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第二章 性格は薄くないのに

2 ヒーロー

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 それからは大変だった。
 すぐに警察がやってきて、そいつはその場で捕まったけど、ぼくらも警察に行くことになり、親を呼ばれて事情聴取を受けなくちゃならなかったから。
 ミユちゃんのパパとママは真っ青になって飛んできた。ぼくやハラダたちの両親も似たようなものだった。聴取は夜遅くまで続いたので、ぼくは帰ったとたんに自分のベッドに倒れ込んで、そのままぐうぐう寝てしまった。
 翌日になってから、ミユちゃんと両親があらためてうちにお礼を言いに来てくれた。事件に関わった子供はみんな、今日は学校を休んでいる。

「オサム君! 本当にありがとう、オサム君……!」

 おばさんはもう、ほとんどずっと泣いているような感じだった。もうだいぶ落ち着いたらしいミユちゃんが止めなかったら、もう少しで抱きしめられてしまいそうな勢いだった。

「本当に本当にありがとう。オサム君が助けてくれなかったら、今ごろミユは……」

 そう言って想像するだけで、おばさんはもう耐えられず、顔をぐしゃぐしゃにゆがめてぼろぼろ涙をこぼすのだった。
 おばさんの気持ちはよくわかる。このところのニュースでは、こういう事件では被害者の子は大抵あっさりと殺されてしまっているからだ。それも、死ぬ前にさんざんに怖い目やつらい目を見せられて。
 エリコさんじゃないけれど、そういう子たちこそこの世や犯人に恨みをもって幽霊になっていてもおかしくないと思う。そういう子たちがエリコさんのようになって、犯人を追い詰められたらどんなにいいかと思うぐらいだ。

「いえ。ぼくだけじゃとても無理だったので。えっと、ハラダ君とオカ君と、モリモト君も一緒に助けてくれましたから」
 それと、もちろんエリコさんもだけれど。さすがにこれはおばさんたちに言うわけにはいかなかった。
「ああ、そうよね。みんなにもこれから、ちゃんとお礼を言いに行くつもりなのよ。本当にありがとう……!」

 ママ同士が仲良しなので、そこからしばらくリビングで大人同士の長い話が始まった。ぼくはしばらくそこにいたけど、やがて冷蔵庫からジュースを出すと、ミユちゃんを連れて自分の部屋に行った。

「大丈夫? ミユちゃん。みんな三日ぐらいは休むみたいだけど、そのあと学校には行けそうなの?」
「う、……うん」
 ミユちゃんはなぜか少し赤い顔をしてこくんと頷いた。
「ありがとう。ほんとはまだ、ちょっと怖いの。……でも、オサム君もいっしょにいてくれるし」
「え? ぼく?」
 なんだか変な気持ちになって聞き返したら、ミユちゃんははっきりとこっちを向いてしっかりうなずき返してきた。
「うん。オサム君がいてくれるなら、怖くない」
「え?」
「……いっしょに、いてくれるでしょう? いっしょに学校、行ってくれるよね? オサム君……」
「あ、いや。えーっと……」

 困ったなあ。
 あれはほとんどエリコさんの手柄みたいなもんなのに。なんとなく今回のことで、ぼくは本当の姿以上にみんなから高い評価を受けてしまっているみたい。それはそれで、あとあとちょっと困ったことになりそうで複雑な気持ちだった。「なあんだ、ほんとはこんな程度のやつだったのか」って、あとから思われるのはいやだもんなあ。

「何度も言うけど、あれはハラダや他の男子もいたからなんとかなったんだ。ぼくはこんなのだし、ひとりではなんにもできなかった。本当に、そんなに大したことはしてないから」
「そんなことない!」

 ミユちゃんは叫ぶようにそう言うと、さっと近づいてきてぼくの手を両手でにぎった。ぼくの心臓が、どきんとはねた。

「ほんとに、本当にありがとう、オサム君。オサム君は、わたしの命の恩人だよ。ヒーローだよ!」
「お、……おおげさだよ……」

 ぼくは自分の耳のあたりがかあっと熱くなってくるのを感じて、それでまた余計に緊張してしまった。
 きっと今も、どこかでエリコさんがぼくらを見ている。ミユちゃんは「ふたりきり」って思ってるかもしれないけれど、エリコさんにはこの場面、絶賛大公開中なんだからね。そう思ったらぼくはもう、単純に舞い上がってなんかいられなかった。
 ぼくはなるべく気を付けて、そうっとさりげなくミユちゃんの手の中から自分の手を引き抜き、じわじわと彼女から距離をとった。





 ミユちゃん家族が帰っていってから、ぼくはパパとママからほめ言葉と、ちょっとしたお小言を食らった。そりゃそうだ。なんだかんだ言っても、ぼくだってまだ子供。あんな危ないことをして、もしかしたら自分の身だってどうなるか分からなかったんだから。
 もちろんぼくだって、エリコさんがいなかったらきっと、あんな勇敢なことはできなかったと思う。あれは全部、エリコさんがいてくれたからこそできたことなんだ。
 夜になってパジャマに着替え、自分の部屋に戻ったら、やっとエリコさんがひょっこりと天井から顔を出した。

「今回はお疲れ様だったわね。オサム君」

 その目がまた、にやにやとかまぼこみたいな形になっている。
 いやだなあ、もう。絶対、さっきのミユちゃんとのあれこれをのぞき見してたよね、この人。
 エリコさんはいつもみたいにするっと下りてきて、ぼくの前に立った。

「ヒロインを颯爽と救い出すヒーロー。かっこよかったわよ? これでミユちゃんのハートはわしづかみね!」

 えーっと。
 仁王立ちになって顔のところで拳を握りしめるのやめてくれないかなあ。
 ほんとにもう、恥ずかしい。

(あれっ……?)

 エリコさんの姿を見直して、ぼくは突然、胃袋をぎゅっとつかまれたみたいな気になった。
 エリコさんの体、前よりもまた色が薄くなっている。前は絶対にそんなことなかったはずなのに、今はぼくの部屋のなかの景色が、エリコさんの赤いスーツを通してうっすらと透けて見えていた。

「あ……の。エリコさん……」
「ああ。これ?」

 言ってエリコさんは自分の体を見下ろすようにした。ちょっと困ったみたいに笑っている。

「不思議なのよねえ。このあいだから思ってたんだけど、何かするたびに少しずつ体が軽くなっていってる気がするの。今回のは特にそうね。みんなのパパやママが『よかった、よかった』ってお子さんを抱きしめて喜んでる絵づらを見てたら、なんだかあたしまで嬉しくなっちゃって。そしたら体が今までの何倍か、ふわふわって軽くなったのよ」
「そ、そうなの……?」
「ええ。あたしがこの世にとどまっちゃった理由についてはまだ思い出せないんだけれど、どうもこういうことと関係があるみたいね。詳しいことはわからないけど」
「ふうん……」
「いじめっ子を『ぎゃふん』と言わせるってのは、べつに善行とまでは言えないと思うんだけど。でも、そういう『善いこと』をいろいろと積み重ねると、見えてくるものがあるのかも知れないわ。ま、もともとあたしの性格から言って、だれかを恨んだり呪ったりっていう方向性じゃないとは思ってたけど」
「あ、うん。そうだよね。エリコさんはそんな人じゃないよね」

 思わずうなずいたら、エリコさんが面白そうな目でぼくを見下ろしてきた。

「あらやだ。いっちょまえのこと言っちゃって。さすがヒーロー君は言うことが違うわねえ」
「や、やめてよ。その呼び方……」

 ぼくはまた首のあたりがぎゅうっと熱くなるのを感じて、慌ててベッドに飛び込んだ。そのままタオルケットにくるまるようにして、目だけ出してエリコさんを見る。

「おやすみなさい、エリコさん」
「あら。もう寝ちゃうの? やっぱりまだ疲れてる? じゃあ今度にしようかしら」
「えっ?」

 意外な言葉がきて、ぼくはタオルケットから顔を出した。
 エリコさんは笑っていたけど、その笑顔はなんとなく不思議なものに見えた。どことなくさびしそうっていうか、つまらなさそうっていうか。うまく言えないんだけど、とにかくそんな感じ。
 これまでエリコさんがそんな笑い方をしたことはなかった。もしかしたら、それはエリコさんの体がうっすらと透けて見えるせいかもしれなかったけれど。

「えっと……。どうしたの? エリコさん。なにか用事?」
「きみの場合、ほんの十数分ぐらいしか無理だと思うんだけど。ちょっと付き合ってもらおうと思ってたのよね、オサム君に」
「付き合う? どこへ?」

 ベッドから起き上がったぼくの手に、前みたいにエリコさんが手をのばした。どうせすりぬけてしまうと分かっているはずなのに、どうしたんだろう。
 ぼくは不思議に思いながら、そうっとそちらに手をのばした。

(えっ……?)

 驚いたことに、今度はぼくの手はエリコさんの手をすりぬけなかった。
 まるでディズニー映画の王子さまがお姫様の手をとるみたいにして、エリコさんがぼくの手をすくいあげる。
 ちょっとびっくりしたんだけど、エリコさんの手は冷たくはなかった。むしろあったかくて優しくて、ちょっとママの手みたいに思えた。そのことにびっくりしていたら、いきなりぼくの体はエリコさんと一緒に空中に浮き上がった。

「う、うわっ……!」

 見下ろしてびっくりした。
 ベッドの上に、パジャマ姿のぼくがいる。ゆらゆらと上体をゆらして、タオルケットに体を包んだままぼんやりしているようだ。やがてそのまま、ぼくの体はぽすんとベッドに横になってしまった。よく見ると、ゆっくりだけどちゃんと呼吸もしている。普通に眠っているようだ。

「な、なにこれ? エリコさんっ……!」
「俗に『幽体離脱』なんていうヤツね。あまり長く離れていると、本体が本当に死んでしまうから気を付けなきゃなんだけど」
「え、えええっ……!」
「というわけで、急ぎましょう」

 と言ったかと思ったら、ものすごい力で引っ張られた。

「ひゃあっ!」

 その途端、体にすごいGが掛かったような感覚があった。思わず目をつぶってしまったぼくだったけれど、次に目を開けた時にはもっと驚いた。

「う、うわ……」

 目の下には、きらきら光るぼくらの街の明かりが、星空みたいに広がっていた。

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