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「今日、一緒に食べてくだろ? 佐竹」
買い物を終えて家に向かいながら、俺は隣を歩く佐竹に訊ねた。
「構わないのか?」
「もちろん。洋介、お前が来るとめっちゃ喜ぶし。あいつも勉強見てほしいらしいからさ。俺よりお前に見てほしいみたいだし」
「そうなのか?」
「そうなんだよー、これが。それに、鍋は大勢で食べたほうがうまいじゃん?」
「それはそうだな」
一応お母さんはいるものの、今はほぼ完全に一人暮らしみたいな佐竹は、まず鍋なんてやらないはずだ。ひとりでやってもきっと侘しいだろうからなあ、鍋って。
「お、俺の勉強もさ……ちょっと時間かかりそうだし。今日の数学の授業、実はわかんないとこあって──」
本当に面目ない。
がりがり頭を掻いて言ったら、佐竹は目だけでこっちを見て頷いた。
「そうか。それなら是非もない。お言葉に甘えさせていただこう」
「うん。よかった」
俺はそこで、ちらっと佐竹の横顔を盗み見た。あっちはとっくに前を見ている。
いつ見てもきりっと引き締まって精悍な、古風なイケメン。
見た目もそうなんだけど、こいつは中身のほうがもっとそうだ。クソ真面目すぎるぐらい真面目だし、変なとこ不器用だけど。でも、その物凄い誠実さであの異世界での体験を乗り切った。だから俺は、めちゃくちゃこいつのことを尊敬してる。
ま、まあ「尊敬してる」だけじゃないけど。
ええっと……うん。そっちは言葉にしなくていいや。
「なーなー、佐竹。ハロウィーンってどう思う?」
「質問の意図が曖昧だな。何が訊きたいんだ」
「えー。『どう思う』ったら『どう思う』って意味でしょ? 今年はやってやった方がいいのかなあって。洋介に……」
「ああ。なるほど」
佐竹はそこで足を止めた。あと百メートルほどで学童保育の建物だ。
俺たちはいつも、家に帰る途中で学童保育に寄る。今年で小学三年生になる弟の洋介が、放課後はそこでお世話になっているからだ。
佐竹は少し考える風で顎に手をあてている。
「去年は色々と取りまぎれてできなかったんだったな。それより前はどうしてたんだ」
「んーと……それなりにやってた、と思う。詳しいことはわかんないけど、確か町内会で参加料を払ってエントリーすれば、近所の子と一緒にできたんじゃなかったかなー? ちゃんと地図を見て、大人もついてって。町内会で参加表明した子供のいる家だけ、みんなで回るの」
「なるほど。防犯対策というわけだな」
「そうそう」
外国では「トリック・オア・トリート!」って訪問した子供が、その家の人間に突然銃殺されてしまった……なんていう悲しい事件も起こってる。日本ではいきなり銃が出てきたりはしないだろうけど、近頃のいろんな子供に関係する怖い事件を見ていたら、防犯対策は絶対に必要だ。
「俺は部活で忙しかったんで、中学からは参加してなかったけど。あれって大体夕方にやるだろ? おもに小さい子が対象だし。俺が帰ったら、大体終わっちゃってたからな」
「そうか」
「んで、どう思う? 洋介に、また母さんのこと思い出させちゃったら可哀想だなって思うし……でも、友達がやってたら羨ましいって思うかもしんないし。俺、ちょっとわかんなくなっちゃって」
「……なるほど」
そこで佐竹はこっちを向いた。
「そういうことは、まず本人の意思を確認してみたらどうだ?」
「えっ?」
「洋介だって、去年に比べれば格段に成長している。小さくたって、ちゃんとした一個の人間なんだ。洋介には洋介の意思がある。違うか」
「あ、うん……そうだよな」
「別にサプライズが必要な案件でもない。やりたいかそうでないか、本人の意思を直接聞いて確かめるのが結局は近道な気がするが」
「な、なるほど……」
やっとすっきりした気分になって、俺は今日、初めて深く呼吸ができるようになった気がした。
「ありがと。そうする」
佐竹が無言でうなずいた。
こういう時、めっちゃ思う。
(俺、こいつと付き合って本当に良かったな)
普通の高校生の恋愛だったら、もっとこう「きゃっきゃうふふ」的な……ふわふわして甘くていちゃいちゃして、時にはちょっとエロくって、みたいなのが中心かなって思うけど。
俺たちの付き合いは、何ていうかこう、もっとずっと深いところでつながっている。それはもちろん、「生きるか死ぬか」っていう事件に一緒に巻き込まれたことも大きいんだろうけど。
こんな風にいつでも困ったことが相談できて、それに真摯に応えてくれて。勉強のことだってそうだ。こいつはひどいハンデを負った状態の俺を、ずっと助けてくれている。自分の勉強だってあるはずなのに、無料で家庭教師までやってだよ?
こいつの「友情」とか……あ、あああああ「アイジョウ」……は、多分「人から何かを貰うこと」がほとんど関係しない。基本的にずっとずっと、誰かに何かを与えることで成立してる。こいつの「誠意」って終始一貫そういうもので。それはもう、あの異世界にいたときからずっとずっと、変わんない。
……だから、すげえなって。
いつも尊敬してるし、ほんとはめちゃくちゃ言いたくなるんだ。
絶対大声では言えないんだけど、こんな道端でも言いたくなる。
「俺、こいつと付き合ってるんだぞ」って。
それで……それで。
「俺はこいつに何が返せるんだろう」って、ついつい考えちゃう。いつも。
「どうした。学童だぞ」
「ふえっ!?」
佐竹の声で我に返った。
言われた通り、俺たちはもう学童保育の前に立っていた。
ガラス戸の向こうでいつもみたいに、ランドセルをしょった洋介が嬉しそうに手を振って跳びはねていた。
買い物を終えて家に向かいながら、俺は隣を歩く佐竹に訊ねた。
「構わないのか?」
「もちろん。洋介、お前が来るとめっちゃ喜ぶし。あいつも勉強見てほしいらしいからさ。俺よりお前に見てほしいみたいだし」
「そうなのか?」
「そうなんだよー、これが。それに、鍋は大勢で食べたほうがうまいじゃん?」
「それはそうだな」
一応お母さんはいるものの、今はほぼ完全に一人暮らしみたいな佐竹は、まず鍋なんてやらないはずだ。ひとりでやってもきっと侘しいだろうからなあ、鍋って。
「お、俺の勉強もさ……ちょっと時間かかりそうだし。今日の数学の授業、実はわかんないとこあって──」
本当に面目ない。
がりがり頭を掻いて言ったら、佐竹は目だけでこっちを見て頷いた。
「そうか。それなら是非もない。お言葉に甘えさせていただこう」
「うん。よかった」
俺はそこで、ちらっと佐竹の横顔を盗み見た。あっちはとっくに前を見ている。
いつ見てもきりっと引き締まって精悍な、古風なイケメン。
見た目もそうなんだけど、こいつは中身のほうがもっとそうだ。クソ真面目すぎるぐらい真面目だし、変なとこ不器用だけど。でも、その物凄い誠実さであの異世界での体験を乗り切った。だから俺は、めちゃくちゃこいつのことを尊敬してる。
ま、まあ「尊敬してる」だけじゃないけど。
ええっと……うん。そっちは言葉にしなくていいや。
「なーなー、佐竹。ハロウィーンってどう思う?」
「質問の意図が曖昧だな。何が訊きたいんだ」
「えー。『どう思う』ったら『どう思う』って意味でしょ? 今年はやってやった方がいいのかなあって。洋介に……」
「ああ。なるほど」
佐竹はそこで足を止めた。あと百メートルほどで学童保育の建物だ。
俺たちはいつも、家に帰る途中で学童保育に寄る。今年で小学三年生になる弟の洋介が、放課後はそこでお世話になっているからだ。
佐竹は少し考える風で顎に手をあてている。
「去年は色々と取りまぎれてできなかったんだったな。それより前はどうしてたんだ」
「んーと……それなりにやってた、と思う。詳しいことはわかんないけど、確か町内会で参加料を払ってエントリーすれば、近所の子と一緒にできたんじゃなかったかなー? ちゃんと地図を見て、大人もついてって。町内会で参加表明した子供のいる家だけ、みんなで回るの」
「なるほど。防犯対策というわけだな」
「そうそう」
外国では「トリック・オア・トリート!」って訪問した子供が、その家の人間に突然銃殺されてしまった……なんていう悲しい事件も起こってる。日本ではいきなり銃が出てきたりはしないだろうけど、近頃のいろんな子供に関係する怖い事件を見ていたら、防犯対策は絶対に必要だ。
「俺は部活で忙しかったんで、中学からは参加してなかったけど。あれって大体夕方にやるだろ? おもに小さい子が対象だし。俺が帰ったら、大体終わっちゃってたからな」
「そうか」
「んで、どう思う? 洋介に、また母さんのこと思い出させちゃったら可哀想だなって思うし……でも、友達がやってたら羨ましいって思うかもしんないし。俺、ちょっとわかんなくなっちゃって」
「……なるほど」
そこで佐竹はこっちを向いた。
「そういうことは、まず本人の意思を確認してみたらどうだ?」
「えっ?」
「洋介だって、去年に比べれば格段に成長している。小さくたって、ちゃんとした一個の人間なんだ。洋介には洋介の意思がある。違うか」
「あ、うん……そうだよな」
「別にサプライズが必要な案件でもない。やりたいかそうでないか、本人の意思を直接聞いて確かめるのが結局は近道な気がするが」
「な、なるほど……」
やっとすっきりした気分になって、俺は今日、初めて深く呼吸ができるようになった気がした。
「ありがと。そうする」
佐竹が無言でうなずいた。
こういう時、めっちゃ思う。
(俺、こいつと付き合って本当に良かったな)
普通の高校生の恋愛だったら、もっとこう「きゃっきゃうふふ」的な……ふわふわして甘くていちゃいちゃして、時にはちょっとエロくって、みたいなのが中心かなって思うけど。
俺たちの付き合いは、何ていうかこう、もっとずっと深いところでつながっている。それはもちろん、「生きるか死ぬか」っていう事件に一緒に巻き込まれたことも大きいんだろうけど。
こんな風にいつでも困ったことが相談できて、それに真摯に応えてくれて。勉強のことだってそうだ。こいつはひどいハンデを負った状態の俺を、ずっと助けてくれている。自分の勉強だってあるはずなのに、無料で家庭教師までやってだよ?
こいつの「友情」とか……あ、あああああ「アイジョウ」……は、多分「人から何かを貰うこと」がほとんど関係しない。基本的にずっとずっと、誰かに何かを与えることで成立してる。こいつの「誠意」って終始一貫そういうもので。それはもう、あの異世界にいたときからずっとずっと、変わんない。
……だから、すげえなって。
いつも尊敬してるし、ほんとはめちゃくちゃ言いたくなるんだ。
絶対大声では言えないんだけど、こんな道端でも言いたくなる。
「俺、こいつと付き合ってるんだぞ」って。
それで……それで。
「俺はこいつに何が返せるんだろう」って、ついつい考えちゃう。いつも。
「どうした。学童だぞ」
「ふえっ!?」
佐竹の声で我に返った。
言われた通り、俺たちはもう学童保育の前に立っていた。
ガラス戸の向こうでいつもみたいに、ランドセルをしょった洋介が嬉しそうに手を振って跳びはねていた。
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