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つづれ しういち

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第三章 武術会

3 刀鍛冶

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 武術会が始まるまでの少しの時間、佐竹はガンツやケヴィンと共に会場から少し離れて、村の中をあちこちと歩き回ってみた。
 自分に対する村人たちの怪訝な視線にはもう慣れてしまい、佐竹はもう通常と変わらぬ態度で周囲を観察しつつ、村の様子を見て回った。今後、何か役に立つ情報が転がっていないとも限らない。もしもそうであるならば、今のうちに少しでも手に入れておくにくはなかった。

 ガンツとケヴィンは、先ほど路地の向こうにちらりと目にしたこの村のいちへ足を向けた。そこで食料を少し調達することにしたようである。
 昼食についてはマールが出がけに用意してくれたもので事足りたが、夕食はここで何かしらを手に入れておく必要があるらしかった。
 ちなみに今回、ウルの村での滞在費そのほかは、佐竹が代表としてこの大会に参加しているため、すべてミードの村が負担してくれている。多少申し訳ない気もしたが、この世界の通貨など一切持ち合わせていない自分にしてみれば、もとより他の選択肢などなかった。

 いちでは、野菜や穀物などを売る女や男たちの威勢のいい声が響き渡っている。
「どうだい、今朝取れたてのピグウァーだよ! ひとつたったの二ユルスさね! 新鮮で甘いよ、試していかないかい、お兄さん!」
 と、桃によく似た果物を勧めてくる中年女がいるかと思うと、
「こっちのタミームを試してみなよ! 武術会といったらやっぱりタミームだぜ、そうだろ? 兄さん、ぜってえ損はさせねえよ! 一杯、たったの一ユルス五ラーモルス!」
 と、明らかにアルコールであるらしい木製の樽入り飲料を勧める、顔も身体も毛むくじゃらの男がいたりする。
 そしてどちらを向いても、笑顔と大きな笑い声が聞こえていた。
 まことに、活気に溢れた村だった。


 ここでの通貨は、フロイタール王国内でならどこでも使えるものとなっていて、ちょうど金貨、銀貨、銅貨といったもののように見えた。
 これらが上から、ギガス、ユルス、モルスと呼称されている。金貨ギガス銀貨ユルスの百枚分にあたり、銀貨ユルス銅貨モルスの百枚分にあたる。
 ちなみに銅貨モルスにはその十枚分に相当する大銅貨ラーモルス、銀貨にもその十枚に相当する大銀貨ラーユルスが存在するという。

 一般的な庶民が使う通貨としては、あまり金貨にはお目にかからないらしく、いまケヴィンたちが店で使おうとしている硬貨も、銅貨モルスから大銀貨ラーユルスまでの範囲だった。
 このあたりの細かい知識は、とりあえずここで生活する上では不可欠だった。
 売られている商品と硬貨の値を比べてみると、佐竹の世界の感覚からして大体、銅貨モルスを一円、銀貨ユルスを百円、金貨ギガスを一万円と考えるとよさそうに思われた。
 つまり先ほどの「ピグウァー」なら二百円、「タミーム」なら百五十円ということになるだろうか。とはいえ農作物の値段というのは変動的なものだろうし、まったくの異世界人たる佐竹からすると、それがいったい高いのやら安いのやら、判断できるものでもなかった。

 ガンツとケヴィンがあれこれと食料品店を物色している隣でそんなことを考えていたところ、佐竹はふと、何かを聞いた。
 このすさまじい喧騒の中で、それは不思議な感覚だった。だが佐竹は間違いなく、何かの金属を打ち合わせる音を聞いた気がして耳を澄ませた。

(これは……?)

──かぃん、きぃん。かぃん、きいぃん……。

 それは重くも澄んでいて、妙に心惹かれる音である。
 佐竹はその妙なる響きに誘われるようにして、そっとそちらへ歩いていった。

 広場の隅の方へ少し歩くと、小さな路地が目の前にあり、そこから先はあまり日の光が差し込まず、ひんやりとした薄暗い空間となっていた。
 音は、その先から聞こえてくる。
 その路地に数歩、足を踏みいれたところで、表のいちの騒がしさがふっと遮られた。急に喧騒が遠ざかる。その静寂に驚いたように、耳が一瞬、きいんと聞こえるはずのない音を聞いたようになった。
 周囲が静まり返ったそのかわりに、先ほどの金属音がはっきりと聞こえるようになる。佐竹はその先へと足を運んだ。

(ここか……)

 まるで掘っ立て小屋のような小さな間口の小屋の中から、その音は聞こえていた。
 佐竹はその手前まで行き、そっと中をうかがった。

 そこは、暗い作業場のような空間だった。その奥で、一人の老人が無心につちを振るっている。そばにはごうごうと音をたてて小さな炉が焚かれており、小屋の中はその熱気がこもったようになって、ひどく蒸し暑かった。
 きぃん、きぃん、と澄んだ音色を響かせて、老人の手元で赤く熱せられた細長い金属が鍛えられてゆく。
 時々、じゅうっと音を立ててそれを水桶の中にひたし、また炉に入れ、打って、冷ますを繰り返す。

(刀鍛冶──)

 佐竹には、すぐに分かった。
 してみるとこの世界にも、金属の鍛造たんぞう鋳造ちゅうぞうといった技術は存在するらしい。となれば、自分が戦うために使うような金属製の剣や刀といったものも必ずあるということだろう。これは剣士である佐竹にとって、願ってもない話だった。

 ──と。

「お前さん、舌はあるのかい」

 いきなりしわがれた不機嫌な声がして、佐竹は目を上げた。黙々と金属を打っていた老人が、鷲のような黄色く光る目をぎょろりといて、佐竹をじっと睨んでいた。
 がりがりに痩せた、肌の色の非常に黒い老人である。頭頂部にはほとんど毛はなかったが、側頭部と後頭部からは真っ白な髪がぼうぼうと生えていた。眉とひげも同様で、眉毛は目にかかるぐらいの長さにのびて垂れさがっている。ちょうど短い股引ももひきのようにして腰まわりに布を巻きつけている以外は、ほとんど裸同然の姿だった。

「挨拶もなしに、黙って人の仕事をのぞき込むな」

 老人の声は、ひどく不愉快そうだった。大切な作業の邪魔をされたことが、心底癇に障るといわぬばかりであった。佐竹は即座に居住まいを正して一礼した。

「失礼を致しました。つい、見とれておりました」
「……ふん」

 老人は、佐竹にはそれ以上なんの興味もなさそうにそっぽを向くと、また自分の手元に集中しはじめた。再び、澄んだ金属音が響き始める。
 ここにいることそのものは拒絶されていないようだったので、佐竹はその場で地面に正座をすると、老人の作業をまたしばらく見つめていた。

 きぃん、きぃん……と、金属の鍛え上げられてゆく音が響く。
 老人の手が生み出すその音は、奇妙なほどに佐竹の心を落ち着かせた。
 
 内藤のこと、この先のこと。
 考え出せば、不安材料はいくらでも湧き出てきて尽きることはない。
 ただ、自分はそれでも淡々と、やるべきことをやり、少しずつでも進むしかない。
 ただそう思って己を律すること以外、自分に出来ることなどないのだ。
 佐竹は、静かに目を閉じた。


 どのぐらいの時間、そうしていたものか。
「用向きはなんじゃい」
 唐突に、老人が佐竹に声を掛けた。
「…………」
 佐竹は目を開いた。
 一瞬、老人が自分に何を尋ねたのかが分からなかった。
 が、やがて答えた。
「……いえ。お仕事を拝見させて頂いているだけです」
「ふむ? 妙な坊主じゃの」

 老人は片眉をちょっと上げると、作業が一段落したものか、そこから腰を上げた。
 そうして、少し腰を伸ばすような仕草をしてから、何の気なしに佐竹に尋ねた。

「おぬし、武術会に出るのかの?」

(……?)

 老人の質問の意図がよくわからなかったが、佐竹はただ、素直に答えた。
「はい。そのつもりでおります」
 老人がちらりと佐竹の顔を見た。
「ほう。……ま、儂には関係ないがの」

 素っ気無くそう言ったかと思うと、老人はそそくさと小屋の奥に消えてしまった。
 




「ったく、サタケ! でかい図体して、こんなとこで迷子になんなよなあ!?」

 路地から市の広場に出てきたところで見つかって、佐竹は開口一番、ケヴィンにそうなじられた。
 別に「迷子」になっていたわけではない。ないが説明するのは面倒だったので、佐竹は特に反論もしなかった。ガンツのほうは一応心配はしてくれたらしかったが、別に何も言わず、ケヴィンの後ろに立っているばかりである。
 ケヴィンはさももっともらしい顔をして腰に手を当て、下から佐竹を見上げて、兄貴面で言い放った。

「そろそろ武術会が始まるぜ。マールの弁当、今のうちに食っとけよ?」

 勧められるまま、すこし静かな場所を探して食事をしてから、三人はもといた武術会の会場を目指して歩き出した。

 
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