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15 女性の仕事を奪うってなあに その4
しおりを挟む(もしかして、ぼくわかったかもしれない。パパが感じているモヤモヤポイント……!)
それで、恐るおそる言ってみました。
「えっと……。だから、『お客』の側で、その仕事を作らせている側の人たちが、『彼女たちから仕事を奪うというのか』って反論するのは変だ……ってことかな?」
「まあ、そういうこと……かなあ」
パパはまた、ぽりぽり頭を掻きました。
「もしその人たちが『欲しい』と言っていなければ、そもそも最初からそんなコンテンツが存在するはずがない。最初からないコンテンツなら、そのための仕事も最初からあるはずがない……」
口もとに手を当てて考え込む様子です。
それはもう、自分で自分に言い聞かせているようにも見えました。
「そういえば、こんな話もあった。『裸リボンの少女イラスト』の件で、それを逆に男の子の姿に変えたようなイラストを流した人がいてね」
「へえっ? なんで?」
「『男性だって、こういう絵を見たら不快でしょう?』と言いたかったのかもしれない。あまり理解してくれない擁護派の男性たちに、女性の気持ちをわかってもらおうとしたのかもね。だけど、結論からいうとあまり功を奏しはしなかった」
「ふうん」
「むしろ、面白がったりからかったりする人が多くてね」
「えええ……?」
「いつも思うけど、SNSっていうのが一応匿名ってことになってるせいか、他人に対してとても下劣な揶揄や皮肉な言葉を投げつける人が多い気がする。今回も、見ていて胸が悪くなるような意見がたくさん出ていた」
「そうなんだ……」
パパはまた、ひと口コーヒーを飲みました。でもそれはきっと、すっかり冷めてしまっていたでしょう。
「ところで、その絵を描いた人というのはイラストレーターだったらしい。女性のね」
「ふうん」
「彼女はもともと風景画が得意で、そちらでイラストを描いて仕事をしたいと願っていたらしい。だけど、そちらでの仕事はあまりうまくいっていなかった。……つまり、あまり需要がなかった」
「そうなの」
「うん。でも、彼女はイラストの仕事をしていたかった。だから、風景画以外の仕事をたくさん受けて、それでお金をもらって、なんとかやっていた」
タケシ君、いやーな予感がしてきました。なんだかもう、その先は聞かなくてもわかるような気がしたのです。
「もう予想していそうな顔だけど、言っちゃうね。つまり彼女は、露出の多い少女の絵がたくさん出てくるゲームなどのイラストの仕事を受けていたそうだ。本人としては、あまり描きたくない絵だったようだね。……まあ、仕事なんだからある程度は仕方のないことだけど」
「うん……」
「そういえば、最近テレビでやってる『鬼○の刃 遊郭編』見てるよね。タケシ」
「あ、うん……」
「あの遊郭というのは、ようするに昔の風俗だ。今でも似たようなものはあるけれど、当時はもっと環境や待遇がひどかった。あそこにいる女性たちは、多くが貧しい農村などの出身で、親の借金などの肩代わりをするために売られた人たちだった」
「ええ……そうなの」
「そう。まあ、そうでもしなければ、みずから風俗で働きたがる女性なんてそうそういない。……大昔から、人々はそうやって女性の自由を奪い、体や人としての尊厳を差し出させてきたわけだ。実際、表に出ていないだけで、悲しい事だけど今でも相当な数でそういうことは起こってる。……一般に知られないように、巧妙に隠されているけどね」
「…………」
「今回の話をたとえてみれば、つまり遊郭に反対する人たちに対して、遊郭にいつも遊び来ているお客さんが『あの子たちの仕事を奪うつもりなのか』といって擁護しているようなものだ。そもそも、他にちゃんとした仕事があれば、そこで働かされている女性たちだってそちらの仕事をしたのだろうに。……だからそれは、なんだかとても話がおかしい。そのうえ、ひどくグロテスクに思える」
「ぐろてすく……」
あまり意味はよくわかりませんが、タケシ君にもいい意味でないだろうということだけは分かりました。
「パパはたぶん、ずっとそこがもやもやしていたんだと思う。顧客で需要を作り出している側が、そのコンテンツを擁護したいあまりに、さも、その仕事をしている人たちの権利を守るような顔をして、結局自分たちに都合のいい詭弁を弄しているような気がしてね。……それは、とても偽善的な気がする。とてもとても、罪深いことのような気がするんだよね……」
「うん……」
考え込みつつ、タケシ君もうなずきました。
難しい話ですが、なんとなく理解できます。
ちょっと暗い顔になってしまったであろうタケシ君を見て、パパは急に明るい声になりました。
「あ、でもね。いずれはそういう『女性が無理にさせられている仕事』も、いろんな形でAIやロボットがするようになるとは思ってるんだ」
「ええ?」
「今だって、すでにボーカロイドとか、合成した声を使って歌を歌わせるシステムがあるだろう? 亡くなった有名な歌手の声をサンプリングして合成し直して、新曲を歌わせる……なんてことが始まってるし」
「あっ。それぼく、この間テレビでみたよ!」
うんうん、とパパはうなずきました。
「まあ……生身の人がやるものでないと需要がない、なんてことは当然あるだろうけど、それも最初のうちだけなんじゃないかな。そのうち、性風俗やエッチなコンテンツの多くの部分が、生身の人間を使わなくなっていくのかもしれない。そういう仕事は消えていくのかもしれない。基本的な人権に鑑みれば、そうなってしかるべきなのかもね。……まあ、未来のことはわからないけど」
「うん」
タケシ君は、なんとなくほっとした思いで、やっと自分のジュースを飲みました。
未来。
それはタケシ君がこれから生きていく世界です。
そのときどんな世界になっているかは、人間にはだれにもわかりません。
(でも……ちゃんと希望があるといいよね)
だってパンドラの箱の底に残っていたのは、希望ですもの。
タケシ君はコップを傾けたまま、そっとパパを見つめました。
パパはこちらを見返して、満足そうににこりと微笑んでくれました。
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