ぱんでみっく

平岩隆

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ぱんでみっく

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https://www.youtube.com/watch?v=7eDRIMNQBow 
Beethoven Piano sonata No8 Pathetique 2st mvt by Glenn Gould


ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。

ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。

雪を踏みしめて、上村に歩いていくよ。
カンジキ履いてさ。雪を踏みしめて歩いていくよ。
ちょっとだけ吹雪いているけど、大丈夫だよ。怖いことないよ。
ちぇちゃんをおぶっているから背中が温かいよ。
わたしもちぇちゃんも病いに罹ってないから大丈夫だよ。
上村の人たちもやさしくしてくれるさ。

あれはたしか村はずれの大きな桜の木が満開になって。
春の訪れを感じた麗らかな日のことだった。
タロさも、ジロさも、見事なまでに咲き誇った桜の花を見て。
まぁ~るで子どものようにはしゃいじゃってさ。
さぁ明日は花見だ、村あげて皆で花見だぁってさ。
じぃや、ばぁまで張り切ってしまってさ。
男たちは荷物を運ぶ大八車の用意をはじめてさ。
うちのおとぅも、いつもは働かないがこういうときばかりはしっかり働くんだねぇ。
やれ酒だ、やれ酒菜だって。おんなたちゃ料理こさえてさ。
お煮しめやら田楽やら・・。正月が来たような賑やかさでな。
うちのちぇちゃんも団子作るの手伝ってくれてさ。
こどもらが、たまごやきを食べてぇって云うからいっぱいこさえてさ。
そしたら長老さんがどうせならよって、鶏を一羽潰してさ。
肉ほごしてさ串焼きにしてさ。甘辛い醤油タレつけてさ焼いてさ。
こどもたちゃこどもたちで沼に行ってさ魚ぁ捕まえてきてさ。
小鮎だのドジョウだの、一晩かけて泥吐かせてさ明日の花見で串焼きにするんだと。
そんなこといって張り切ってたもんだから。腹が減ったってさ。
ダメだよ、これは明日のお花見の・・だよ。
今晩は小豆汁すすって早く寝るだよって。
とにかく長い冬が過ぎてさ。ようやくやってきた春にさぁ。皆ぁ、喜んでたんだ。
いつもより寒くて長い冬だったからな。
みんな、みぃんな春を待ち焦がれていたんだょ。

 もう次の日は陽が出る前から皆ぁ、早起きしてさ。
大八車に料理やら敷物やら積んでさ。
けぃちゃんちのお婆とかシゲちゃんちのおっとうとか
もう身体が動けなくなった年寄りを乗せてさ。
うちのおとぅが先頭を引っ張ってさ。
みんなで村はずれの桜の木までお花見に出かけたんだよ。
おとなもこどももみんなぁでどぶろく呑んでさ。
ありったけの料理をみんなで食べてさ。
たいちゃんなんて最初に謡い出してさ。
みんなシゲちゃんのひょっとこ踊りに笑い転げてさ。
まさかおみっちゃんがはだか踊りするとは思わなんでさ。
まぁ、よぅみんな、わらわら笑って、楽しんでたのよ。
本当に、本当に楽しかったぁさぁ。
春をみんなで待ち焦がれていたからさぁ_。

その帰り道のことだった。
鴉の死骸が道端に落ちていた。
でっかい嘴の鴉がさ。泡吹いて死んでた。
やだなぁ、気持ち悪いなって。
こどもたちに弄るんじゃないよって叱っていたらさ。
シゲちゃんが棒で川原の方に放ってくれた。

それから二日ほどしてからだ。
シゲちゃんちの鶏屋の鶏が三羽泡吹いて死んじまってさ。
大騒ぎしてたんだが、それから四五日すると鶏が全部死んじまった。
シゲちゃんは真っ青な顔してさ。
そりゃいつも大事に世話してたからさ、それが全部死んじまったからさ。
家に閉じこもって泣きわめいてたらしいよ。

だがよそれはまだ・・はじまりでさ。
シゲちゃんちからすれば村の反対側のけぃちゃんちの豚舎の大豚が
豚舎を壊すほど暴れたかと思うと、ぐったりと寝込んで
それからひきつけ起こすようになってさ。
とうとう死んじまって。
今思えばあの豚をみんなで食べたのが悪かったのかもしれねぇ。
とにかく大きな豚だったし、子豚もみんな死んでしまったんで。
病気にしてもちゃんと火で焼いて食べれば肉は食えるさ。ってさ。
けぃちゃんのいつもの気風の良さでさ。
豚肉をみんなで焼いて食べたよ。
でかい大豚だったからねぇ。
膏のよく乗った良い肉だったぁ。

田植えが終わった頃だ。
けぃちゃんちのお婆とシゲちゃんちのおっとうとが相次いで亡くなった。
まぁふたりとも八十をとうに超していたものだから。
大往生には違いなかったしな。
けど鶏やら豚やら飼っていた家で、その家畜が死んでしまった上のことだから
そりゃぁ悲しさも一入だったものなぁ。
お通夜の席でさ。
けぃちゃんはお婆が高い熱が出てあんまり苦しんでおって、体が真っ黒になって。
まるで火で焼かれたように真っ黒になって_っていうておってさ。
シゲちゃんのおっとうについても・・。
シゲちゃんはひと言も語らなかったが、おかぁの話じゃ熱で真っ黒になって亡くなられたそうでな。
まぁふたりとも川向こうの村の墓地に埋められた。

なんかの流行病いかの?

誰ともなくそんな話をするようになったが、ここいら山の中腹の村にお医者なんていないしさ。
農家の人間の考えることといやぁ・・そんなの寝てればすぐに治っちまうべ・・というぐらいのことで。
この中村のもんは昔からそうやって風邪ひいても、怪我してもそんなこといってやり過ごしてきた。
夕方、おんもで遊んでたちぇちゃんが泣いて帰ってきて、うちのおっとぅが誰に虐められた!?って
息巻いて出て行って_。
おっとぅがわんわん泣いて帰ってきた_。
鴉がバタバタと死んでいたんだと。
翌日村のものがみんな集まってこりゃ「山の神様の祟りよ!」ってぇ
鴉の死骸を集めてさ・・山と積まれた鴉の死骸を焼いてさ。
竹林の祠の神さまにお祈りをしてさ。
だが祈りは通じなかった_。

そのすぐ後のことだ。川にたくさんのネズミの死骸が流れていた。
それだけじゃない。猪の死体が山道の真ん中に横たわっていたり。
さらに・・雨が降らなんで・・。畑の作物が悉くダメになってさ。
夏になって。酷く暑い夏だった。
川の水が干上がっちまった。
井戸の水も濁りはじめてさ。

タロさが最初だった_。
最初は熱が出て下痢がひどくて、寝ていたが、だんだん顔が黒くなってさ。
あんまり苦しむんで、うちのおっとぅが下村のお医者さまを呼びに行ったんだ・・。
でもおっとぅ、お医者さまを連れてこなかった。
下村じゃ流行病いで村人がたくさん死んでその骸を野焼きしてるさまで・・。
お医者さまも真っ黒になって死んじまったそうな。
高熱に魘されながら、苦しみ悶えながら、真っ黒になってタロさが亡くなってから。
タロさの家族はみんな。隣りのけぃちゃんちにも直ぐに広がった。
数日のうちに中村の村のもの半分、いやそれ以上、おとなもこどもも高熱が出て
ジロさは考えあぐねてシゲちゃんちの豚舎に板を張ってムシロを敷いてさ。
病人をみんな豚舎に集めて、「おんなこどもは近寄るな!」って云いなすった。

うちからは、熱が出たおじぃが豚舎に行った。
おじぃは「だっておまえら夫婦やちぇちゃんにうつったら困るからよ・・。」
そう云って自分の布団を持って行った。
しかしそれから二日もしないうちに、こんどはおっとうも。
「だって仕方なかろうよ、お前たちにうつさんためよ。」
おっとぅも豚舎に行っちまった。

ところがジロさが云うには、豚舎の中で亡くなる人が多くて。
病に罹ったひとたちは快方に向かう気配もないって。
このままじゃ・・みんな死んじまうって。

あの満月の寝苦しい夜のことは・・忘れもしない。
わたしが声が枯れるほど泣き叫んでも、どうにもならなんだ。
豚舎が火に包まれて。わたしの目の前で焼き崩れた。
中の人たち、もろともな。
ジロさは中で煮炊きした火が燃え移ったんだろう・・って。
ほいじゃ、木戸の外から鍵をかけていたのはなんでよ。
憔悴しきったジロさの顔は忘れられない。
滅多なことはいうもんじゃないが、あれはきっとジロさが。

おっとぅもおじぃも居なくなっちまった。
わたしとちぇちゃんとふたりきり。
中村の村のものも随分と少なくなった。
そんなことより働き手のいなくなった村で。
まして作物の不作の村で。
食い物が底をつき始めた。

ジロさとシゲちゃんが丘向こうの上村に食べ物を無心するために向かったが
上村に通じる道の全て・・村の入り口に十尺ほどの土壁を作っていて。
村の中によそ者を入れないようにしていたらしい。
村の惨状をジロさが訴えたが、上村の連中は石を投げつけてきたらしい。

酷い残暑が長引き、そして実りの秋が来ると思いきや今度はいきなり冬がやってきた。
あの豚舎の火事以来流行病いは収まったようにみえた。
だが食い物がないからみんな腹を減らしていた。
畑作がダメで、田んぼの稲穂も米にならずに枯れちまった。
木の実を探そうと山に入っても、夏が暑すぎて実になっていない・・栗も柿も。
それでも芋の弦を喰って食い繋いでいたが、正月を前にいよいよ喰うものが無くなった。

いつもよりはやく雪が降り始めた。
例年にない暑さの夏がいっちまうと、例年にないほどの寒さの冬がきた。
上村の連中に石をぶつけられたジロさは当たり所が悪く伏せっていたが亡くなっちまった。
だが涙なんか出るはずがない。豚舎に火をかけた罰が当たったんだ!
寒くて長いそしてひもじい冬が来た。雪はわたしの背より高く積もった。
村にはわたしらとシゲちゃんの家族しかいなかった。

ちぇちゃんには、ひもじい思いはさせたくない。

だが喰うものはない。
シゲちゃんが身寄りのないわたしを気遣うふりをして、犯そうとした。
あぁ、構わないさ。ちぇちゃんにおまんま食べさせてくれるなら。
いつでも足を広げてやるさ。
けどシゲちゃんちも食い物がない。どこもいっしょだ。

ただで抱かれるわけにはいかないんだよ。

どぶろくで酔ったシゲちゃんがわたしを抱きに来た。
わたしが拒むと力づくで犯そうとした、だから鉈でシゲちゃんの男を切り落とした。
シゲちゃんの家族はわたしを売女だの、人殺しだのと喚いた。
だから鉈で黙らせた。もうここに居ても仕方がない。
ここにはもう食べるものがない。

わたしはちぇちゃんを抱き、上村に向かった。
十尺の壁を作ろうと、いまではそれ以上雪が積もっているはず。
ちぇちゃんにおまんま食べさせてくれるひとがいるといいね。
深い深い雪の上をカンジキを履いて、上村に向かって歩き出した。

ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。

雪を踏みしめて、上村に歩いていくよ。
ちぇちゃんをおぶっているから背中が温かいよ。
わたしもちぇちゃんも病いに罹ってないから大丈夫だよ。
上村の人たちもやさしくしてくれるさ。

ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。
ばふっ、ばふっ。

寒くても我慢しておくれよ。
少しの間だからね。
上村の人たちはきっとやさしくしてくれるよ。


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