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第一章 とても不思議な世界

9話 入門者②

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 中庭は、主庭や通り道となる裏庭に比べ、一切飾り気のない芝生の庭になっていた。
主庭から見る事の出来た大きな館を手前に、右手を見習い達の寝泊まりする二階建ての宿舎、左手に背の高い倉庫、対面に平屋造りの研究室という形で、中にを取り囲んでいる。
 日々喜はオレガノの案内によって、宿舎へと入って行った。

 「あ、キリアン。おはよう。動いて平気?」
 「怪我したわけじゃないから、平気だろ」

 キリアンと呼ばれた黒髪の青年は、食卓に腰掛けながらパンをかじりつつ、ジオメトリーと英語で書かれた本を読んでいた。

 「よかった。ピクリともしてなかったから、しばらくは起き上がれないんじゃないかと思ったわ」
 「魔力と体力が回復すれば、直ぐにでも起き上がれるさ。誰かさんと違って、俺はこう言うのに慣れてるからな」
 「もう、リグラの事ね。仕方ないわ。彼女は学院を出たてだもの」
 「オレガノ。そいつは?」

 キリアンは、オレガノの傍らで黙ってこちらを見つめる日々喜の事を尋ねた。

 「日々喜よ。私達を助けてくれた魔導士さんのお弟子さん」
 「ふーん。じゃあ、トウワの魔導士って事か」
 「まだ見習いです」

 キリアンの質問に日々喜が答えた。

 「俺達とナリはそんなに変わらないんだな」
 「キリアン。助けてもらったのに、お礼くらい言いなさいよ」
 「なんで? そいつは見習いで、ただの弟子だろ」
 「もう! 日々喜。この人はキリアン・デイビス。昨日の夜、貴方と貴方のお師匠さんに助けてもらった一人よ。とっっても口が悪いの」
 「変な紹介はやめろよな。照れちゃうぜ」
 「長岐日々喜です。よろしくお願いします」
 オレガノの変な紹介を受け、日々喜自身もキリアンに挨拶をした。
 「おう。……よろしく? あんたも、ここで厄介になるのか?」
 「そうよ。まだ決まって無いけど、今日はご挨拶で来たの」
 「そういう事か。じゃあ、そこ座れよ日々喜。これまで、どこで魔導を勉強して来たのか聞かせてくれよ」
 「どこって、コウミに教えてもらってるけど」

 日々喜はキリアンの対面の席に腰を下ろし、そう答えた。

 「コウミ? 師匠の事か? そうじゃなくて、弟子入りする前だよ」
 「魔導はコウミから初めて教わったんだ」
 「マジかよ。じゃあ、学院を出てないのか?」
 「卒業してないよ。ただ、最近トウワ国にも魔導学院が出来たらしいから、機会があったら尋ねてみようと思ってる」
 「へー、トウワ国に魔導学院か……。まあ、国が違えば制度も変わって来るしな」
 「どう言う事?」
 「この国ではね、国内の東部、西部、南部、そして、中央の王都に魔導学院が設立されているんだけど、どこも試験を通った十二歳の子しか入学できないのよ」

 キリアンの代わりにオレガノが日々喜の質問に答えた。

 「下らねえよな、年齢制限何て。魔導は人の営みの為にある、何てうたっているのにさ。結局、才能のある奴にしか、門戸は開かれてないんだ」
 「キリアン。そんなこと言っちゃだめよ。魔導士になる為に、皆頑張ってるんだから」
 「はいはい。うるせー、うるせー」
 「もう! もー!」
 「牛かよ、お前は」

 憎たらしい程の笑みを見せながら、キリアンはオレガノをからかった。
 普通の子供達のやり取りだった。魔導についてはまだ分からない事が多かったが、それを学んでいる彼らは、自分と同じ普通の学生と変わらなく見え、日々喜は安心して彼らのやり取りを見ていられた。
 しばらくすると、宿舎の扉が勢いよく開かれ一人の女性が中に入って来た。女性は黒いローブに身を包み、同じ色の長いスカートを地面すれすれまでたらしている。
 髪は毒々し気な紫色をしていて、明らかに人工的な染料によって染め上げたられたと分かる程だった。そして、その長い髪は複雑に編み込まれ、頭上へと伸びる様に盛り付けられていた。
 その異様な風体から年齢を読み取る事が日々喜にはできなかったが、髪と同じ色のルージュが引かれている事に気が付き、恐らく、大人の女性だろうと思わせた。
 その女性は日々喜達の居る食卓を睨むと、ツカツカとこちらに近づいて来る。

 「ローリ。お話は終わったの?」

 オレガノが、その近づいて来た女性に話し掛けた。

 「終わらないわよ。ったく、あのハゲ所長、面倒臭いったらないわ。途中だったけど抜け出して来たの。それより、何か食べる物無い? 今朝は朝食を取る暇も無かったんだから」
 「朝食はもう下げちゃったから無いわよ。タイムも居ないし困ったわ」
 「タイム? ああそうか、居ないのか、じゃあ……。これでいいや」

 ローリと言われたその女性は、キリアンの食べかけのパンをひったくると、そのまま、自分の口へと運んで行ってしまった。

 「俺の!?」
 「いいだろ、新入り。姉弟子に気を使え」
 「怪我人に気を使えよ」
 「オレガノ。これ食べたら、あんたの修練を見るよ。新年度までに、ちゃんと自分の専門を見つけるんだからね」
 「はーい」

 オレガノは元気良く応えた。

 「ん? そっちのは……、あ! トウワの、見習いの子かい?」

 ローリは、パンをかじりつつ、食卓に佇む日々喜の姿を見咎め、尋ねた。

 「長岐日々喜です。よろしくお願いします」
 「はい、よろしく。昨日はありがとうね。この馬鹿がゴブリンなんぞ追い回した所為で」
 「モンスターだぜ。退治しなきゃダメだろ」

 キリアンはニヤリと笑みを見せた。

 「何の為にイバラに憲兵隊が居ると思ってた? こう言う仕事を分担する為にあるんだ。見習い風情が、大人の仕事を取るな」
 「痛! クソ」

 ローリは、生意気なキリアンの頭を叩くと、日々喜の方へと向き直る。

 「私は、ローリ・メイヤー。フォーリアム一門の魔導士の一人。本当は、こちらからお礼に向かうべき所だろうけど、生憎、今は領主様が不在でね。加えて、昨日の森での一件で、魔導局と対策を決める必要があって、ちょっと忙しくしちゃってるんだよ」
 「抜け出して来てるじゃん」

 キリアンが上げ足を取る様に口を挟んだ。

 「キリアン。お前、随分元気になったよな。オレガノの修練に付き合えよ」
 「はあ!? 嫌だよ。こいつ専門決める前なんだろ? 基礎修練なんか、見てどうすんだよ」
 「お前に足りないのは、学問に対する謙虚な姿勢だよ。姉弟子の言う事に従ってろ」

 ローリはそう言うと、パンの最後の欠片を口に頬張る。せっかちそうに口元を抑えながら再び日々喜に話し始めた。

 「そう言うわけだから、日々喜。館での話し合いが終わるまで、もう少しだけここで待っていてくれるかい。マウロって魔導士が迎えに来るからさ」
 「分かりました。待ってます」
 「すまないね」

 ローリは、口に含んでいたパンを飲み込むと、キリアンのえりくびをつかみ外へと向かい始める。

 「良し! オレガノ。ちゃっちゃと出な。修練を始めるよ」
 「またね、日々喜」
 「なんで俺まで……」

 三人はそのまま宿舎を出て、右側に立ち並ぶ研究室へと向かって行った。
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