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第二部 四季姫進化の巻
十五章 Interval ~薬の恐ろしき作用~
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伝師 奏は、大阪北部の高級マンションの一室で、一人暮らしをしている。
その部屋を拠点に、大阪にある私立の女子高に通い、京都の病院に兄の見舞いに行き、時には東京の本社に顔を出すなど、多忙な生活を送っていた。
見晴らしの良い最上階の3LDKは、女子高生が一人で暮らすには贅沢な部屋だが、伝師が所有するマンションなので、誰からも不平不満は出ない。
一人暮らしでは寂しく感じるほどの広さだが、日々の生活に使用していない部屋は、奏が時間さえあれば熱心に勤しんでいる研究の成果物によって埋め尽くされていた。
雑多な荷物でごった返して、大変狭く感じられた。
奏の部屋に格納されている発明品は、ほとんどが商品化にこぎつけられなかった物や、まだ改善の余地があるものばかりだ。毎日それらの品々を弄っては、改良に奮闘していた。
現在の奏の研究対象は、様々な液体を混ぜ合わせているうちに偶然生み出された、生物の内側に眠る力を引き出す薬だった。
試しに月麿に飲ませたところ、驚くべき効果を発揮したために、かなりの可能性を秘めた薬だと確信した。
自分自身の中に眠っている能力を引き出し、理想の姿になれる魔法の薬。
商品化して売り出し、薬の効果が世に広まれば、馬鹿売れ必至は間違いない。過去に類を見ないほどのヒット商品になるはずだ。奏は多くの購買層から浴びせられる歓喜と尊敬の声の洪水を想像して、一人妄想に耽った。
だが、肝心の研究がうまくいかない。個人差があるらしく、安定した成果が得られないせいで研究が難航していた。はっきり言えば、望んだ成功を果たした者は月麿一人であり、他に薬の効果を実証できる症例が、一つも出ていなかった。
しかも、効果は永続的ではなく、しばらく時間が経つと元の姿に戻ってしまった。続けて薬を飲んでも、効果はなかった。
効果が一度だけ、という可能性も、否定できない。
実際、奏も飲んでみたが、今のところ何の変化も見られない。マウスなど実験動物にも試したが、これといった特徴的な変化は現れていなかった。
榎にも飲んでもらったが、まだ薬の効果は分からない。
謎だらけの薬の実態の解明には、まだまだ時間がかかりそうだ。
薬の実用性がないと、試飲してくれる協力者も少ない。周囲の色々な人に声を掛けたが、ほとんど断られてしまった。まあ、当然と言えば当然だが。
ダイニングのテーブルに腰掛けた奏は、途方に暮れて、机上に並べた薬の瓶を眺めた。
「飲んでも効果が現れない場合が、問題ですわね。安定して効力を発揮させる方法は、ないものかしら」
商品化するには、やはり確実性が必要だ。安全でかつ、効果が保証される確信がなければ。
何が起こるか分からないが、特に副作用はない。その辺りの期待性を売りにして商品にする方法もあるが、やはり胡散臭さが勝って、売れる気がしない。
そもそも、本当に副作用はないのだろうか。その点も、はっきりしない。
少なくとも、奏は薬を飲んでも何の変化も見られなかったのだから、安全面は問題なさそうだが――。
データが不足している以上、考えても埒が明かない。
奏は頭を切り替えて、シャワーを浴びようと浴室に向かった。
脱衣所で衣服を脱ぎ捨て、下着姿になる。目の前の鏡に映った、自身の体を見つめた。
別に、人に自慢するつもりはないものの、奏は同年代の女子たちに比べれば、スタイルも良いし、整った体を維持できていると、自負していた。ウエストもほっそりしているし、ヒップも太腿も、程よく締まって綺麗なラインを保っている。
あとはもう少し、胸が大きければ文句なしなのだが。
そう思いながら、鏡に映った奏自身の胸を眺めていると、奇妙な異変が起こった。
奏の胸が、徐々に縮み始めた。下着との隙間が徐々に広くなり、スカスカになっていく。
愕然として、言葉も出なかった。奏の顔から、血の気が引いていく。
動揺しつつも、頭の中は非常に冷静だった。
こんな恐ろしい出来事が、何の原因もなく起こるはずがない。
考えつく要因といえば、一つしかない。
あの薬だ。
飲んだ者の内に眠る、本来の姿を引き出す薬。
まさか、奏の本来の姿が、この侘しい貧乳だとでもいうのか。
「必ずしも、本来の姿がその人の望んだ姿とは限らない」と楸が言っていた。
まさに、その言葉通りだ。
本来の姿を取り戻させる薬。運が良ければ、月麿みたいに理想の姿に変身も可能だが、最悪の場合、見たくもない恐ろしい姿に変貌してしまう危険もある。
とんでもない薬だ。作った本人ながら、奏は今回の研究を激しく後悔した。
* * *
後日。
「奏姫ー。そろそろ、あの薬も効き目が出てくる頃かのう? もう一度、飲んでみたいでおじゃる」
月麿が、ウキウキと機嫌よく奏に薬の催促をしてきた。
奏は何の感情も表に出さず、月麿を睨み付けて低い声で言い放った。
「あの薬の研究は、中止しました。大変、危険な薬だと分かりましたので」
「何と!? いやしかし、麿にとっては、まことに見事な薬であったのですが……」
しつこく催促してくる月麿に、奏は勢いよく雷を落とした。
「あんな恐ろしい薬は、金輪際作りません! あなたも今すぐ、お忘れなさい!」
それ以降、奏の前で奇妙な薬の話題は禁句となった。
その部屋を拠点に、大阪にある私立の女子高に通い、京都の病院に兄の見舞いに行き、時には東京の本社に顔を出すなど、多忙な生活を送っていた。
見晴らしの良い最上階の3LDKは、女子高生が一人で暮らすには贅沢な部屋だが、伝師が所有するマンションなので、誰からも不平不満は出ない。
一人暮らしでは寂しく感じるほどの広さだが、日々の生活に使用していない部屋は、奏が時間さえあれば熱心に勤しんでいる研究の成果物によって埋め尽くされていた。
雑多な荷物でごった返して、大変狭く感じられた。
奏の部屋に格納されている発明品は、ほとんどが商品化にこぎつけられなかった物や、まだ改善の余地があるものばかりだ。毎日それらの品々を弄っては、改良に奮闘していた。
現在の奏の研究対象は、様々な液体を混ぜ合わせているうちに偶然生み出された、生物の内側に眠る力を引き出す薬だった。
試しに月麿に飲ませたところ、驚くべき効果を発揮したために、かなりの可能性を秘めた薬だと確信した。
自分自身の中に眠っている能力を引き出し、理想の姿になれる魔法の薬。
商品化して売り出し、薬の効果が世に広まれば、馬鹿売れ必至は間違いない。過去に類を見ないほどのヒット商品になるはずだ。奏は多くの購買層から浴びせられる歓喜と尊敬の声の洪水を想像して、一人妄想に耽った。
だが、肝心の研究がうまくいかない。個人差があるらしく、安定した成果が得られないせいで研究が難航していた。はっきり言えば、望んだ成功を果たした者は月麿一人であり、他に薬の効果を実証できる症例が、一つも出ていなかった。
しかも、効果は永続的ではなく、しばらく時間が経つと元の姿に戻ってしまった。続けて薬を飲んでも、効果はなかった。
効果が一度だけ、という可能性も、否定できない。
実際、奏も飲んでみたが、今のところ何の変化も見られない。マウスなど実験動物にも試したが、これといった特徴的な変化は現れていなかった。
榎にも飲んでもらったが、まだ薬の効果は分からない。
謎だらけの薬の実態の解明には、まだまだ時間がかかりそうだ。
薬の実用性がないと、試飲してくれる協力者も少ない。周囲の色々な人に声を掛けたが、ほとんど断られてしまった。まあ、当然と言えば当然だが。
ダイニングのテーブルに腰掛けた奏は、途方に暮れて、机上に並べた薬の瓶を眺めた。
「飲んでも効果が現れない場合が、問題ですわね。安定して効力を発揮させる方法は、ないものかしら」
商品化するには、やはり確実性が必要だ。安全でかつ、効果が保証される確信がなければ。
何が起こるか分からないが、特に副作用はない。その辺りの期待性を売りにして商品にする方法もあるが、やはり胡散臭さが勝って、売れる気がしない。
そもそも、本当に副作用はないのだろうか。その点も、はっきりしない。
少なくとも、奏は薬を飲んでも何の変化も見られなかったのだから、安全面は問題なさそうだが――。
データが不足している以上、考えても埒が明かない。
奏は頭を切り替えて、シャワーを浴びようと浴室に向かった。
脱衣所で衣服を脱ぎ捨て、下着姿になる。目の前の鏡に映った、自身の体を見つめた。
別に、人に自慢するつもりはないものの、奏は同年代の女子たちに比べれば、スタイルも良いし、整った体を維持できていると、自負していた。ウエストもほっそりしているし、ヒップも太腿も、程よく締まって綺麗なラインを保っている。
あとはもう少し、胸が大きければ文句なしなのだが。
そう思いながら、鏡に映った奏自身の胸を眺めていると、奇妙な異変が起こった。
奏の胸が、徐々に縮み始めた。下着との隙間が徐々に広くなり、スカスカになっていく。
愕然として、言葉も出なかった。奏の顔から、血の気が引いていく。
動揺しつつも、頭の中は非常に冷静だった。
こんな恐ろしい出来事が、何の原因もなく起こるはずがない。
考えつく要因といえば、一つしかない。
あの薬だ。
飲んだ者の内に眠る、本来の姿を引き出す薬。
まさか、奏の本来の姿が、この侘しい貧乳だとでもいうのか。
「必ずしも、本来の姿がその人の望んだ姿とは限らない」と楸が言っていた。
まさに、その言葉通りだ。
本来の姿を取り戻させる薬。運が良ければ、月麿みたいに理想の姿に変身も可能だが、最悪の場合、見たくもない恐ろしい姿に変貌してしまう危険もある。
とんでもない薬だ。作った本人ながら、奏は今回の研究を激しく後悔した。
* * *
後日。
「奏姫ー。そろそろ、あの薬も効き目が出てくる頃かのう? もう一度、飲んでみたいでおじゃる」
月麿が、ウキウキと機嫌よく奏に薬の催促をしてきた。
奏は何の感情も表に出さず、月麿を睨み付けて低い声で言い放った。
「あの薬の研究は、中止しました。大変、危険な薬だと分かりましたので」
「何と!? いやしかし、麿にとっては、まことに見事な薬であったのですが……」
しつこく催促してくる月麿に、奏は勢いよく雷を落とした。
「あんな恐ろしい薬は、金輪際作りません! あなたも今すぐ、お忘れなさい!」
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