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第二章 奪い合う世界

7話 魔法から科学へ④

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 チョークの案内により、日々喜達はそれまで居た工房の裏手に隣接する倉庫へと入って行った。

 「驚いた。あんたら何て人と一緒してんのさ」

 先を行くチョークが後に続くサフワンに話し掛けた。

 「知らなかったんだ。貴族の方だって予想はついていたんだけど、そんな偉い人とは思わなくて……」
 「たく、復興機関はお得様だって知ってるだろ。ウチに出入りすんなら顔くらい覚えておけってんだ」
 「うう……、ごめん」
 「まっ、あたしも知らなかったけどさ。職人と商人じゃ、気を使う所が違うんだからな」
 「分かってる。気を付けるよチョーク」
 「まあきっと、商会長が取りなしてくれるよ。それで、そっちのはフォーリアムさんとこの従者だって?」

 チョークは気を取り直す様に日々喜に尋ねた。

 「長岐日々喜です」
 「さっき聞いた。あたしはチョーク・リーネ。あんたんとこのコーディネートはあたしがやったから」

 チョークの言葉にサフワンが驚く。

 「えっ!? チョークは見習いだろ?」
 「なにさ。文句あんのかい? 人手が足んない中で優先的にやったんだよ。あんたが尻拭いさせた商会長の指示でね」

 チョークは、サフワンの胸元に指を突きつけながらそう言った。そして、何も言い返せないサフワンの顔を一瞥しながら、フンと鼻を鳴らす。

 「心配しなくても、手なんか抜いちゃいないよ」

 そう言うと、チョークは倉庫の奥へとズカズカ進んで行ってしまった。

 「大丈夫、サフワン?」

 動悸を鎮める様に胸に手を当てるサフワンに、日々喜が話し掛けた。

 「ああ、参ったな。しょっぱなからアイツのペースに持ってかれているよ」
 「不味いの?」
 「かなりね。いいかい日々喜、下手な事を言わない様にしよう。あいつは、怒るとおっかないから。職人だからって訳じゃないよ。同じ学院にいた時からそうなんだ」
 「魔導の学院にいた時から……、二人は同じ学院を出ているんだ」

 サフワンと日々喜は、先を行くチョークの背中を見つめながら、囁く様に話し合った。ふと、チョークの被っていた帽子がピクピクと動いたのに気が付く。

 「さっさと来なよ! コーディネートはいらないのかい!」

 先を行くチョークが怒鳴り声を上げてそう言った。慌てて、日々喜達は彼女の下に駆け寄って行った。

 「下らない事をごちゃごちゃと、聞こえてるってのに」
 「悪い悪い。チョークは相変わらず耳が良いんだね」
 「フン、人の二倍聞こえるってだけだろ。おべっかなんて止めろよ、気持ち悪い」

 やがて、三人は白い覆いを被せられたコーディネートの前で立ち止まった。

 「さあ、これがそうだよ」

 チョークはそう言って、被せられていた覆いを取った。それは、あのフォーリアムの屋敷に置いてあった洗濯機と同じものであった。

 「どうだい。精巧な作りだろ? ウチのは騒ぎになってる戦禍にも耐えうる品物さ。大事に使えば、十年は持つよ」

 日々喜は洗濯機に近づき、確認する様にながめまわした。
 洗濯機は錆がしっかりと落とされ、先の取れた煙突も元通りになっている。そして、新品同様の機械の様にピカピカに磨き込まれていた。外面には、あの魔法陣の様な幾何学紋様がしっかりと彫り込まれており、その紋様を囲うようにして、イバラ領の特色である異形葉紋が描かれていた。

 「綺麗……、とても、良くできてる」

 日々喜の第一声がそれだった。その言葉を聞き、チョークも満足気な表情を浮かべる。

 「だけど、これは……」

 日々喜は洗濯機械に彫り込まれたコーディネートを手でなぞり始める。何か違和感の様なものを感じるのだ。しかし、それが具体的に何であるのかが、ハッキリと言葉にならなかった。

 「だけど? 何だってんだい?」
 「少し違う気がする」
 「どこがさ?」

 怪訝な表情を浮かべながらも、チョークは日々喜が手でなぞる部分を確認する様に顔を近づけた。

 「上手く説明できないけど、何て言うか、異形葉紋がイバラっぽくないんだ」

 チョークは唸るような声を出す。日々喜の言ってる意味が分からない。それでも、何とか理解しようと努めているのだろう。
 彼女は被っていた帽子を取り、頭を掻きつつ、自分の仕上げたコーディネートを丹念に確認する。どうやら、誤りは見当たらないらしい。

 「あのさ! こっちはちゃんとイバラ領のジオメトリーに基づいて、何度も確認しながら仕事してんだよ! イチャモン付けるにしたって、適当な言いがかりならただじゃおかないからね!」
 「ご、ごめ――」

 反射的に謝罪の言葉が飛び出しそうになる。しかし、チョークの方を向いた日々喜は、思わず出かかった言葉を飲み込んだ。

 「何さ?」

 日々喜は彼女の頭に注目している。正確には、頭上から突き出ている大きなロバの様な耳にだ。
 それは不思議に思えた。チョークは普通の女の子で、何より人間の耳が付いている。それにもかかわらず頭に生えたロバの耳は、本物の様にピョコピョコと動いているのである。

 「あの、それ、耳が付いてます」
 「耳? あんたにだって付いてるだろ」

 日々喜は、自分の頭を確認する様に、両手で髪を撫でた。当然の事ながら、日々喜の頭には、ロバの耳はついてなかった。

 「日々喜。四つ耳を見るのは初めてなのかい?」

 サフワンが察した様に尋ねた。

 「四つ耳?」
 「ああ、うん。その……」

 サフワンは言い辛そうにチョークの顔色を伺う。

 「あたしは、獣人と人間のハーフだよ。耳が四つあるのは、上手く混じらなかったからさ」
 「本物なんだ……」
 「チョーク、その、日々喜はトウワから来たばかりだから、知らない事が多いいんだ。悪く取らないでくれよ」
 「知らない? トウワにだって、四つ耳くらいいるさ」

 チョークはサフワンの気を使うような言葉を鼻で笑う様に言い返した。

 「ごめん。僕、何か悪い事を言っちゃったかな」

 日々喜の言葉に、サフワンは微妙な表情を浮かべる。

 「あたしは気にして無い。説明してやれよサフワン」

 チョークにそう言われながらも、サフワンは気を使う様に小さな声で話し始めた。

 「……日々喜、チョークに限らず、この国には、異なる人種同士のハーフの子供が結構いるんだ。そうした子供は普通、親の特徴を足して二で割ったぐらいの外見で生まれて来る」
 「足して二で割る?」

 サフワンは頷き答える。

 「血が交わり続けると、どんな人種も人型に近づくんだ。だけど稀に、両親の特徴を二つ受継いだまま生まれて来てしまう。四つ耳という言葉は、そうした子供に対する蔑称なんだ」
 「蔑称……?」

 その意味がピンと来ない。人型とは異なるからだろうか。日々喜は疑問を投げる様にチョークの事を見た。

 「獣人と人間。元は違うルーラーに支配されていたろ。ハーフの子供が四つ耳で生まれて来るのは、ルーラー同士が折り合いを付けられず、その子供を取り合った証だと言うのさ。だから、四つ耳は諍いの象徴として、嫌われて来た歴史がある。未だに悪く言う奴がいるって話さ」

 サフワンに代わり、チョークがその後を説明した。

 「諍いの象徴……? 酷い、両親の特徴を受け継いでるだけなのに」
 「そうさ。酷い話だよね。ただ、そう生まれて来ただけだってのに。でも、あたしは気にしてなんかいないよ。東部は偏見の眼が少ないし、クレレ商会の皆は良くしてくれる。なにより、あたしが受継いだ、あたしだけのものだからね。あんただって、文句無いだろ?」
 「うん、無いよ。かなり良いと思う」
 「かなり良い? これが?」
 チョークはこれ見よがしに、ロバの耳をピョコピョコと動かして見せた。日々喜は頷く。
 「そう。あんたは、変わってるね」

 チョークは恥ずかし気に目を伏せた。

 「チョーク、その耳、少し触ってもいいかな?」
 「は? なんで?」
 「とても気になる。触ってみたいんだよ」

 日々喜は両手をワキワキとさせながら頼み込んだ。

 「調子乗んな、バーカ」

  チョークはそう言いながら帽子を被り直した。

 「それより仕事の話だよ。あんたがイチャモン付けたところをハッキリさせるまで、品物は渡さないからね」
 「ま、まあまあ。チョークの仕事ぶりを疑ってるわけじゃないんだ。日々喜はこういう付き添いに慣れてないから。勘弁してやってよ」
 「フンッ。あたしだってそうさ! コーディネーターとしての初仕事にケチ付けられちゃ堪んないよ!」
 「初仕事!? 見習いの初仕事が、よりにもよって、ウチの……」

 サフワンは立ち眩みを覚える。

 「何だい! あんたも文句あんのかい!!」
 「無い、です……」

 サフワンと日々喜は、終始チョークの勢いに呑まれ続けた。
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