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第二部 四季姫進化の巻

第十三章 秋姫進化 8

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 八
 翌日。
 楸は約束の時間よりも早く、待ち合わせ場所の自然公園の入り口にやってきた。
 まだ、紅葉には少し早い。行楽で訪れる観光客もなく、近所の住民が散歩に訪れているくらいだった。
 六年振りの公園の景色を、楸は懐かしく眺めた。
 事故があって以降、楸はこの公園を一度も訪れていない。
 訪れられなかった、と言うほうが正しい。過去の記憶が鮮明に思い出されるのではないかと怖くて、近付けなかった。
 でも、もう逃げるわけにはいかない。
 もう一度、過去と向き合い、戦うと決めたのだから。
 公園の広場を眺めながら、楸は深呼吸して気持ちを落ち着けていた。
 やがて、待ち合わせ時間に迫る頃。
 榎たち三人が、揃って公園前にやってきた。
 みんなと向き合い、楸は深々と頭を下げる。
「みなさん、来てくれて、おおきにどす」
「当たり前だろう。今更、約束破る道理なんてないよ」
 榎は優しく、笑いかけてくれた。
 しばらく待つと、朝が一人で歩いてきた。時間ぴったりだ。
 駆け寄ってくる朝を見て、柊が眉を顰めた。
「朝、宵はどないしたんや?」
 昨日、約束したはずなのに、どうして朝と一緒に来なかったのか。
 みんな、不思議そうに、朝の返答を待った。
 朝は困った顔をして、首を横に振った。
「今朝、起こしに行ったら、既に部屋にいなかったのです……」
 朝にも、居場所が分からないらしい。いったい、どこへ行ってしまったのだろう。
「薄情ね! せっかく、しゅーちゃんが誘ってくれたのに」
 椿が怒るが、楸は少し、心配になった。
「どこかで、事故にでも遭われておるんでしょうか……?」
「楸絡みやったら、車に轢かれてとっも、這ってくるやろう。心配せんでも大丈夫や」
 柊が笑いながら、陽気に言う。あまり、笑える話でもないが。
「もしかして、先に公園に来ているとか?」
 榎が辺りを見渡す。だが、周囲に宵らしき人影は見当たらない。
「私は、見かけまへんでしたけど」
 もし先に来ていれば、楸が気付いたはずだが
 記憶を手繰り寄せるが、やっぱり、姿は見ていない。
 絶対に来てくれると、勝手に信じ込んでいた。でも、その考えは都合が良く、おこがましく思えた。
 待っていても、来る確証はない。楸たちは諦めて、公園の中に入ろうとした。
 その時。側に立っていた大きな楓の木が激しく揺れ、樹上から大きな塊が落ちてきた。
 全員が驚いて、声をあげる。足元には、葉っぱまみれの宵が転がっていた。
「宵はん!? 何をしてはるんどすか!」
 宵は、腰を擦りながら体を起こす。歪んだ表情は、とても眠そうだ。
「おう、楸。もう朝か」
 大きく欠伸をしながら、腕を伸ばしていた。
「お前、まさか、木の上で一晩過ごしていたのか?」
 頬を引き攣らせて、榎が尋ねる。宵は飄々と返した。
「楸が大事な話をしてくれるんだ、寝過ごしたら大変だろうが。朝も、ちゃんと起こしてくれねーし」
「いつも起こしてるよ。お前が起きないんだよ」
 朝は脱力した、呆れた表情を浮かべていた。宵はどうやら、寝起きが悪いらしい。
「集合場所にいれば、先ず遅刻はしないだろうと思ってな。いい考えだろう!?」
 立ち上がった宵は、自信満々にふんぞり返った。
「猿知恵やな。もうちょっと、賢い奴かと思うとったけど」
 周囲から、冷めた視線が飛ぶ。
「お前が、そこまで馬鹿だったとは……。兄として、僕は恥ずかしい」
 朝は弟の情けなさに、涙ぐむ始末だ。宵は別に、気にした素振りも見せなかった。己の考えを信じて疑わない、確固たる意志を見せ付けていた。
「遅刻はしまへんけど、寒かったでっしゃろ。手も、冷とうなっとります。全身、冷えとるんと違いますか?」
 初秋とはいえ、四季ヶ丘の夜は、かなり寒い。
 風邪でも引いたら、大変だ。楸は宵の冷たい手を握り、体温を伝えた。
「うん、冷えてる。だから、楸が温めてくれ! 人肌で!」
 宵が感極まった表情で、楸に抱きついてきた。
 不意を突かれ、楸は微動だにできなかった。硬直していると、榎たちが代わって粛清を加えてくれた。
「行こうぜ、楸。そんな馬鹿、放っとけ」
 木の下で再び眠りに就かされた宵を尻目に、楸はみんなに引っ張られて、公園の中に入って行った。

 * * *
 話を切り出せる、落ち着いた場所を探そうと、楸たちはゆっくりと、大きな池を囲む冊に沿って作られた遊歩道を、のんびりと歩いていった。
 芝生の敷きつめられた、広場に辿り着いた。
「いい公園だな。四季ヶ丘の山も綺麗だけれど、ちょっと都会的な場所も悪くない」
 初めて公園を訪れた榎は、辺りの景色を楽しみながらご満悦だ。
「春にはお花見、秋には紅葉狩りが楽しめるのよ。椿も小さい頃は、よく家族で遊びに来たわ」
「まあ、四季ヶ丘に住んどる者の、憩いの場って感じやな」
 椿も柊も、この公園には良い印象を持っているらしい。温度差を感じて、楸は少し気疎く思えた。
「楸にとっても、思い出のある場所なんだよな?」
 榎が、控えめに尋ねてくる。
 楸は頷いた。決して良い思い出ではないが、忘れたくても忘れられない、大切な場所だ。
 みんなが気分良く公園の雰囲気を満喫している中、話す内容ではないかもしれない。
 でも、今日の目的は、全ての告白なのだから。
 呼吸を整え、楸はゆっくりと、重い口を開いた。
「……小学一年生の秋。私はこの公園を出た先の峠で、家族を失いました。その後、名前を変え、叔母――母の妹にあたる、今の義母の家に引き取られました」
 楸の話を、みんな真剣に聞いてくれた。
「今、一緒に住んでいる人は、楸のお母さんじゃなかったのか……」
「だから、幼稚園の頃とは違う名前に変わったのね。全然、知らなかったわ」
「一年ほど、四季が丘を離れておりましたから。噂もすぐに風化したでしょう」
「家族を失うたて、事故かいな」
 柊の憶測に、楸は頷いた。
「表向きは。でも、私は、誰の仕業か、分かっておったんどす」
 本題に入る。楸は、六年前に起こった出来事を、順を追って話した。
 話が進めば進むほど、みんなの表情が固くなっていく。楸の胸も、だんだんと苦しくなって、声が震えた。
 何とか話終えた。楸は無意識に、俯いていた。
「あたしを追い回していた妖怪が、楸の家族を……」
 榎の、神妙な声が耳に響く。少し震えていた。怒りが、篭っている気もした。
「だから、ずっと捕まえようと、楸は一人で頑張っていたんだな」
「しゅーちゃん、ずっと大変な思いをしてきたのね……」
「すまんな、気付いてあげられんくて」
 みんなの掛けてくる言葉が、心に突き刺さる。嫌な気持ちにさせて、同情を誘って、申し訳なく思うが、全てを話して、少し気持ちが軽くなった。
「私こそ、すみません。どうしても、皆さんを巻き込みたくなかったんどす。私が戦う目的は、あくまで私的なものどす。皆さんが四季姫として戦う使命とは、何の関係もありまへんでしたから」
「もう、無関係なんて、言わせないよ。楸の敵は、あたしたちにとっても敵だ。絶対に、倒さなくちゃいけない」
 正直な気持ちを話すと、榎が楸を抱きしめてくれた。椿も柊も、手を握り、背中を擦ってくれた。
 前と、同じだ。楸が意を決し、秋姫の正体を明かした時と。
 心が弱く、ずっと仲間を欺き続けてきた楸を、みんなな優しく受け入れてくれた。今回も、誰一人、隠し事を続けてきた楸を責めなかった。
「辛い話をさせて、ごめん。あたしたちは、何も知らなかった。ずっと一人で、苦しんでたんだな」
「心配せんでも大丈夫や。うちらは強いねんから、妖怪なんぞには負けん」
「しゅーちゃんを、二度も同じ目になんて遭わせないわ。安心して」
 涙が溢れた。楸は眼鏡の奥に指を突っ込んで、何度も何度も、濡れた目を拭った。
 話してよかった。本当に心から、そう思えた。

 * * *
 一通り話を終え、楸たちは話題を切り替えて、妖怪退治の作戦会議に移行していた。
 芝生の上に、家から持ってきた大きなビニールシートを広げて、輪になった。中心には、皆で持ち寄ったおにぎりやサンドイッチなどが広げられている。
「妖怪と戦うにしても、正体が分からなきゃな」
 色々と案を出してくれようとするが、根本的な情報が欠落しているため、話が上手く進まない。
 あの化け狐の妖怪がどんな存在で、どうすれば接触できるのか。四季姫が全員揃っても、確実な方法は浮かばなかった。
 今まで、数多くの妖怪を倒してきた榎たちも、周囲に接近してきた妖怪や、偶然遭遇した相手を退治してきただけに過ぎない。たった一匹の妖怪をピンポイントに狙って追いかけるなんて、初めての経験だった。
「朝や宵は、妖怪に心当たりはないか?」
 側で、ずっと黙って話を聞いていた朝と宵は、顔を見合わせながら、表情に難色を浮かべていた。
「――狐の妖怪は、数が多いですから、特定が難しいですね」
 朝が、困った顔を見せる。楸の話だけでは、手掛かりに乏しいのだと、よく分かった。
「尻尾が、仰山ある狐どした。おそらく、上等妖怪ではないかと」
 憶測も含めて、追加で説明をした。でもまだ、朝の表情は曇ったままだ。
「少し、考えさせてください。少しくらいは、候補を絞れると思います」
 顔を逸らし、考え込む体勢に入ってしまった。
 朝の中で、何らかの答が出てくれるといいが。
 だが、いつまでも待っていられるほど、みんなは辛抱強くない。別の方法で化け狐に近付こうと、再び会議を始めた。
「正体が分かっても、捕まえられんかったら、どないもできんで」
「何か罠を張るとか、作戦を考えなくちゃな。相手が姿を見せてくれないと、何もできない」
「相手は今、えのちゃんを狙っているのでしょう? 少し危ないかもだけど、えのちゃんが囮になって、おびき出せないかしら」
 なんだか、どえらい方向に話が進んでいた。
「皆さん、一緒に対策を考えていただけるんは嬉しいどすが、危険な真似は……」
 榎を、敵をおびき寄せる餌に使うなんて、危なすぎる。
 楸は止めようとしたが、三人の勢いは止まる気配すら見せない。
「ええ考えがあるわ! 絶対に、うまくいくで!」
 柊の大声が響く。その後、提案がとめどなく続き、楸には入り込む隙間もなかった。
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