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 秋も深まる十月下旬。
 俺はいつものように、学校帰りに近くのスーパーで買い物をしていた。

(えーと。今夜のおかずはどうしよっかな)

 このところ、だいぶ寒くなってきたもんな。そろそろ鍋とかもいいのかも。あれ、洗い物が少なくて済むから便利なんだって、佐竹が前に言ってたし。材料を刻むだけでいいから、作るのだって簡単だし。できあいの「鍋のもと」みたいなのを使えば、もっと簡単だし。
 運動会で大汗をかいたのがついこの間って気がするのに、季節がうつろうのは本当に早い。特に、家に小さな子供がいたら余計にそう感じるらしい。まあこれは、スーパーの中や幼稚園の送り迎えなんかでお母さんたちが話してるのが聞こえてきただけなんだけどさ。
 って、俺がしみじみするのも変だけど。

 運動会が終わり、懸案の音楽会も先週終わって、小学校はやっと少し落ち着いて来た。今は自分自身の勉強のほうが大変だから、洋介の学校行事が落ち着くとやっぱりかなりほっとする。
 なんたって俺は、受験生。
 がどうでも、今の俺はれっきとした高校三年生、十八歳なんだから。

(なにがヤバいって、やっぱり数学……。と、英語も古典も日本史も、言っちゃえばなにもかも、結局かな~りヤバいからなあ……)

 考えがそこに至ると、毎度げんなりする。
 俺は売り場から取り上げた大根を手に、ちょっと溜め息をついた。
 いくら毎日のように佐竹が家庭教師になってくれてるからって言っても、ヤバいことには違いないのが俺の成績。ああ、悲しい。「これで本当に来春受験するのかよ」って、心底寒い気持ちになっちゃう。

(ま、しょうがないんだけどさ)

 他人に気軽に悩みを聞いてもらうわけにもいかないからな。実際、めちゃくちゃ込み入った理由でこうなってるんだし。
 『ちょっと七年ほど異世界に連れていかれちゃってて、しかも他の人間に頭と身体を乗っ取られてて勉強なんてできなかった。すっかり昔の記憶があいまいになってて、学校の勉強なんてほぼ真っ白で……』
 なんて。
 そんな相談に行ったら、心療内科の先生とかに速攻で入院を勧められそうだもん!

 ──ダメ、ムリ、ゼッタイ。

 ひと通り買うものをかごに入れ、レジの近くまで来たところで、お勧めのお菓子コーナーに目が行った。 

「あ~。これ、まだ売れ残ってたのか」

 紫とオレンジと黒という、特徴のあるカラーリングで目を引くパッケージ。毎年この時期になると、いつものお菓子が急にこの色一色に模様替えされる。中身は別に変らないんだけどね。いまはちょうどそんな時期だ。
 お菓子のキャラクターが魔女やおばけの格好をして、周囲にカボチャのジャック・オー・ランタンのイラストが描かれている。

(ハロウィーンかあ……。今年、どうしよっかな)

 俺にとってはもう八年も前の話だけれど、この世界では俺と洋介の母親は一年半ほど前に亡くなった……ということになる。交通事故だった。
 まだ小学校低学年の息子がいることもあって、生前の母さんは季節のいろんな行事や催しのときには行事に合わせた料理やケーキなんかを作り、様々に家庭をにぎやかにしてくれていた。息子が俺だけだったのなら、もうとっくにやってなかったのかもしれないけど。
 去年は俺、こっちの世界に戻って来たばかりだったし、つぎつぎ困った事件もあったりして、実はハロウィーンはなんにもできなかったんだよね。

(洋介、どう思うだろう。逆にやらない方がいいかな? 母さんのこと、変に思い出しちゃうかもしれないし──)

 お菓子の袋を持ったまま、俺はかなり長い時間そこでぼんやりしていたらしい。ふっとそばに影がさして、すでに聞き慣れた低い声が俺の名を呼ぶまでは。

「内藤。なにをやってるんだ」
「えっ? あ、佐竹……」

 見ればそこに、クラスメイトの佐竹が立っていた。
 ……いや、今はそれだけの関係じゃない。
 俺たちは、すでにお付き合いを始めている。

 昨年の、ちょうど今頃ぐらいからかな。
 父さんもそれは知っている。
 佐竹が床にびしっと座って父さんに頭を下げて。あのシーンは忘れられない。
 父さんは完全に面食らってしばらく目を白黒させてたけど、最後は交際を許してくれた。
 それから一年。
 俺たちの交際は順調に進んでいる。

 今日の佐竹は、高校の剣道部でコーチの手伝いがあったはずだ。スクールバッグのほかに竹刀や道着などが入った大きな袋を肩から下げている。
 いい加減な奴だと部室のロッカーに道具を長いこと放りっぱなし、なんてこともあるみたいだけど、こいつに限ってそういう真似は絶対にしない。スポーツのできる人って道具を大事にするっていうけど、あれはほんとだなって俺も思う。
 俺はなんとなく手にしたお菓子を売り場に戻して佐竹を見た。

「なに、もう帰り? なんか早くない?」
「テスト前だからな。今日の練習は半分で切り上げになった」
「あ、そっかあ……」

 敢えて思い出すまいとしていたことを、きっぱりはっきり念押しされてちょっと凹む。
 佐竹の目がすっと細くなった。

「貴様。また現実から逃避しようとしてないか」
「えーっ。そんなわけないじゃん。ちゃんと覚えてるよ? テストだよね、テスト……っていうか、ずっとそうじゃん」

 語尾は完全に、情けない溜め息に変わった。
 高校生ってテスト多すぎ。特に受験生になると、つねにテスト期間中みたいなもんだ。ついこの間中間考査があって、間にぽつぽつ単独教科でテストが挟まって、次は実力テストがあって。「やっと終わったあ」って思う間もなく、もう次の期末考査のテスト期間中に突入だもん。

「変にあいだが空くよりはいいと思うが。お前の場合は、特にな」
「わかってるよー。今日も、どうぞよろしくお願いシマス」

 今日は部活の指導手伝いが終わったら、佐竹はうちに来る約束になっていた。
 ほんのちょっぴりふくれっ面を作りつつも素直にぺこりと頭を下げたら、佐竹の目がちょっとだけ優しくなって、すぐにこくりと頷いてくれた。

「当然だ。いいから早く会計をしてこい」
「あ、うん」
 
 静かな声でうながされ、鍋の材料の入ったかごを手に俺はレジに向かった。

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