91 / 336
第一部 四季姫覚醒の巻
第七章 姫君召集 7
しおりを挟む
七
了生は手早く、辺りに散らばって倒れている、小柄な下等妖怪たちを拾い集めて、寺の境内へと運んだ。体が自由に動くまで、保護するつもりだ。
最後に、身動きが取れなくなった宵月夜を肩に担ぎ、榎たちを先導して、歩き出す。
榎たちは了生の後に続き、寺の敷居をくぐった。
靴を脱いで、寺の中へとお邪魔する。
漆喰で黒光りする、薄暗い木造の室内。木材と線香の匂いが漂い、開けた大部屋に金ピカの大仏が置いてある。紫色の幕が張られ、周囲には、木や金属で作られた、沢山の小さな仏像様が集結していた。
たいてい、寺の内部構造とは、どこも似たり寄ったりだ。榎がお世話になっている椿の家――花春寺の間取りにそっくりで、あまり他所(よそ)へきた感じがしなかった。椿などは、尚更だろう。
了生に案内されて、縁側の廊下を一列になって進む。客間の前で立ち止まり、少し待つように指示された。
縁側に宵月夜を横たわらせて、了生は客間へと入っていった。
廊下からは、日本庭園風の景色が一望できた。山の上だからか、涼しい風が通り抜け、夏とは思えない快適さだ。近くに滝があるらしく、水が勢いよく流れ落ちる音が聞こえてきて、さらに癒された。
普段ならば、雅(みやび)た景色に心を落ち着かせるところだが、今は妖怪たちが陣取って寝転がる、集団合宿場みたいな様相になっていた。全然、落ち着ける雰囲気ではない。
「時間が経てば、変な輪っかも外れるそうどす。良かったどすな、宵月夜はん」
周は宵月夜に駆け寄り、側に座り込んで介抱を始めた。宵月夜は不機嫌そうな顔をして黙り込んでいたが、拙(つたな)く体をくねらせながら、周の膝の上に頭を乗せると、少し落ちつきを取り戻していた。
あの宵月夜が、自ら周に近寄って行くなんて。榎は意外なものを見たと、複雑な気持ちに襲われた。
隣を見ると、椿も柊も、物珍しそうな形相で、周と宵月夜を見ていた。思うところは、榎と同じらしい。
「色々と、事情があるんやと思いますけれど、やっぱり、強引に人に危害を加えたらあきまへんで」
背後から視線を向けられてもお構いなく、周は宵月夜との会話に精を出している。宵月夜を宥めながら、懇々と説教をしていた。
いつもなら、「人間の指図は受けない」と、突っ撥(ぱ)ねていそうなところなのに、宵月夜は黙って周の話に耳を傾けていた。
「宵月夜の奴、大人しいな。黙って委員長の説教を聞いているなんて。何だか、雰囲気が変わった気もするし」
不思議だ。疑問を通り越して、奇妙にさえ思えた。
「宵月夜さまは、最近では非常に、周どのに心を開いてきておられる。家でも、色々と世話をしてもらったり、よく甘えていらっしゃるぞ」
周を挟んで、宵月夜の反対隣で横になっていた烏の妖怪――八咫(やた)が口を挟んだ。
「お前、回復が早いな……」
他の下等妖怪たちは、ろくに動けない有様なのに、この烏だけは、早くも痺れを克服して、流暢(りゅうちょう)に嘴(くちばし)を動かしていた。
「体が動かせんくても、口だけは何が何でも動かす。大阪のおばちゃんみたいな烏やな。五月蝿(うるそ)うて敵わんわ」
八咫の姿を見て、柊は肩を竦めて呆れた声を上げていた。
やかましい烏はともかく、周と宵月夜の様子を見ていると、謎が深まる。
先日、宵月夜が白神石を手に入れるために周の気遣いを利用し、道具みたいに扱った。周は気にしていなさそうな態度だったが、きっと傷付いたはずだ。
当時の出来事のせいで、周と妖怪たちとの関係に溝ができたり、よくない変化が起きているかもしれないと、榎は少し、気にしていた。
でも、実際に現状をこの目で見てみると、対して悪化している様子はない。
むしろ、周と宵月夜の距離が、明らかに縮まって見える。
どうしてだろう。
宵月夜が、また何か悪巧みを考えているのか。
それとも、周が宵月夜を大人しくさせられそうな、何らかのアクションを起こしたのか。
案外、周にマジ切れされて、萎縮(いしゅく)しているのかもしれない。周は怒ると、すごく怖いし。榎は思わず、鼻で軽く笑った。
一瞬、嘲笑に反応した宵月夜に睨(にら)みを効かされたが、無視した。
しばらくすると、了生が再び、榎たちの前に姿を現した。
修験者の装束を解いて、楽そうな藍色の作務衣(さむえ)に着替えていた。頭には手ぬぐいを巻きつけている。
「暑いし、お疲れになったでしょう。お茶を用意しました。皆さん、中へお入りください」
客間の準備が整ったらしく、襖(ふすま)を開けて、了生が顔を覗かせた。
「委員長も、お茶飲んで、少し休まないか?」
「結構どす。四季姫はんにとって大事な話があるんでっしゃろ? 私は、外で妖怪はんたちと待っておくどす」
誘うと、周は榎たちに手を振り、遠慮がちに言った。
「どうぞ、遠慮なさらず。四季姫様たち、全員に聞いていただきたいんで……」
了生は引かずに、積極的に招いてくる。どうやら了生は、周も四季姫の一人だと、勘違いしているみたいだ。
周は慌てた様子で、首と手を横に振っていた。
「私は、四季姫やないんどす。縁あって、一緒に行動しとるだけの、一般人どす」
「ほんまですか!? まずったなぁ。では四季姫は、まだ全員、揃うていませんのか」
了生は驚き、ばつが悪そうに、手拭に指を突っ込んで頭を掻いていた。
「全員で聞かないと、いけない話なんですか?」
大事な話なのだとは思うが、一人欠けていても問題ない気がする。もちろん、揃って聞ければ好条件だろうが、秋姫には、合流できた後で教えればいいわけだし。
「できれば、揃っておられたほうが、話は早かったんですが。……まあ、ええでしょう。せっかく来ていただいたんやから、お三方だけでも、耳に入れておいてください」
了生は曖昧に返事をしながらも、考え直して頷いた。
榎たち三人は、畳の間に通された。
了生は手早く、辺りに散らばって倒れている、小柄な下等妖怪たちを拾い集めて、寺の境内へと運んだ。体が自由に動くまで、保護するつもりだ。
最後に、身動きが取れなくなった宵月夜を肩に担ぎ、榎たちを先導して、歩き出す。
榎たちは了生の後に続き、寺の敷居をくぐった。
靴を脱いで、寺の中へとお邪魔する。
漆喰で黒光りする、薄暗い木造の室内。木材と線香の匂いが漂い、開けた大部屋に金ピカの大仏が置いてある。紫色の幕が張られ、周囲には、木や金属で作られた、沢山の小さな仏像様が集結していた。
たいてい、寺の内部構造とは、どこも似たり寄ったりだ。榎がお世話になっている椿の家――花春寺の間取りにそっくりで、あまり他所(よそ)へきた感じがしなかった。椿などは、尚更だろう。
了生に案内されて、縁側の廊下を一列になって進む。客間の前で立ち止まり、少し待つように指示された。
縁側に宵月夜を横たわらせて、了生は客間へと入っていった。
廊下からは、日本庭園風の景色が一望できた。山の上だからか、涼しい風が通り抜け、夏とは思えない快適さだ。近くに滝があるらしく、水が勢いよく流れ落ちる音が聞こえてきて、さらに癒された。
普段ならば、雅(みやび)た景色に心を落ち着かせるところだが、今は妖怪たちが陣取って寝転がる、集団合宿場みたいな様相になっていた。全然、落ち着ける雰囲気ではない。
「時間が経てば、変な輪っかも外れるそうどす。良かったどすな、宵月夜はん」
周は宵月夜に駆け寄り、側に座り込んで介抱を始めた。宵月夜は不機嫌そうな顔をして黙り込んでいたが、拙(つたな)く体をくねらせながら、周の膝の上に頭を乗せると、少し落ちつきを取り戻していた。
あの宵月夜が、自ら周に近寄って行くなんて。榎は意外なものを見たと、複雑な気持ちに襲われた。
隣を見ると、椿も柊も、物珍しそうな形相で、周と宵月夜を見ていた。思うところは、榎と同じらしい。
「色々と、事情があるんやと思いますけれど、やっぱり、強引に人に危害を加えたらあきまへんで」
背後から視線を向けられてもお構いなく、周は宵月夜との会話に精を出している。宵月夜を宥めながら、懇々と説教をしていた。
いつもなら、「人間の指図は受けない」と、突っ撥(ぱ)ねていそうなところなのに、宵月夜は黙って周の話に耳を傾けていた。
「宵月夜の奴、大人しいな。黙って委員長の説教を聞いているなんて。何だか、雰囲気が変わった気もするし」
不思議だ。疑問を通り越して、奇妙にさえ思えた。
「宵月夜さまは、最近では非常に、周どのに心を開いてきておられる。家でも、色々と世話をしてもらったり、よく甘えていらっしゃるぞ」
周を挟んで、宵月夜の反対隣で横になっていた烏の妖怪――八咫(やた)が口を挟んだ。
「お前、回復が早いな……」
他の下等妖怪たちは、ろくに動けない有様なのに、この烏だけは、早くも痺れを克服して、流暢(りゅうちょう)に嘴(くちばし)を動かしていた。
「体が動かせんくても、口だけは何が何でも動かす。大阪のおばちゃんみたいな烏やな。五月蝿(うるそ)うて敵わんわ」
八咫の姿を見て、柊は肩を竦めて呆れた声を上げていた。
やかましい烏はともかく、周と宵月夜の様子を見ていると、謎が深まる。
先日、宵月夜が白神石を手に入れるために周の気遣いを利用し、道具みたいに扱った。周は気にしていなさそうな態度だったが、きっと傷付いたはずだ。
当時の出来事のせいで、周と妖怪たちとの関係に溝ができたり、よくない変化が起きているかもしれないと、榎は少し、気にしていた。
でも、実際に現状をこの目で見てみると、対して悪化している様子はない。
むしろ、周と宵月夜の距離が、明らかに縮まって見える。
どうしてだろう。
宵月夜が、また何か悪巧みを考えているのか。
それとも、周が宵月夜を大人しくさせられそうな、何らかのアクションを起こしたのか。
案外、周にマジ切れされて、萎縮(いしゅく)しているのかもしれない。周は怒ると、すごく怖いし。榎は思わず、鼻で軽く笑った。
一瞬、嘲笑に反応した宵月夜に睨(にら)みを効かされたが、無視した。
しばらくすると、了生が再び、榎たちの前に姿を現した。
修験者の装束を解いて、楽そうな藍色の作務衣(さむえ)に着替えていた。頭には手ぬぐいを巻きつけている。
「暑いし、お疲れになったでしょう。お茶を用意しました。皆さん、中へお入りください」
客間の準備が整ったらしく、襖(ふすま)を開けて、了生が顔を覗かせた。
「委員長も、お茶飲んで、少し休まないか?」
「結構どす。四季姫はんにとって大事な話があるんでっしゃろ? 私は、外で妖怪はんたちと待っておくどす」
誘うと、周は榎たちに手を振り、遠慮がちに言った。
「どうぞ、遠慮なさらず。四季姫様たち、全員に聞いていただきたいんで……」
了生は引かずに、積極的に招いてくる。どうやら了生は、周も四季姫の一人だと、勘違いしているみたいだ。
周は慌てた様子で、首と手を横に振っていた。
「私は、四季姫やないんどす。縁あって、一緒に行動しとるだけの、一般人どす」
「ほんまですか!? まずったなぁ。では四季姫は、まだ全員、揃うていませんのか」
了生は驚き、ばつが悪そうに、手拭に指を突っ込んで頭を掻いていた。
「全員で聞かないと、いけない話なんですか?」
大事な話なのだとは思うが、一人欠けていても問題ない気がする。もちろん、揃って聞ければ好条件だろうが、秋姫には、合流できた後で教えればいいわけだし。
「できれば、揃っておられたほうが、話は早かったんですが。……まあ、ええでしょう。せっかく来ていただいたんやから、お三方だけでも、耳に入れておいてください」
了生は曖昧に返事をしながらも、考え直して頷いた。
榎たち三人は、畳の間に通された。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる