254 / 336
第二部 四季姫進化の巻
十九章Interval ~深淵の悪鬼と少年・真相~
しおりを挟む
四季が丘の山中に群がる、深淵の悪鬼たち。
単独で伝師や四季姫に接触を試みる、かつての長、鬼閻の息子――鬼蛇の動向を探るため、本拠地としているキャンプ場に赴いていた。
この場所から、四季姫に倒された鬼閻の魂を強く感じる。鬼蛇の元に、四季姫たちが訪れているのだと察知した。
鬼閻が夏姫に止めを刺された時、咄嗟に夏姫の武器である白銀の剣に魂の断片を移し、生き永らえているのだと察知した悪鬼は、四季姫に悟られぬよう、あの武器を奪う方法を考えていた。
一刻も早く、長を助け出し、復活の儀式を執り行わねば。
そのためには、鬼蛇の協力も仰がねばならない。
是が非にも鬼蛇を言い包めて、鬼閻の魂もろとも、こちら側に引き入れてしまいたい。
そのチャンスを伺おうと、様子を伺っていた。
悪鬼たちが潜む森林地帯のすぐ崖下では、鬼蛇と四季姫が揉め事を繰り広げている。夏姫が突然鬼化したらしく、抑えつけるために奮闘していた。
共倒れしてくれれば願ってもいないが、思い通りにいかなかった時にどういった方法をとるべきかも、考えておかねばならない。
「妖怪の子供では、うまくいかなかった。もっと連中が疑いもしない、身近な存在を利用せねばならぬ」
何か、良い材料がその辺りに転がってはいないか。
歯痒さと必死に戦っていた、まさにその時。
突然、深淵の悪鬼たちの側の茂みが揺れ動き、小さな影が飛び出してきた。
幼い、男の子供だった。こんな山の中で、子供が一人とは、珍しい。
好奇心で探検にでも出たのか、親に叱られて逃げてきたのか。
理由は知らないが、滅多にお目にかからない珍客だ。
悪鬼たちの姿が見えるらしく、子供は目の前に突然現れた黒い集団に、驚きの色を浮かべた。
「子供か。迷い子か」
「人間の子供であれば、四季姫どもも油断するのではないか?」
「確かに。この子供を手なずけて、利用すればいい」
深淵の悪鬼たちは、硬直した子供を、ゆらりとした動きで取り囲んだ。
「あなたたちは、誰?」
子供は不思議そうな表情で、悪鬼に語り掛けてくる。
悪鬼たちは笑った。
「暗い暗い、山の中。悪鬼と出会って、無事に家まで帰れると思うなよ」
「己が身の危険を顧みず、くだらない勇気を振りかざした行いを悔いるがいい」
悪鬼たちは、子供の周りをグルグルと回る。
次第に、子供の顔から表情が消え、瞳は焦点を失っていった。
「悪鬼……」
子供の呟きと同時に、悪鬼たちは一斉に身を膨らませて広がり、子供の姿を黒い体で覆いつくした。
「子供よ、お前の名は、何と申す?」
悪鬼の問いかけに、子供はゆっくりと、答えた。
「伝師 語――」
その名を聞くとともに、悪鬼たちはざわついた。
「伝師語? まさか、あの伝師一族か?」
鬼閻を封印した四季姫を派出した、憎き陰陽師の一族。その末裔が、偶然にも悪鬼たちの目の前に。
跳んだ幸運が舞い込んできた。この子供を利用して操れば、鬼閻を助け出す好機をいくらでも作り出せる。
いざという時には、この子供を人質にすれば、四季姫たちは悪鬼たちに手を出せなくなる!
とんでもないお宝を手に入れたと、悪鬼たちは歓喜した。
* * *
だが、その喜びも束の間に終わった。
「あんたたちが、深淵の悪鬼ってやつ? 本当に、ぞろぞろと群がっていないと、何もできない無能なんだね」
語は鼻を鳴らし、悪鬼たちを見下した態度を向けてきた。
催眠の術をかけたはずなのに、語は既に術を解いて、正常に戻っている。
しかも、その表情は自身と威圧感に満ちていて、無垢な子供の表情には、とても思えなかった。
流石は伝師の血を引く者だ。子供とは言え、侮れない。
だが、所詮は子供。悪鬼たちはその礼儀も恐れも知らないふざけた態度に、怒りを露にした。
「何だ、この餓鬼は」
「偉大なる悪鬼の眷属に向かって、無礼な」
「人間の子供よ、我らの姿を見て怯えも恐れもせぬ度胸は褒めてやろう。我らは小者の戯言になど耳は化さぬが、あまりに愚弄した口を叩くならば、お前の命など一瞬にして奪ってくれるぞ」
「やってみなよ。あんたたちが束になってかかってきても、僕には勝てないよ」
かなりの邪気を放った挑発にも臆さず、語の余裕の表情は消えない。
「随分と、粋がった小僧だ」
「ああ、苛立たしい。口の訊き方も知らぬ餓鬼め、何よりも不愉快だ」
「我らを挑発して、殺してもらいたいらしい」
「死にたがりか。己の生死さえ人任せとは、無能はどっちだ。いつの世も、自分の力では何もできぬ人形以下の屑は存在するものだ」
「たかが子供一人殺したところで、我らに何の得もないが。望み通り、楽にしてやろう」
気分を害した悪鬼たちは、この子供に利用価値はなしと判断した。さっさと消してしまうべく、殺気を放ち始める。
触手を語の首に巻き、締め付けようと力を込め始める。
だが、何かに邪魔をされている感覚がして、触手に力が入らない。
仕舞いには、触手がボロボロになり、土くれみたいに語の首から離れて崩れ落ちた。
語は相変わらず、余裕の笑みを浮かべている。
この子供が、何か干渉をしてきたのか。手も触れずに。
悪鬼たちは恐れ戦き、警戒心を抱いて語から距離をとる。
「この力は、陰陽師の神通力の源泉か……?」
語の体、特に目の部分から、妙な力が漲っていた。
悪鬼が嫌う、退魔の力だ。
「だから言ったでしょう? 僕の目には、陰陽師の力の髄を尽くした力が込められている。伝師の長の目となるためにね。長は、僕ごときただの人間が、陰陽師の力を自在に操るなんて、無理だと馬鹿にしているけれどね。でも僕の頭の中には、この目に込められた力を自在に操る知識が全て詰まっている。長の目を欺いて、この力を駆使するなんて、わけないんだよ」
この子供、只者ではない。
悪鬼たちは本能的に、語に警戒心を抱いた。
「気味の悪い餓鬼だ」
「関わる気も、必要もない。奴が去らぬなら、我らが一度、引けばよい」
この子供の近くにいても、悪鬼たちには何の利益もない。むしろ、嫌な予感さえする。
そう判断し、悪鬼たちは出直そうと、その場から離れ始めた。
「待ってよ。あんたたちは、あの鬼閻とかいう悪鬼を蘇らせたくて、活動しているんでしょう?」
だが、語は悪鬼を引き留めてきた。無視して立ち去ればよかったのだが、語の声を聞くとともに、体が竦み、動けなくなった。
語の存在感に、本能が恐れている。頭では否定していても、体は正直だった。
「復活の鍵は、崖の下にいる、お兄さんが握っているんでしょう? あのお兄さんを捕まえて復活の儀式を行わなければ、鬼閻は蘇らない」
悪鬼たちの、門外不出の情報を、さも当然の如く話してくる語に、悪鬼たちは驚異を覚えた。
「なぜ、そのような事情まで知っているのだ!? 我ら深淵の悪鬼にしか伝わらぬ儀式であるはずなのに」
「僕の体にはね、悪鬼の血も流れているんだよ。血の記憶を辿っていけば、鬼閻と共通する場所にまで、辿り着けるんだ」
血の絆。
力を持った悪鬼の間でのみ、一部の記憶や感情を共有できる、隠された特性だ。
伝師一族は、悪鬼の血を受け継いで繁栄を極めた。今でこそ衰退したものの、その本質に秘められた悪鬼の力は、今も健在なのか。
「あんたたちのお手伝いをしてあげるよ。必ず、鬼閻を再び蘇らせてあげる」
語の突然の提案に、悪鬼たちは警戒しつつも、引き込まれていった。
「見てみなよ。麓の戦いを」
語の視線の先を追いかけると、鬼蛇と夏姫との戦いが、次の局面に入っていた。夏姫が翳した剣が、鬼蛇の脇腹を突き刺している。
食い込んだ剣先から、鬼閻の魂の断片が、鬼蛇の内部に向かって移動を始めた。
「おお、夏姫の剣に宿っていた、鬼閻殿の邪気が……」
「鬼蛇の中に、吸い込まれてゆく」
「同じ血を分けた息子の体だ、居心地が良いために、吸い寄せられるのだろう」
「魂と器は既に一つなった。あとは、鬼蛇を儀式の祭壇へ導くだけだ」
夏姫の剣を手に入れ、鬼蛇を言い包めた後に、悪鬼たちが行わなければならなかったはずの、骨が折れる工程が、今この場で完了した。
ほんの、偶然の産物だとは思う。だが、悪鬼たちには、目の前で余裕の表情を見せる語が何らかの力を使用して、この結果を生み出したのではないかと錯覚した。
いや、錯覚などではなく、その考えこそが真実ではないのだろうかと、信じ始めていた。
「儀式を行うための祭壇、僕が用意してあげるよ」
語の提案は、悪鬼たちにとっては願ってもない申し出だった。
話に食いつくと、語は笑顔で、対価となる条件を切り出してきた。
「その代わり、僕のお願いも聞いてよ。僕は〝逆行時渡りの術〟を完成させたいんだ。そのために、四季姫たちの力を完全に覚醒させなければならない。だから、四季姫のお姉ちゃんたちが本気を出して戦えるように、存分に鬼閻を使って暴れるんだ」
語の話を聞けば聞く程、その頭の回転の速さ、計画の的確さ、完成度に驚かされた。
この子供の考えが現実のものになれば、悪鬼にとって、とんでもなく大きな恩恵がもたらされる。
千年前に起こった悲劇をも清算し、悪鬼の望む理想の世界を築ける。
鬼閻など、目ではない。悪鬼の新たなる指導者は、このお方だ。復活してもすぐに動けるかどうかも分からない不完全な過去の長よりも、よほど付き従うに現実味がある。
「仰せのままに。貴方の念願、我らの手で果たさせていただきましょう」
深淵の悪鬼たちは、新たなる長を手に入れ、新たなる時代の到来に王手を掛けた。
単独で伝師や四季姫に接触を試みる、かつての長、鬼閻の息子――鬼蛇の動向を探るため、本拠地としているキャンプ場に赴いていた。
この場所から、四季姫に倒された鬼閻の魂を強く感じる。鬼蛇の元に、四季姫たちが訪れているのだと察知した。
鬼閻が夏姫に止めを刺された時、咄嗟に夏姫の武器である白銀の剣に魂の断片を移し、生き永らえているのだと察知した悪鬼は、四季姫に悟られぬよう、あの武器を奪う方法を考えていた。
一刻も早く、長を助け出し、復活の儀式を執り行わねば。
そのためには、鬼蛇の協力も仰がねばならない。
是が非にも鬼蛇を言い包めて、鬼閻の魂もろとも、こちら側に引き入れてしまいたい。
そのチャンスを伺おうと、様子を伺っていた。
悪鬼たちが潜む森林地帯のすぐ崖下では、鬼蛇と四季姫が揉め事を繰り広げている。夏姫が突然鬼化したらしく、抑えつけるために奮闘していた。
共倒れしてくれれば願ってもいないが、思い通りにいかなかった時にどういった方法をとるべきかも、考えておかねばならない。
「妖怪の子供では、うまくいかなかった。もっと連中が疑いもしない、身近な存在を利用せねばならぬ」
何か、良い材料がその辺りに転がってはいないか。
歯痒さと必死に戦っていた、まさにその時。
突然、深淵の悪鬼たちの側の茂みが揺れ動き、小さな影が飛び出してきた。
幼い、男の子供だった。こんな山の中で、子供が一人とは、珍しい。
好奇心で探検にでも出たのか、親に叱られて逃げてきたのか。
理由は知らないが、滅多にお目にかからない珍客だ。
悪鬼たちの姿が見えるらしく、子供は目の前に突然現れた黒い集団に、驚きの色を浮かべた。
「子供か。迷い子か」
「人間の子供であれば、四季姫どもも油断するのではないか?」
「確かに。この子供を手なずけて、利用すればいい」
深淵の悪鬼たちは、硬直した子供を、ゆらりとした動きで取り囲んだ。
「あなたたちは、誰?」
子供は不思議そうな表情で、悪鬼に語り掛けてくる。
悪鬼たちは笑った。
「暗い暗い、山の中。悪鬼と出会って、無事に家まで帰れると思うなよ」
「己が身の危険を顧みず、くだらない勇気を振りかざした行いを悔いるがいい」
悪鬼たちは、子供の周りをグルグルと回る。
次第に、子供の顔から表情が消え、瞳は焦点を失っていった。
「悪鬼……」
子供の呟きと同時に、悪鬼たちは一斉に身を膨らませて広がり、子供の姿を黒い体で覆いつくした。
「子供よ、お前の名は、何と申す?」
悪鬼の問いかけに、子供はゆっくりと、答えた。
「伝師 語――」
その名を聞くとともに、悪鬼たちはざわついた。
「伝師語? まさか、あの伝師一族か?」
鬼閻を封印した四季姫を派出した、憎き陰陽師の一族。その末裔が、偶然にも悪鬼たちの目の前に。
跳んだ幸運が舞い込んできた。この子供を利用して操れば、鬼閻を助け出す好機をいくらでも作り出せる。
いざという時には、この子供を人質にすれば、四季姫たちは悪鬼たちに手を出せなくなる!
とんでもないお宝を手に入れたと、悪鬼たちは歓喜した。
* * *
だが、その喜びも束の間に終わった。
「あんたたちが、深淵の悪鬼ってやつ? 本当に、ぞろぞろと群がっていないと、何もできない無能なんだね」
語は鼻を鳴らし、悪鬼たちを見下した態度を向けてきた。
催眠の術をかけたはずなのに、語は既に術を解いて、正常に戻っている。
しかも、その表情は自身と威圧感に満ちていて、無垢な子供の表情には、とても思えなかった。
流石は伝師の血を引く者だ。子供とは言え、侮れない。
だが、所詮は子供。悪鬼たちはその礼儀も恐れも知らないふざけた態度に、怒りを露にした。
「何だ、この餓鬼は」
「偉大なる悪鬼の眷属に向かって、無礼な」
「人間の子供よ、我らの姿を見て怯えも恐れもせぬ度胸は褒めてやろう。我らは小者の戯言になど耳は化さぬが、あまりに愚弄した口を叩くならば、お前の命など一瞬にして奪ってくれるぞ」
「やってみなよ。あんたたちが束になってかかってきても、僕には勝てないよ」
かなりの邪気を放った挑発にも臆さず、語の余裕の表情は消えない。
「随分と、粋がった小僧だ」
「ああ、苛立たしい。口の訊き方も知らぬ餓鬼め、何よりも不愉快だ」
「我らを挑発して、殺してもらいたいらしい」
「死にたがりか。己の生死さえ人任せとは、無能はどっちだ。いつの世も、自分の力では何もできぬ人形以下の屑は存在するものだ」
「たかが子供一人殺したところで、我らに何の得もないが。望み通り、楽にしてやろう」
気分を害した悪鬼たちは、この子供に利用価値はなしと判断した。さっさと消してしまうべく、殺気を放ち始める。
触手を語の首に巻き、締め付けようと力を込め始める。
だが、何かに邪魔をされている感覚がして、触手に力が入らない。
仕舞いには、触手がボロボロになり、土くれみたいに語の首から離れて崩れ落ちた。
語は相変わらず、余裕の笑みを浮かべている。
この子供が、何か干渉をしてきたのか。手も触れずに。
悪鬼たちは恐れ戦き、警戒心を抱いて語から距離をとる。
「この力は、陰陽師の神通力の源泉か……?」
語の体、特に目の部分から、妙な力が漲っていた。
悪鬼が嫌う、退魔の力だ。
「だから言ったでしょう? 僕の目には、陰陽師の力の髄を尽くした力が込められている。伝師の長の目となるためにね。長は、僕ごときただの人間が、陰陽師の力を自在に操るなんて、無理だと馬鹿にしているけれどね。でも僕の頭の中には、この目に込められた力を自在に操る知識が全て詰まっている。長の目を欺いて、この力を駆使するなんて、わけないんだよ」
この子供、只者ではない。
悪鬼たちは本能的に、語に警戒心を抱いた。
「気味の悪い餓鬼だ」
「関わる気も、必要もない。奴が去らぬなら、我らが一度、引けばよい」
この子供の近くにいても、悪鬼たちには何の利益もない。むしろ、嫌な予感さえする。
そう判断し、悪鬼たちは出直そうと、その場から離れ始めた。
「待ってよ。あんたたちは、あの鬼閻とかいう悪鬼を蘇らせたくて、活動しているんでしょう?」
だが、語は悪鬼を引き留めてきた。無視して立ち去ればよかったのだが、語の声を聞くとともに、体が竦み、動けなくなった。
語の存在感に、本能が恐れている。頭では否定していても、体は正直だった。
「復活の鍵は、崖の下にいる、お兄さんが握っているんでしょう? あのお兄さんを捕まえて復活の儀式を行わなければ、鬼閻は蘇らない」
悪鬼たちの、門外不出の情報を、さも当然の如く話してくる語に、悪鬼たちは驚異を覚えた。
「なぜ、そのような事情まで知っているのだ!? 我ら深淵の悪鬼にしか伝わらぬ儀式であるはずなのに」
「僕の体にはね、悪鬼の血も流れているんだよ。血の記憶を辿っていけば、鬼閻と共通する場所にまで、辿り着けるんだ」
血の絆。
力を持った悪鬼の間でのみ、一部の記憶や感情を共有できる、隠された特性だ。
伝師一族は、悪鬼の血を受け継いで繁栄を極めた。今でこそ衰退したものの、その本質に秘められた悪鬼の力は、今も健在なのか。
「あんたたちのお手伝いをしてあげるよ。必ず、鬼閻を再び蘇らせてあげる」
語の突然の提案に、悪鬼たちは警戒しつつも、引き込まれていった。
「見てみなよ。麓の戦いを」
語の視線の先を追いかけると、鬼蛇と夏姫との戦いが、次の局面に入っていた。夏姫が翳した剣が、鬼蛇の脇腹を突き刺している。
食い込んだ剣先から、鬼閻の魂の断片が、鬼蛇の内部に向かって移動を始めた。
「おお、夏姫の剣に宿っていた、鬼閻殿の邪気が……」
「鬼蛇の中に、吸い込まれてゆく」
「同じ血を分けた息子の体だ、居心地が良いために、吸い寄せられるのだろう」
「魂と器は既に一つなった。あとは、鬼蛇を儀式の祭壇へ導くだけだ」
夏姫の剣を手に入れ、鬼蛇を言い包めた後に、悪鬼たちが行わなければならなかったはずの、骨が折れる工程が、今この場で完了した。
ほんの、偶然の産物だとは思う。だが、悪鬼たちには、目の前で余裕の表情を見せる語が何らかの力を使用して、この結果を生み出したのではないかと錯覚した。
いや、錯覚などではなく、その考えこそが真実ではないのだろうかと、信じ始めていた。
「儀式を行うための祭壇、僕が用意してあげるよ」
語の提案は、悪鬼たちにとっては願ってもない申し出だった。
話に食いつくと、語は笑顔で、対価となる条件を切り出してきた。
「その代わり、僕のお願いも聞いてよ。僕は〝逆行時渡りの術〟を完成させたいんだ。そのために、四季姫たちの力を完全に覚醒させなければならない。だから、四季姫のお姉ちゃんたちが本気を出して戦えるように、存分に鬼閻を使って暴れるんだ」
語の話を聞けば聞く程、その頭の回転の速さ、計画の的確さ、完成度に驚かされた。
この子供の考えが現実のものになれば、悪鬼にとって、とんでもなく大きな恩恵がもたらされる。
千年前に起こった悲劇をも清算し、悪鬼の望む理想の世界を築ける。
鬼閻など、目ではない。悪鬼の新たなる指導者は、このお方だ。復活してもすぐに動けるかどうかも分からない不完全な過去の長よりも、よほど付き従うに現実味がある。
「仰せのままに。貴方の念願、我らの手で果たさせていただきましょう」
深淵の悪鬼たちは、新たなる長を手に入れ、新たなる時代の到来に王手を掛けた。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる