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「なんかこう、人がいねえってだけで寒いよなあ」
「はは。まあ、そうだな」
でも皇子の返事は妙にしあわせそうに聞こえた。
理由はわかってる。どんどん人通りの少ない方へ歩いてきて、とあるところで皇子は遂に、そっと俺の手を握ったからだ。そのまま皇子のコートのポケットにいっしょに突っ込まれて、心臓がぎゅんっと口から出そうになった。
「寒い」とは言ったけど、ほんとはそんなことない。
コートの下の身体はもうぽっかぽかになってしまう。だいぶ長いこと歩いてきたせいだけじゃないよな、これは絶対。
空にはもう星が瞬いている。寒いときってあまり空を見上げないけど、本当は空気が澄んでていちばん星がよく見えるらしいんだよな。
目指しているのは、街はずれの高台にある公園だった。到着してみると、風がぴゅうぴゅう吹いて人っ子ひとりいない。予想通りだ。
皇子が不思議そうに周りを見回してからこっちを向いた。
「ここで何をするんだ? 健人」
「まあまあ。……さ、ドット。出番だぞ」
「にゃうるるるっ」
ところがドット、これがなかなか外へ出てこない。見たらもうぶるっぶる震えちゃってて。そりゃ寒いわな。ましてや今はこいつ、ネコだし。
「だいじょぶか? ドット……」
トートバッグからひざ掛けごとそうっと出したら、ようやくドットがぴんと耳を立てた。鼻を空に向けて、くんくん風のにおいを嗅ぐみたいにしている。それからぴょんと地面に飛び降りた。俺は皇子の袖をひっぱって、ドットから少しだけ距離をとった。
途端、ドットの周囲にひゅるるるっと空気が集まりはじめる。
「えっ。まさか──」
皇子が片手を少し顔の前にかざして驚きの声をあげる。
そのまさかなんだよ、皇子。
集まった風が急にごうっと強くなり、一瞬閉じた目をあけたその時にはもう、目の前にあの巨大な赤いドラゴンが出現していた。
「クルルルッ」
でも鳴き声はやっぱり可愛い。ペリドットそのものの緑の瞳も、爬虫類のそれだけどやっぱり優しい。
それは間違いなく、あっちの世界でさんざん世話になった赤くて美しいドラゴンのドットだった。
「ささ、皇子。とっとと乗ってくれ。人に見られたらやべえからさ」
「いや。ちょっと待ってくれ」
意図を察した皇子がひょいと指先を振ると、ドットの背中に人が乗るための鞍が出現した。あっちの世界ではよく見かけた道具だ。しかもこれは二人乗り用。さすがは皇子。ドットの身体は大きいから、男が二人で隣り合って座っても十分余裕がある。
「ありがと、皇子」
「いや。……さあ、どうぞ」
先に少しあがって、皇子が手を貸してくれた。なんかこういう時、なんとなーくいまだに「姫扱い」されてるみてえでちょっとこっ恥ずかしくなる。俺はもう、あっちの世界での「公爵令嬢シルヴェーヌ」じゃねえのにさ。
少し体をかがめてくれたドットの腕と肩に足をかけてよじのぼって無事に鞍に尻をおさめ、シートベルトに当たる革紐で腰を固定したところで、ドットが《隠遁》の魔法を使った。周囲の冷たい空気が遮断されたのを肌で感じる。
あっちの世界にいたときにも、ドラゴンたちはこうやって乗り手の安全を守ってくれるのが普通だった。
「ぎゅるるんっ」
それはドットの「さあ、いくよ」の合図だった。
ぐわっと景色が下方へ押しやられ、そんなにきつくはないけどGが掛かるのを感じる。公園の景色が遠のくのと同時に、眼下に街の夜景が広がりはじめた。
皇子はいつのまにか俺の腰に片手を回している。
「すごいな、健人。こんなのを準備していてくれたなんて」
「え、えへへ……」
なんか照れる。
「ありがとう。素敵な『クリスマスプレゼント』だよ」
「いやその……ドットが言い出してくれたことだから」
そうなんだよな。「なにをあげるか」で悩んでいた俺に、「物じゃなくてもいいんじゃない?」みたいに提案してくれたのはドットだった。つまり、素敵な体験をプレゼントもいいんじゃないか、って。
「俺がプレゼントのことでめっちゃ悩んでたもんだからさ。アイデアはドットからだし、実際動いたのもドットだし……。だから、礼ならドットに言ってやってくれよな」
「そうなのか。……感謝するぞ、レッドドラゴン・ペリドット」
「ぎゅるるん」
ドットが飛びながら、なんとな~くそっぽを向く。まったくこいつも素直じゃないんだよなあ。ほんとは皇子のこと、認めてないわけじゃないくせに。
そんな反応だったのに、皇子は微笑んだだけだった。
「今度、なにかお礼をしよう」
「うん、そうしてやって。高級なネコ缶とかでもいいかもしんない。うちじゃあんまり、高いのは買ってやれねえから。刺身とかでもいいかもなっ」
「なるほど」
って、ネコ用のプレゼントでもいいのかどうかは本人? いや本ドラゴン? に訊いてみなくちゃだけどな。まあこっちにドラゴン用の食材なんてないだろうけど。
そんなことを言ってるうちに、ドットはどんどん高度をあげていく。気が付いたら雲と同じぐらいの高さまでやってきていた。ドットの保護魔法のお陰で、風圧とか気圧の変化はほとんど感じずに済んでいる。
街どころか、遠くの山や湖みたいなもんまで見える。港の明かりが集まって、海岸線がきれいに見え始めた。その外に黒く広がるのは海だ。
「わあ……すげえな」
企画した側のくせに、つい感嘆の声がでてしまう。前にドットと予行演習したときは明るい時間だったからな。夜景で見たのははじめてだし。
「うん、美しい。あちらの世界には人工的な『電気』は存在しなかったものな。魔法で作り出す光は色々あったが、こういうのもきれいだな」
「うん」
今度はぎゅっと肩のところで抱きしめられて、俺はなんとなく皇子の肩に頭をもたせかけた。
今夜はきっと、サンタさんも大勢の子どもたちのために夜空を駆けまわって大忙しだろう。サンタさんとトナカイたちの邪魔になんねえようにしねえとな。なんつって。
「……健人」
「あん?」
「これを」
「えっ?」
手の上に、さっきおふくろたちに渡していたのとは別の、ブルーのリボンのかかった小さな箱を乗せられてびっくりする。
皇子、俺へのプレゼントまでちゃんと準備してくれてたのか。
「開けてみてくれ。そなたたちからのプレゼントにはまったく及ばないものだけどな。気にいってくれたら嬉しいんだが」
「えっ。えっ。気にいるに決まってるでしょ!」
手袋を外した指先はちょっと凍えていて、リボンと包装紙を丁寧にはずすのに少し苦戦した。
出てきたのは、大人っぽいシンプルなデザインの定期入れだった。明るめの茶色。しかもこれも、きっとブランドもののやつだ。見るからに質のいい革を使ってるし、すぐに手に馴染む感じ。
「わあ、かっけえ」
「……気にいってくれたか?」
「うん、もちろん! ありがとな、皇子。いや……えっと、クリス」
「うん」
にこっと笑って、皇子がちゅっと俺の頬にキスをする。
「うわわっ」
「……そろそろ、こういうのも慣れて欲しいな」
「う、うん……だよな」
ぐわああ。ちょっと寒いとか思ってたのに、いきなり全身ポッカポカになっちまったじゃんよ! どうしてくれる!
「そしてできれば『お返し』が欲しい」
「……へっ??」
な、なに言ってんの? この人。
どっきんこどっきんこ。
ああもう、俺の心臓、うるっせえ!
(ああ……でもなあ)
俺、結局皇子のためになにをやったってわけでもねえし。
むしろ受験のことでは百パー世話になりっぱなしだし。
やっぱり、やっぱりここは……頑張んねえと?
「うう……っ」
ぎゅっと一瞬目を閉じる。
ガシッと皇子の胸倉をつかみ上げる。
「えっ」
皇子が目を丸くした。俺はその隙をのがさなかった。
速攻。
こういうときは速攻しか勝たん!
びゅんびゅん飛びすぎる綺麗な夜景の上。
俺は形のいい皇子のそれに、自分の唇をくっつけた。
了
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2022.12.21.Wed.~2022.12.25.Sun.
お読みくださったみなさまにメリークリスマス!
いつかまた、どこかで。
「はは。まあ、そうだな」
でも皇子の返事は妙にしあわせそうに聞こえた。
理由はわかってる。どんどん人通りの少ない方へ歩いてきて、とあるところで皇子は遂に、そっと俺の手を握ったからだ。そのまま皇子のコートのポケットにいっしょに突っ込まれて、心臓がぎゅんっと口から出そうになった。
「寒い」とは言ったけど、ほんとはそんなことない。
コートの下の身体はもうぽっかぽかになってしまう。だいぶ長いこと歩いてきたせいだけじゃないよな、これは絶対。
空にはもう星が瞬いている。寒いときってあまり空を見上げないけど、本当は空気が澄んでていちばん星がよく見えるらしいんだよな。
目指しているのは、街はずれの高台にある公園だった。到着してみると、風がぴゅうぴゅう吹いて人っ子ひとりいない。予想通りだ。
皇子が不思議そうに周りを見回してからこっちを向いた。
「ここで何をするんだ? 健人」
「まあまあ。……さ、ドット。出番だぞ」
「にゃうるるるっ」
ところがドット、これがなかなか外へ出てこない。見たらもうぶるっぶる震えちゃってて。そりゃ寒いわな。ましてや今はこいつ、ネコだし。
「だいじょぶか? ドット……」
トートバッグからひざ掛けごとそうっと出したら、ようやくドットがぴんと耳を立てた。鼻を空に向けて、くんくん風のにおいを嗅ぐみたいにしている。それからぴょんと地面に飛び降りた。俺は皇子の袖をひっぱって、ドットから少しだけ距離をとった。
途端、ドットの周囲にひゅるるるっと空気が集まりはじめる。
「えっ。まさか──」
皇子が片手を少し顔の前にかざして驚きの声をあげる。
そのまさかなんだよ、皇子。
集まった風が急にごうっと強くなり、一瞬閉じた目をあけたその時にはもう、目の前にあの巨大な赤いドラゴンが出現していた。
「クルルルッ」
でも鳴き声はやっぱり可愛い。ペリドットそのものの緑の瞳も、爬虫類のそれだけどやっぱり優しい。
それは間違いなく、あっちの世界でさんざん世話になった赤くて美しいドラゴンのドットだった。
「ささ、皇子。とっとと乗ってくれ。人に見られたらやべえからさ」
「いや。ちょっと待ってくれ」
意図を察した皇子がひょいと指先を振ると、ドットの背中に人が乗るための鞍が出現した。あっちの世界ではよく見かけた道具だ。しかもこれは二人乗り用。さすがは皇子。ドットの身体は大きいから、男が二人で隣り合って座っても十分余裕がある。
「ありがと、皇子」
「いや。……さあ、どうぞ」
先に少しあがって、皇子が手を貸してくれた。なんかこういう時、なんとなーくいまだに「姫扱い」されてるみてえでちょっとこっ恥ずかしくなる。俺はもう、あっちの世界での「公爵令嬢シルヴェーヌ」じゃねえのにさ。
少し体をかがめてくれたドットの腕と肩に足をかけてよじのぼって無事に鞍に尻をおさめ、シートベルトに当たる革紐で腰を固定したところで、ドットが《隠遁》の魔法を使った。周囲の冷たい空気が遮断されたのを肌で感じる。
あっちの世界にいたときにも、ドラゴンたちはこうやって乗り手の安全を守ってくれるのが普通だった。
「ぎゅるるんっ」
それはドットの「さあ、いくよ」の合図だった。
ぐわっと景色が下方へ押しやられ、そんなにきつくはないけどGが掛かるのを感じる。公園の景色が遠のくのと同時に、眼下に街の夜景が広がりはじめた。
皇子はいつのまにか俺の腰に片手を回している。
「すごいな、健人。こんなのを準備していてくれたなんて」
「え、えへへ……」
なんか照れる。
「ありがとう。素敵な『クリスマスプレゼント』だよ」
「いやその……ドットが言い出してくれたことだから」
そうなんだよな。「なにをあげるか」で悩んでいた俺に、「物じゃなくてもいいんじゃない?」みたいに提案してくれたのはドットだった。つまり、素敵な体験をプレゼントもいいんじゃないか、って。
「俺がプレゼントのことでめっちゃ悩んでたもんだからさ。アイデアはドットからだし、実際動いたのもドットだし……。だから、礼ならドットに言ってやってくれよな」
「そうなのか。……感謝するぞ、レッドドラゴン・ペリドット」
「ぎゅるるん」
ドットが飛びながら、なんとな~くそっぽを向く。まったくこいつも素直じゃないんだよなあ。ほんとは皇子のこと、認めてないわけじゃないくせに。
そんな反応だったのに、皇子は微笑んだだけだった。
「今度、なにかお礼をしよう」
「うん、そうしてやって。高級なネコ缶とかでもいいかもしんない。うちじゃあんまり、高いのは買ってやれねえから。刺身とかでもいいかもなっ」
「なるほど」
って、ネコ用のプレゼントでもいいのかどうかは本人? いや本ドラゴン? に訊いてみなくちゃだけどな。まあこっちにドラゴン用の食材なんてないだろうけど。
そんなことを言ってるうちに、ドットはどんどん高度をあげていく。気が付いたら雲と同じぐらいの高さまでやってきていた。ドットの保護魔法のお陰で、風圧とか気圧の変化はほとんど感じずに済んでいる。
街どころか、遠くの山や湖みたいなもんまで見える。港の明かりが集まって、海岸線がきれいに見え始めた。その外に黒く広がるのは海だ。
「わあ……すげえな」
企画した側のくせに、つい感嘆の声がでてしまう。前にドットと予行演習したときは明るい時間だったからな。夜景で見たのははじめてだし。
「うん、美しい。あちらの世界には人工的な『電気』は存在しなかったものな。魔法で作り出す光は色々あったが、こういうのもきれいだな」
「うん」
今度はぎゅっと肩のところで抱きしめられて、俺はなんとなく皇子の肩に頭をもたせかけた。
今夜はきっと、サンタさんも大勢の子どもたちのために夜空を駆けまわって大忙しだろう。サンタさんとトナカイたちの邪魔になんねえようにしねえとな。なんつって。
「……健人」
「あん?」
「これを」
「えっ?」
手の上に、さっきおふくろたちに渡していたのとは別の、ブルーのリボンのかかった小さな箱を乗せられてびっくりする。
皇子、俺へのプレゼントまでちゃんと準備してくれてたのか。
「開けてみてくれ。そなたたちからのプレゼントにはまったく及ばないものだけどな。気にいってくれたら嬉しいんだが」
「えっ。えっ。気にいるに決まってるでしょ!」
手袋を外した指先はちょっと凍えていて、リボンと包装紙を丁寧にはずすのに少し苦戦した。
出てきたのは、大人っぽいシンプルなデザインの定期入れだった。明るめの茶色。しかもこれも、きっとブランドもののやつだ。見るからに質のいい革を使ってるし、すぐに手に馴染む感じ。
「わあ、かっけえ」
「……気にいってくれたか?」
「うん、もちろん! ありがとな、皇子。いや……えっと、クリス」
「うん」
にこっと笑って、皇子がちゅっと俺の頬にキスをする。
「うわわっ」
「……そろそろ、こういうのも慣れて欲しいな」
「う、うん……だよな」
ぐわああ。ちょっと寒いとか思ってたのに、いきなり全身ポッカポカになっちまったじゃんよ! どうしてくれる!
「そしてできれば『お返し』が欲しい」
「……へっ??」
な、なに言ってんの? この人。
どっきんこどっきんこ。
ああもう、俺の心臓、うるっせえ!
(ああ……でもなあ)
俺、結局皇子のためになにをやったってわけでもねえし。
むしろ受験のことでは百パー世話になりっぱなしだし。
やっぱり、やっぱりここは……頑張んねえと?
「うう……っ」
ぎゅっと一瞬目を閉じる。
ガシッと皇子の胸倉をつかみ上げる。
「えっ」
皇子が目を丸くした。俺はその隙をのがさなかった。
速攻。
こういうときは速攻しか勝たん!
びゅんびゅん飛びすぎる綺麗な夜景の上。
俺は形のいい皇子のそれに、自分の唇をくっつけた。
了
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お読みくださったみなさまにメリークリスマス!
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