上 下
118 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻

第九章 陰陽真相 1

しおりを挟む

「お主が、秋姫であったか。以前から四季姫たちの周囲をやたらと、ちょろちょろしておるとは思うておったが」
 月麿が、本物の秋姫――長月(ながつき)楸(しゅう)に向かって声を掛けた。どことなく、安心した表情だ。
 手に負える様子のなかった萩を相手にするよりも、ずっと気持ちが楽だと、顔に書いてあった。
 奏も安堵の息を吐き、穏やかに微笑んでいた。
「本当に。まさしく灯台下暗し、ですわね。ですが、あの萩というお方は、いったい……?」
 同時に、奏の微笑の奥には、一抹(いちまつ)の不安も過(よ)ぎっていた。
 榎たちも、同じ気持ちだった。結局、萩の存在も行動理由も、分からず仕舞いだ。
「悪鬼(オニ)には、違いないと思います。ですが、どういった経緯から、秋姫と偽って皆さんの前に現れたんかは、分かりまへん」
 萩が偽者だと、いち早く気付いて探りを入れていた楸でも、理由を詳しく知るまでは至らなかった。悔しそうに眉を顰めて、萩が去っていった方角を見つめていた。
「四季姫が揃わないように、妨害に来たのかしら? だとすると、悪鬼にとっては、四季姫は集まっては困る存在なの?」
 椿も、不安そうに憶測を廻らせるが、想像の域を出ない。
「萩は、何も語らなかった。今となっては、答を見つける手立てはないよ」
 みんなで意見を出し合ったところで、正しい答は出せない。
 でも、ただ悪鬼だった、なんて結論だけを突き付けられても、榎には納得できそうになかった。
 今でも、萩の存在は、榎の中で大きなしこりとなって、こびりついている。
 またいつか、萩は榎たちの前に現れるかもしれない。もう、仲間とは呼べない存在になっているかもしれないが。
 それでも、その時が訪れるならば、榎は何が何でも、真相を聞き出すつもりでいた。
 榎が話を区切ると、楸が辺りを斑(くま)なく見渡して、再度、頭を下げた。
「皆さん。私が黙っておったせいで、余計な手間をかけさせてしもうて、申し訳ありませんでした」
 楸がもっと早く、秋姫として名乗り出ていれば、萩には秋姫の座を利用して悪事を働く隙はなかった。
 その事実を、楸は誰よりも身に沁みて実感し、悔いていた。
 だが、榎はずっと、楸の妖怪に向き合っていく一生懸命な姿を見てきたから、責める気になんてなれなかった。
 妖怪たちと接点を持ちたかった、詳しく情報を集めたいと思っていた楸の心境を考えれば、慎重な楸が、素性を隠し続けた気持ちも分かる。
「楸は悪くないよ。本物の秋姫の気配に気付けなかった、あたしたちに問題があったんだ」
 むしろ、榎たちが萩を偽者だと、楸が本物だと、察知できていれば、何も問題はなかったはずだ。
 楸が秋姫として戦いたくないと思っていたのなら、全て受け止めた上で、何か別の方法を、一緒に考えられたかもしれない。
 榎たちこそ、楸に謝るべきだ。たくさん気を揉ませて、心配を懸けた。
「まあ、一緒に暮らしとった妖怪どもが、気付きもせんかってん。うちらが気付かんでも、別に可笑しゅうないわ」
 妖怪に対して皮肉全開で、柊が鼻を鳴らした。図星を突かれた妖怪たちは、ばつが悪そうに、悔しげな表情を浮かべていた。
 長らく一緒に暮らしていた、一番身近にいた妖怪たちでさえ、楸の持つ秋姫の気配に気付かなかったのだから、楸の力のコントロールは、相当のものだ。言い訳にしかならないが、榎たちだって気付けずにいても当然だった。
 ただ一人、宵月夜だけは、複雑な表情をしつつも、まっすぐに楸を見つめていた。楸が宵月夜に正体を明かしていたとは思えないが、宵月夜は何かを感じ取っていたかもしれない。
 まだ、ざわついている妖怪たちに向き直り、楸は心から侘びを述べた。
「私に心を開いてくださって、仲良うしてくださって、感謝しとります。ですが、もう私に近付いてはあきまへん。勝手な話ですが、私は秋姫として戦うと決めました。四季姫の立場に付く以上、この先は、あなたたちの肩を持つわけには、いかへんのどす。せめて、狩られぬように、私たちの目に触れん、遠い場所へお逃げください」
 その謝罪は、同時に、別れの言葉でもあった。
 妖怪と戦う使命を持つもの――四季姫として楸がつけた、けじめだ。
 妖怪たちは、なんとも悲しそうな顔をして、小声でざわめいていた。楸に縋るわけにもいかず、引くにも引けない、複雑な立ち位置で挟み撃ちにあっていた。
 おろおろする、妖怪たちの気持ちも分かる。妖怪たちが楸に寄せていた信頼は、とても大きなものだっただろう。確かな絆が、双方の間には生まれていた。
 楸には大きな恩があるから、一方的にその絆を断ち切られても、妖怪たちは楸を責められない。でも納得できずに惑っていた。
「八咫(やた)、皆を連れて、秋姫の指示に従え。夏姫との約束は果たされた。俺たちも、報いなければならない」
 混乱を鎮めるために、宵月夜が一声を放った。動揺して身動きが取れなくなっていた八咫が、その声で我に返る。
 大きな翼を勢いよく開いて、妖怪たちに向かって嘴を開け放った。
「皆のもの、去るのだ。周(あまね)どのは、秋姫でありながら、我らの存在を敬い、助けてくださった。だがこの先、秋姫として使命を果たすためには、我らの存在が大きな隔たりとなるのだ。周どのに心から感謝し、礼を尽くしたいと考えるものは、我と共に来い」
 八咫の意に反する妖怪は、一匹もいなかった。
 みんな、素直に楸の側を離れて、静かに山を去って行った。
 後ろめたさや、心残りがないといえば、きっと嘘になるだろう。妖怪たちが後ろ髪を引かれている様子が、強く伝わってきた。
 楸は顔色一つ変えず、離れていく妖怪たちの後ろ姿を見送っていた。弓を握る手に、強い力が篭っている。
 小さな声で、「お元気で」と呟いていた。
 楸の表情を覆う平静さが、装われたものなのだと、榎にはすぐに分かった。楸は心の中で、どんな思いを巡らせているのだろう。
 きっと、榎の知る少ない語彙では表現できないほど、複雑な感情だと思う。
 どんな言葉で表そうとしても、きっと楸の本当の気持ちには当て嵌まらない。
 だから仲間として、黙って、楸の決めた現実を受け止めようと思った。
 妖怪たちがいなくなった広場。宵月夜だけが一人残り、まっすぐに楸を見据えていた。
 榎との取引を完遂するため。
 再び、榎たちの手によって封印されるために、仲間と袂を分かち、この場に残った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【リメイク版連載開始しました】悪役聖女の教育係に転生しました。このままだと十年後に死ぬようです……

ヒツキノドカ
ファンタジー
 残業続きの社畜OLだった私は、ある日電車のホームに落ちて人生を終える。しかし次に目を覚ました時、生前愛読していたネット小説の世界に転生していた。  悪役聖女が主人公をいじめ、最後には破滅エンドを迎えるネット小説。私が転生したのはその悪役聖女の“教育係”だった。  原作では教育係も悪役聖女もろとも処刑されてしまう。死亡フラグを回避するために私は未来の悪役聖女である教え子をいい子に育てると決意……って、思っていた何倍も素直で可愛いんですけど? 物語の中の私はむしろどうやってこの子を悪役にしたの!?  聖女候補の教え子に癒されながら過ごしたり、時には自らが聖女の力を使って人々の危機を救ったりしているうちに、だんだん師弟そろって民衆の人気ものに。  そのうち当代の聖女に目の敵にされるようになってしまうけれど――いいでしょう、そちらがその気なら相手をして差し上げます。  聖女の作法を教えてあげましょう!  元オタクOLが原作知識で大活躍するお話。 ―ーーーーー ―ーー 2023.8.15追記:皆様のおかげでHOTランキング入りできました! ご愛読感謝! 2023.8.18追記:序盤を少しだけ調整したため、話数が変化しています。展開には特に変わりないため、スルーしていただければ幸いです。

『え?みんな弱すぎない?』現代では俺の魔法は古代魔法で最強でした!100年前の勇者パーティーの魔法使いがまた世界を救う

さかいおさむ
ファンタジー
勇者が魔王を倒して100年間、世界は平和だった。 しかし、その平和は少しづつ壊れ始めていた。滅びたはずのモンスターの出現が始まった。 その頃、地下で謎の氷漬けの男が見つかる。 男は100年前の勇者パーティーの魔法使い。彼の使う魔法は今では禁止されている最強の古代魔法。 「この時代の魔法弱すぎないか?」 仕方ない、100年ぶりにまた世界を救うか。魔法使いは旅立つ。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

ファンタジー恋愛短編集

山河千枝
恋愛
短い恋愛小説の寄せ集めです。 すべてハッピーエンドです(作者的には)。 投稿は不定期です。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...