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第三章 罠

24 美しき悪魔

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「どうしたんだい? 様子が変だよ。」
突然、耳元で聞き慣れない軽薄な声がした。



心臓が止まるかと思った。




その人は、スクリーンを捉えていた私の視界を塞ぐように、目の前に立ち顔を覗き込んでくる。


言葉を発したくてもその人の目を見た途端、まるで何かに囚われたように驚きで声にならない。ブラウンの帽子を目深く被っているが、燃えるように真っ赤な髪がはみ出ている。耳元からはみ出た髪が、癖っ毛なのかフワフワ風に揺れている。そしてこちらを推し量るように射抜く鋭い目つきで、エメラルドグリーンの瞳を私に向けていた。

このチャラそうなイケメンは誰? なぜか分からないけど底知れぬ不気味さが、ジワジワと迫ってくるようだった。

「何でもありませんッ。大丈夫ですからッ!」
テオが、ズイッと私と見知らぬ男の間に手を広げて割って入った。

「もしかして、スクリーンに映っている女性のこと知ってるとか?」
男がテオの肩越しに低めた声を出す。

「!?」

ゾワリッと鳥肌が立つ。この人は何かを知ってるの?

「君、何か隠してる?」
ヘラヘラとした口調で言ってるが、瞳を私から逸らさない。テオドールの腕を掴み、有無を言わせぬ迫力で下へ降ろしながら、私のすぐ隣に来た。

「突然きて何なんですか、あなたはッ! リーチェリアから離れてくださいッ!」
テオが、剣に手をかけた。

『女をめぐってケンカか?』『テオドール様がお怒りになられてるみたい。』
ざわめきと共に、周囲からの注目も大きくなっていく。

男は動揺する様子もなく、チラリとテオの剣に刻まれた家紋に目をやると、ニコリとした。

「ちょっと周りが騒いできたなぁ。君、ソルシィエ家の者だね。見たことない顔だけど。」


「兄様の知り合いですか?」
テオが不意をつかれたように、大きなブラウンの瞳を見開いた。

もしかしてシエルの騎士仲間? シャツの襟元を大胆に開け、見せびらかすように胸元を誇示しているこんな
軽薄そうな人が??? 

「さあね。」

「僕の質問に答えてくださいッ!」
テオが、キッと目の前の男を睨むが、まるで気にも留めない。肩をすくめながら、男は広場の傍に停めてあった家紋のついた馬車に目をやった。

「あの馬車かい? 君たちが乗ってきたのは? 」
御者もちょっとした騒ぎに、何事かとこちらを見ている。

「きゃぁあっ!」
そう言うと男は、私を抱き上げスタスタと馬車に向かい歩いていく。降りようと足や手を動かすが、ガシッとホールドして動きを阻まれる。

(軟弱そうな感じなのに、この人意外と力があるわ。)

「ちょっとーッ!」
テオも男の後をついてくるが、もしかしたらシエルの知り合いかと思うと強い態度にも出れない。

「まずはレディーを安全なところへ避難させよう。」
そう言って私にウインクすると、御者に対し偉そうな態度で指図しドアを開けさせた。「ここでいいかい?」と、私を馬車の中へと座らせる。そして当然のように自分も乗り込み、私の真ん前に座る。

(なんでこの人まで一緒に乗り込んでるのよ!?)

「リーチェリア、体調はどうなの?」
最後に馬車に乗り込んできたテオは、男を追い払うよりも先に私の方へ身を乗り出した。広場での私の異常な様子を、心配してくれているのだ。男は興味深そうに、私達のやり取りを眺めている。


私は両手を胸に当て、深呼吸を繰り返す。そして何とか声を絞り出して、真剣な目で伝える。
「ごめん、テオドール。お願いがあるの・・・。」


「な、何?」
テオが、ゴクリッと喉を鳴らし、ヒザの上の拳を握り締めている。

(私、そんなに切羽詰まった顔をしているかしら???)





「・・・バスケットに、今朝作ったチョコのラスクがあるから、食べさせて。」


「はぁ???ーーーもうっ、心配して損した!」
テオはバスンッと、前かがみだった上半身を背もたれに戻すと、ふぅ~と安心したように息をついた。そしてバスケットを手に取ると袋を取り出し、「これでいい?」とパツンッと2つに割ったラスクの内の半分を私の口元まで持ってきてくれた。

頷きながら、パクリとかぶりつくと、ジュワッとラム酒の香りのする甘いチョコレートが溶け出す。(あ~ホッとする~。)私は落ちないようにと、やっと自分で手を動かし、指でラスクをつまんだ。

「ハハハッ!いいじゃないか。私も一枚貰っても良いかい?」
長い足を組みながら、男は面白そうに笑った。
(何でこの人、こんなに我が物顔でくつろいでるの??)

渋々コクリと頷くと、勝手にバスケットから袋をとりだし、食べ始めた。この人、よく見ると腕輪や耳飾りに相当高価なものを身につけている。シャツもラフなデザインだけど、上質のシルクだわ。御者に対する態度といい、高位の貴族なのかしら?

「そろそろ答えてください。あなたは誰ですか」
テオが、口調は丁寧だが剣呑な雰囲気で声を荒げる。

「私はね、悪魔だよ。」

『へっ?』
思わず私とテオの声が揃った。

「ふざけないでくださいッ!」
テオがダンッと足を踏み鳴らし、男を睨む。


「ふざけてなんかいないよ。私のことは悪魔と呼んでくれて構わないよ。」
ラスクをパリンと割りながら、「紅茶が欲しいな。」と言って手で口元に一切れ持っていった。私でさえガブリとかじったのに、随分上品だことっ!

私とテオが無言で男を睨むなか、まるで気にせず、美味しそうに一枚のラスクを時間をかけ食べていく。
食べ終わると、シャツのポケットからハンカチを出し、手を拭いた。

「でも今日のところは退散しよう。君も気分がすぐれなさそうだからね。」
冗談とも本気ともつかない言い方で、この得体の知れない男は両手のひらを私たちに向ける。


私は先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「あの、さっきはどうして・・・。」
スクリーンに映っていた女性と私とを関連づけたの? あなたは何を知っているの? 





男は私の質問を最後まで聞く間もなく、馬車の扉を開ける。そして降り際に、グイッと顔を近づけ私の耳元でささやいた。


「綺麗な女性の刺激的な格好は、男には目の毒だね。ーーーーそれと、スクリーンの秘密は、後で必ず教えてもらおう。」



!?
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