24 / 53
第三章 罠
24 美しき悪魔
しおりを挟む
「どうしたんだい? 様子が変だよ。」
突然、耳元で聞き慣れない軽薄な声がした。
心臓が止まるかと思った。
その人は、スクリーンを捉えていた私の視界を塞ぐように、目の前に立ち顔を覗き込んでくる。
言葉を発したくてもその人の目を見た途端、まるで何かに囚われたように驚きで声にならない。ブラウンの帽子を目深く被っているが、燃えるように真っ赤な髪がはみ出ている。耳元からはみ出た髪が、癖っ毛なのかフワフワ風に揺れている。そしてこちらを推し量るように射抜く鋭い目つきで、エメラルドグリーンの瞳を私に向けていた。
このチャラそうなイケメンは誰? なぜか分からないけど底知れぬ不気味さが、ジワジワと迫ってくるようだった。
「何でもありませんッ。大丈夫ですからッ!」
テオが、ズイッと私と見知らぬ男の間に手を広げて割って入った。
「もしかして、スクリーンに映っている女性のこと知ってるとか?」
男がテオの肩越しに低めた声を出す。
「!?」
ゾワリッと鳥肌が立つ。この人は何かを知ってるの?
「君、何か隠してる?」
ヘラヘラとした口調で言ってるが、瞳を私から逸らさない。テオドールの腕を掴み、有無を言わせぬ迫力で下へ降ろしながら、私のすぐ隣に来た。
「突然きて何なんですか、あなたはッ! リーチェリアから離れてくださいッ!」
テオが、剣に手をかけた。
『女をめぐってケンカか?』『テオドール様がお怒りになられてるみたい。』
ざわめきと共に、周囲からの注目も大きくなっていく。
男は動揺する様子もなく、チラリとテオの剣に刻まれた家紋に目をやると、ニコリとした。
「ちょっと周りが騒いできたなぁ。君、ソルシィエ家の者だね。見たことない顔だけど。」
「兄様の知り合いですか?」
テオが不意をつかれたように、大きなブラウンの瞳を見開いた。
もしかしてシエルの騎士仲間? シャツの襟元を大胆に開け、見せびらかすように胸元を誇示しているこんな
軽薄そうな人が???
「さあね。」
「僕の質問に答えてくださいッ!」
テオが、キッと目の前の男を睨むが、まるで気にも留めない。肩をすくめながら、男は広場の傍に停めてあった家紋のついた馬車に目をやった。
「あの馬車かい? 君たちが乗ってきたのは? 」
御者もちょっとした騒ぎに、何事かとこちらを見ている。
「きゃぁあっ!」
そう言うと男は、私を抱き上げスタスタと馬車に向かい歩いていく。降りようと足や手を動かすが、ガシッとホールドして動きを阻まれる。
(軟弱そうな感じなのに、この人意外と力があるわ。)
「ちょっとーッ!」
テオも男の後をついてくるが、もしかしたらシエルの知り合いかと思うと強い態度にも出れない。
「まずはレディーを安全なところへ避難させよう。」
そう言って私にウインクすると、御者に対し偉そうな態度で指図しドアを開けさせた。「ここでいいかい?」と、私を馬車の中へと座らせる。そして当然のように自分も乗り込み、私の真ん前に座る。
(なんでこの人まで一緒に乗り込んでるのよ!?)
「リーチェリア、体調はどうなの?」
最後に馬車に乗り込んできたテオは、男を追い払うよりも先に私の方へ身を乗り出した。広場での私の異常な様子を、心配してくれているのだ。男は興味深そうに、私達のやり取りを眺めている。
私は両手を胸に当て、深呼吸を繰り返す。そして何とか声を絞り出して、真剣な目で伝える。
「ごめん、テオドール。お願いがあるの・・・。」
「な、何?」
テオが、ゴクリッと喉を鳴らし、ヒザの上の拳を握り締めている。
(私、そんなに切羽詰まった顔をしているかしら???)
「・・・バスケットに、今朝作ったチョコのラスクがあるから、食べさせて。」
「はぁ???ーーーもうっ、心配して損した!」
テオはバスンッと、前かがみだった上半身を背もたれに戻すと、ふぅ~と安心したように息をついた。そしてバスケットを手に取ると袋を取り出し、「これでいい?」とパツンッと2つに割ったラスクの内の半分を私の口元まで持ってきてくれた。
頷きながら、パクリとかぶりつくと、ジュワッとラム酒の香りのする甘いチョコレートが溶け出す。(あ~ホッとする~。)私は落ちないようにと、やっと自分で手を動かし、指でラスクをつまんだ。
「ハハハッ!いいじゃないか。私も一枚貰っても良いかい?」
長い足を組みながら、男は面白そうに笑った。
(何でこの人、こんなに我が物顔でくつろいでるの??)
渋々コクリと頷くと、勝手にバスケットから袋をとりだし、食べ始めた。この人、よく見ると腕輪や耳飾りに相当高価なものを身につけている。シャツもラフなデザインだけど、上質のシルクだわ。御者に対する態度といい、高位の貴族なのかしら?
「そろそろ答えてください。あなたは誰ですか」
テオが、口調は丁寧だが剣呑な雰囲気で声を荒げる。
「私はね、悪魔だよ。」
『へっ?』
思わず私とテオの声が揃った。
「ふざけないでくださいッ!」
テオがダンッと足を踏み鳴らし、男を睨む。
「ふざけてなんかいないよ。私のことは悪魔と呼んでくれて構わないよ。」
ラスクをパリンと割りながら、「紅茶が欲しいな。」と言って手で口元に一切れ持っていった。私でさえガブリとかじったのに、随分上品だことっ!
私とテオが無言で男を睨むなか、まるで気にせず、美味しそうに一枚のラスクを時間をかけ食べていく。
食べ終わると、シャツのポケットからハンカチを出し、手を拭いた。
「でも今日のところは退散しよう。君も気分がすぐれなさそうだからね。」
冗談とも本気ともつかない言い方で、この得体の知れない男は両手のひらを私たちに向ける。
私は先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「あの、さっきはどうして・・・。」
スクリーンに映っていた女性と私とを関連づけたの? あなたは何を知っているの?
男は私の質問を最後まで聞く間もなく、馬車の扉を開ける。そして降り際に、グイッと顔を近づけ私の耳元でささやいた。
「綺麗な女性の刺激的な格好は、男には目の毒だね。ーーーーそれと、スクリーンの秘密は、後で必ず教えてもらおう。」
!?
突然、耳元で聞き慣れない軽薄な声がした。
心臓が止まるかと思った。
その人は、スクリーンを捉えていた私の視界を塞ぐように、目の前に立ち顔を覗き込んでくる。
言葉を発したくてもその人の目を見た途端、まるで何かに囚われたように驚きで声にならない。ブラウンの帽子を目深く被っているが、燃えるように真っ赤な髪がはみ出ている。耳元からはみ出た髪が、癖っ毛なのかフワフワ風に揺れている。そしてこちらを推し量るように射抜く鋭い目つきで、エメラルドグリーンの瞳を私に向けていた。
このチャラそうなイケメンは誰? なぜか分からないけど底知れぬ不気味さが、ジワジワと迫ってくるようだった。
「何でもありませんッ。大丈夫ですからッ!」
テオが、ズイッと私と見知らぬ男の間に手を広げて割って入った。
「もしかして、スクリーンに映っている女性のこと知ってるとか?」
男がテオの肩越しに低めた声を出す。
「!?」
ゾワリッと鳥肌が立つ。この人は何かを知ってるの?
「君、何か隠してる?」
ヘラヘラとした口調で言ってるが、瞳を私から逸らさない。テオドールの腕を掴み、有無を言わせぬ迫力で下へ降ろしながら、私のすぐ隣に来た。
「突然きて何なんですか、あなたはッ! リーチェリアから離れてくださいッ!」
テオが、剣に手をかけた。
『女をめぐってケンカか?』『テオドール様がお怒りになられてるみたい。』
ざわめきと共に、周囲からの注目も大きくなっていく。
男は動揺する様子もなく、チラリとテオの剣に刻まれた家紋に目をやると、ニコリとした。
「ちょっと周りが騒いできたなぁ。君、ソルシィエ家の者だね。見たことない顔だけど。」
「兄様の知り合いですか?」
テオが不意をつかれたように、大きなブラウンの瞳を見開いた。
もしかしてシエルの騎士仲間? シャツの襟元を大胆に開け、見せびらかすように胸元を誇示しているこんな
軽薄そうな人が???
「さあね。」
「僕の質問に答えてくださいッ!」
テオが、キッと目の前の男を睨むが、まるで気にも留めない。肩をすくめながら、男は広場の傍に停めてあった家紋のついた馬車に目をやった。
「あの馬車かい? 君たちが乗ってきたのは? 」
御者もちょっとした騒ぎに、何事かとこちらを見ている。
「きゃぁあっ!」
そう言うと男は、私を抱き上げスタスタと馬車に向かい歩いていく。降りようと足や手を動かすが、ガシッとホールドして動きを阻まれる。
(軟弱そうな感じなのに、この人意外と力があるわ。)
「ちょっとーッ!」
テオも男の後をついてくるが、もしかしたらシエルの知り合いかと思うと強い態度にも出れない。
「まずはレディーを安全なところへ避難させよう。」
そう言って私にウインクすると、御者に対し偉そうな態度で指図しドアを開けさせた。「ここでいいかい?」と、私を馬車の中へと座らせる。そして当然のように自分も乗り込み、私の真ん前に座る。
(なんでこの人まで一緒に乗り込んでるのよ!?)
「リーチェリア、体調はどうなの?」
最後に馬車に乗り込んできたテオは、男を追い払うよりも先に私の方へ身を乗り出した。広場での私の異常な様子を、心配してくれているのだ。男は興味深そうに、私達のやり取りを眺めている。
私は両手を胸に当て、深呼吸を繰り返す。そして何とか声を絞り出して、真剣な目で伝える。
「ごめん、テオドール。お願いがあるの・・・。」
「な、何?」
テオが、ゴクリッと喉を鳴らし、ヒザの上の拳を握り締めている。
(私、そんなに切羽詰まった顔をしているかしら???)
「・・・バスケットに、今朝作ったチョコのラスクがあるから、食べさせて。」
「はぁ???ーーーもうっ、心配して損した!」
テオはバスンッと、前かがみだった上半身を背もたれに戻すと、ふぅ~と安心したように息をついた。そしてバスケットを手に取ると袋を取り出し、「これでいい?」とパツンッと2つに割ったラスクの内の半分を私の口元まで持ってきてくれた。
頷きながら、パクリとかぶりつくと、ジュワッとラム酒の香りのする甘いチョコレートが溶け出す。(あ~ホッとする~。)私は落ちないようにと、やっと自分で手を動かし、指でラスクをつまんだ。
「ハハハッ!いいじゃないか。私も一枚貰っても良いかい?」
長い足を組みながら、男は面白そうに笑った。
(何でこの人、こんなに我が物顔でくつろいでるの??)
渋々コクリと頷くと、勝手にバスケットから袋をとりだし、食べ始めた。この人、よく見ると腕輪や耳飾りに相当高価なものを身につけている。シャツもラフなデザインだけど、上質のシルクだわ。御者に対する態度といい、高位の貴族なのかしら?
「そろそろ答えてください。あなたは誰ですか」
テオが、口調は丁寧だが剣呑な雰囲気で声を荒げる。
「私はね、悪魔だよ。」
『へっ?』
思わず私とテオの声が揃った。
「ふざけないでくださいッ!」
テオがダンッと足を踏み鳴らし、男を睨む。
「ふざけてなんかいないよ。私のことは悪魔と呼んでくれて構わないよ。」
ラスクをパリンと割りながら、「紅茶が欲しいな。」と言って手で口元に一切れ持っていった。私でさえガブリとかじったのに、随分上品だことっ!
私とテオが無言で男を睨むなか、まるで気にせず、美味しそうに一枚のラスクを時間をかけ食べていく。
食べ終わると、シャツのポケットからハンカチを出し、手を拭いた。
「でも今日のところは退散しよう。君も気分がすぐれなさそうだからね。」
冗談とも本気ともつかない言い方で、この得体の知れない男は両手のひらを私たちに向ける。
私は先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「あの、さっきはどうして・・・。」
スクリーンに映っていた女性と私とを関連づけたの? あなたは何を知っているの?
男は私の質問を最後まで聞く間もなく、馬車の扉を開ける。そして降り際に、グイッと顔を近づけ私の耳元でささやいた。
「綺麗な女性の刺激的な格好は、男には目の毒だね。ーーーーそれと、スクリーンの秘密は、後で必ず教えてもらおう。」
!?
1
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
大切なあのひとを失ったこと絶対許しません
にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。
はずだった。
目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う?
あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる?
でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの?
私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる