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30.前途多難なココロノコドウ。
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四月も終わりに近付いた、今日この頃。
桜も散り終わり、青葉が目立ってくる季節。空は雲も無い晴天、五月晴れに近い空に、早くも鯉 のぼりがあがっていたりする。
先日の大地震は、戸呂音が作っていた地震の衝撃を和らげる地中ネットワークのお陰で、地震の規模に比べて小さな被害で済んだ。非難を必要とする被災者もほぼ皆無、日常生活にも大きな支障はなく、事なきを得た。
放課後。真島吉香は、切りそろえた黒い長髪を風になびかせながら、昇降口の壁に背をあずけて立ってい た。
哀愁にふけっている暇はなく、砂に汚れた生徒用玄関を隅々まで掃きあげなければならない身 分に置かれているが、彼女にとってそれは大した問題ではない。右腕に箒を挟みながら、分厚いノートをぺらぺらめくっている。広げられたノートには、化学式や数式のようなものがびっしりと書 き連ねられていた。それには改行もなく、空白もなく、関連性もなく、統一性もない。ただ暗号み たいに、白い紙面を黒で塗り潰しているだけだ。
それを簡単に要約してみると、こんな内容が書かれている。
「地震誘発体質者、有栖千具良に関する考察と実験とその結果」
今までに、こまめに観察して書き連ねてきた吉香専用の報告ノートだ。これに良き結果を書き記し、未来の、彼女を造った〝袴田戸呂音〟が待つ世界へ戻りたかったのだが、そうもいかなくなった 。
ノートにあまり良い結果が残せそうにないこともあるし、それ以前に、こちらでのんびりしている間に、主である彼女の命が尽きてしまった。未来の戸呂音から貰った、時間移動機能付きの携帯電話から送信されてきた情報で主人の死を知り、吉香はやるせない気持ちでいっぱいだった。別にその危惧は、ここへ来る前から予測していたことだし、こちらの世界では何の問題もなく、戸呂音は楽しく暮らしているのだから、問題ないといえばないのだろうが、個人的には凄く複雑だ。
最近では、落合北斗と言う良き鴨を見つけ、日々生気を漲らせて実験に取り組んでいる。戸呂音 はとても元気だった。
ふと、顔を上げれば、鴨が体中を傷だらけにして、やつれて泣きそうな顔で廊下をトボトボと歩いていた。今日も世界は、平和そのものだ。
そう、それに、吉香の使命はまだ終わっていない。
最近は地震の被害は少なくなってきたものの、根本的な原因が解決したわけでもなし、また新たな課題が浮上していた。
「よう、掃除か。精が出るな」
そう、こいつだ。馴れ馴れしく声をかけてくる、このやる気のなさそうな無関心男、落合米斗。
こいつの存在が、またも問題を山積みにさせている。
ここ数日の調査の結果、千具良が起こしてしまいそうな大災害に繋がる大きな動揺や心臓の鼓動は、米斗が側にいることで、危険回避できる事実が明らかになった。だから、千具良の側には、米斗がいることが必要不可欠な要素となっているのは間違いない。
しかしながら、こいつにも欠点が――。
「お待たせ、米斗くん!」
下駄箱から、靴を履き替えた千具良が走ってきた。吉香と米斗がそちらへ目を向けた途端、ほどけた靴紐を踏んづけて、千具良が盛大に転んだ。
「きゃあっ!」
「千具良っ!?」
瞬間、米斗が大げさなほどに慌てて、千具良に駆け寄る。
ずどーん。
外から大きな音と地揺れが響き渡った。校庭の方向から「わー」「ギャー」と悲鳴が上がる。
吉香が、ひょいと外を覗いてみれば、グラウンドに小さな隕石が落下していた。小規模と言えど、相手は隕石。摩擦熱を帯びて熱いわ、地面にめり込んでクレーターは作るわで、グラウンドで練習していた野球部とサッカー部は甚大な被害を被っていた。
怪我人がいないだけ、マシか。遠目に被害状況を確認しながら、吉香は呆れて息を吐く。
そう、一番厄介な事態は、ここ一連の事件のせいで、米斗の平常心が乱れに乱れて、平均水準が下がってしまったこと。特に、千具良のことになると、とても敏感に心臓が反応するらしい。
千具良と一緒にいると、逆に米斗が危ない。
かといって、二人を引き離しておくと、千具良が危ない。万が一、千具良の鼓動が暴走してしまったとき、それを宥めて静止できる人物は、今のところ米斗だけなのだ。
「……さて、どうしたもんかねぇ」
何とも前途多難だ。
仲良く手をとり、こちらに手を振って帰宅の戸へつく問題児二人を据わった目で見送り、吉香は再度、大きく息を吐いた。
〈終〉
桜も散り終わり、青葉が目立ってくる季節。空は雲も無い晴天、五月晴れに近い空に、早くも鯉 のぼりがあがっていたりする。
先日の大地震は、戸呂音が作っていた地震の衝撃を和らげる地中ネットワークのお陰で、地震の規模に比べて小さな被害で済んだ。非難を必要とする被災者もほぼ皆無、日常生活にも大きな支障はなく、事なきを得た。
放課後。真島吉香は、切りそろえた黒い長髪を風になびかせながら、昇降口の壁に背をあずけて立ってい た。
哀愁にふけっている暇はなく、砂に汚れた生徒用玄関を隅々まで掃きあげなければならない身 分に置かれているが、彼女にとってそれは大した問題ではない。右腕に箒を挟みながら、分厚いノートをぺらぺらめくっている。広げられたノートには、化学式や数式のようなものがびっしりと書 き連ねられていた。それには改行もなく、空白もなく、関連性もなく、統一性もない。ただ暗号み たいに、白い紙面を黒で塗り潰しているだけだ。
それを簡単に要約してみると、こんな内容が書かれている。
「地震誘発体質者、有栖千具良に関する考察と実験とその結果」
今までに、こまめに観察して書き連ねてきた吉香専用の報告ノートだ。これに良き結果を書き記し、未来の、彼女を造った〝袴田戸呂音〟が待つ世界へ戻りたかったのだが、そうもいかなくなった 。
ノートにあまり良い結果が残せそうにないこともあるし、それ以前に、こちらでのんびりしている間に、主である彼女の命が尽きてしまった。未来の戸呂音から貰った、時間移動機能付きの携帯電話から送信されてきた情報で主人の死を知り、吉香はやるせない気持ちでいっぱいだった。別にその危惧は、ここへ来る前から予測していたことだし、こちらの世界では何の問題もなく、戸呂音は楽しく暮らしているのだから、問題ないといえばないのだろうが、個人的には凄く複雑だ。
最近では、落合北斗と言う良き鴨を見つけ、日々生気を漲らせて実験に取り組んでいる。戸呂音 はとても元気だった。
ふと、顔を上げれば、鴨が体中を傷だらけにして、やつれて泣きそうな顔で廊下をトボトボと歩いていた。今日も世界は、平和そのものだ。
そう、それに、吉香の使命はまだ終わっていない。
最近は地震の被害は少なくなってきたものの、根本的な原因が解決したわけでもなし、また新たな課題が浮上していた。
「よう、掃除か。精が出るな」
そう、こいつだ。馴れ馴れしく声をかけてくる、このやる気のなさそうな無関心男、落合米斗。
こいつの存在が、またも問題を山積みにさせている。
ここ数日の調査の結果、千具良が起こしてしまいそうな大災害に繋がる大きな動揺や心臓の鼓動は、米斗が側にいることで、危険回避できる事実が明らかになった。だから、千具良の側には、米斗がいることが必要不可欠な要素となっているのは間違いない。
しかしながら、こいつにも欠点が――。
「お待たせ、米斗くん!」
下駄箱から、靴を履き替えた千具良が走ってきた。吉香と米斗がそちらへ目を向けた途端、ほどけた靴紐を踏んづけて、千具良が盛大に転んだ。
「きゃあっ!」
「千具良っ!?」
瞬間、米斗が大げさなほどに慌てて、千具良に駆け寄る。
ずどーん。
外から大きな音と地揺れが響き渡った。校庭の方向から「わー」「ギャー」と悲鳴が上がる。
吉香が、ひょいと外を覗いてみれば、グラウンドに小さな隕石が落下していた。小規模と言えど、相手は隕石。摩擦熱を帯びて熱いわ、地面にめり込んでクレーターは作るわで、グラウンドで練習していた野球部とサッカー部は甚大な被害を被っていた。
怪我人がいないだけ、マシか。遠目に被害状況を確認しながら、吉香は呆れて息を吐く。
そう、一番厄介な事態は、ここ一連の事件のせいで、米斗の平常心が乱れに乱れて、平均水準が下がってしまったこと。特に、千具良のことになると、とても敏感に心臓が反応するらしい。
千具良と一緒にいると、逆に米斗が危ない。
かといって、二人を引き離しておくと、千具良が危ない。万が一、千具良の鼓動が暴走してしまったとき、それを宥めて静止できる人物は、今のところ米斗だけなのだ。
「……さて、どうしたもんかねぇ」
何とも前途多難だ。
仲良く手をとり、こちらに手を振って帰宅の戸へつく問題児二人を据わった目で見送り、吉香は再度、大きく息を吐いた。
〈終〉
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