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第二章 性格は薄くないのに

4 マスコミ

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 それからしばらく、エリコさんは出てこなかった。
 ぼくは不思議に思いながらも、夏休み前のなんとなくそわそわした気分が流れている学校へ毎朝通った。
 あれからミユちゃんとぼくはほとんど認められて、毎日一緒に登下校することになった。これはミユちゃん本人とそのご両親の強い希望があってのことだった。
 これは内緒なんだけど、それが決まったとき、先生たちもちょっとほっとしたみたいに見えた。そうでなかったら先生のだれか一人が毎日ミユちゃんの送り迎えをしなくちゃならなかったからだろう。前にも言ったけど、先生たちは忙しいんだ。

 あの事件のあとしばらくは、先生たちもクラスのみんなも、ぼくらを腫れ物にさわるようにして扱った。ごく一部のクラスメイト、特に女の子たちからは「あの時、ほんとはどうだったの」「何があったのかくわしく教えて」といった興味本位の質問がかなりあったけれど、ぼくはそれに適当に返事をして、ある程度彼女たちの興味を満たし、黙らせることに成功した。
 とにかく、今回のことでいちばん傷ついているのはミユちゃんだ。ミユちゃんのことはどんなことをしたって守ってあげなくてはいけなかった。

 実は、それにも関わらずしばらくは困ったことがあった。
 小学生の男の子三人が、さらわれそうになったクラスメイトの女の子を助け出したというが地方紙にとりあげられて、ちょっとした話題になってしまったからだ。幸い長くは続かなかったけれど、しばらくはぼくらのまわりにマイクやカメラを持ったマスコミのひとたちがうろついていた。
 通学路でつかまって、クラスメイトの女の子たちの何人かは、そういう人たちからの質問に答えてしまったらしい。ミユちゃんが無事だったからよかったようなものだけれど、もしもこれでミユちゃんが大変なことになっていても、あの人たちは子供にマイクを向けて「お友達が大変だったね。どう思った?」なんてきくんだろうか。ぼくはおなかの中がむかむかした。
 
 もちろん、未成年のことなのでぼくらの名前や写真はいっさい公開されていない。でも、特に口の軽いクラスの女の子たちから、いつそれが漏れないとも限らなかった。
 特に怖いのはSNSだ。パパも言っていたけれど、別に悪意がなくても、被害にあった児童の名前やら学校名をそういうところにさらしてしまう人っていうのが、世の中には一定数いるんだって。
 もしもそんなことになったら、別になにも悪いことをしたわけじゃないミユちゃんがさらに傷つくことになってしまう。彼女をこれ以上、つらい目にあわせたくなかった。それだけは絶対に避けなくちゃいけないことだった。

 幸い、あのあとぼくらと同じような立場になったハラダとオカ君、モリモト君も、それとなくぼくらをかばってくれた。具体的には、クラスの話題がそっちへ傾きそうになったりすると、急に「ドッジボールしようぜ」とか言いだして、クラスメイトを外へ連れ出してくれたりしたんだ。これには本当に助かった。
 このことがあってから、だんだんハラダたちに対するクラスみんなの目も変わってきたようだった。今までの「バカないじめっ子」というレッテルが少しずつはがれていって、逆に「なんだ、けっこういい子じゃん」みたいな空気が次第にみんなに広がっているのが、ぼくにも何となくわかるんだ。

 なんといっても、ハラダたちだって今回の件ではヒーローだ。一度いいイメージがついたところで、またもとの「バカないじめっ子」に戻るっていうのは、わりときついことだと思う。
 ハラダはそんなみんなの評価について、大体は「うるせえな、ほっとけよ」っていう態度だったけど、絶対にまんざらでもなさそうだった。そりゃそうだよね。あいつだって、根っからの悪い奴っていうんじゃないんだから。
 ちょっとずるい気はするけれど、これで問題がおさまってくれるならいいか。ぼくはそんな風に考えていた。

「なあ。エリコさん、このごろ来てるのか」

 ある日、ハラダにそうきかれて僕は困った。
 相変わらずエリコさんとは会えていない。あんまり会えないことが続くので、ときどき自分の部屋で「エリコさん、エリコさん」って小声で呼んでみるんだけど、ちっとも返事がないんだ。
 そう言ったら、ハラダは残念そうな顔になった。

「この間のあれも、エリコさんが助けてくれたんだろ。お前、ちゃんと礼とか言ったのか」
「あ、うん……」

 ハラダの隣にいるオカ君とモリモト君も、変な顔になって聞いている。彼らもそれとなく、ハラダから事情は聞いているらしい。まあ二人はどうも、表情からして「半信半疑」っていうところらしいんだけど。
 ちなみにハラダは前の件のとき、お父さんやお母さんの夢の中にも出て来た人が「エリコ」っていう名前なんだということを知るようになったみたいだ。

「このところ、エリコさん、体がどんどん透けて見えるようになってたんだ。もしかして──」

 もしかして、もう。
 こんなに早くそうなるなんて、考えてもみなかったけど。
 でも、エリコさんは人間じゃないんだ。何かの理由があって「こちら側」に残ってしまった人だけど、別にこっちに深い恨みがある人じゃないんだし。いつこういうことになったって、なにもおかしくはなかったのに。
 そこまで考えたら、ぼくはおなかの所がきゅうっと締め付けられたような感じがした。

(もしかして、……なんて)

 言いたくない。
 こんなことを言ってしまったら、それが嫌でも本当のことになってしまいそうだから。
 だまりこんでしまったぼくを見て、ハラダが「ふん」と鼻を鳴らし、指の背でそこをこすった。





「オサム君、だいじょうぶ……?」

 学校からの帰り道、ぼくはとうとうミユちゃんからまでそう言われてしまった。夏休み前の短縮授業が始まっていて、ぼくらは午後になるとすぐに下校している。

「え、なにが……? どうして?」
「もう。オサム君、ちょっと元気がないんだもん。もしかして、またマスコミの人から何か言われた?」
「あ、ううん。それは大丈夫。もう最近はこの辺に来なくなってるし」

 ぼくはちょっと驚いた。自分としてはなるべくいつも通りに、明るい顔でミユちゃんと話をしていたつもりだったのに。「女には、男の嘘は通じないもんなのさ」なんてたまにパパが言うけど、本当なんだな。いったいぼくのどこを見て、ミユちゃんは心配してしまったんだろう。

「ご、ごめん。大丈夫だよ。ちょっと、このあいだの塾のテストが良くなくて。……それだけ」

 ぼくのそんなつまらない嘘も、ミユちゃんにはお見通しだったのかも知れない。でもミユちゃんはそれ以上はつっこんでこずに、「そう……」と言っただけだった。


「エリコさん。エリコさんっ……!」

 家に帰って、まだだれもいないうちに、ぼくは自分の部屋に駆け込んでランドセルを放り出し、大きな声で叫んだ。

「いるんでしょ? エリコさん! どうしたんだよ。どうして出てきてくれないんだよっ……!」

 ぼくがこんな大きな声を出すのはめずらしい。いつも、そんなにめちゃくちゃに腹を立てたりだとか、泣いたりだとかもしないのに。自分でもそんな自分を「ちょっと冷めてるな」なんて思っていたのに。

「エリコさんったら! ぼく……ぼく、まだエリコさんに話したいことがある。出て来てよ、エリコさんっ……!」

 天井や壁のすみずみまで目を走らせてじっと待つ。でも、エリコさんは出てこなかった。
 ぼくはがっかりして、そばにあったゴミ箱をけっとばした。

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