11 / 15
第二章 性格は薄くないのに
4 マスコミ
しおりを挟むそれからしばらく、エリコさんは出てこなかった。
ぼくは不思議に思いながらも、夏休み前のなんとなくそわそわした気分が流れている学校へ毎朝通った。
あれからミユちゃんとぼくはほとんど公式に認められて、毎日一緒に登下校することになった。これはミユちゃん本人とそのご両親の強い希望があってのことだった。
これは内緒なんだけど、それが決まったとき、先生たちもちょっとほっとしたみたいに見えた。そうでなかったら先生のだれか一人が毎日ミユちゃんの送り迎えをしなくちゃならなかったからだろう。前にも言ったけど、先生たちは忙しいんだ。
あの事件のあとしばらくは、先生たちもクラスのみんなも、ぼくらを腫れ物にさわるようにして扱った。ごく一部のクラスメイト、特に女の子たちからは「あの時、ほんとはどうだったの」「何があったのかくわしく教えて」といった興味本位の質問がかなりあったけれど、ぼくはそれに適当に返事をして、ある程度彼女たちの興味を満たし、黙らせることに成功した。
とにかく、今回のことでいちばん傷ついているのはミユちゃんだ。ミユちゃんのことはどんなことをしたって守ってあげなくてはいけなかった。
実は、それにも関わらずしばらくは困ったことがあった。
小学生の男の子三人が、さらわれそうになったクラスメイトの女の子を助け出したという武勇伝が地方紙にとりあげられて、ちょっとした話題になってしまったからだ。幸い長くは続かなかったけれど、しばらくはぼくらのまわりにマイクやカメラを持ったマスコミのひとたちがうろついていた。
通学路でつかまって、クラスメイトの女の子たちの何人かは、そういう人たちからの質問に答えてしまったらしい。ミユちゃんが無事だったからよかったようなものだけれど、もしもこれでミユちゃんが大変なことになっていても、あの人たちは子供にマイクを向けて「お友達が大変だったね。どう思った?」なんてきくんだろうか。ぼくはおなかの中がむかむかした。
もちろん、未成年のことなのでぼくらの名前や写真はいっさい公開されていない。でも、特に口の軽いクラスの女の子たちから、いつそれが漏れないとも限らなかった。
特に怖いのはSNSだ。パパも言っていたけれど、別に悪意がなくても、被害にあった児童の名前やら学校名をそういうところにさらしてしまう人っていうのが、世の中には一定数いるんだって。
もしもそんなことになったら、別になにも悪いことをしたわけじゃないミユちゃんがさらに傷つくことになってしまう。彼女をこれ以上、つらい目にあわせたくなかった。それだけは絶対に避けなくちゃいけないことだった。
幸い、あのあとぼくらと同じような立場になったハラダとオカ君、モリモト君も、それとなくぼくらをかばってくれた。具体的には、クラスの話題がそっちへ傾きそうになったりすると、急に「ドッジボールしようぜ」とか言いだして、クラスメイトを外へ連れ出してくれたりしたんだ。これには本当に助かった。
このことがあってから、だんだんハラダたちに対するクラスみんなの目も変わってきたようだった。今までの「バカないじめっ子」というレッテルが少しずつはがれていって、逆に「なんだ、けっこういい子じゃん」みたいな空気が次第にみんなに広がっているのが、ぼくにも何となくわかるんだ。
なんといっても、ハラダたちだって今回の件ではヒーローだ。一度いいイメージがついたところで、またもとの「バカないじめっ子」に戻るっていうのは、わりときついことだと思う。
ハラダはそんなみんなの評価について、大体は「うるせえな、ほっとけよ」っていう態度だったけど、絶対にまんざらでもなさそうだった。そりゃそうだよね。あいつだって、根っからの悪い奴っていうんじゃないんだから。
ちょっとずるい気はするけれど、これで問題がおさまってくれるならいいか。ぼくはそんな風に考えていた。
「なあ。エリコさん、このごろ来てるのか」
ある日、ハラダにそうきかれて僕は困った。
相変わらずエリコさんとは会えていない。あんまり会えないことが続くので、ときどき自分の部屋で「エリコさん、エリコさん」って小声で呼んでみるんだけど、ちっとも返事がないんだ。
そう言ったら、ハラダは残念そうな顔になった。
「この間のあれも、エリコさんが助けてくれたんだろ。お前、ちゃんと礼とか言ったのか」
「あ、うん……」
ハラダの隣にいるオカ君とモリモト君も、変な顔になって聞いている。彼らもそれとなく、ハラダから事情は聞いているらしい。まあ二人はどうも、表情からして「半信半疑」っていうところらしいんだけど。
ちなみにハラダは前の件のとき、お父さんやお母さんの夢の中にも出て来た人が「エリコ」っていう名前なんだということを知るようになったみたいだ。
「このところ、エリコさん、体がどんどん透けて見えるようになってたんだ。もしかして──」
もしかして、もう。
こんなに早くそうなるなんて、考えてもみなかったけど。
でも、エリコさんは人間じゃないんだ。何かの理由があって「こちら側」に残ってしまった人だけど、別にこっちに深い恨みがある人じゃないんだし。いつこういうことになったって、なにもおかしくはなかったのに。
そこまで考えたら、ぼくはおなかの所がきゅうっと締め付けられたような感じがした。
(もしかして、……なんて)
言いたくない。
こんなことを言ってしまったら、それが嫌でも本当のことになってしまいそうだから。
だまりこんでしまったぼくを見て、ハラダが「ふん」と鼻を鳴らし、指の背でそこをこすった。
◇
「オサム君、だいじょうぶ……?」
学校からの帰り道、ぼくはとうとうミユちゃんからまでそう言われてしまった。夏休み前の短縮授業が始まっていて、ぼくらは午後になるとすぐに下校している。
「え、なにが……? どうして?」
「もう。オサム君、ちょっと元気がないんだもん。もしかして、またマスコミの人から何か言われた?」
「あ、ううん。それは大丈夫。もう最近はこの辺に来なくなってるし」
ぼくはちょっと驚いた。自分としてはなるべくいつも通りに、明るい顔でミユちゃんと話をしていたつもりだったのに。「女には、男の嘘は通じないもんなのさ」なんてたまにパパが言うけど、本当なんだな。いったいぼくのどこを見て、ミユちゃんは心配してしまったんだろう。
「ご、ごめん。大丈夫だよ。ちょっと、このあいだの塾のテストが良くなくて。……それだけ」
ぼくのそんなつまらない嘘も、ミユちゃんにはお見通しだったのかも知れない。でもミユちゃんはそれ以上はつっこんでこずに、「そう……」と言っただけだった。
「エリコさん。エリコさんっ……!」
家に帰って、まだだれもいないうちに、ぼくは自分の部屋に駆け込んでランドセルを放り出し、大きな声で叫んだ。
「いるんでしょ? エリコさん! どうしたんだよ。どうして出てきてくれないんだよっ……!」
ぼくがこんな大きな声を出すのはめずらしい。いつも、そんなにめちゃくちゃに腹を立てたりだとか、泣いたりだとかもしないのに。自分でもそんな自分を「ちょっと冷めてるな」なんて思っていたのに。
「エリコさんったら! ぼく……ぼく、まだエリコさんに話したいことがある。出て来てよ、エリコさんっ……!」
天井や壁のすみずみまで目を走らせてじっと待つ。でも、エリコさんは出てこなかった。
ぼくはがっかりして、そばにあったゴミ箱をけっとばした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
あやかし警察おとり捜査課
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
裏吉原あやかし語り
石田空
キャラ文芸
「堀の向こうには裏吉原があり、そこでは苦界の苦しみはないよ」
吉原に売られ、顔の火傷が原因で年季が明けるまで下働きとしてこき使われている音羽は、火事の日、遊女たちの噂になっている裏吉原に行けると信じて、堀に飛び込んだ。
そこで待っていたのは、人間のいない裏吉原。ここを出るためにはどのみち徳を積まないと出られないというあやかしだけの街だった。
「極楽浄土にそんな簡単に行けたら苦労はしないさね。あたしたちができるのは、ひとの苦しみを分かつことだけさ」
自称魔女の柊野に拾われた音羽は、裏吉原のひとびとの悩みを分かつ手伝いをはじめることになる。
*カクヨム、エブリスタ、pixivにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる