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第二章 奪い合う世界

32話 奪い合う者達①

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 コウミ達がキュプレサスと出会ってから、二日の時が過ぎる。
 イバラの森の南側関所内では、駐在の憲兵達が変わらず警戒に出向いていた。
 森の中に続く街道を見据えながら、関所の門前に立つ憲兵の一人、アルジーは退屈そうに欠伸をかいた。

 「アルジー、眠たいのか?」

 既に昼を過ぎている。警邏に立つ若い憲兵達の様子を見に来たマルマルが、街道に置かれるバリケード越しにアルジーに話しかけた。

 「何だマルマルさんか、急に話し掛けたないで下さいよ、ビックリした」

 アルジーは慌てた様子で自分の口を手で覆うものの、相手がマルマルと分かると悪びれる様子も無くそう言った。

 「こいつは……。現場に復帰してからずっとそんな調子だな。少しはしゃきっとしろよ」
 「そうは言いますけど、今日は一日中、ここに突っ立って森を眺めているばかりなんです。欠伸の一つも出ますよ」

 森の東側の消火活動が終了し、残される問題は西側奥地に住み着くゴブリン達とマジックブレイカーの捕獲だけとなっていた。しかし、フォーリアム一門からステーションへ、森の中でよからぬ者が出たという報告がもたらされ、憲兵達は不用意に森の中に入る事は危険と判断した。
 今は、イスカリ領にある東部方面本部へ、よからぬ者の討伐の為に増援の要請をしている段階であり、イバラに駐在する憲兵達は増援が到着するまで、森の中に潜む者達を外に出さぬように警戒していたのだった。
 マルマルは姿勢を正し、そこから森を眺めた。
 イバラの森は依然変わらず街道の両脇を埋め尽くしている。迅速に進められた消火作業のおかげで、火の手は関所の遥か手前で塞がれた。ここからは無残な焼け野原を見る事無く済んでいたのだ。
 この森の中に、よからぬ者が住み着いた。森の外から警戒にあたる今、その危機的状況を若い者達は理解できないのだろう。
 増援が来るまで何事も起きなければいい。マルマルはそう考えた。

 「だからと言って気を抜くな。寝ぼけて、また関所を燃やされたらかなわんからな」
 「わ、分かってますよ!」

 他に警邏に立っていた若い憲兵達が笑う中で、アルジーは恥ずかしそうにそう言い返した。
 マルマルもまた、周りの笑い声に誘われる様にして口元を歪ませる。若い者達の陽気に当たり、自分の胸に沸いた不安を拭ったのだった。

 「あれ? 誰か来ますよ」

 警戒に立つ若い憲兵の一人が、街道の北側からこちらに向かって歩いて来る者に気が付き、そう言った。
 マルマル達もそちらを確認する。
 その人物はたった一人で街道を歩いて来る。頭の上から足の先まで布の様な物を被り、全身を隠していた。見るからに怪しい。そう思わせるのはその風体もさる事ながら、その歩き方がどこかぎこちなく、人形が歩いて来る様な機械的な動きに見えたからだ。そればかりか、歩く度に、陶器がぶつかり合う様な涼やかな音色を辺りに響かせ、それが、少し離れた関所の前に立つ憲兵達の耳にも届いたのだった。

 「北側の関所を越えて来たのでしょうか?」

 アルジーが疑問に思いそう言った。
 街道を通るのなら関所を通過するのは当たり前だ。しかし、警護にあたる憲兵を引き連れず、このイバラの森を通過する事は、今はできない。

 「そんな訳無いだろ」

 マルマルはそう言いながらバリケードをすり抜け、全員の前へと進み出た。

 「森から出て来たんだ」

 マルマルの言葉を聞いて、若い憲兵達に緊張が走った。

 「そこで止まれ!」

 こちらに向かって歩いて来る者にマルマルは言い放った。すると、その言葉に従う様に、その者は足を止めこちらを窺い始めた。

 「我々は、イバラ領に籍を持つ憲兵隊である! 今は非常時の為、許可無くこの関所に近づく事を禁止している! 貴様に敵意が無いのなら、まず、正体を現してもらおう!」

 その人物は足を止めたまま微動だにしていない。

 「我々に従うつもりが無いのか、そもそも、言葉を理解してないのか……」

 モンスターか、マジックブレイカーか、これでは判断が着かない。マルマルは正体を隠し続ける相手を前に、溜息を着いてそう考えた。

 「マルマルさん、どうしましょう?」

 アルジーが不安げに尋ねた。

 「全員、バリケードの外へ、隊列を組め。アルジー、お前はスーク隊長に報告を」

 マルマルの命令に従い、四、五名の憲兵達がバリケードを越えて、街道へ横並びに立ち始めた。そして、アルジーはスークのいる宿舎へと向かって駆けだして行った。
 マルマルは全体の動きを確認すると、未だ動きを止めている人物に視線を移す。そして、そして視線をそのままに隊列を組んだ憲兵達に対して低い声で話し掛けた。

 「いいかお前達、俺の合図でストーンボルトを放て。足元を狙うんだ」

 そう言うと、今度は大きく息を吸い込み、街道の先に向かって大声で言い放った。

 「良く聞け! これは最後の警告だ。正体を明かせ! 貴様は何者だ!」

 怪し気な人物は最後まで答える様子を見せない。それどころか、再び関所に向かって歩き始めた。

 「構え!」

 マルマルの号令に応える様にして、横一列に五枚の魔法陣が展開された。

 「放て!」

 一斉に放たれる拳大程度の石の飛礫は、関所を目掛けて歩み寄る人物の足下に向かって飛んで行った。
 数発は狙いを外し、地面にぶつかった。残りの飛礫は、その人物の足下に垂れ下がる布の中へと飛び込み、数度に渡ってキン、キンという高い音を奏でた。
 街道を歩いていた人物は、僅かに体をふらつかせるものの、何とかその場に留まる様に膝を曲げて動きを止めた。そして、ゆっくりと姿勢を戻し、自分の身体に異常が無いかを確かめ始める。
 身体を隠していた布地の切れ目から、白い骨の様に細い腕が見えた。

 「先住の民の力。この程度か?」

 頭から被る布地の中から、その様に呟く声が聞こえた。

 「貴様、人間では無いな。一体何者だ!」

 マルマルの言葉に、その人物は再び関所の方へと向き直った。

 「我が名はビン・チョウ。偉大なるルーラー、キュプレサス・ラッルーに仕えるこの森の民である」

 キュプレサス・ラッルー。その名前を聞いて、若い憲兵達は動揺した。それこそ、報告されたよからぬ者の名前だったからだ。
 マルマルは、動揺する彼らの事を落ち着かせる様に声を掛ける。そして、ビン・チョウに向かって話し始めた。

 「大層な主張をするなモンスター! よからぬ者をルーラーと崇め、挙句に、このイバラ領の民を自称するとは! しかし、ここは偉大なるアイディ・クインの支配地! 我々、人間の領域だ! モンスター如きが、勝手な振る舞いをする事は許されない! 大人しく森の中へ帰れ!」
 「帰れ? それは、こちらのセリフ」

 ビン・チョウは、そう言うと自分の背後に広がる森を指す様に両手を伸ばした。骨の様に見えたその腕は、所々に節くれを残し、歪に曲がりくねり、枝分かれする物を何とか真っ直ぐに剪定された枝木の様だった。
 ビン・チョウ。それは、キュプレサスによって新たに生み出された上位モンスター。白炭のゴーレム、ホワイト・チャコール・ゴーレムであった。

 「この領域は、我らの領域。人間達よ。この森から出て行くがいい!」

 ビン・チョウのその言葉を合図にするかの様に、森の中の木々を揺らし、地響きの様な音を立て、三メートルはあろうかという巨大なチャコール・ゴーレム達が次々と姿を現した。

 「これは!?」

 大挙して押し寄せて来るモンスターの軍勢に、マルマルは言葉を失った。既に、イバラの森は彼らの巣窟になっていたのだ。
 ビン・チョウは、両手を関所の方へとかざした。

 「行け、お前達! 我らの支配者、キュプレサス・ラッルーの力を見せつけるのだ!」

 チャコール・ゴーレム達は、ビン・チョウの指示に従い、その巨体をゆっくりと動かしながら、関所を目指して進軍を開始した。

 「慌てるなお前ら! もう一度、ボルトを放つんだ!」

 取り乱す若手達に声を掛ける。そう言いつつ、何とか自分も落ち着こうとした。

 「構え!」

 マルマルは叫ぶように号令を出した。今度は、自分自身も魔法陣を展開させる。

 「放て!」

 関所に迫るチャコール・ゴーレム達に目掛け、再びストーンボルトが放たれた。ビン・チョウに比べれば遥かに的が大きい。その為、バラバラに飛んで行く石の飛礫は、次々にゴーレム達に命中し、その黒炭でできた身体を砕いて行った。
 しかし、チャコール・ゴーレム達の進軍は止まらない。
 どのような原理で動いているのか不明瞭なその身体は、どれ程大きく傷つけられようと、その痛みさえゴーレム自身には伝えてはいない様に見えた。腕が砕け、足が捥げ、それでも彼らは這いずるようにしながら関所を目指して来る。そして、後から進んでくる者は、這いずる仲間に気を止める様子も無く、それを踏み砕き、前へと進み出て来た。
 怯む事無く進み続け、尚且つ新手が続々と森の中から姿を現すのを見て、若い憲兵達は恐怖し、一人、また一人と関所の中へと逃げ込んで行ってしまった。
 マルマルは最後まで残り、ボルトを放ち続けた。だが、この状況では焼け石に水だ。
 迫りくるゴーレムの手が、一歩一歩とマルマルの下に近づいて来た。

 「くそったれめ!」

 その時、関所の中からバリケードを越え、数個の投石と共に電流が幾筋も走って行った。そのボルトの掃射はマルマルへと手を伸ばし始めていたゴーレム達を押し退ける。バランスを崩したゴーレムは、後に続く者達へと寄り掛かり、一時的に進行を押し留めるに至った。

 「バイロン、無事か!」

 茫然と将棋倒しになっているゴーレム達の事を眺めていたマルマルが、その声を聞いてハッとする。馬に乗ったスークが、関所の中からバリケードを飛び越えて来たのだ。

 「隊長! ここはもう駄目だ!」

 マルマルの言葉を受け、スークは直ぐに馬上から辺りを確認した。ゴーレムは体制を立て直そうと藻掻いている。その背後に広がる森の中からは、絶える事無く新手のゴーレム達が姿を出していた。

 「止むを得ん。ファイヤーボールを使うぞ、バイロン! 乗れ!」

 マルマルは、すぐさま伸ばされたスークの手を借り、馬上へと乗り込んだ。スークは巧みに馬を操り、再びバリケードを飛び越え関所の中へと戻って行った。

 「火の魔導を使う? だが、隊長! 森の中だぞ?」

 馬上でスークにしがみ付きながらマルマルが尋ねた。

 「分かっている! その為に、奴らを関所の中に誘い込む!」
 「関所の中に……。それじゃ、関所ごと!?」

 二人を乗せた馬は、関所の中央を突っ切り、イバラの街へと続くその出入り口の手前まで駆け抜けてきた。
 そこには既に、関所内の全ての憲兵達が一列の横隊を二つ作り、それぞれが中央に向かう様に右と左に配置され、モンスター達の襲来を待ち構えていた。
 スークはマルマルを右手の横隊のそばに降ろすと、すぐさま横隊を横切り、前へと進み出た。

 「いいか、お前達! ここを越えれば、イバラの街が見える! イバラ領に取って、ここが最大の防波堤だ! 何としても、ここで食い止めるぞ!」

 居並ぶ憲兵達は、スークの鼓舞に応える様にときの声を上げた。
 丁度その時、バリケードを破り次から次へとチャコール・ゴーレム達が、関所の中へと入って来た。そして、巨体を揺らしながら、重々しくゆっくりと進み出て、憲兵達の前へとその身を晒し始めた。

 「構え!」

 横隊は一斉に魔法陣を展開した。その淡い光に照らされてか、痛みすらも感じないはずのゴーレム達は、異変を感じ取った様に足を止めた。

 「狙え!」

 スークの号令に応え、憲兵達は自らが展開するその魔法陣を引き絞り、収縮させ始める。

 「放て!」

 魔法陣から一斉に、野球の玉くらいの火球が勢い良く飛び出した。
 火球は、ゴーレム達の身体を貫通し体内に留まると、その魔導の性質に従い爆発した。そして、ゴーレムは内部から火を噴く様にその身体を破裂させ、周囲に燃えた身体を撒き散らした。

 「構え!」

 スークは憲兵達の手を休めず、すぐさま次弾の発射へと取り掛かる。

 「狙え! 放て!」

 次から次へと打ち込まれて行く火球は、押し寄せるチャコール・ゴーレム達の身体を爆散させ、粉々になった黒炭を燃焼させて行く。
 関所の内部は火の海にとなった。宿舎や厩舎は燃え、運び込まれていた資材にも飛び火し、全てが燃えて行った。
 愚直に進行を続けてきたゴーレムは、自分の足が燃え上がる事も気にせず、その火の中を渡って来る。そして、魔導士達の放つ火球にやられ爆散するか、あるいは、時間と共に燃え上がった炎にやられ火達磨となって倒れて行った。
 対峙していた者全てが炎の中に包まれて、スークは漸く攻撃の手を止める。
 関所の中心で燃え上がる巨大な炎の柱を見据え、その場に居る憲兵達は自らの行使した魔導の力に恐れを抱きつつも、モンスターの進行を防ぐ事が出来たと確信した。

 「やった! やったぞ!」

 横隊を組んでいた憲兵達の中から喜びの声が上がった。それは隣り合う憲兵達に次々に伝播し、歓声となって彼ら自身を包んで行った。
 スークだけは馬上から炎の中を見つめ、事の経過を見守っていた。
赤いゆらめきの中に何かが動いて見える。それは、ハッキリとした人影をなし、火の海を渡りながらこちらを目指して来た。
 しぶとい奴が居る。だが、あの大きさは……?
 スークがそう思った時、その人影は炎の中を抜け出した。
 そして、燃え上がる布地を脱ぎ捨て、その白く細い枯れ木の様な身体を顕わにした。顔には人と同じ目玉の様なものが二つ付いており、それをぎょろぎょろと動かすと、驚きの表情を浮かべるスークと目を合わせた。
 一般的に、備長炭などに代表される白炭とは、黒炭に比べて炭素密度が高い。その為、鋼の様な硬度を持ち、火も付き難いと言われる。しかし、キュプレサスの手によって生み出されたホワイト・チャコール・ゴーレムには、炎をものともしない理由が他にもあるのだった。
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