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つづれ しういち

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第二章 新参者

3 黒髪の青年

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「ねえ、早く早く! みんなもっと急いでよお!」
 前方でぴょんぴょん飛び跳ねながら、村の少女マールが手を振っている。
「早くその人、手当しなくちゃいけないんだからあ! もう、ケヴィン、もっと急いでったらあ!」
 少女がきんきんするような声で、後に続く三人を急かしている。

 ふわふわした長い桃色の髪にみどりの瞳は、このフロイタール王国の王都でもなかなかない、「美人」に類される組み合わせだ。もっとも、この辺境の村からそんな所に出かけていく村人など、滅多にいはしないのだが。
 事実、その着ている物も、粗末な綿のスカートにスカーフと、硬い鹿革を縫い合わせた短靴だ。

「わかったわかった。マールは先に行って、ルツ婆様に、こいつの寝床とか手当ての準備とか、してもらっといてくれよ!」
 小さな豆畑や傾斜地に作られた牧草地の間を抜ける、村に通じる小道を行きながら、ケヴィンと呼ばれた男がやや甲高い声で返事をした。痩せ型で小柄な、長めの金髪の男である。それを後ろで、無造作に革紐で束ねていた。
 こちらも、ごく粗末な綿の上衣に下穿き、短靴といった出で立ちだ。
 その隣では、同様の出で立ちの巨大な体躯の若者が、肩に一人の男を担いでゆっくりと歩いていた。

 それは、先ほど村はずれで見つけた、見知らぬ行き倒れの青年だった。
 随分と奇妙な格好をしている上に、その服は森の獣にでも襲われたのか、あちこち破けて血が滲んでいる。それらと戦ってきたものか、片手には棒切れで作ったらしい剣を握り締めていた。

 運ぶのに邪魔になるため、若者たちがその手から木剣を取り上げようとしたのだが、驚くべきことに、どうやってもその指を剣から放すことができなかった。
 子供たちが見つけた時にはまだ少し意識があったらしいのだが、自分たちが駆けつけたときにはすでに、彼は意識をなくしていた。仕方なく、こうして大柄な方の若者が、彼に木剣を握らせたままに、肩に担いで帰る羽目になっている。
 
「しかし一体、どこから来たんだろうな、この男……」
 金髪の男が、顎に手を当てながら口を開いた。
「さあな」
 大柄な若者が、言葉少なにそれに答えた。
 村で最もがっちりとした体格のその若い衆は、名をガンツと言う。短めの茶色の髪に、灰色の瞳をしている。体格こそこの通り、大柄で猛々しく見え、一見恐ろしげなのであるが、その瞳には優しい光を湛えていた。
 いかにも朴訥とした様子で、考えながら言葉を紡ぐ。
「あの小道の先は、森と岩山しかないはずだがな……」
 少し不思議そうに自分の肩に乗った青年を眺めやりながら言うその声も、いかにも誠実そうな深いものである。

「うーん……。でも、髪、黒いよな? こいつ。どっからどう見ても……」
 一方、隣を歩くケヴィンの方は、多少お調子者らしく、見るからに軽い雰囲気だった。明るい色の青い瞳をくるくるさせながら、いかにも気になって仕方がないという風に、ちらちらとその抱えられた青年を横目で観察している。
「って、なるとさあ――?」
 その声は、少し思うところがあるようだった。
「黒い髪色の奴って言やあ、やっぱりよお……?」
 が、突然、少年の声が下からそれを遮った。
「兄ちゃんは、『空から来た』って言ってたぜ?」
 真っ赤な髪、紫の瞳の少年、オルクである。
 二人の若者は顔を見合わせた。

「空だあ……?」
 「馬鹿を言うな」、と言わんばかりの顔で見下ろされ、オルクは途端に、ぷうっと頬を膨らませた。
「ほんとだぜ? そりゃ、そうは言ってないけどさ! この人、ここの言葉がわかんないみたいなんだよ。でも、こう……指を空に向けたんだもん!」
 言いながら、先ほど黒髪の青年から見せられたと同じように、得意げに人差し指を空に向けてみせる。
「…………」
 若者二人はちょっと沈黙したが、不審げな顔はそのままだった。やがて、ケヴィンが代表して意見を述べた。
「まあ、確かに……妙ちくりんな格好はしてるけどなあ?」
 二人は首をかしげたままゆっくりと、そして少年はその周りを跳ねるようにしながら、山間やまあいに見え始めてきた小さな村へと歩いていった。





 目を開けると、そこは小さな小屋だった。

「…………」

 体のあちこちが疼くが、痛みの程度もその場所の数も、特に気を失う前と比べて多くはない。どうやら、自分は「彼ら」に助けられたようだった。

 静かに上体を起こしてみると、そこは自分の作った木刀と同様、あのひのきに良く似た木材で作られた小屋だった。部屋は八メートル四方ほどの小さなもので、真ん中にはいわゆる囲炉裏のような場所が四角く切られている。
 部屋の隅には、麦わらのようなものを束ねたものがごろごろと置いてあり、それを叩くための道具だろうか、さまざまな形をした木製の杵や、臼のようなものが見えた。

 床も壁と同様の板敷きで、その上に何かの動物の毛皮らしきものを敷き、自分はその上に寝かされていたようである。傍には、水を入れた大きめの木の椀が置いてあった。
 ふと気付けば、そのを、自分はまだ握っていた。
 まるで柄に貼りついたように、指が強張り、動かなくなっている。

「…………」

 少しまた、佐竹の頬に自嘲の笑みが浮かんだ。左手で静かに自分の右手の指を一本ずつ緩ませて、やっと木刀から手を放す。ごとん、と音をたて、木刀が床に転がった。 
 あらためて自分の体を見れば、破れて血で汚れていた制服のシャツは脱がされており、傷のあちこちに膏薬らしきものが貼られている。随分と丁寧に看病してもらっていたらしい。

 と、ぱたぱたと軽い足音がして、小屋の入り口がぱっと開けられた。といっても、入り口に織物を掛けて遮っているだけなので、特に木製の扉などがあるわけではない。

《あっ、目が覚めたのね? よかったあ!》

 声の感じからして、それは先ほど、気を失う前に見た少女らしき人物だった。
 目の醒めるようなピンク色の髪は、先ほどちらっと見えた時には見間違いかとも思ったのだが、やはり本当にピンク色をしていた。
 相変わらず、彼女が何を言っているかはわからない。分からないが、まあ大体、こういうときにいう事は決まっているような気もする。佐竹は静かに頷いてみた。このジェスチャーが通じる相手かどうかは、やはりわからなかったが。
 少女はにこにこ笑って、またぱっといなくなると、すぐに他の者を呼びに行ったようだった。

 そちらを静かに見やりながら、佐竹はまた一人、考えていた。

(まずは、『知能のある生き物との邂逅および、彼らとの意思疎通を図ること』……か)

 そして、ひとつ軽い溜め息をついた。
 なかなかに、道のりは遠そうだった。

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