上 下
177 / 336
第二部 四季姫進化の巻

第十四章 春姫進化 2

しおりを挟む
 二
 四季ヶ丘の、秋の夜。
 月明かりの下、椿たちは人気ひとけのない田園地帯で四季姫に変身し、武器を構えた。
 稲刈りを間近に控えた田舎の田圃には、黄金色に輝く籾に包まれた米の粒が、たわわに実っている。
 倒れそうなくらいに重く垂れ下がった稲穂の一部が、激しく荒らされていた。稲は根元から食い千切られて、籾が綺麗さっぱり、むしり取られていた。
 田んぼを荒らした犯人は、人間ではない。
 翼を人間の腕みたいに器用に操って、米をたくさん抱え込んだ、ダチョウくらい大きな雀。
 言うまでもなく、妖怪だ。
「こいつらだな! 収穫前の米を盗んで、農家さんに迷惑をかけている妖怪は!」
 榎が威嚇を込めて、怒鳴り声をあげる。両翼に抱え込んだ米が重いのか、人間に見られた程度では動じないのか、妖怪たちは視線を向けて来るだけで慌てもしない。
稲刈雀いねかりすずめという、中等妖怪やそうどす。一番よく育った米を刈り取って奪っていく習性があるどす。つまり、こいつらに狙われた田圃のお米は、近隣で一番立派で良質なんでしょうな」
 楸が妖怪について分析、説明をする。
 以前は人間の領域に出てきて悪さをする妖怪は、月麿が察知して四季姫に連絡、正体を教えてくれていたが、東京の伝師の研究所に移ってからは、代わりに妖気探知に長けた楸が月麿の役割を担っていた。妖怪の情報は、八咫から逐次、聞き出しているらしい。
「いくら美味くても、人の商売道具盗む奴を、放っとくわけにはいかんな」
 柊が薙刀を構えて殺気を飛ばすと、雀たちも少し、警戒心を顕にした。翼が塞がっていては何もできないと判断したのか、抱えていた米を脇に放り出して両翼を広げ、攻撃の構えをとってきた。
 敵の威嚇に、榎が一番に反応して、勢いよく声をあげた。
「おっしゃあ、来るなら来い! みんな倒して、あたしも強くなってやる。修業だ、修業!」
「修業は、うちの台詞や!」
「正確には了海はんの、どすけどな」
 榎の気合いの入り方は、凄い。張り切る気持ちも、よく分かる。
 柊に続いて、楸までもが四季姫の内側に秘めた力を解放して、パワーアップを果たした。四季姫のリーダーとして、未だに新しい力に目覚めない現状に、焦りを感じているのだろう。
 椿だって、立場は榎と同じだ。でも、榎みたいに熱意を持って妖怪退治に挑めなかった。
「どうしてみんな、急に戦いが始まった途端に、活発に動けるのかしら……」
 椿は気持ちの切り替えが下手だ。普段の生活をしている上で、いきなり妖怪退治をする羽目になっても、すぐに動けなかった。今までは、なんとか榎たちに合わせて追いかけてきたが、最近は少し、厳しくなってきていた。
 戦いに、身が入らない。前向きに、積極的にやろうと思えない。敵の妖怪ではなく、倦怠感と戦う日々だった。
 流れに乗れない椿は、笛を両手に握ったまま、皆の背後で呆然と妖怪退治の様子を傍観していた。
 楸にサポートされながら、榎と柊が連携をとって巨大雀に斬りかかる。相手の攻撃を巧みに躱して、致命傷を与える一撃を繰り出していった。
 みんなの戦いは、 こなれたものだ。回避率も上がっているし、敵から攻撃を受けても、然程大きなダメージにもならない。攻撃力も、底上げが順調に行われているため、増強する必要がない。
 だから、あまり椿の使用する術は、出番がなかった。
 その点も、椿が少し、やる気をなくしている原因だった。
 みんな、椿がいなくても、難なく妖怪と戦っていける。春姫の力が、存在が、だんだん不要なものに感じてきていた。
 そのため、戦いにも、身が入らない。
 ある程度、妖怪の数が減ってくると、柊と楸が後ろに引いた。雀を牽制しながら、榎が一人で剣を構える。
「椿、サポート頼むよ! 残りはあたしたちだけで倒してみよう!」
 榎の声に、椿は我に帰る。
「あたしと椿だけ、まだパワーアップできてないんだから、頑張らなくちゃ!」
「うん、そうね……」
 柊たちは、背後で戦いの様子を見守っていた。まだ力の解放に至っていない椿と榎に、戦闘経験を積むチャンスを回してくれたのだろう。
 まごつきながらも前に出るが、椿のやる気は、相変わらず湧いてこなかった。
 ――正直言うと、椿は今以上に強くならなくてもいいと思っているの。
 春姫は、攻撃型の四季姫ではない。仲間たちを癒し、補助をしながら戦況を良くしていくための存在だ。
 秋姫だって補助タイプの四季姫だが、遠方から敵を倒す援護をするから、並以上の戦闘力は持ち合わせている。会得した禁術も、非常に威力のあるものだった。
 比べて、椿は武器が笛しかないし、音で倒せる妖怪のレベルなんて、限られている。むしろ、これ以上、どう強くなればいいのか、分からなかった。
 榎のやる気を削ぎたくないから黙っているが、戦って場数を踏めば強くなれるとは、椿は思っていなかった。
 だから、榎たちのテンションについていけない。
 なんて、本音を話したら、みんなに怒られるだろうか。
 ぼんやりと考え込んでいると、急に目の前が暗くなった。
「椿、危ない!」
 気付いて顔をあげると、一羽の巨大雀が、椿めがけて飛び掛かってきていた。
 不意を突かれて身動きが取れず、上空から迫ってくる妖怪を見つめるだけで精一杯だった。
 やられる! と感じた瞬間。体を横に突き飛ばされた。地面に倒れ、驚いて起き上がると、椿のいた場所に榎が立ち、剣で雀の攻撃を受け止めていた。
「椿はん、大丈夫どしたか!?」
「ボーっとしとったら、あかんで」
「ごめんなさい……」
 楸や柊も、心配そうに椿の側に駆け付けてきてきた。言動には出さないが、ミスを責められた気がして、椿の肩が少し竦んだ。
「まだ向かってくる! 迎え撃つぞ!」
 弾き返された雀は、陣形を組み直した。寄り集まった雀たちは、厭味な笑みを浮かべながら、なぜか椿に視線を向けてきた。
「弱い。こいつだけ、すごく弱いぞ」
「こいつなら、倒せるな」
 雀たちは息を合わせて、一斉に突進してきた。――椿めがけて。
 今度は、反射的に攻撃をかわした。榎たちが動きを止めようと回り込むが、雀たちは榎たちには目もくれない。素早く逃れて、隙を見ては、椿を集中攻撃してくる。
「ちょっと、何で、椿のところにばっかりくるの!? もう嫌ー!!」
 わけも分からず、椿は悲鳴をあげて逃げ回った。その様子が面白いのか、妖怪たちはますます楽しそうに、椿を追いかけてきた。
 そろそろ、椿の体力も尽きてきた。息を切らして何とか走るが、足が全然上がっていない。
 躓いて転びそうになっていると、榎たちが先回りして、妖怪と椿との間に割り込んでくれた。迎撃の構えをとると、妖怪たちは分が悪いと感じたのか、素早く山の向こうに飛び去っていった。
「逃げやがった……」
「体勢を、整えに戻ったんかもしれん。まだ、仲間がおりそうやな。次の襲撃にも、気をつけんと」
「どこからやってくる妖怪で、どんな仲間がおるんか、また調べなあきまへんな」
 妖怪の群れと戦うとき、残党を逃がすと新しい妖怪を連れて報復にやってくる場合がある。今回も同じ系統である可能性が高かった。
「援軍を連れてこられたら、厄介だな」
「いくら減ってきた言うても、田舎には雀が山ほどおるからな」
「援軍も心配ですが……。妖怪たち、春姫はんを集中して狙ってきよりました」
 楸の的を射た発言に、周囲の空気が強張った。みんな、薄々気付いていたのかもしれない。
「敵はんたちは、春姫はんを四季姫の弱点として認識したんどすな。弱点を突くんは、強い敵と戦うための、立派な戦略どす」
「椿が、四季姫の弱点……」
 嫌な指摘をされ、椿は体を震わせる。
 弱さを理解していたとはいえ、あからさまに欠点として指摘されると、落ち込む。
「確かに、攻撃力が低くて強力な技を持たない椿は、四季姫の中では一番狙いやすい。倒すには恰好の標的なんだろうな」
「椿が戦闘不能になったら、うちらも不利になるな。能力を上げてもらえへんし、回復もしてもらえへん」
「妖怪たちの間で話が広まると、危険どす。いつ、悪鬼との戦闘にもつれ込むかも、分からへん状況やのに。弱点がある、とバレるだけでも、敵が増えて戦況が悪うなります」
 今まで、四季姫の強さに臆して身を潜めていた妖怪たちが、弱点を狙って再び攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
 みんな、現状を深刻に受け止めていた。
 椿は、榎たちに役立たずで足手まといだと思われていないかと、少し焦った。みんな、椿が戦いに不利な状況を作るのなら、切り捨てればいい、と考えているかもしれない。
 今まで、周りに合わせられない椿を容易く切り捨ててきた、余所者たちみたいに。
 だとしても、どうすればいいか分からず、椿は何の発言もできなかった。
 だが、榎たちは椿が考えている以上に前向きだった。
「椿! 一刻も早く新しい技を覚えなくちゃ! 修業だ、修業!」
 要するに、弱いと思われているなら強くなればいい、と。
 単純な榎らしい発想だ。
 だが、決して間違ってはいないし、他に方法も浮かばない。
 みんなも、榎の意見に賛成していた。
「妖怪が襲って来た時に、みんなが側におって、助けてあげられるとは限りまへん。いざという時に、自分の身は自分で守れたほうが、何かと良いどす」
「そうそう。何をするにしても、力が全てやからな。少しでも強うなったほうがええで」
「あたしたちも協力するよ。一緒に強くなろう、椿!」
 気に入らなければ、思い通りに行かなければ不要なものを切り捨ててきた、薄情な連中とと榎たちは、全然違う。
 思い出の中を蝕み続けている、くだらない連中と同じ扱いをしてしまって、椿は申し訳ないと思った。
 椿の心が、ほんのりと温かくなった。
「みんなが椿のパワーアップを望んでくれているなら、頑張るわ!」
 気合いを入れ直した。
 みんなのために、強くなろう。
 惰性になっていた椿のやる気が、一気に蘇ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【リメイク版連載開始しました】悪役聖女の教育係に転生しました。このままだと十年後に死ぬようです……

ヒツキノドカ
ファンタジー
 残業続きの社畜OLだった私は、ある日電車のホームに落ちて人生を終える。しかし次に目を覚ました時、生前愛読していたネット小説の世界に転生していた。  悪役聖女が主人公をいじめ、最後には破滅エンドを迎えるネット小説。私が転生したのはその悪役聖女の“教育係”だった。  原作では教育係も悪役聖女もろとも処刑されてしまう。死亡フラグを回避するために私は未来の悪役聖女である教え子をいい子に育てると決意……って、思っていた何倍も素直で可愛いんですけど? 物語の中の私はむしろどうやってこの子を悪役にしたの!?  聖女候補の教え子に癒されながら過ごしたり、時には自らが聖女の力を使って人々の危機を救ったりしているうちに、だんだん師弟そろって民衆の人気ものに。  そのうち当代の聖女に目の敵にされるようになってしまうけれど――いいでしょう、そちらがその気なら相手をして差し上げます。  聖女の作法を教えてあげましょう!  元オタクOLが原作知識で大活躍するお話。 ―ーーーーー ―ーー 2023.8.15追記:皆様のおかげでHOTランキング入りできました! ご愛読感謝! 2023.8.18追記:序盤を少しだけ調整したため、話数が変化しています。展開には特に変わりないため、スルーしていただければ幸いです。

『え?みんな弱すぎない?』現代では俺の魔法は古代魔法で最強でした!100年前の勇者パーティーの魔法使いがまた世界を救う

さかいおさむ
ファンタジー
勇者が魔王を倒して100年間、世界は平和だった。 しかし、その平和は少しづつ壊れ始めていた。滅びたはずのモンスターの出現が始まった。 その頃、地下で謎の氷漬けの男が見つかる。 男は100年前の勇者パーティーの魔法使い。彼の使う魔法は今では禁止されている最強の古代魔法。 「この時代の魔法弱すぎないか?」 仕方ない、100年ぶりにまた世界を救うか。魔法使いは旅立つ。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

ファンタジー恋愛短編集

山河千枝
恋愛
短い恋愛小説の寄せ集めです。 すべてハッピーエンドです(作者的には)。 投稿は不定期です。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...