
「では、『善は急げ』だ。すぐに陛下にお目通りを願うとしよう」

 言うと同時に、美貌の天騎長は早くも白いマントを翻している。かつかつと靴音を響かせて、さっさと部屋を出て行くようだった。
 そのあとに、無言のままのゾディアスの巨体が続く。

 佐竹はほんの僅かの間、黙って二人の背中を見ていた。
 が、やがて覚悟を決めたように顔を上げ、大股に部屋を出て行った。


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