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第一部 四季姫覚醒の巻

第九章 Interval~伝師の失態~

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 平安の都の空に、眩い光の柱が伸びる。
 光の麓には、威厳の欠片もない貧相な祭壇。
 四隅では陰陽師の姫君が十二単を靡かせ、祈りを捧げた。
 持ちうる全ての力を解放していた。
 祭壇の中央には、憎らしい白い玉。
 あさましい嚥下の男が作り上げた、強靭な封印の石。
 その石の中に、封じられてしまった。
 我が身と一つになるはずだった、最凶の悪鬼――鬼閻が。
 伝師の広大な屋敷の庭で、鬼閻の到着を待ちわびていた紬姫の怒りは、最高潮に達した。
「おのれ、憎らしき四季姫どもめ……! よくも、よくも!!」
 伝師一族の反映を阻むとは。それでも伝師一族に名を連ねる陰陽師か。
 紬姫の怒号は、地面を、空気を振るわせた。側で控えていた月麿は、恐れて石像みたいに硬直するしかなかった。 
「妾(わらわ)が何のために、こんな姿で伝師の元に生を受け、今まで苦しい戦いに身を窶(やつ)してきたと思うておる! あの者たちなら、――あのお方なら、分かってくれていると信じておったのに……」
 声が震える。泣かずにいられるはずもない。
 白い髪。弱々しい、やせ細った惨めな身体。
 この劣化した人間の姿は、全て御家のため。
 伝師を最強の陰陽師として京に君臨させるためだけに負った、醜い使命。
 人から蔑まれ、後ろ指を刺され、恐れられ――。
 それでも心折れずに生きてこられたは、この惨めな存在を憐れみ、愛しんでくれた君がいてくれたからなのに。
 真っ白な長い髪を振り乱し、紬姫は地面に伏した。
 涙が止まらない。
 化け物にも、まだこれだけの涙を流す心が残っていたのか。
 怒りの涙なら、裏切りに悲しむ涙なら、いつまででも流してくれよう。
 たとえ、涙が枯れて血に変わろうとも。
「この先、未来永劫、その魂を巡らせられると思うなよ、四季姫ども……!」
 紬姫は、伝師一族の全ての陰陽師に命じた。
 四季姫を抹殺せよ。
 魂さえも消し去り、未来永劫、その存在をこの世に残すな、と。

 ***

 年の瀬が終わりゆく、新月の夜の出来事。
 今宵、伝師に仇名すものたちを駆逐する為、一族の陰陽師と妖怪、入り乱れての激しい戦いがあった。
 結果、おぞましいほどの屍の山が築かれた。
「なんたる悲劇じゃ。此度が最後と、伝師の持ちうる全ての力を使って戦いに挑んだというのに、奴らを完全に滅ぼす使命、果たせなかった……」
 屍の上に立ち、紬姫は絶望する。
 四季姫たちは、死して旅立ってしまった。
 輪廻の輪の中へ。新たなる命として、生まれ変わる旅路へ。
 紬姫は歯軋りをする。結局、逃げられてしまった。何の償いも、させられなかった。
「何を仰っておいでか、紬姫。もはや伝師も妖怪も、全て死に絶えてしもうたでおじゃる。だのに、奴らを滅ぼせなかったとは、いったいなぜ?」
 側で紬姫の呟きを聞いていた月麿が、不思議そうに尋ねてくる。
「肉体が死に、滅んだとて、魂は易々とは死なぬ。わらわには見えた。奴らの魂が、この地より逃げ仰せる姿が。やがて、奴らは千年の時を超えて再び蘇り、我らが一族の前に立ちはだかるぞ」
 遠くを見つめ、紬姫は心を痛めた。真に倒すべき存在を、仕留め損なった。
「魂は、この世を巡る。転生の輪を断ち切ってしまわぬ限り、永遠に。今この時に、切ってしまわねばならなかったのに、できなかった。力が及ばなかった」
 紬姫は悔いる。重要な使命であった。必ず果たすためにと、多くの犠牲を出しすぎた。
 四季姫たちを消し去れなかった事実だけが、大きな誤算として残ってしまった。
 この時代に、四季姫を抹消できなかった。
 ならば、千年後。奴らが転生した時を狙って、叩き潰せばよい。
「月麿。お主に新たなる命(めい)を与える。今から千年の時を超え、奴らが復活を遂げる時代へと飛べ。千年後に、再びこの世に生まれ変わっておる四季姫を見つけ出し、覚醒させよ。以前教えた術を使えば、行ける」
 紬姫は月麿に命じた。この、伝師に縋り付いて糧を得て、丸々と肥え太った従順な肉達磨ならば、いかなる無理であろうとも、紬姫の命を遂行するだろう。
 鬼閻を蘇らせ、伝師の栄華を復活させると共に、今度こそ、二度と転生も叶わぬ状態にまで、打ち滅ぼしてくれるだろう。
「お前だけが、伝師の悲願を果たせる唯一の存在じゃ。必ずや、四季姫たちの力を復活させ、全ての準備を整えて、奴らを倒してくれ――」
 奴らを。四季姫たちを、倒してくれ。
 月麿は、覚悟を決めた。前に教えた、時渡りの術を唱え始めた。
 紬姫は笑う。

 楽に死ねると思うな。覚悟せよ、四季姫ども。
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