上 下
11 / 13

十一 デート

しおりを挟む
あいりと心が通じ合ったその翌日、オレたちはプラネタリウムでデートをすることにした。陰陽師として暦や天文学を学ぶ時とは違い、純粋に何も考えず星空を楽しめるプラネタリウムは昔から好きだった。あいりも東京にくるたびに、プラネタリウムには必ずと言っていいほど訪れるくらい好きらしい。

いつも一つに結えている黒髪を、今日は下ろしていた。サラサラと風に揺れるたび、甘い香りがオレの鼻をくすぐる。無地のモスグリーンのワンピースは、身体に自然とフィットするようなデザインで、色っぽかった。


ーーー良かった。『鬼』はいねぇ。もしかして、もうあいりから離れたのか? あいりの顔色も元気そうだし、何も心配することはないのかもしれねぇな。

混雑した街の中を2人で歩く。スーツ姿の男性とすれ違うたび、オレももっとこんぐれぇの年齢だったら、あいりにもっと相応しかったのかな、なんて考えたりした。あいりは、「たくみはそのままでいいんよ。」と言ってくれるけど、オレは早く自立したかった。今は、親父の陰陽師の仕事の手伝いをして貰う小遣いぐれぇしかねぇから。



プラネタリウムは、夏休みということもあり家族連れが多かった。中は比較的涼しく、ずっと2人で手を繋いで、プラネタリウムの星空を眺めていた。3Dの立体的な映像と融合した星空は、迫力があり、圧巻だ。

この日のプログラムでは、平安時代と現代の星空とを比較する映像が流されていた。星の位置が長い悠久の時間をかけて変化したその姿に、心を揺さぶられるほど感動する。まだオレが小学生だった頃、夢中になって星空を見ていたあの時の感覚が甦ってきて、血が騒いだ。


ーーーオレはこれらの星空をよく知ってる。


そんな想いが自然と湧き上がってきた。書物の中で見たのか、実際に見たのか、記憶は曖昧だったが、とても”馴染みのある”美しい星空がスクリーンいっぱいに映し出されていた。時折、あいりがキュッと握ってる手に力を込めるので、隣を見ると嬉しそうにニコッと笑い、また目をキラキラさせて星空を見上げる。オレも握り返して、その手のぬくもりを感じながら星空を見上げた。




無数の星たちが煌めくこの光は、オレたちの元に届くまで、何百年、時には何千年もかかっていると言う。そしてようやく届いた光のカケラを、今オレたちは見ている。

ーーー大切な人と見たこの星空を一生忘れねぇ。気の遠くなるような時間をかけて届く”光”を、オレは見失いたくねぇ。そう強く思った。



プラネタリウムを出た後、ランチに出ようとまた混雑した道を2人で歩く。

「はぁー!! じょーとー!! しに綺麗だったー!!」

「ああ、アニメ映画かこっちか迷ったけど、プラネタリウムで良かったな。すげぇ綺麗だった!」

「だからよ!! ーーーふふっ、うちアニメのこと詳しくないからに、今度はたくみのオススメ教えて~!!」

「オレのオススメは、SFばかりだけど、あいりが見ても面白そうなのあるかなぁ??」

道路のアスファルトに強い日差しが照り返し、ギラギラしている。プラネタリウムの中が薄暗かったせいか、異様に眩しくて見づらい。

「ママー早くー!!」

幼い男の声がのんびり歩くオレたちを追い越していった。母親の手を引っ張り、早く早くと急かしている。

可愛いな、と横目でうっすらとその男の子を見た時、あっ、という間もなく、スルリと男の子の手が母親の手から解けていった。

向かってくるタクシーの前で、男の子の足が止まる。本当にわずかな隙だった。間に合うか!? オレは男の子を助けようと、地面を蹴りタクシーの前に飛び出した。寸前で男の子を突き飛ばした瞬間、目の前に車が迫っていた。


ーーーオレ、学習してねぇな。また考えなしに飛び出しちまった。




!?

一瞬、視界が真っ黒になり、あいりに憑いていた『鬼』を見たかと思うと、オレは腹に強い衝撃を受け倒れた。

車のクラクションのけたたましい音、急ブレーキの爆音の中、ドンッというもの凄い嫌な音が耳に入ってきた。







最初に目に入ってきた光景は、あいりが道路に血を流して倒れる姿。オレが無鉄砲にも飛び出たせいで、あいりはオレを助けようと、オレの腹を突き飛ばして自らが犠牲になった。一番大切な人を助けるどころか、オレが傷つけてどうする?

オレはフラフラと立ち上がり、あいりのそばに両膝をガクンッとついて座り込む。

「あ、あい・・・り?」
視界が涙で滲んだ。男の子の泣き喚く声、人々が集まってくる声、遠くから救急車のサイレンの音の洪水の中で、甘く優しい声だけが心の中に染み込んできた。

「泣・・・かないで、、、たく・・み、きみ・・は・・・うち・・の大・切な・・・。」

「あいりッ!ぅあああああああぁあああああああああ!!!」

喉が裂けるぐれぇに声を張り上げる。白く小さな手に指を絡めて握るが、感覚がねえ。オレの健康な身体を今すぐあいりと交換できねぇのかッ!! 陰陽師ならよ、今すぐオレの血をあいりにあげることはできねぇのか? 時間を巻き戻せねぇのかよ! 

滲んだ視界の中で、目の前で救急隊員の人たちが、あいりを運んでいく様はまるで現実じゃねぇみたいだった。

不思議なことに、あいりに憑いていた『鬼』がそのままこの場に留まり、オレの全身を覆うのを感じた。黒でもない赤黒い色でもない、なぜかオレが持つインクの”蒼”と同じ色にその姿を変えていた。


ーーーあったけぇ。オレの細胞と同化していってるみてぇだ。


そしてそのまま、”蒼”の『鬼』に全身を包まれたまま、気が遠くなっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

お隣の犯罪

原口源太郎
ライト文芸
マンションの隣の部屋から言い争うような声が聞こえてきた。お隣は仲のいい夫婦のようだったが・・・ やがて言い争いはドスンドスンという音に代わり、すぐに静かになった。お隣で一体何があったのだろう。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

鮮血への一撃

ユキトヒカリ
ライト文芸
ある、ひとりの青年に潜む狂気と顛末を、多角的に考察してゆく物語。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

コント:通信販売

藍染 迅
ライト文芸
ステイホームあるある? 届いてみたら、思ってたのと違う。そんな時、あなたならどうする? 通販オペレーターとお客さんとの不毛な会話。 非日常的な日常をお楽しみください。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...