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第一章 とても不思議な世界

31話 森の侵入者達③

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 ルーラーの森の南側に設けられた関所は、イバラ領地が開拓された際に建てられた伐採所跡地に設けられている。
 多数の魔導士達が駐屯するためのテントや、森に繋がる道に作られた簡易的な門等を除けば、作業員の寝泊まりする宿舎や井戸、馬を休める厩舎等は、多少年季が入っているものの立派な物が建てられていた。
 今、その関所内では、駐屯する魔導士達が慌ただしく動いていた。
 それというのも先程、警備に当たっていた魔導士の一人が、森の中から魔導によって打ち上げられた火の玉を目撃したのである。
 森の中へ警備におもむいたマルマル達からの合図だった。
 すぐさま増員を送るべく、関所内では五名の魔導士達が選出された。
 しかし、その直ぐ後に、森へと続く道を辿って数発の火の玉が関所内に飛び込んで来たのであった。
 火の玉の幾つかは、道を塞いでいた門にぶつかり、周囲に飛び散る様に燃え上がった。残りは門を通り越し、関所内に張られるテントにぶつかり、積み上げられていた資材等に飛び火した。
 関所内は混乱に陥る。
 宿舎から多数の魔導士が飛び出して来る。その後に続く様にして、視察に訪れていたハートン・ブルジュ所長が顔を出した。

 「一体何の騒ぎだ! モンスターの襲撃か!?」

 ブルジュ所長はそう叫び声を上げながら、関所の中央に立ち並ぶ、選出された魔導士達の下に駆け寄って行った。

 「スーク、一体何が起こっているのだ!」

 ブルジュ所長に名前を呼ばれ、両端が跳ね上がる程の立派な八の字髭を生やした魔導士が進み出る。

 「見ての通りです所長。森の警備に当たらせた一団から、上位モンスターの出現、恐らくは白蛇発見の信号が上がりました。これより増員を送るべく――」
 「そうではない! 今、ここで起きている事を説明しろと言っているのだ」
 「はっ。恐らく交戦による流れ弾。火球の類がここまで飛んで来たのでしょう」

 スークの報告を聞き、ブルジュ所長はわなわなと体を震わせた。

 「か、火球!? ファイアーボルトか? するとこれは魔導士の……、何たる失態だ! 直ぐに消火したまえ!」
 「は、しかし……」
 「我々はこの領地を守る立場にある。そうであるにもかかわらず、守るべき森に火を放つなど、あってはならない事だ。この場にいる者は、他に引火する場所を見咎めたなら、消火を第一に当たるよう務めたまえ!」
 「はっ」

 ブルジュ所長の言葉に、その場にいる者達が呼応するように応えた。

 「残る者達は、総員この場の消火! そこ! 資材など後回しでいい! 森への延焼を防ぐのだ!」

 ブルジュ所長は選出された魔導士達をその場に残し、関所の監督を行うスークに代わって、勝手に現場の指揮を執り始めて行った。

 「どうしますか? スーク隊長」

 五名の内の一人、パルル・ルルーシュが声を掛けた。

 「致し方ない……」

 スークは、燃え盛る資材の前で意気揚々と指揮を執り始めるブルジュ所長の背中を見ながら応えると、魔導士達の方へ向き直った。

 「消火のための第二派を直ぐに送り出す。グラエム、パルル。君ら二人は現場への急行を優先しろ」
 「了解!」

 パルルとその隣に並び立っていた長身の男性が、同時に返事を返した。

 「他の者は、森への引火を見咎めた場合、各一人以上を配置し増援が来るまで延焼を食い止めてくれ」
 「了解!」

 その場にいる全員の返事を受けると、スークはグラエム達の方へ視線を移す。

 「負担を掛けるようで済まないグラエム、パルル。しかし、皆が向かうまで持ち堪えてくれ」

 森への警備に当たり、今日まで白蛇の手掛かりが一切上がってきていない。漸くつかんだその尻尾、みすみす取り逃がしそうになっている事を現場の監督を続けたスークは歯がゆく感じていた。
 スークと目を合わせるグラエムにもその気持ちは良く分かった。

 「大丈夫ですよ隊長。たかが巨大な蛇一匹、取り逃がすヘマはしません。何だったら俺一人、こいつを使って仕留めて見せますよ」

 グラエムはそう言うと、アトラスと共に自分の腰回りに携帯する大きめな刃物を叩いて見せた。他の魔導士達が持ち寄るナイフ等とは異なり、その刃渡りはグラエムの前腕程の長さがあった。そして、特徴的なのは刀身の幅と柄の長さで、どれも普通のナイフの二倍程の大きさを持っていた。

 「ちょっと、私も一緒にいるのよ。一人で手柄を上げるような真似はしないでよ」
 「お、そうだな。じゃあ、手柄は山分けだな」

 パルルの苦言にグラエムは笑いながら応えた。

 「おいおい、またこれだよ。何のために五人も選出されたか考えてくれよな」
 「本当ですよ。グラエムはうちのエースなんだから、蛇くらいに負けるわけが無いのに」

 他の魔導士達も二人に合わせて口々に意見を言い始めた。それまで緊張していた空気が和むように、選出された魔導士達の間で笑い声が立ち始めた。

 「お前達……。良し! 直ぐに取り掛かれ!」

 スークの言葉を受け、五人はすぐさま馬の用意がされている厩舎の前へと向かって行った。五人それぞれが、それぞれの馬上に乗り込むと、火の手が広がらぬように引きずり倒された門を次々飛び越えて行き、森の中へと走り去っていった。

 「頼んだぞ」

 その姿が見えなくなるまで見送っていたスークは、一言そう呟くと、現場の指揮を執るべく、ブルジュ所長の居る方へと向かって行った。
 ブルジュ所長は、小太りの身体を盛んに揺らしながら、消火に当たる魔導士達の間近で命令を下し、周囲を盛んに走り回り続けていた。
 ある者は魔法陣を展開させ炎を円陣の中で収束させたり、又ある者は水を噴出させる魔導を用いて消火に当たったりなど、ブルジュ所長に急かされるまま、思い思いの方法で消火に当たっていた。

 「良し! いいぞ! 失敗はそれ以上の仕事ぶりで挽回すればいい。イバラの尖兵たる貴様達は、炎に屈する事無く勇敢に消火を果たしたと、フォーリアム様にも報告しておこう!」

 命令とういうより、既に掛け声に近いものになっている。しかし、ばらばらに作業に当たっていた魔導士達は、ブルジュ所長の掛け声に後押しされるように消火作業を進めて行った。

 「所長!」
 スークに声を掛けられ、ブルジュ所長は足を止め、汗まみれになった顔をそちらに向けた。
 「選抜した魔導士をご命令の範囲内で現場に急行させました」
 「うむ、そうか。ご苦労だった」
 「こちらの監督は私が引き継ぎますので、所長はどうか休んでください」
 「しかし……」

 ブルジュ所長は口惜し気に消火に当たる魔導士達の方を見つめた。その表情からは現場を離れたくないという思いが窺い知れる。

 「名采配振りでございましたな所長。後の事は私一人でも問題はございません」
 「む? そ、そうか」
 「はい。それに所長、これ以上お客人をお待たせするわけにも行きますまい」

 スークはそう言うと、宿舎の方へと視線を移した。
 宿舎からは、丁度、外の様子を窺おうと姿を現したイバラ領内の各門下の魔導士達、そしてミリアム・ブレアともう一人の復興機関員が、関所の惨状をながめている様子であった。

 「おお! いかん、いかん。私とした事が、ウッカリ昔の血が騒いでしまった。スーク、後の事は頼むぞ!」
 「は!」

 ブルジュはそう言うと、ブレアの下へと走り寄って行った。後に残されるスークは直立不動の姿勢を維持したままその光景を見つめ続ける。
 イバラ領内の各門下魔導士達の協力を得る話をスークも聞いている。今日このような時間にもかかわらず、ブルジュ所長が皆を伴って現場に訪れたのは、そのための前準備と言ったところだろう。
 スークは目を細め、宿舎前で話し続けるブルジュ所長とブレア達の姿をながめ続けた。
 特に会話を続けるブレアの傍らで、口を挟む事無く黙って立ち続けているもう一人の復興機関員を気にしている。
 その復興機関員は、東洋風の顔立ちの女性で、明らかな東の国の生まれと認識できた。最近ではトウワ国生まれの魔導士が、この国に出入りすると言う話も珍しくはなくなってきていたが、それでも、魔導局の機関内部に所属している者が居るとは、スークは聞いた事が無かった。

 「スーク隊長」

 消火作業に当たっていた一人の魔導士が、スークの下に駆け寄って来た。

 「概ね、消火作業が完了しました。延焼は防がれたものと判断します」
 「ご苦労。新たに森への増援を送る。皆を集めてくれ」

 駆け寄って来た魔導士の方をいちべつして、スークはそう言った。丁度、ブルジュ所長達の話が一区切りついたらしく、宿舎の中へと歩いて行く所だった。
 一切会話に参加する事も無く、能面のように笑顔を作っていたその黒髪の女性は、こちらを観察し続けるスークの存在に気が付いたらしく、一つ小さなお辞儀をして見せると、そのまま皆に続いて宿舎へと向かい始めた。
 終始崩す事の無かったその表情を見据えて、スークは小さく舌打ちを返した。

 「あの女、テシオ・テリコと言ったか……」

 トウワ人は不気味だ。何を考えているのかさっぱりわからん。
 スークはその黒髪の女性が宿舎に入って行くの見送りながらそう思った。

 「ええ、そうです。トウワ人の女性って、神秘的な雰囲気の人が多いいですよねー」
 「何? くだらない事を言ってないで、早く人を集めてこい!」

 その場で、スーク同様に黒髪の女性をながめていた魔導士は、慌てる様にしてその場から立ち去って行った。

 「まったく、絆され仕事を忘れる等、魔導士以前の話だ」

 広場に残るスークは、鎮火の終えた資材の残骸をながめながら呟いた。
 慌ただしく魔導士達が消火に当たっていた中、関所の中でも火の手が回る事が無く、閑散としていた片隅に、それらのやり取りを観察し続けた一団が居た。
 その一団、四人の見習い魔導士達は、ひっそりと置かれた資材の影から覗かせていた顔を引っ込めると、今見た光景を整理しようと、相談するように顔を突き合わせ始める。
 どうやら、事態は彼らにとって好都合に動いているようだ。
 炎の延焼を抑えんと必死で働く大人たちは、同じ場所で悪巧みをする青年達にまで気を回す余裕はない。
 やがて、意見をまとめ上げた四人は人知れずその場を後にし、先程グラエム達が向かった森の方角へと走り去っていった。
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