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第一部 四季姫覚醒の巻

第八章 秋姫対峙 7

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 四季川から程近い場所に建つ、柊の住む家へと、榎は運び込まれた。
 柊の家は、集合住宅街の外れにある、歴史を感じる木造と瓦屋根の家だ。名古屋から転校してきてからは、父方の祖母と、二人で暮らしている。
 居間に通され、殴られたり倒れたりして負った傷の応急処置をしてもらう。幸い、骨は折れていないし、出血も微々たるものだ。
 榎の手足や顔にできた擦り傷や青痣を見て、ショックを受けた椿の涙が止まらなくなっている事態以外は、さほど深刻ではなかった。
「椿、もう泣かないで。大した怪我もしなかったし……」
 簡単に手当てを受けて、榎は泣きじゃくる椿を宥めた。
「ありがとう。あんなに、怖がっていたんだもんね。萩に立ち向かうなんて、すごく勇気が必要だったよね」
 榎は、果敢に萩に突っかかっていった、椿の行動を賞賛した。だが、椿は涙と一緒に怒りまで湧き上がらせて、榎に怒鳴りつけてきた。
「えのちゃんが、無茶ばっかりするからでしょう!? あんなに挑発して、本当に酷い目に遭わされたらどうするの!? 椿の力じゃ、助けてあげられないんだから……」
 自信なく謙遜しているが、榎は決して、椿が無力だとは思わない。椿が割り込んでくれなかったら、本当に大怪我をしていた。
「まだ、あいつに楯突くつもりか? 何をやっても、無駄な気ぃするで」
 薬箱を片付けながら、柊が静かに言い放った。
 ぶっきらぼうな態度だが、柊もいちおう、榎を心配してくれていた。
「確かに、無駄かもしれない。だけど、放っておいても、何も解決しない。……むしろ、もっと事態が悪くなる」
 この世の妖怪たちを全て倒せば、萩は大人しくなるのか。
 榎はその可能性を、はっきりと否定した。
 媒体さえあれば、萩自身の力で、妖怪なんていくらでも作り出せる。萩の欲求を満たすために、何の関わりもない命が歪められて、妖怪にされていく。
 あんな恐ろしい連鎖は、絶対に止めなくてはいけない。止められるまで、榎も止まるわけにはいかない。
「せやかて、何か解決策でもあるんかいな?」
 尋ねられて、榎は首を横に振った。
「色々と考えたけれど、結局、いい方法なんて思いつかなかった。あたしの頭から出てくる知恵なんて、たかが知れているよ」
 思わず、弱気な本音を愚痴った。柊は鼻を鳴らして、軽く呆れた。
「あんな、ごんたくれに向かっていく方法なんて、誰にもわからへん。そもそも、頭を使(つこ)うて問題解決なんて、榎みたいなアホにできる芸当やないんや。そんな作業は、佐々木っちゃんみたいな秀才の仕事やねん。自分には向いとらん」
「アホで悪かったな。……だけど、本当だ。今になって、つくづく思うよ。今までのやり方は、あたしらしくなかった」
 率直に馬鹿にされても、素直に受け止めるしかできなかった。それくらい、榎は焦って、不相応な考えに振り回されていた。
「なんや。ちゃんと、分かっとるんか」
 柊は意外そうな口振りだ。榎は自然と、頬を綻ばせた。
「気付かせてくれた人が、いたからな」
 頭の中に、優しげな綴の笑顔が浮かぶ。本当の榎を、取り戻してくれた。だからもう、道に迷ったりはしない。
「そぐわないやり方で物事を収めようなんて、調子が出なくて当然だった。だから、無理して考えなくても、あたしにできる方法を、ひたすらやっていくしかないんだよな」
「榎にできる方法、っちゅうたら……?」
「やっぱり、正面突破かな」
 猪突猛進が、榎には何よりも、相応しい。
 笑って見せると、柊は再び、呆れ果てた。
「芸がないな。猪でも、もう少しマシな突破方法、考えるわ」
 柊は脱力しながらも、笑っていた。ある程度、榎の言葉を読んでいたのだろう。
 同じく、椿も予想はつけていたみたいだが、その表情は思わしくない。できれば現実にならないで欲しかった、といいたげだった。
「ごめん、一人で、勝手に決めて」
 榎は椿に謝った。心配してくれている椿には、もっと相談をするべきだったのかもしれない。
 でも、椿は諦めた表情で、ゆっくりと首を横に振った。
「いいの。椿には、他にいい方法なんて浮かばないもの。本当は、やめて欲しいけれど、えのちゃんの決心も、分かるから……。せめて、椿も一緒に戦うわ!」
 榎を射抜いた椿の瞳には、さっきまではなかった強い光が宿っていた。逆に榎が、躊躇った。
「やっと、リーダーが本気で動き出したんや。うちらの力が役に立つんやったら、好きに使い」
 危険だと反論しようとしたが、柊の言葉に遮られた。
「冬姫はんの力、全部、リーダーに預けるさかい」
 最早、榎の頭には、二人を止めるための言葉なんて、浮かんでこなかった。
 替わりに、目尻から涙が滲んで出てきた。
 まだ、榎は完全に、仲間から愛想を突かされてはいなかった。
「何もかも、えのちゃん一人に押し付けるつもりはないわ。椿だって、少しくらいは役に立てる筈だもの」
「うちかて、ほんまは泣き寝入りなんて、御免やさかいな」
「ありがとう。椿、柊……」
 久しぶりに、心が一つになった気がした。
「帰ったでぇ、柊。お客さんかいな」
 ふいに、玄関先から、のんびりとした女性の声が聞こえてきた。ゆっくりと廊下を歩いてくる足音。続いて、襖の向こうから部屋を覗き込んでくる、小柄な老婆の姿が。
 この家の主人、柊のお祖母さんだ。確か、名前は梅さんだった。
「お帰り、婆ちゃん。クラスメイトが来とるんや。やかましいて堪忍やで」
「お邪魔しています」
 柊に簡単に紹介され、榎と椿は頭を下げる。梅はしばらく、榎たちをじっと見つめていた。
 しばらくして、何かを確信した様子で、嬉しそうな声を上げた。
「あんたたち、さっき、川原で頑張ってはった子やねぇ。声もよく響いとったし、なかなかええ筋しとるよ。将来は劇団か? 宝塚か? 先にサインもろとこか」
 梅は榎に近寄ってきて、なぜか握手を求めてくる。榎は訳も分からないまま、梅に手をとられて、何度も振り回された。
「婆ちゃん、風呂沸かしてあるさかい、先に入りな」
 柊が慌てて、梅を榎から離して、廊下へと連れて行く。
「練習、頑張りや! あんたら二人やったら、トップスターも夢やないで!」
 梅は興奮冷めやらぬ様子で、お元気な声を張り上げながら、孫に家の奥へと誘われていった。
「……すまんな。婆ちゃん、さっきの川原でのやり取りを見かけて、劇の稽古か何かやと勘違いしとるみたいやわ」
 疲れた顔で戻ってきた柊が、事情を説明する。
 榎は納得した。萩との全力の諍(いさか)いが、世間の目には演技に見えていたのか。なんとも、複雑な気持ちだ。
「劇か……。本当に、お芝居だったら良かったんだけどな」
 何もかもが作り話で、萩が本当の仲間なら――。
 現実逃避に他ならないが、榎は本気で望んでいた。
「けど、待てよ……? 今の話……」
 ふと、柊が表情を歪めて、何やら考え込み始めた。
「どうかしたのか?」
「いや、気にせんといてんか。榎は、あいつとの戦いに集中し」
 柊に言い包(くる)められて、榎は素直に、萩について思考を戻した。
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