102 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻
第八章 秋姫対峙 2
しおりを挟む
二
翌日の昼過ぎ。四季が丘町立図書館の隣に作られた、大きな公園。
木陰に設置されたベンチに、榎と周は並んで座っていた。
「ついに四季姫はん、仲間割れどすか」
汗ばむ顔を扇子で仰ぎながら、周(あまね)が呟く。
中央にある大きな噴水では、涼をとる親子連れや子供たちが、賑やかに飛沫を浴びている。
陽射しが強い。蝉がやかましい。汗も止まらない。空には入道雲が湧き起こっていたが、夕立が来そうな気配すらない。
足元から上がってくる熱気に茹(う)だりながら、榎は背を丸めて、俯いていた。
椿と柊が、四季姫としての役割を投げた。放っておけば、四季姫は完全に、バラバラになってしまう。
榎はこの先、何をどうすればいいかと考えながらも、途方に暮れていた。勝手にすると粋がってみても、慎重になりすぎて、なかなか動き出せない。
四季姫の間の問題なのだから、四季姫にしか理解できないし、解決もできない。
重々、分かっているが、今の現状を誰かに相談せずには、いられなかった。
意気込んでいても結局、榎には一人で事態を解決する力も度胸もない。
情けない話だが、真っ先に話の分かる周に泣きついていた。
「みんな、萩を嫌っている。気持ちは分かるよ。陰陽師として授かった力は同じのはずなのに、レベルも戦い方も、何もかもが違いすぎるんだ」
見た目は揃っていて、纏まっている風貌に見えても、中身はバラバラだった。
学校なども、理屈は同じだ。同じ制服を着て、同じクラスに所属していれば、一つに纏まっていると周囲からは見えるが、実際には小さなグループがたくさんあって、派閥が生まれていたり、一人で孤立している生徒もいる。
その理由は、やっぱり居心地の良し悪しや、考え方の違いが大きいだろう。より考えを共感できるもの同士、より一緒にいて楽しいもの同士が、自然と寄り集まって結束を深め、他を寄せ付けない。
椿も例外ではなく、典型的に決まった輪の中に落ち着いて篭る性格だ。人見知りが激しく、慣れない人間には、まず近寄らない。急に現れてテリトリーを荒らす萩の存在は、かなりのストレスになっているはずだ。
逆に柊は、より垣根を越えて平等に人と接する性格をしている。人を見る目も確かだし、気さくで選り好みせず、誰からも好かれるタイプだ。
だが、そんな柊があそこまで拒否反応を示すのだから、萩の性格は誰から見ても相当、歪んでいるのだろう。
「でも、萩は秋姫なんだ。あたしは夏姫で、椿は春姫。柊は、冬姫だろう? みんな揃って、四季姫なのに。みんなで力を合わせるために、今まで頑張ってきたのにさ。協力できないなんて、やっぱりおかしいよ」
単なる友人関係ならば、お互いの意思を尊重して、無理に嫌いあう者同士に強要などしない。
だが、今回揉めているメンバーは、どうしても一つに纏まらなくてはいけない、特別な存在だ。
妥協なんて許されない。だから榎は、必死になっていた。
「榎はんが協調性を大事にしはる気持ちは、よく分かるんどす。はみ出しものを放っておけん、榎はんの優しい性格も、私は承知しておりますさかい」
周はゆっくりと、言葉を選んで、榎の考えに同意してくれた。
せやけど、と周は表情を曇らせた。
「あの萩という人は、別格すぎますな。元来、人間は自分自身や近しい者の命を守るための、防衛本能を持っとります。わが身を、大切な人を脅(おびや)かす敵となるものに、大きな嫌悪感や恐怖を抱き、自然と距離を置きたがる心理が無意識に働くどす」
周の考えは、榎に対して、とても消極的なものに変化していった。
「萩はんの妖怪の倒し方は、あまりにも猟奇的で、残酷どす。あの巨大な鎌の刃先が、どこへ向けられるか予想もつかへん。妖怪だけでは済まへん気さえします。今の実力では、危害を加えられたときに、絶対に太刀打ちできんと理解しているから、椿はんも柊はんも遠ざかろうとしているのどす」
周は実際、萩に刃を向けられているのだから、そう述べる理由も分かる。説得力もある。
表面には出していないが、きっとすごく、怖かったはずだ。榎たちよりも、恐怖と嫌悪を抱いていても、おかしくない。
なのに、可能な限り冷静に、榎の話を聞いて、合理的な意見をしてくれる。非常に有難かった。
だけど、周の考えを甘んじて受けようとは、榎にはどうしても思えなかった。
「確かに、萩は誰に対しても攻撃的だ。委員長、前に言っていたよね。「陰陽師の中には、わざと妖怪を苦しめて倒そうとする奴もいた」って。きっと、そういう類なのかもしれない」
萩にとって、妖怪退治は快楽そのもの。妖怪は滅ぼさなければならない、という大義名分を利用して、心底、楽しんでいるみたいに思えた。
欲求を満たすために、四季姫の立派な使命を弄んでいた。
さらに、その力を使って、仲間を、人を傷つける行為さえ、正当化しようとしている。
人の道すら、踏み外しそうな勢いだ。本当に止めなければ、きっと後戻りできない場所まで、萩は行ってしまう。
「何とかして、萩の悪行を阻止したい。せめて萩が普段から何を考えているか、分かればいいんだけれど」
「無理でしょうな。榎はんも、萩はんと同じく、妖怪退治を楽しんではるんどすか? 違うでしょう? 戦う必要がなければ戦わんでもええと、思うていらっしゃるんではないどすか? きっと、椿はんも柊はんも、榎はんと同じ気持ちを持ってはります。でも、萩はんは違うんどす。せやから、分かり合えんのです」
単純な正論を叩きつけられて、榎は黙る。
本当に妖怪と戦いたいと思っているのか。はっきりと問われれば、榎だって、心から望んで妖怪退治をしているわけではないと、応える。
榎たちがやらなければ、妖怪に苦しめられる人たちがいるから。
だから、榎は覚醒した日に、決心した。
力を持つ、選ばれた榎が、頑張って戦おうと。
榎みたいに辛い思いを、他の誰かにさせないために。
でも、もっと他に方法があるのなら。結果的に、苦しむ人たちがいなくなるなら、榎が今の方法で戦う理由は、なくなる。
「根本的な部分をいえば、たかが中学生の小娘が、いくら力を持ったからって、危険を冒して命がけで戦うか? って話どす。別に何もしなくても、誰かがやってくれるなら、無理に首を突っ込まんでもええと思うてしまいますわ」
周の言葉は、常に正しい。でも、そこまで薄情にいわれると、なんだか切なかった。
「そんな風に、誰も手を差し伸べてこなかったから、萩はあんな性格になったんじゃないのかな? 萩だって以前は、あたしたちと同じ気持ちを持っていたかもしれない。でも、誰にも道を示してもらえず、力を貸してもらえずにいたせいで、目的が狂ってきたのだとしたら。早く萩を見つけてあげられなかった、あたしたちにも責任がある」
少しだけ、榎は声を荒げていた。周を責めるつもりはないが、少し、八つ当たりしたい気分になった。
「あたしたちはまだ、萩について何も知らない。なぜ、あんなに残酷に、楽しそうに妖怪を倒せるのか。倒したがるのか。覚醒してから今の力を身につけるまでに、どれだけ苦労をしてきたのか。何か、辛い目に遭ってきたのかもしれない。事情を知れば、きっとお互いの考えを分かり合うきっかけになるはずだ」
目指す先も分からず、一人で戦いに身を投じてきた歪んだ環境が、今の萩を作り上げたのだとしたら。
理解して受け入れる体制を整えれば、更生だって可能ではないのか。
話を聞いてもらって意見を言い合っているうちに、榎の中で漠然としていた気持ちが、だんだんと形になってきた。
周は榎の気持ちを聞いて、遠い目をした。
「私は客観的な話しか申し上げられまへんけれど、たった一人の勝手な行いで、仲間がバラバラになるよりは、せめて三人だけでも纏まっておいたほうが、良いと思うどす」
周は、萩の説得に良い可能性が残っているとは、考えていない。萩のせいで、榎たち三人の仲までも悪くなっては嫌だと思っている。
周は平和主義者なのだろう。無駄な争いを、好まない。榎だって、同じ気持ちだ。
「榎はんが萩はんを気に懸け過ぎては、仮に萩はんを仲間に引き込めたとしても、椿はんと柊はんは反感を持って、余計に離れていってしまうんやないですか? 右を得れば、左を失う。その逆もまた、然り。世の中は上手く、難しくできておるどす」
「今のままなら、ね。けど、同じ考えを共有できれば、互いの考え方も変わってくると思うんだ。生まれる前から悪い人なんて、この世にはいないと思う。生きてきた過程の中で、萩の心を狂わせてしまうほどの何かがあったんだ。あたしたちは仲間としてその原因を知り、受け止めてあげるべきだと思っている。あたしにできれば、椿も柊も、萩を見る目を変えてくれるはずだよ」
「性善説どすか。人は生きていくうちに、だんだんと悪に染まる、という考えどすな。榎はんは、ほんまに、お人がよろしいな」
少し呆れて折れた様子で、周は鼻で笑う。榎には何を言っても無駄だと、悟り始めた顔だった。
「難しい話は分からないけれど、今の性格が生まれ持ったものじゃないなら、まだ、修正は効くと思うんだ。あたしは、単純に萩と考えが合わないからって、仲間割れなんかしたくない」
周の気持ちは分かるし、嬉しい。でも、どうしても榎は諦められなかった。
「みんなから否定されても、あたしはやっぱり、萩との関係を諦めたくないよ」
榎の気持ちは、固まっていた。他の意見を聞いたところで、最初から何も、変化しなかったのかもしれない。
でも周と会話をして、榎自身の気持ちの強さを、再確認できた。
「榎はんは、まっすぐなお人どすからな。もちろん、周囲の意見を聞くも聞かんも、榎はんの自由どす。最後は、榎はんが答を出さんといかんのどすから。榎はんなりに、頑張ってみてください。無理はせんように」
周は榎の気持ちを尊重して、受け入れてくれた。本当は、榎に思い止まって欲しそうだった。残念そうな顔をしていた。
「ありがと、委員長。話、聞いてくれて」
榎はお礼を言った。周は、苦笑して去っていった。
周の後ろ姿を見ていると、微かに物寂しさも感じた。
結局、榎の考えに賛同してくれる人は、一人もいなかったわけだ。
だんだん、味方が減っていく。榎から突き放しているのだから、泣き言なんて吐けないが。
たとえ一人になっても、榎は立ち止まるわけにはいかなかった。
翌日の昼過ぎ。四季が丘町立図書館の隣に作られた、大きな公園。
木陰に設置されたベンチに、榎と周は並んで座っていた。
「ついに四季姫はん、仲間割れどすか」
汗ばむ顔を扇子で仰ぎながら、周(あまね)が呟く。
中央にある大きな噴水では、涼をとる親子連れや子供たちが、賑やかに飛沫を浴びている。
陽射しが強い。蝉がやかましい。汗も止まらない。空には入道雲が湧き起こっていたが、夕立が来そうな気配すらない。
足元から上がってくる熱気に茹(う)だりながら、榎は背を丸めて、俯いていた。
椿と柊が、四季姫としての役割を投げた。放っておけば、四季姫は完全に、バラバラになってしまう。
榎はこの先、何をどうすればいいかと考えながらも、途方に暮れていた。勝手にすると粋がってみても、慎重になりすぎて、なかなか動き出せない。
四季姫の間の問題なのだから、四季姫にしか理解できないし、解決もできない。
重々、分かっているが、今の現状を誰かに相談せずには、いられなかった。
意気込んでいても結局、榎には一人で事態を解決する力も度胸もない。
情けない話だが、真っ先に話の分かる周に泣きついていた。
「みんな、萩を嫌っている。気持ちは分かるよ。陰陽師として授かった力は同じのはずなのに、レベルも戦い方も、何もかもが違いすぎるんだ」
見た目は揃っていて、纏まっている風貌に見えても、中身はバラバラだった。
学校なども、理屈は同じだ。同じ制服を着て、同じクラスに所属していれば、一つに纏まっていると周囲からは見えるが、実際には小さなグループがたくさんあって、派閥が生まれていたり、一人で孤立している生徒もいる。
その理由は、やっぱり居心地の良し悪しや、考え方の違いが大きいだろう。より考えを共感できるもの同士、より一緒にいて楽しいもの同士が、自然と寄り集まって結束を深め、他を寄せ付けない。
椿も例外ではなく、典型的に決まった輪の中に落ち着いて篭る性格だ。人見知りが激しく、慣れない人間には、まず近寄らない。急に現れてテリトリーを荒らす萩の存在は、かなりのストレスになっているはずだ。
逆に柊は、より垣根を越えて平等に人と接する性格をしている。人を見る目も確かだし、気さくで選り好みせず、誰からも好かれるタイプだ。
だが、そんな柊があそこまで拒否反応を示すのだから、萩の性格は誰から見ても相当、歪んでいるのだろう。
「でも、萩は秋姫なんだ。あたしは夏姫で、椿は春姫。柊は、冬姫だろう? みんな揃って、四季姫なのに。みんなで力を合わせるために、今まで頑張ってきたのにさ。協力できないなんて、やっぱりおかしいよ」
単なる友人関係ならば、お互いの意思を尊重して、無理に嫌いあう者同士に強要などしない。
だが、今回揉めているメンバーは、どうしても一つに纏まらなくてはいけない、特別な存在だ。
妥協なんて許されない。だから榎は、必死になっていた。
「榎はんが協調性を大事にしはる気持ちは、よく分かるんどす。はみ出しものを放っておけん、榎はんの優しい性格も、私は承知しておりますさかい」
周はゆっくりと、言葉を選んで、榎の考えに同意してくれた。
せやけど、と周は表情を曇らせた。
「あの萩という人は、別格すぎますな。元来、人間は自分自身や近しい者の命を守るための、防衛本能を持っとります。わが身を、大切な人を脅(おびや)かす敵となるものに、大きな嫌悪感や恐怖を抱き、自然と距離を置きたがる心理が無意識に働くどす」
周の考えは、榎に対して、とても消極的なものに変化していった。
「萩はんの妖怪の倒し方は、あまりにも猟奇的で、残酷どす。あの巨大な鎌の刃先が、どこへ向けられるか予想もつかへん。妖怪だけでは済まへん気さえします。今の実力では、危害を加えられたときに、絶対に太刀打ちできんと理解しているから、椿はんも柊はんも遠ざかろうとしているのどす」
周は実際、萩に刃を向けられているのだから、そう述べる理由も分かる。説得力もある。
表面には出していないが、きっとすごく、怖かったはずだ。榎たちよりも、恐怖と嫌悪を抱いていても、おかしくない。
なのに、可能な限り冷静に、榎の話を聞いて、合理的な意見をしてくれる。非常に有難かった。
だけど、周の考えを甘んじて受けようとは、榎にはどうしても思えなかった。
「確かに、萩は誰に対しても攻撃的だ。委員長、前に言っていたよね。「陰陽師の中には、わざと妖怪を苦しめて倒そうとする奴もいた」って。きっと、そういう類なのかもしれない」
萩にとって、妖怪退治は快楽そのもの。妖怪は滅ぼさなければならない、という大義名分を利用して、心底、楽しんでいるみたいに思えた。
欲求を満たすために、四季姫の立派な使命を弄んでいた。
さらに、その力を使って、仲間を、人を傷つける行為さえ、正当化しようとしている。
人の道すら、踏み外しそうな勢いだ。本当に止めなければ、きっと後戻りできない場所まで、萩は行ってしまう。
「何とかして、萩の悪行を阻止したい。せめて萩が普段から何を考えているか、分かればいいんだけれど」
「無理でしょうな。榎はんも、萩はんと同じく、妖怪退治を楽しんではるんどすか? 違うでしょう? 戦う必要がなければ戦わんでもええと、思うていらっしゃるんではないどすか? きっと、椿はんも柊はんも、榎はんと同じ気持ちを持ってはります。でも、萩はんは違うんどす。せやから、分かり合えんのです」
単純な正論を叩きつけられて、榎は黙る。
本当に妖怪と戦いたいと思っているのか。はっきりと問われれば、榎だって、心から望んで妖怪退治をしているわけではないと、応える。
榎たちがやらなければ、妖怪に苦しめられる人たちがいるから。
だから、榎は覚醒した日に、決心した。
力を持つ、選ばれた榎が、頑張って戦おうと。
榎みたいに辛い思いを、他の誰かにさせないために。
でも、もっと他に方法があるのなら。結果的に、苦しむ人たちがいなくなるなら、榎が今の方法で戦う理由は、なくなる。
「根本的な部分をいえば、たかが中学生の小娘が、いくら力を持ったからって、危険を冒して命がけで戦うか? って話どす。別に何もしなくても、誰かがやってくれるなら、無理に首を突っ込まんでもええと思うてしまいますわ」
周の言葉は、常に正しい。でも、そこまで薄情にいわれると、なんだか切なかった。
「そんな風に、誰も手を差し伸べてこなかったから、萩はあんな性格になったんじゃないのかな? 萩だって以前は、あたしたちと同じ気持ちを持っていたかもしれない。でも、誰にも道を示してもらえず、力を貸してもらえずにいたせいで、目的が狂ってきたのだとしたら。早く萩を見つけてあげられなかった、あたしたちにも責任がある」
少しだけ、榎は声を荒げていた。周を責めるつもりはないが、少し、八つ当たりしたい気分になった。
「あたしたちはまだ、萩について何も知らない。なぜ、あんなに残酷に、楽しそうに妖怪を倒せるのか。倒したがるのか。覚醒してから今の力を身につけるまでに、どれだけ苦労をしてきたのか。何か、辛い目に遭ってきたのかもしれない。事情を知れば、きっとお互いの考えを分かり合うきっかけになるはずだ」
目指す先も分からず、一人で戦いに身を投じてきた歪んだ環境が、今の萩を作り上げたのだとしたら。
理解して受け入れる体制を整えれば、更生だって可能ではないのか。
話を聞いてもらって意見を言い合っているうちに、榎の中で漠然としていた気持ちが、だんだんと形になってきた。
周は榎の気持ちを聞いて、遠い目をした。
「私は客観的な話しか申し上げられまへんけれど、たった一人の勝手な行いで、仲間がバラバラになるよりは、せめて三人だけでも纏まっておいたほうが、良いと思うどす」
周は、萩の説得に良い可能性が残っているとは、考えていない。萩のせいで、榎たち三人の仲までも悪くなっては嫌だと思っている。
周は平和主義者なのだろう。無駄な争いを、好まない。榎だって、同じ気持ちだ。
「榎はんが萩はんを気に懸け過ぎては、仮に萩はんを仲間に引き込めたとしても、椿はんと柊はんは反感を持って、余計に離れていってしまうんやないですか? 右を得れば、左を失う。その逆もまた、然り。世の中は上手く、難しくできておるどす」
「今のままなら、ね。けど、同じ考えを共有できれば、互いの考え方も変わってくると思うんだ。生まれる前から悪い人なんて、この世にはいないと思う。生きてきた過程の中で、萩の心を狂わせてしまうほどの何かがあったんだ。あたしたちは仲間としてその原因を知り、受け止めてあげるべきだと思っている。あたしにできれば、椿も柊も、萩を見る目を変えてくれるはずだよ」
「性善説どすか。人は生きていくうちに、だんだんと悪に染まる、という考えどすな。榎はんは、ほんまに、お人がよろしいな」
少し呆れて折れた様子で、周は鼻で笑う。榎には何を言っても無駄だと、悟り始めた顔だった。
「難しい話は分からないけれど、今の性格が生まれ持ったものじゃないなら、まだ、修正は効くと思うんだ。あたしは、単純に萩と考えが合わないからって、仲間割れなんかしたくない」
周の気持ちは分かるし、嬉しい。でも、どうしても榎は諦められなかった。
「みんなから否定されても、あたしはやっぱり、萩との関係を諦めたくないよ」
榎の気持ちは、固まっていた。他の意見を聞いたところで、最初から何も、変化しなかったのかもしれない。
でも周と会話をして、榎自身の気持ちの強さを、再確認できた。
「榎はんは、まっすぐなお人どすからな。もちろん、周囲の意見を聞くも聞かんも、榎はんの自由どす。最後は、榎はんが答を出さんといかんのどすから。榎はんなりに、頑張ってみてください。無理はせんように」
周は榎の気持ちを尊重して、受け入れてくれた。本当は、榎に思い止まって欲しそうだった。残念そうな顔をしていた。
「ありがと、委員長。話、聞いてくれて」
榎はお礼を言った。周は、苦笑して去っていった。
周の後ろ姿を見ていると、微かに物寂しさも感じた。
結局、榎の考えに賛同してくれる人は、一人もいなかったわけだ。
だんだん、味方が減っていく。榎から突き放しているのだから、泣き言なんて吐けないが。
たとえ一人になっても、榎は立ち止まるわけにはいかなかった。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
【完結】ホウケンオプティミズム
高城蓉理
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞ありがとうございました】
天沢桃佳は不純な動機で知的財産権管理技能士を目指す法学部の2年生。桃佳は日々一人で黙々と勉強をしていたのだが、ある日学内で【ホウケン、部員募集】のビラを手にする。
【ホウケン】を法曹研究会と拡大解釈した桃佳は、ホウケン顧問の大森先生に入部を直談判。しかし大森先生が桃佳を連れて行った部室は、まさかのホウケン違いの【放送研究会】だった!!
全国大会で上位入賞を果たしたら、大森先生と知財法のマンツーマン授業というエサに釣られ、桃佳はことの成り行きで放研へ入部することに。
果たして桃佳は12月の本選に進むことは叶うのか?桃佳の努力の日々が始まる!
【主な登場人物】
天沢 桃佳(19)
知的財産権の大森先生に淡い恋心を寄せている、S大学法学部の2年生。
不純な理由ではあるが、本気で将来は知的財産管理技能士を目指している。
法曹研究会と間違えて、放送研究会の門を叩いてしまった。全国放送コンテストに朗読部門でエントリーすることになる。
大森先生
S大法学部専任講師で放研OBで顧問
専門は知的財産法全般、著作権法、意匠法
桃佳を唆した張本人。
高輪先輩(20)
S大学理工学部の3年生
映像制作の腕はプロ並み。
蒲田 有紗(18)
S大理工学部の1年生
将来の夢はアナウンサーでダンス部と掛け持ちしている。
田町先輩(20)
S大学法学部の3年生
桃佳にノートを借りるフル単と縁のない男。実は高校時代にアナウンスコンテストを総ナメにしていた。
※イラスト いーりす様@studio_iris
※改題し小説家になろうにも投稿しています
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
いとでんわ
こおり 司
青春
村瀬隼人は大学受験を控える高校3年生で、夏期講習とアルバイトをこなす夏休みを過ごしていた。
ある日、何気なく作った糸電話を自室の窓から下ろしてみると、アパートの下の階に住む少女である橘葵から返答があった。
糸電話での交流を続けるうちに彼女の秘密を知ることになった隼人は、何時しか葵の願いを叶えたいと思うように。
同じ高校に通う幼なじみの友人にも協力してもらい行動を始める。
大人になりかけの少年少女たちの1ヶ月の物語。
我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」
虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー
サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる