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第二章 奪い合う世界

17話 愚者の理屈①

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 深夜に近づき、イバラの街では各家々の明かりが消え始め、眠りにつこうとしている。
 そうであっても、領域を守る憲兵達は、ステーションの明かりを絶やさず、人々を守る為に働いていた。
 町の広場の中央。丁度、ステーションの真向かいに立つ鐘楼の上で、コウミはその様子を窺っていた。
 あの満月にも似た靄の光が、空から射しているものの、コウミの黒い体は、鐘楼の影と同化して、広場を歩く人間の目からは完全に近い程見えなくしていた。

 「森で画策していた連中は、テシオ一門の人間。この領域にゴブリンを呼び込み、自分達の事を魔導士と呼ばせていた。そして日々喜の話しによれば、奴らも身の上を偽り、魔導士共の組織を隠れ蓑にしてやがる」

 コウミは考えを纏める様に独り言を呟いた。

 「煩わせやがって……」

 身を窶す立場なら、お互いの正体に気が付いた段階で、知らぬ存ぜぬを通すのが筋だろう。不用意に手を出してくれたおかげで、今度はこちらが知らしめなくてはならなくなった。
 コウミは苛立たし気に息を吐いた。
 落ち着かない気持ちを何とか鎮めようと努め始める。
 そうすると、ふと、妙な気分になった。
 日々喜の話しを聞いた時にも、胸が焦げる程の怒りを抑え込もうと自分はしていた。いざここに至って、戦いを前にしながら、なぜ自分は自らの感情を抑える必要があるのだろうか。

 「浮ついているのか、この俺が……」

 コウミは自分の胸に手を当てた。そして、自分の言葉を嘲笑する様に、小さく笑い声を立てた。

 「荒ぶる心をどこに置いて来た? たかが魔導士相手に、遠慮する事はない。ぶちまけてやればいいんだ」

 半世紀近く、鳥獣の姿に身を窶していたのだから、無理も無い事だろうか。しかし、今は人型。自分の両の手足は、自分に暴虐の限りを尽くす事を許している。
 コウミは考えを振り払う様に首を振った。
 そして、数多の戦場を駆けた過去の事柄を思い出そうとした。
 老若男女を問わず、人間も、獣人も、エルフも、あらゆる人種に関わりなく切って捨てた。戦う事を本分とする剣士に生まれた自分の宿命だった。
 しかし、ただ一つ。そんなコウミが疑問を感じた事があった。
 何故こんなにも、剣士は魔導士を憎んでいるのだろう。
 戦う者同士、敵であろうと味方であろうと、死は平等に訪れる。生き残りを賭ける以上、強いか弱いかというたった一つの要素こそが重要になり、戦場はその突端になる。他の要素が入り込む余地は無いはずなのだ。それなのに何故、こんなにも魔導士達を特別視しなければならなかったのだろう。
 生まれ落ちたこの世界には、コウミの疑問に答えられる者は居なかった。過去から現在に至るまで、お互いがお互いの国にしでかした暴虐の数々、それは消える事の無い遺恨となり確執を生んだ事を知っている。だがそれが、自分に何の関りがあっただろう。
 コウミには素直に踏襲する事の出来ない、納得する事の出来ない事情があったのだった。
 コウミがその答えを得たのは、過去にこの世界を訪れた灯馬との旅を通してであった。
 命は平等である。剣士と魔導士の違いなく。尊いものに変わりはない。
 この魔導連合王国で狼藉を働く自分達若き剣士に対して、少年であった灯馬は容赦なくそのような罵声を浴びせた。
 始めの内こそ、コウミ達は年端の行かない少年の言葉を鼻で笑っていたが、やがて、その言葉の中に、この世界の真実を見出したのだった。

 「そう……。命は平等だった。等しく、分け隔てなく死が訪れ、肉体は大地に、アルテマは天に還るもの。剣士達の尊ぶ闘争、魔導士達が忌み嫌う諍いもまた、人の営みの一つに過ぎない。剣士も、魔導士も、等しく賢者の呪縛からは、逃れる事は出来ないのだ。……だが、そうであっても」

 コウミは、鐘楼の影から身体を出す。
 靄の明かりに掛かるその人影の様な物を見咎めたのか、広場に点在する疎らな人達が、こちらを不思議そうに指差した。

 「例え、この身を縛られようと、営みを奪われようと、自由さえも失おうと、この俺が、俺として生きる事を否定するのは許さない。……例え、全てを失おうと、この俺から天に唾棄する権利だけは、奪わせはしない」

 コウミはそう言うと、鐘楼から飛び降りた。
 ステーションの門前に立っていた二人の憲兵達は、突如として広場に降り立ったその黒い人型に驚いた。
 コウミの方から視線を逸らさず、何やらゴニョゴニョと相談し始めた。
 というのも、コウミはフードを着けておらず、普段隠している自分の顔を顕わにしていた。その相貌が、憲兵達の目にはデーモンとして映ったのだろう。しかし、このような街なかで、人目を憚る存在が姿を容易に表すものかと、疑問を抱いたのだった。
 コウミは立ちあがると、ステーションの方へと近づき始めた。
 二人の憲兵達も、その怪しい存在が一体何であるのかを確かめる様に、コウミの方へと近づいて行った。

 「おい貴様! 何をふざけているんだ! その恰好は一体何なんだ!」
 「街の人間か? 今、どういう状況なのか知らない訳じゃないだろ。その仮面を取りなさい」

 憲兵達はコウミの前に立ち塞がると、頭ごなしにそう怒鳴りつけた。

 「……身を潜ませ……、……生きて来た」
 「あ!? なんだって?」

 一人が、コウミの呟きに耳をそばだてた。

 「……親愛なる者達。この俺と同じになるか?」

 コウミは顔を上げ、憲兵を見つめた。無機質なその顔に入った亀裂から、淡い光が漏れ出していた。
 コウミの事を窺っていた憲兵は、思わず近づけた顔を遠ざけ、戸惑う表情を見せる。

 「な、何だこいつ? 訳の分からん事を」

 「もう良い。ステーションに連れて行こう。新年度祭の前だと言うのに、浮かれやがって」
 憲兵はそう言うと、コウミの肩に手をかけ様とした。

 「……そうか、なら、せめて――」

 コウミは伸ばされた憲兵の袖口を力強くつかみ、引っ張った。
 思わず前のめりになる憲兵。
 次の瞬間、前に出たその顎先に目掛け、コウミの拳が炸裂した。

 「――崩れて、地面に伏せろ」

 コウミの投げる言葉に従う様にして、憲兵はそのまま膝から崩れ落ち、地面に倒れた。

 「な!? きさ――」

 二の句を継がせる暇も与えず、コウミは隣に立ち続けていた憲兵の顔面に、回し蹴りを見舞った。
 その勢いは凄まじく、顔を蹴り飛ばされた憲兵は、その場から跳ね飛ぶ程の勢いを持って、ひっくり返り動かなくなる。

 「舐めるように、這いずり続けろ」

 コウミは呟き続ける。
 そして、足下に倒れたままだった憲兵の服をつかむと、そのまま、ゆっくりと持ち上げ、自分の肩に乗せた。

 「この俺と同じとは言わない。ただ、そうあってくれれば、俺の腹の虫が収まる……」

 ステーションの出入り口からは、異変を察した憲兵達が数名出てき始めていた。

 「モータス、アクシス」

 コウミがそう唱えると、全身から黒い瘴気が迸った。
 そして、コウミは咆哮を上げると共に、肩に担いだ憲兵をステーションの門前に向かって投げつけた。
 ボールの様に放り出された憲兵の身体は、顔を出していた他の憲兵達に受け止められる。しかし、その勢いを殺しきる事が出来ず、受け止めた者もろともステーションの中へ転がり込んで行った。

 「人でなしの俺は、ただそれだけの事で、今日を我慢して生きられる」

 コウミは、ステーションに向かって歩み寄って行った。

 「ただ、それだけの事だ……」

 周囲に止める者は無く、コウミは悠然とステーションの中へ入って行った。
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