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25.米斗の真実
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「「隕石誘引体質?」」
戸呂音と吉香は、たこ焼きを貪りながら、声を揃えて素っ頓狂な声を出していた。北斗の話を黙って聞いていたものの、そのSFじみたありえない話に訝しげな表情を見せている。
なにやら深刻な話をしているなと気になって耳を傾けていた、たこ焼き屋の店主も、話が山場に来るにしたがって、作り話かと、つまらなさそうに会話から離脱した。
それくらい、現実味のない夢物語だった。
「まあ、信じられないなら、それでもいいと思う。その方が世の中平和だし、見せてやるなんて、恐ろしくて言えないしな」
あくまで、北斗は真剣だ。それだけ、米斗の非常識な性質に長年怯えてきた証拠でもある。
だが腑に落ちない吉香は、気に入らなさそうに北斗に食って掛かる。
「でも先生、それはいくらなんでも信憑性に欠けるわ。ちゃんと幾度かの実験とか、観察を重ねて出した結果じゃないもの。先生の気のせいって確率のほうが高いわよ」
「そりゃそうかもしれないが、そんな危険な真似ができるわけないだろう。ただ、確かに俺の餓鬼の頃の記憶じゃ、あいつが激しく泣いたり驚いたりすると、空から隕石が降ってきたんだよ」
「あいつが泣いたり驚いたりする姿なんて、想像できないわね」
「そりゃあ、まだあいつも赤ん坊だった頃だしな。隕石の規模だって、さほど大きいものじゃなかった。大気圏でたいてい燃え尽きるし、落ちてきてもゴルフボールくらいだった。だがもし今、あいつに強い衝撃を与えたりしたら、どんな大きさのものが降ってくるか想像もつかん。だから俺は俺なりに、あいつが物事に感心を持たないように、常に何事にも動じない人間になれるように訓練してきたつもりだ」
「ということは、米斗さんの平常心を鍛えたのは、まだ小学生だったあなただと?」
「そういうことになるな」
「それは素晴らしいですわ。ぜひ詳しくお話を伺いたいものです」
戸呂音は、感動して目を光らせる。だが、当時の北斗が計画性を持って米斗の平常心作りに取り組んでいたわけがない。隕石の落下の恐怖を脳裏に焼き付けたからこそ、思いついたものから順に死に物狂いで決行してきたにすぎない。
「けど、もし本当に、その隕石の原因が他にあったとしたら、先生は彼の今までの人生を全て、奪ってしまったことになるのよ?」
「それはまあ、そうなるが……」
吉香が最も痛いところを突いてきた。それについては、北斗もずっと考えて、悩んできた。しかし米斗から目を離す度胸もなく、真相を確かめる勇気もなく、長々と今まで引っ張ってきた大きな課題だ。
答なんて、いくら考えても出ない。結局のところ、何も解決できずにいる北斗は、情けなく項垂れた。
「お止しなさい、吉香さん。わたくしとて、人のことを言えた義理ではございません。もし一連の地震と千具良さんとの間に関連性がなかったとすれば、わたくしたちは彼女の人生を台無しにしてきたかもしれないのです。まして、幼かった北斗さんに、そこまで的確に状況の判断ができたとも思えません。どうでしょう、よろしかったら、わたくしが米斗さんの身体状況を調べてみましょうか? 千具良さんと同じデータの取り方でよいかは分かりませんが、今からでも遅くはないと思います」
戸呂音が楽しそうに提案した。どちらかというと、米斗や世界の身を案じていると言うより、科学者特有の探求意欲の方が勝っているような、そんな笑顔を見せている。北斗は表情を引きつらせた。
「遠慮しておく。と言うより、それは勘弁してくれ。妙な刺激は与えない方がいいだろう。米斗には悪いが、今まで通りの状態が一番バランスがいいと思っているんだ。だから、有栖と距離を置いて、いつも通りの生活ができるようになれば、それでいいと俺は考えて……。ん、何だ? 外の様子が騒がしいな」
話の軌道を無害な方向へ逸らすには丁度いいきっかけだと、北斗は会話を中断して暖簾をめくってみた。
商店街の出入り口を行き交う帰宅途中の人たちが、揃いも揃って空を見上げて騒いでいる。何人かの人は、ある一点を指差して、ひどく慌てていた。その指の先を見上げ、北斗は固まった。
薄暗くなった空から、ぼんやりと明るい光の塊が尾を引いて降ってくるのが見える。それはだんだん接近し、何だか彩玄町へ向かって落ちているように感じられた。
「あれって、ひょっとして、さっき言っていたような……?」
「噂をすれば何とやら、でしょうか?」
北斗が持ち上げた暖簾の隙間から空を見上げ、あまり現実味のなさそうな様子で吉香と戸呂音が呟いた。
「うっそー!! あ、あ、あ……。俺か? 俺のせいなのか?」
目玉が飛び出しそうなくらい、北斗は驚く。自分があんな話をしたから、と言わんばかりにタイミングよく降って来たそれに、顎が外れそうなくらい口をあけて驚愕に震えた。
隕石。彗星。メテオ。
そんな単語が残像を残し、頭の中を駆け巡る。
カッと辺りが昼間のように眩しくなり、光の塊は商店街の外れに落下した。激しい、地震とはまた種類の違う揺れが辺りを襲い、道行く人々や、三人のいた屋台も横転した。直後に強い、砂混じりの突風が建物の隙間から流れてきて、皆が皆、しゃがみこんで頭や顔を覆う。戸呂音を守り、吉香が風への盾となった。それを更に庇って、北斗が二人を抱きこんだ。
「怪我はないか?」
「え、ええ。お陰様で、大丈夫です」
風が治まり、素早く起き上がった北斗は二人の無事を確認すると共に、まだ砂の舞い散る商店街を駆け出した。謎の災害から、遠くへ逃げようとする人々の流れを逆走して。
向かう先は、光の塊の落下地点。
「お待ち下さい、北斗さん! 危険です!」
呼び止める戸呂音の声を無視し、ひたすら走る。
嫌な予感は、時を刻む振り子のように止まらない。坦々と募る不安を抑えながら、砂埃に紛れて北斗は商店街を駆け抜けた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「師範代、私たちも避難しましょう!」
戸呂音を起き上がらせ、吉香は人々が逃げていく先へ誘導しようとする。
その足が、止まった。
ズズズズズ……。
立て続いてやってきた、地面の振動。人々にとっては日常的のように慣れてしまっていた、あの揺れがやって来た。静かに、ひたすら静かに横揺れが展開する。まるで嵐の前の静けさ、大津波の前の引き潮のような、嫌な感覚が足元からじわじわと襲ってきた。
「これは、まさか……」
戸呂音の白いこめかみを、汗が伝う。
直後、それは来た。
ズドドドドン!
強烈な縦揺れに、逃げ惑う人々は足を取られる。立ち止まっていた戸呂音と吉香は素早く地面に手を付き、転倒を免れた。しかし、いっこうに止む気配のない大規模な地震。軋む地盤にうっすら亀裂が入りかける様子が、見て取れる。
「まずいです、こんな大きな揺れが続くと、わたくしの作った地中ネットワークがもちません……」
大きいだけでなく、強烈で、しかも自然の法則をことごとく無視した不定率な震動。
「こんな地震が起こせるのは……」
彼女しかいない。戸呂音は歯を食いしばり、躊躇していたある決意を固める。
「吉香さん、今すぐ北斗さんを追いかけて下さい、もし先ほどの落下物の原因が、彼の言葉通りに米斗さんなのだとしたら、千具良さんもきっと一緒にいるはず。例の計画を実行します、急いで二人の確保を!」
「こんな時にですか!? しかしそれでは師範代が一人に……」
吉香は、突然の発言に動揺する。だが、戸呂音の表情は真剣そのものだ。
「こんな時だからです。わたくしのことは気にせず、早くお行きなさい」
吉香は頷き、揺れる大地を蹴って、瞬間移動したのかと錯覚させるような速さでその場から姿を消した。
「わたくしも、急がなくては……」
戸呂音はゆっくりバランスをとりながら立ち上がり、目を閉じた。心を無にして、神経を足に集中させる。
袴田流、心頭滅却術。
全てのものに動じることなく、流れに身を任せて最大限の身体能力を発揮する。着物姿で下駄を履いているとは思えない速さで、戸呂音は自宅へ向かって疾走していった。
戸呂音と吉香は、たこ焼きを貪りながら、声を揃えて素っ頓狂な声を出していた。北斗の話を黙って聞いていたものの、そのSFじみたありえない話に訝しげな表情を見せている。
なにやら深刻な話をしているなと気になって耳を傾けていた、たこ焼き屋の店主も、話が山場に来るにしたがって、作り話かと、つまらなさそうに会話から離脱した。
それくらい、現実味のない夢物語だった。
「まあ、信じられないなら、それでもいいと思う。その方が世の中平和だし、見せてやるなんて、恐ろしくて言えないしな」
あくまで、北斗は真剣だ。それだけ、米斗の非常識な性質に長年怯えてきた証拠でもある。
だが腑に落ちない吉香は、気に入らなさそうに北斗に食って掛かる。
「でも先生、それはいくらなんでも信憑性に欠けるわ。ちゃんと幾度かの実験とか、観察を重ねて出した結果じゃないもの。先生の気のせいって確率のほうが高いわよ」
「そりゃそうかもしれないが、そんな危険な真似ができるわけないだろう。ただ、確かに俺の餓鬼の頃の記憶じゃ、あいつが激しく泣いたり驚いたりすると、空から隕石が降ってきたんだよ」
「あいつが泣いたり驚いたりする姿なんて、想像できないわね」
「そりゃあ、まだあいつも赤ん坊だった頃だしな。隕石の規模だって、さほど大きいものじゃなかった。大気圏でたいてい燃え尽きるし、落ちてきてもゴルフボールくらいだった。だがもし今、あいつに強い衝撃を与えたりしたら、どんな大きさのものが降ってくるか想像もつかん。だから俺は俺なりに、あいつが物事に感心を持たないように、常に何事にも動じない人間になれるように訓練してきたつもりだ」
「ということは、米斗さんの平常心を鍛えたのは、まだ小学生だったあなただと?」
「そういうことになるな」
「それは素晴らしいですわ。ぜひ詳しくお話を伺いたいものです」
戸呂音は、感動して目を光らせる。だが、当時の北斗が計画性を持って米斗の平常心作りに取り組んでいたわけがない。隕石の落下の恐怖を脳裏に焼き付けたからこそ、思いついたものから順に死に物狂いで決行してきたにすぎない。
「けど、もし本当に、その隕石の原因が他にあったとしたら、先生は彼の今までの人生を全て、奪ってしまったことになるのよ?」
「それはまあ、そうなるが……」
吉香が最も痛いところを突いてきた。それについては、北斗もずっと考えて、悩んできた。しかし米斗から目を離す度胸もなく、真相を確かめる勇気もなく、長々と今まで引っ張ってきた大きな課題だ。
答なんて、いくら考えても出ない。結局のところ、何も解決できずにいる北斗は、情けなく項垂れた。
「お止しなさい、吉香さん。わたくしとて、人のことを言えた義理ではございません。もし一連の地震と千具良さんとの間に関連性がなかったとすれば、わたくしたちは彼女の人生を台無しにしてきたかもしれないのです。まして、幼かった北斗さんに、そこまで的確に状況の判断ができたとも思えません。どうでしょう、よろしかったら、わたくしが米斗さんの身体状況を調べてみましょうか? 千具良さんと同じデータの取り方でよいかは分かりませんが、今からでも遅くはないと思います」
戸呂音が楽しそうに提案した。どちらかというと、米斗や世界の身を案じていると言うより、科学者特有の探求意欲の方が勝っているような、そんな笑顔を見せている。北斗は表情を引きつらせた。
「遠慮しておく。と言うより、それは勘弁してくれ。妙な刺激は与えない方がいいだろう。米斗には悪いが、今まで通りの状態が一番バランスがいいと思っているんだ。だから、有栖と距離を置いて、いつも通りの生活ができるようになれば、それでいいと俺は考えて……。ん、何だ? 外の様子が騒がしいな」
話の軌道を無害な方向へ逸らすには丁度いいきっかけだと、北斗は会話を中断して暖簾をめくってみた。
商店街の出入り口を行き交う帰宅途中の人たちが、揃いも揃って空を見上げて騒いでいる。何人かの人は、ある一点を指差して、ひどく慌てていた。その指の先を見上げ、北斗は固まった。
薄暗くなった空から、ぼんやりと明るい光の塊が尾を引いて降ってくるのが見える。それはだんだん接近し、何だか彩玄町へ向かって落ちているように感じられた。
「あれって、ひょっとして、さっき言っていたような……?」
「噂をすれば何とやら、でしょうか?」
北斗が持ち上げた暖簾の隙間から空を見上げ、あまり現実味のなさそうな様子で吉香と戸呂音が呟いた。
「うっそー!! あ、あ、あ……。俺か? 俺のせいなのか?」
目玉が飛び出しそうなくらい、北斗は驚く。自分があんな話をしたから、と言わんばかりにタイミングよく降って来たそれに、顎が外れそうなくらい口をあけて驚愕に震えた。
隕石。彗星。メテオ。
そんな単語が残像を残し、頭の中を駆け巡る。
カッと辺りが昼間のように眩しくなり、光の塊は商店街の外れに落下した。激しい、地震とはまた種類の違う揺れが辺りを襲い、道行く人々や、三人のいた屋台も横転した。直後に強い、砂混じりの突風が建物の隙間から流れてきて、皆が皆、しゃがみこんで頭や顔を覆う。戸呂音を守り、吉香が風への盾となった。それを更に庇って、北斗が二人を抱きこんだ。
「怪我はないか?」
「え、ええ。お陰様で、大丈夫です」
風が治まり、素早く起き上がった北斗は二人の無事を確認すると共に、まだ砂の舞い散る商店街を駆け出した。謎の災害から、遠くへ逃げようとする人々の流れを逆走して。
向かう先は、光の塊の落下地点。
「お待ち下さい、北斗さん! 危険です!」
呼び止める戸呂音の声を無視し、ひたすら走る。
嫌な予感は、時を刻む振り子のように止まらない。坦々と募る不安を抑えながら、砂埃に紛れて北斗は商店街を駆け抜けた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「師範代、私たちも避難しましょう!」
戸呂音を起き上がらせ、吉香は人々が逃げていく先へ誘導しようとする。
その足が、止まった。
ズズズズズ……。
立て続いてやってきた、地面の振動。人々にとっては日常的のように慣れてしまっていた、あの揺れがやって来た。静かに、ひたすら静かに横揺れが展開する。まるで嵐の前の静けさ、大津波の前の引き潮のような、嫌な感覚が足元からじわじわと襲ってきた。
「これは、まさか……」
戸呂音の白いこめかみを、汗が伝う。
直後、それは来た。
ズドドドドン!
強烈な縦揺れに、逃げ惑う人々は足を取られる。立ち止まっていた戸呂音と吉香は素早く地面に手を付き、転倒を免れた。しかし、いっこうに止む気配のない大規模な地震。軋む地盤にうっすら亀裂が入りかける様子が、見て取れる。
「まずいです、こんな大きな揺れが続くと、わたくしの作った地中ネットワークがもちません……」
大きいだけでなく、強烈で、しかも自然の法則をことごとく無視した不定率な震動。
「こんな地震が起こせるのは……」
彼女しかいない。戸呂音は歯を食いしばり、躊躇していたある決意を固める。
「吉香さん、今すぐ北斗さんを追いかけて下さい、もし先ほどの落下物の原因が、彼の言葉通りに米斗さんなのだとしたら、千具良さんもきっと一緒にいるはず。例の計画を実行します、急いで二人の確保を!」
「こんな時にですか!? しかしそれでは師範代が一人に……」
吉香は、突然の発言に動揺する。だが、戸呂音の表情は真剣そのものだ。
「こんな時だからです。わたくしのことは気にせず、早くお行きなさい」
吉香は頷き、揺れる大地を蹴って、瞬間移動したのかと錯覚させるような速さでその場から姿を消した。
「わたくしも、急がなくては……」
戸呂音はゆっくりバランスをとりながら立ち上がり、目を閉じた。心を無にして、神経を足に集中させる。
袴田流、心頭滅却術。
全てのものに動じることなく、流れに身を任せて最大限の身体能力を発揮する。着物姿で下駄を履いているとは思えない速さで、戸呂音は自宅へ向かって疾走していった。
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