白き鎧 黒き鎧

つづれ しういち

文字の大きさ
上 下
10 / 131
第二章 新参者

2 異邦人

しおりを挟む


《ね。あれ、なんだろうね……? マール》
 小さな少年の声がする。
《なに? なにがあるの、オルク?》
 次は、小さな少女の声だ。

 ただ、それらは佐竹の耳には、意味不明の音声としか聞こえなかったが。
 うっすらと目を開けると、周囲は随分と明るくなっていた。

「…………」

 体のあちこちに不快な痛みを覚えつつ、佐竹は周囲を見回した。先ほどよりは、随分と明るくなっている。どうやらこの世界にも、「日の出」らしきものがあったらしい。
 ただ、地球のそれとはちがって、光の色が多少赤っぽく思えるのは、別に朝焼けだからということでもなさそうだった。
 頭上の木の葉をすかして見える薄青い空には、昨夜のあの巨大な惑星が、ぼんわりと白く色を変えて浮かんでいた。


 あれから、まだ足元も暗い中を、踏み固められた小道を辿ってこの辺りまで歩いてきたが、さすがに疲労と眠気とに耐えられなくなり、ひとまず小道脇の木の下に座り込んで休むことにしたのだった。正直なところ、かなりの空腹も覚えるが、この世界の知識が皆無のままにあれこれと手を出すわけにもいかなかった。
 まずは、曲がりなりにも意思の疎通のできそうな相手をみつける必要がある。
 とはいえ、必要に迫られて、道の脇に流れる小川を見つけ、その水を飲んでみたのは事実である。水の味も、特に自分の知っているものと変わりはなかった。

 内藤を攫った者たちの様子からして、なにがしか、知恵のある生き物が必ずここに存在はするはずなので、そのこと自体はあまり疑わなかったが、なにしろ森林を抜ける道も相当な距離があり、ここに至るまで、集落のようなものにはまったく行き当たらなかったのだ。
 感覚的なことでしか分からないが、恐らく、十四、五キロぐらいは歩いたのではないだろうか。
 時折り、森の中から何かの生き物の吼える声が聞こえたが、それがなんであったかは分からなかった。そんな時は、ただじっと立ち止まり、気を殺してやり過ごした。

《ねえ、あれ……人じゃない?》
 少年の声が、また何か言っている。
《わ、ほんとだ……。血が出てるみたい!》
 そしてまた、少女の声。

(人か……。助かったか)

 佐竹はまた、目を閉じた。
 これ以上、無駄にエネルギーを使うべきでないことは分かっていた。
 もしも万が一、相手がこちらを殺そうと掛かってきた場合のことを考えて、最低限、自分の命を守るために戦うだけの余力は残しておかなくてはならない。そのためにこうして、木刀を作り、片手に握ったまま倒れているのだから。
 ともかく今は、そこで何か言っている「知能のある生き物」がどうするのか、しばらく様子をみることにした。

 小さな者たちが、恐る恐る、近寄ってくる気配がした。
 彼らが発しているのは、ちょうど洋介ぐらいの、子供の声のようだった。
《ねえ、ちょっと! 大丈夫? ねえ……!》
 何かを呼びかけてきている様子がしたので、佐竹は少し、目を開けた。
《あ、目をあけたよ! 生きてるよ! この人》
《あたし、だれか呼んでくる!》
 一人が、慌てて駆けさってゆく。

 ゆっくりと視線を動かすと、想像していたような、小さな子供らしい顔が目に入った。
 それは、燃えるような赤い髪をした、くりくりした目の少年だった。
 いや、少年と見えて、実は大人であるということもあるのだろうが。
「…………」
 思ったとおり、見たところ、地球人とたいして違わない。
 あえて細かいことを言うならば、彼らは少し、耳の形が尖って見えるということと、あまり見たことのない目の色をしているということぐらいか。
 少年は、地球ではまず見ることのない、透き通った紫色の瞳をしていたのだ。

 たとえこれらの生き物が、地球人から見て凄まじい異形の相手だったとしても、別にこちらとしては、やることは変わらないとは思う。
 まずは彼らとの意思の疎通をはかり、内藤の行く先を探り出し、彼を取り戻す。できれば元の世界への帰り方も見つけ出す――それだけだ。こうして並べ立ててみれば、いかにも単純なものだった。
 が、ひとまず佐竹は安堵した。相手の容姿が地球人に似通っていてくれるというのは願ったりだ。たとえどんな容姿であれ、いずれは見慣れるとは思うのだが、どうせなら少しでも、こちらの精神状態を安定させておきたいからだ。

《ねえ、あんただれ? どこから来たの?》
 少年は紫の瞳をさらにくりくりさせて、なにごとかを佐竹に尋ねた。
「…………」
 少年が何度か同じ言葉を、身振り手振りを交えて繰り返すうちに、なんとなくその質問の意図がわかって、佐竹は静かに手を上げた。

 ゆっくりと、人差し指で宇宙そらを指す。
 おそらくそれは、間違ってはいないだろう。

 自分は、この惑星ほしの人間ではない。
 どこから来たかと問われれば、こうとでも答えるしかないではないか。

 少年が声を失って、明らかに驚いた様子になった。
 口をぱくぱくさせ、佐竹の指先と、その指し示す空とを、何度もかわるがわる見比べている。
《あっち……? あっちから来たっていうの? ほんとに……??》

 やがて、遠くからもっと多くの生き物……いや、が駆けて来る音が聞こえてきた。先ほどのもう一人が、仲間を連れて来たに違いなかった。
 どやどやと、先ほどの二人よりももっと低音の声が聞こえてきて、「ああ、やっぱりこの二人は子供だったか」と思うと同時に、佐竹は意識を手放していた。

 どうやら彼らは、すぐに自分を殺すを放ってはいなかったから。

《あっ、ねえ! しっかりしなよ、『お空の兄ちゃん』……!》

 少年の声が、もう遠くで聞こえていた。





 王宮の執務室で、低い老人の声がする。
「陛下。夜も更けましてござりまする。本日の政務はもう、このあたりになされませ」
 執務机の向こうで「陛下」と呼ばれた人物が、書類からゆっくりと目を上げた。
「ああ……うん。もうこんな時刻か……」
 言いながら、彼はちらりと窓外に目を移したが、急に眉間に皺を寄せた。
「つっ……!」
 そこがなにやら痛むらしく、静かにこめかみのあたりを指で揉んでいる。

「それそれ、言わぬことではござりませぬ。さようにあまり根をお詰めあそばすと、またおつむりのご病気が出まするぞ。ほどほどになされませ……」
 老人の声は、やんわりと優しげだ。  
「また、ご寝所にお薬湯を運ばせましょうぞ。今宵はもう、ごゆっくりとお休みなされませ……」
「ああ、爺。すまぬな――」

 「陛下」は静かに微笑むと、老人の勧めるままに執務室を後にした。
 慇懃に礼をして、その背中を見送ってから、老人は誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「……ふむ。まだあの薬は有効であるようじゃのう。なにより、なにより……」
 そして、口の端ににやりと不気味な笑みが浮かんだ。

「まだまだ、そなたには働いてもらわねばならぬでのう……」

 鉄錆の音を含んだその声が、王宮の敷物に染みこんでいった。       
   
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校球児、公爵令嬢になる。

つづれ しういち
恋愛
 目が覚めたら、おデブでブサイクな公爵令嬢だった──。  いや、嘘だろ? 俺は甲子園を目指しているふつうの高校球児だったのに!  でもこの醜い令嬢の身分と財産を目当てに言い寄ってくる男爵の男やら、変ないじりをしてくる妹が気にいらないので、俺はこのさい、好き勝手にさせていただきます!  ってか俺の甲子園かえせー!  と思っていたら、運動して痩せてきた俺にイケメンが寄ってくるんですけど?  いや待って。俺、そっちの趣味だけはねえから! 助けてえ! ※R15は保険です。 ※基本、ハッピーエンドを目指します。 ※ボーイズラブっぽい表現が各所にあります。 ※基本、なんでも許せる方向け。 ※基本的にアホなコメディだと思ってください。でも愛はある、きっとある! ※小説家になろう、カクヨムにても同時更新。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

シリウスをさがして…

もちっぱち
恋愛
月と太陽のサイドストーリー 高校生の淡い恋物語 登場人物 大越 陸斗(おおごえ りくと)  前作 月と太陽の  大越 さとしの長男    高校三年生 大越 悠灯(おおごえ ゆうひ)  陸斗の妹    中学一年生 谷口 紬 (たにぐち つむぎ)  谷口遼平の長女  高校一年生 谷口 拓人 (たにぐち たくと)  谷口遼平の長男  小学6年生 庄司 輝久 (しょうじ てるひさ)    谷口 紬の 幼馴染 里中 隆介 (さとなか りょうすけ)  庄司 輝久の 友人 ✴︎マークの話は 主人公  陸斗 と 紬が 大学生に どちらも  なった ものです。 表現的に  喫煙 や お酒 など 大人表現 あります。

魔術師リュカと孤独の器 〜優しい亡霊を連れた少女〜

平田加津実
ファンタジー
各地を流れ歩く旅芸人のリュカは、訪れた小さな町で、亜麻色の髪をした自分好みの少女アレットを見かける。彼女は中世の貴族のような身なりの若い男と、やせ細った幼女、黒猫の三体の亡霊を連れていた。慌てて彼らを除霊しようとしたリュカは、亡霊たちを「友達だ」と言い張るアレットに面食らう。リュカは、黒猫の亡霊に彼女を助けてほしいと頼まれ、なりゆきで一人暮らしの彼女の家に泊まることに。彼女らの状況をなんとかしようとするリュカは、世間知らずで天然な彼女と、個性的な亡霊たちにふりまわされて……。 「魔術師ロラと秘された記憶」の主人公たちの血を引く青年のお話ですが、前作をお読みでない方でもお楽しみいただけます。

高嶺のライバル

いっき
恋愛
(カッコいい……) 絶世の美少女、菫(すみれ)は、親友であり最強の剣道部員でもある凛(りん)に、憧れの感情を抱いている。 しかし、凛は菫に対して、それとは少し違う感情を抱いていて……

【完結】暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様 ===== 別で投稿している「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。

カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜
ファンタジー
【※注意!】こちらの作品はバーチャルタレント事務所Re:ACT様主催プロジェクト【KAGAYAKI STARS】、およびその関係者様とは一切関係がございません。 ブラック企業の営業職に就いて十周年間近、牧野理央はドルオタだった。 いつも通り終電で帰宅中の理央だったが、その日ばかりは浮足立っていた。 現在推している若手のアイドルグループ、セブンスビートの1stライブを翌日に控えていたから。 気が逸った理央は、あろうことか信号無視をしてしまう。運悪くパンプスが壊れてしまい、迫り来るは千鳥足の車。抵抗の余地もなく跳ね飛ばされてしまう。 意識が戻ると、目の前にはスーツの男性。霊魂案内所 不慮の事故課のミチクサという男性は異世界でのセカンドライフを提案する。 アイドルのいない世界に渋る理央だが、ミチクサは言う。 「ご自身の手でアイドルをプロデュースされてはいかがでしょう!?」 かくして、異世界初のアイドルを自らの手で輩出する決意を固めた理央。 多くの出会いを経て、苦難を越え、ドルオタは異世界にスターを生み出す。異世界アイドルプロジェクト、ここに始動!

心の交差。

ゆーり。
ライト文芸
―――どうしてお前は・・・結黄賊でもないのに、そんなに俺の味方をするようになったんだろうな。 ―――お前が俺の味方をしてくれるって言うんなら・・・俺も、伊達の味方でいなくちゃいけなくなるじゃんよ。 ある一人の少女に恋心を抱いていた少年、結人は、少女を追いかけ立川の高校へと進学した。 ここから桃色の生活が始まることにドキドキしていた主人公だったが、高校生になった途端に様々な事件が結人の周りに襲いかかる。 恋のライバルとも言える一見普通の優しそうな少年が現れたり、中学時代に遊びで作ったカラーセクト“結黄賊”が悪い噂を流され最悪なことに巻き込まれたり、 大切なチームである仲間が内部でも外部でも抗争を起こし、仲間の心がバラバラになりチーム崩壊へと陥ったり―――― そこから生まれる裏切りや別れ、涙や絆を描く少年たちの熱い青春物語がここに始まる。

処理中です...