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第一部 四季姫覚醒の巻

第七章 姫君召集 5

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「やめろ、妖怪たち! 一般人に危害を加えるな!」
 僧侶を取り囲み、妖怪たちの猛攻から庇う。榎たちが武器を振るうと、妖怪は距離をとり、後ずさった。陰陽師の出現で、動揺した下等妖怪たちの勢いが乱れ、統率(とうそつ)が崩れる。早くも、戦意を喪失させているものもいた。
 突然の榎たちの出現に、僧侶の男は驚いていた。
 だが、榎たちが何者か、説明している暇はない。とにかく今は、この襲われている人を、妖怪の手から守らなくては。
「大丈夫ですか!? 危ないから、早くお寺の中に戻ってください! 中なら、安全なんでしょう?」
 手早く指示を送る。椿が背後に逃走路を確保するが、僧侶はその場から動こうとしなかった。
「――四季姫様、ですな? わざわざ、山の中までご足労いただいて、申し訳ありません。今から修行がてら、キャンプ場までお迎えにあがるつもりやったんです」
 突然、榎に顔を向け、僧侶が親密そうに話しかけてきた。その言葉を耳に受け、榎は緊張して、息を呑んだ。
「まさか、あなたが新聞で、あたしたちを呼んだ人ですか……?」
 榎が呟くと、僧侶の口の端がつり上がった。
 僧侶は編笠を掴んで、持ち上げた。男の顔が露になる。爽やかな笑顔を浮かべた、若い青年だった。
 直後、柊と椿が驚いた声を上げた。だが、榎は事情が飲み込めず、無反応のまま取り残されていた。
「あんた、確か前に……」
 男を指差し、柊が唖然としている。榎は相変わらず、ピンとこなかった。
「誰だっけ? どっかで会ったか?」
「覚えてない? えのちゃんとひいちゃんが、川原で試合をしたときに、割り込んできた……」
 椿に説明されて、やっと思い出した。記憶が鮮明に蘇り、大声を上げた。
「妖刀に乗っ取られていた、お坊さんか! すっかり忘れていたよ!」
 相変わらずの、記憶力の悪さを少し呪った。椿も柊も、榎を見て呆れた顔をしていた。
「無理もありません。俺も、あの時の出来事は、はっきりと覚えてへんのです」
 覚えていなくても、当然だろう。妖刀に体を乗っ取られて、榎たちに倒されるまで、意識がなかったのだし。
「その節はどうも、危ないところを助けていただきました。拙僧(せっそう)、妙霊山は了封寺(りょうふうじ)の副住職、嚥下(えんげ) 了生(りょうしょう)と申します」
 合掌し、男は落ち着いた身のこなしで、挨拶をしてきた。坊主かもしれない、とは思っていたが、本当に坊主だったか。
 有髪の仏僧――了生は、以前の頼りなさそうな様相とは打って変わって、力強い笑みを浮かべていた。
「兄さん、なんでわざわざ、新聞でうちらを山に呼んだんや? 先日の礼やったら、気にせんでも構へんで? まあ、どうしても礼がしたいていうんやったら、銭(ゼニ)で手ぇ打ってもええけどな」
 ぶしつけに、柊が図々しく割り込んできた。親指と人差し指を丸めて、わざとらしくアピールしている。
 だが、お礼がいいたかっただけ、なんて単純な理由ではないはずだ。
 新聞の文面や妖怪たちの言動、さっきからのやり取りなどを考えても、了生は四季姫と関係の深い人物だ。大事な意図があって、四季姫と接触するために、わざわざ呼び出してきたに違いない。
「……妖怪たちは、あなたが千年前に、封印石を作った人間の末裔だといっていましたが、その件と関係が?」
 榎は疑問の要点を絞って尋ねる。千年前、前世の四季姫と、この人の先祖は、封印石にまつわる接点を持っていた。その繋がりの中に、了生の目的はあるのだろうが――。
「色々と情報を掴んでくださっておるみたいですが……。詳しいお話は、後で。先に、妖怪を大人しゅう、させんといけません」
 じっくりと説明を受けている暇はなさそうだ。一度は撥ね退けた妖怪たちが、再び間合いを詰めてきた。
「皆さんの手を煩(わずら)わせるまでもありませんな。少し、下がっていてください」
 戦闘の構えをとる榎たちを引かせ、了生は妖怪たちの前に立ちはだかった。
 了生は錫杖を軽く振りかざし、念仏を唱えた。周囲に稲妻みたいな光が走り、辺りを取り囲む妖怪たちを、漏れなく襲った。
 一瞬の出来事だった。榎の目には、何が起こったのか、さっぱり映らなかった。
 錫杖を地面に突き、了生は一息ついた。周辺の地面には、身体を震わせながら横たわる、妖怪たちが。
 妖怪たちは、まるで麻酔にかけられたみたいに、痺れて痙攣していた。
「一撃で、この数の妖怪たちを……!?」
 広範囲に及ぶ、的確な攻撃。
 椿の笛の音みたいに、周囲に波長を拡散させるタイプの力は、場所によって斑(むら)が起こりやすく、範囲が広いと、効果を受けない標的も出てくる。
 だが、了生の術は、全ての妖怪に対して均等に反映していた。相当な実力と、確かなコントロールがなければ、成せない業だ。
 ――この男、強い。
 榎は緊張して、唾を飲み込んだ。
 しかも、倒された妖怪たちは、一体も死んではいない。全員、動きを封じられただけだった。
 その辺りが、了生の力の限界なのか。
 もしくは、あえて〝殺さない〟程度の力加減で、退魔の術を使ったのだろうか。そんな芸当、止めを刺して妖怪を消滅させるよりも、ずっと難しい。
 多くの妖怪を、ほんの一瞬で行動不能にしてしまう。了生の戦闘能力の高さが垣間見えた。
「おのれ、よくも我らの仲間をー!」
 妖怪たちの惨状を見て、怒りを露にした八咫が、上空から了生に向かって襲い掛かった。だが、勢いも虚しく、八咫は錫杖の餌食となり、痺れて地面に落ちた。
 敵意を向けてくる妖怪たちは、おおかた片付いた。
 だが、まだ肩の力は抜けない。
 倒れている妖怪たちが集団で襲いかかってくるよりも、厄介な存在――宵月夜が残っている。
 たった一人の男に仲間を倒された親玉は、静かな怒りを湛えて、上空から榎たちを見下ろしていた。
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